#13 ゲーマーよ、無限なる単純作業を愛せ
十四連勤術士との戦いを終えた私は、久方ぶりに惑星ムリンの大地を踏んでいた。
仮想の世界に吹く乾いた風が、カウナカニの姿となった私を癒す。同じ乾いているならエアコンの吐き出す空気より、こちらの方がよほど好ましい。
レトナークの街はいつだって殺伐とした雰囲気で傭兵をやさしく迎えてくれる。
とても心地よい、もうここに就職したい。
「……注文は?」
気付けば古臭い酒場のような店内にいた。愛想のない店主がグラスを磨きつつ聞いてくる。
相変わらず傭兵支援組織直属の依頼斡旋所とは思えない風体の店である。
「とにかく潰せる依頼任務をひとつ。それとAMMライフルの弾丸をあるだけ添えて頂戴」
店主はちらとだけ視線を送り、ぺしっとはがした票を寄こしてくる。
――街道沿いの機械生命を排除してほしい。気分にあった最高の依頼だ。
「ありがとう」
掴むなり足早に立ち去る。時間は有限で、私の我慢は短い。
その足で貸しガレージに向かいエクソシェルを受け取る。リンジャー氏から報酬として譲り受けた狙撃用機。
ここしばらくは急な案件で忙しくしていたため、動かすのも久しぶりになる。
「そういえば、あなたにも名前を付けてあげないと」
このエクソシェルはタイタニックフィギュアが手に入るまでの中継ぎと思っていたけれど、それなりに付き合いが長くなりそうだ。
しばし悩んで。
「よし、名前は『ハンガー・クシール』にしよう」
そうしてハンガー・クシールを身にまとい、AMMライフルを手に取って。
私は依頼任務の舞台である街道へと向かったのだった。
◆
AMMライフルに装着されたスコープを覗き込む。
遠くに霞む機械生命のシルエットが、レンズの中にくっきりと捉えられる。
息を吸い込み狙いをつける。関節はハーフロックで固定を強めに、AMMライフルの引き金を引き絞って。
放たれた弾丸が昆虫みたいな外見の機械生命を撃ち抜く――狙いは既に次の獲物へ。
こちらを捉える前にもう一発。弱点である中枢部を撃ち抜いてクリティカル。
「いいペースね」
敵が残っていないことを確認してから、AMMライフルの装弾数を最大にしておく。
ここいらの敵は機械生命の中でもかなり弱い部類に属する。弱点の位置さえ把握すれば一撃で撃破することも難しくはない。
ゲーム的にメタな話をすると、レトナーク周辺の敵はいわゆる初期エネミーと言われる。
このゲームを始めたての傭兵でも、それなりに頑張れば倒せる程度なのである。
ちなみに前作から引継ぎをおこなったプレイヤーは最初からタイタニックフィギュアを所持している。
引継ぎ組にとっては、レトナーク近辺の敵は物足りないものだろう。
そこでTFを使って数回も依頼任務をこなせば、収入で輸送車両が購入できるようになる。
そうしてさっさと他の街へと進出し、各地で惑星ムリンでの生活を楽しんでいることだろう。
私はとにかく、地道な依頼消化に勤しむだけだ。
そうして私が合図を送ると、エンジンの音と共に車両が近づいてきた。
大柄な車体だが、装甲などは申し訳程度で戦闘用には向いていないことがわかる。
運転席から顔を出した髭面の男性が問いかけてくる。
「ボス、あれは回収しても大丈夫か」
「お願い、私は次を探してくる」
運転手であるNPCの男性から呆れた気配が返ってきた。
彼が何者かを説明するには、まずは本作の仕様について語る必要がある。
実は前作エイジオブタイタンからそうなのだけど、本作は妙なところが現実的に作られている。
その代表ともいえるのが、持ち物を収めるインベントリの扱いであろう。
端的に言って、このゲームではインベントリの量が妙に現実的な大きさしかないのである。
無限の所有など夢のまた夢、プレイ中は涙ぐましいスペース節約を要求されるのだ。
一昔前のゲームを知っている世代としては不便に思う時もあるが、創世関数を採用する昨今のゲームでは珍しいことではないとも聞く。
ひとつのゲームごとにひとつの世界を形作り、そこに入って体験する。仮想世界技術がもたらした現代の遊びの形。
そんなわけで、狩りマラソンをしようにも荷物の扱いに困るわけである。
機械生命は当然ながら機械部品が手に入る。まずもってデカいのが当然で、そのまま持ち運ぶのは不可能に近い。
そこで用意されているのが、NPCの荷物持ちである。
基本あらゆる街にこういった生業の者がいて、契約すればついてきてくれる。インベントリとしての容量も腕前も契約次第。
面倒なようにも思うが、例えば傭兵が死亡した時など一人で街へと還ってくれるので荷物は無事だったりする。
帰り着けないことも、たまにはあるらしいが。
「残骸の回収にも時間がかかる。ちょっとは手加減してほしいんだが」
「無理ね。もう次の弾丸が飛びたがっている」
運転手の嘆きなど待ちはしない。
鬱憤という名の弾丸を銃にこめ、撃鉄を打ち火薬の爆発と共に発射する。
殺意は機械生命を撃ち抜き、破片と共に吹っ飛ばす。
このあたりの比較的弱い機械生命は、電磁流体装甲を持たない。つまり撃てば死ぬ。
撃った弾の数だけ残骸を積み上げて嗤う。
「あぁ……戦闘って、楽しい……!!」
日々の仕事で心にたまった澱みが洗い流されてゆくようだ。
こないだのレースも面白かったが。今、私の身体は戦闘を求めている。
一心不乱に弾丸を撃ち込み、目につくすべてを破壊したい。
弾丸か命のどちらかが尽きるまで、戦い続けよう。
◆
「……ヘイ、雇い主さんよ。あーその、なんだ。熱心なのはいいがそろそろ、荷台の広さって奴にも心を配ってほしいんだがね」
徹底的に殺して潰して破壊するつもりだったから、ソロとしては大容量の荷物持ちを手配したのだけど。
いつの間にか大型のトラックが埋まるほど狩り続けていたらしい。
「そう。わかった、箸休めにはちょうどいい。一度街に戻りましょうか。素材は倉庫に突っ込むとして、弾薬も補充したい」
「いやまだ続けるのかい。傭兵ってのはそんな熱心なものかね?」
「私の身体がまだ満足していない」
「傭兵こっわ」
運転手の気持ちはどうでもいいとして、余裕のあるうちに戻るのは悪くない。
これは人によっては面倒がるところなのだけど、私は機械を解体し材料を分別するのが大好きである。
小さな部品が着々とたまってゆくのがたまらない。
昔、大学時代の仲間にそういう話をしたらなんか変な虫を見つけたみたいな表情をされたけど。いいではないか好きなのだから。
「とにかく。荷台に乗ってくれ、街まで走る」
回収車両に乗り込むと、狩りの成果と共に荷台で揺られる。
文字通り山のように積まれた残骸たち。あー早くバラしたい。
これら残骸は一部を換金するとともに、自分の製作に使うこともできるのは以前にヴェントで経験済みだ。
この手の解体品は新造品に比べて耐久性で劣っている場合も多いが、質の良い部品を揃えるのもそれはそれで楽しい。
そんなウキウキ気分の帰り道のことだった。運転手が不明な車両の集団を見つけたと告げてきたのは。
「こちらのレーダーでも捕捉してる。そうやら傭兵支援組合の所属じゃないようだけど」
所属の信号を拾う。レトナークの住人が作る自警団だ。
レトナークには多くのNPCが生きているのだからして、彼らの中に機械生命と戦うものがいるのも当然である。
その手合いなのだろうけど。
「かなり派手に戦ってる」
街に近づきすぎた機械生命を迎え撃つのが彼らの主な仕事。
本来ならこの辺の敵は駆け出し傭兵でも相手ができるくらいに弱いはずなのだが――。
「なんだありゃあ……デカいぜ!」
騒ぎの中心を見ればすぐに分かった。
真っただ中にいる機械生命、それもかなりデカい。
大きさというのは戦闘能力の目安としてわかりやすい。
その基準でいうと、機械生命は明らかにこの近くにいるレベルを超えているし自警団が叶うような相手でもなかった。
「傭兵さんよ、依頼主に言えたことじゃないんだが、あいつらを助けてやって……」
「すぐに車を向かわせて」
「え」
「自警団が注意を引いているうちに一気に片付ける! 急ぎなさい!」
「わ、わかった!」
スコープ越しに観察。機体形状、装備の配置から攻略方法を考えて。
「重戦闘用オーバー、本来はTFが必要。でも注意がこちらに向いていない、いまならワンチャンあるかも」
荷台から飛び降りると全速力で接近する。
ハンガー・クシールは狙撃向きに調整されているが、運動性能だって悪くはない。
「クラス4を超えるってことはアレがあるってことだけど」
近づくととにかくデカい。
ザリガニとサソリを合わせたような機械生命が、ハサミにある機関砲で自警団へと砲撃している。
自警団も車載機銃で反撃しているが、全くの無意味。全て揺らめくような装甲に弾かれている。
――電磁流体装甲! この惑星の巨大兵器が最強であることを約束する無敵の鎧。
「離れてはAMMライフルでは抜けなくなる。でも近づくとヤバい……この危険は、心地いい!」
機械生命相手では、TFのようにオーバーラジエーションも狙えない。
エクソシェルで戦うにはとにかく近づくしかない。では、どこまで。
巨大な機械生命の足元までたどり着くなりスラスターの力も借りて飛び上がる。
向かう先はザリガニサソリの背中の上。
「ここならどう?」
装甲の継ぎ目へ向けて、AMMライフルを撃ちまくる。
わずかに歪んだ装甲が弾丸を受け止め、拡散した衝撃が大気を震わす。
気分は金槌。執拗に一点を狙って撃ち続けて。弾倉が空になったところでようやく止まる。
「……貫通しない。かなり高出力な装甲ね」
十全に機能を発揮する電磁流体装甲のなんと厄介なことか。
仕様上、この世界はかなり火器が強力に作られているはずなのに。
さすがに機械生命も黙ってはいなかった。
鎌首をもたげた対人機銃が猛然と咆哮する。エクソシェルにとっては十分に脅威だ。
撤退を余儀なくされ、背中から飛び降りて走る。
「傭兵、無茶をするもんだ!」
「あんなデカいのを相手するならね。でも通じない、強い。どこから引っ張ってきたの」
「勝手に来たんだよ! 警報を受けて迎撃に出たが、正直俺たちにも無理だ!」
街との距離が詰まってきた。これ以上近づくとまずいことになる。
「いますぐ街の傭兵に緊急依頼をだして。TF持ちの一人くらいは……」
自警団に詰め寄った時のことだ。レーダーに新たな機影が現れる。
信号を捉えると同時、快哉が上がった。
「こいつは……TFの反応だ! 傭兵が来てくれたんだ!」
「まだ依頼出していないんだけど」
呟いた瞬間。大気を引き裂いて砲弾が飛来する。
エクソシェルの持つ豆鉄砲などではない、TF搭載の対機械生命用砲だ。
直撃を受けたザリガニサソリが激しく揺れる。
一発は電磁流体装甲で受け止めたものの、攻撃の危険性を一瞬で察知したらしい。それまでとは異なる攻撃的な構えで向き直る。
確かに私たち有象無象を気にしている場合ではないだろう。
地平の向こうから砂塵を巻き上げ接近してくる機影。
間違いなくTFだろう――しかし様子がおかしい。たいていのTFは人型であるゆえに縦長のシルエットをしている。
だが近づいてくるシルエットは明らかに、平べったいのである。
まさか。脳裏をよぎった悪寒は間もなく現実のものとなった。
大地を抉るのは脚ではなく、無限に回転を続ける車輪と履帯。
回転砲塔の代わりに鎮座するタイタニックフィギュアの上半身、突き出た砲。
それは陸戦の王者と呼ばれる兵器を模して造られた――。
「戦車型TF……!?」
ギャリギャリと地面を削りながら現れた戦車型と機械生命の間で、激しい砲撃戦がおっぱじまった。
多数の脚をもちすばしっこく這いまわるザリガニサソリに対し、戦車型はどっしりと構え。
あー、めっちゃくちゃに被弾してるのを電磁流体装甲へのエネルギー投入量で無理っくり耐えてるなアレ。
そこはTFらしからぬ圧倒的な積載量を誇る戦車型。手数に物を言わせたゴリ押しで優勢に持っていき。
機械生命を捉えた砲弾が装甲を貫くのを、私たちは遠巻きに眺めていた。
機械生命の停止を確認した戦車型TFが、キュラキュラとこちらへやって来る。
「安心したまえ! 街を脅かす機械生命は我々、傭兵団『ロストタンクメモリーズ』の手によって成敗した!」
得意げなところ申し訳ないけれど、見た感じあなたけっこうボロボロなんだけど?