#11 千敵万来の傭兵稼業
「もっと……もっと強く踏んで!」
「あ、姐さん……もう、限界ですって。これ以上は……!!」
あたしの懇願に、苦しげにも思える呻きが返ってきた。
食いしばった歯の軋む音が聞こえてきそう。
揺れに合わせ、上気した膚の上で大粒の汗が弾ける。
ダイカンズイドが、その小さな身体の精一杯を振り絞って。
それでも全然足りやしない。このままでは――。
「機械生命に! 追い付かれるから! アクセル! もっと!!」
「わぁってます! つうかもうベッタベタ踏み限界ですってぇ!!」
イドっちの叫びに対する答えがあたしたちの乗る車の真横を突き抜けていった。
対戦車徹甲弾。衝撃波で一瞬、車体ごと浮き上がる。直撃したらこんなボロ車木っ端だね。
必死の形相でハンドルにかじりつくイドっちを横目に振り返った。
荒野を走る、あたしたちのオンボロオフロード。
その後ろで砂塵を巻き上げているのは、大きさだけで車の五倍は下回らないだろう巨大な機械生命。
「あーあ、こんなことならケチらずエクソシェルが載る奴借りればよかったねー」
うっかりと荒野で野良機械生命に出会ってしまうとは運の悪い。
それも重戦闘用以上のヤバいやつ。対するこっちは素手にも等しい、車だけの身の上だ。
「やっぱり戦えないのってストレスあるわ」
「暢気してないで! つうか銃座くらいないんですぅー!?」
「車なんて走ればいいかなと思っていた。今では反省している」
「フゥゥーー!↑!↑!↑!」
「あ、砲撃の予備動作。セット2カウント」
「もうそれ今じゃなーい!?」
急ハンドル。さっきまで車があったあたりを砲弾が突き抜けてゆくのを見送る。
内角低めでデッドボールかな。
「うん。なにがマヅいって今死ぬとレトナークの病院送りなんだよねーこれが」
あたしにも約束の時間ってものがあるんで、病院送りはヤなんだけどなぁ。
「姐さぁん! 後何キロォ!?」
「いっぱい」
「ハァーン!!」
ひい、ふう、みい。鬼のように撃たれてるけど、さすがはイドっち避けるねぇ――あ、違うわコレ。
砲撃の精度が上がってきてる。こっちの癖まで合わせて来るとか敵の人工知能優秀過ぎない?
ってそろそろ直げ――。
「頭下げろッ!!」
あたしの叫びが間一髪早かった。
イドっちがハンドルを投げ出して体を伏せたほぼ同時、砲弾が車の天井を噛みちぎる。
「っひょ」
無事に残ったシャーシと一緒に錐もみ状態で宙を舞って。
ぐるぐると回る視界を晴天が横切って、地面に切り替わった瞬間受け身を取った。
「空間受け身はVRアクションの基本ンンン!!」
転がりながらダメージゴリっとな。
視界の端に浮かぶステータスには裂傷とか骨折とか、怪我のフルコースが表示されている。
だが体力がミリでも残っている限り傭兵は活動できる。
死ななきゃ安いってもので。
ちなみに車は何回か豪快に地面を跳ねた後、明らかにもう動かない感じに突き刺さって止まった。
こりゃダメだ。
「なるほど。イドっちどんな感じ?」
「来世ではウチが銃座やる。一二〇mm砲積もう……?」
「間違いなく車体ごとスッ転ぶと思うけど期待してる。それじゃあ一緒に振出しに戻ろっか」
「ノオーーーウ!」
機械生命が速度を落とす。
ダンゴムシにごっつい砲台を背負わせたみたいな機械生命『重砲多脚戦車』。
硬い痛い遅くはない、レトナーク周辺に出るアクティブ系のエネミーの中でも頭一つ抜けて強力で厄介な奴である。
外れ引いたねこれは。
すると車を狙っていた大砲が動きを止め、代わりに前方に機銃が現れた。
意外に頭いいなコイツ。そりゃまぁ車さえ潰せば、装甲も機動性もない人間に主砲を使う必要などない。
触覚みたいにひょろい機銃がひくひくと動いて、ゆっくりとこちらを睨んで。
――マズルフラッシュが閃き、直後に砲弾が装甲へと突き刺さった。
衝撃が空間を揺らめかせる。だがそれだけだ。
どれほど強力な砲撃であろうと、電磁流体装甲は単発の侵徹に対して無敵に近い強さを発揮する。
もちろんそんな理は誰もが知るところ。
だから連続しての集中砲撃が始まる。足を止めていたことが災いしてか全弾もろに受け、ついに電磁流体装甲の防御効果が破断した。
あとは一瞬。殻に比べれば中身なんて砂のように脆い。
砲弾が内部機構を食い破り、重要な機能を根こそぎ破壊していって――。
――キュイイイイバアアアア
電子音の悲鳴を残しアルマードキャノンが機能を停止する。
「えっと。まだ病院じゃないかーんじ?」
「そんなかーんじ。どうやら意外とツキがあるかもね」
振り返るまでもないかもしれない。
この世界であんな重戦闘用の機械生命をぶっ斃せる奴なんて、考えるまでもない。
甲高いスラスター音と共にやってくる巨大なヒトガタ。
史上最強の機械兵器、タイタニックフィギュア。それも機影は複数あった。
「はぁ~やっぱTFつえー欲しいー~」
「ねぇイドっち。あいつらちょっと……強すぎない?」
近づいて来るにつれ機体の詳細が露わになってゆく。
機種は不揃い、というよりも店売りで見かけた感じの部品がない。
となればまず間違いなく傭兵による手作り品。
こんな初期街の周辺で見るには不釣り合いな、高級品である。
イドっちと二人顔を見合わせている間にTFたちは目の前までやってきた。
てんでばらばらな形をしたTF、しかし統一されたエンブレムが目を引く。ということはやはりアレだろう。
「NPC商人の襲撃イベントかと思ったが、まさか傭兵だったとはな。不用心だ、車両だけで移動とは」
先頭に立つのは、なんだかスカした二足野郎だ。
頭部タレットから突き出した砲身がこちらを睨む。こちとらエクソシェルもないんですけど?
「おおぅっ、すっげぇ迫力美人」
「もう一人ちっちゃ! 凸凹コンビ……アリだと思います!」
そして聞こえてるぞ背景ども。デカいいうな、確かに仮想躯体の身長伸ばしてあるけどさ!
背の低いイドッちと一緒にいるのもあってよく目立つのよねぇ。
「ねぇ君たち? レトナークを出るにしても車だけで走るなんて度胸あるねぇ」
「悪い? こちとら貧乏人なのよ」
傭兵がTFもなしにうろついている理由なんて、たいてい金欠と相場が決まっている。
ケラケラと笑っているところから見るにこいつらもわかって聞いてきたみたいだけど。
先頭に立つ機体が興味をなくしたように砲身をそらした。
「これ以上ここにいても利益にならん。我々は撤収するが、さすがに捨てていくのも気が引ける。ついででよければ街まで送ろう」
面倒そうな物言いが引っかかるけど、病院送りを避けられるなら贅沢は言うまい。
「……ありがと、お願いするわ。あたしはワズ。で、こっちが」
「ダイカンズイド。よろよろー」
「こちらは傭兵団『スプレンディドトライアンフ』所属、『フランムリナ』だ」
――傭兵団。
それはゲーム内で任意に作成できるプレイヤーの集団のことだ。要はギルドとかクランの、このゲーム内での呼び名である。
サービス開始からさほども経っていない今の時点で、フルスクラッチビルド機を揃えたマシーナリーコープス。
つまりほぼ間違いなく、彼らは前作からの引継ぎ組だ。
◆
都市『ジェイベル』。
始まりの街レトナークを出たプレイヤーが次に訪れる先の選択肢は色々とあるのだけど、その中でも割合に人気な街がここジェイベルである。
まずレトナークよりも規模がある。経済活動も活発で、いきおいTFの部品類も揃いがいい。
依頼任務も豊富でステップアップの先としては順当とされていた。
ジェイベルの街へと送ってもらった後、スプレンディドトライアンフの面々と別れたあたしたちは街の中心にあるビル街に向かっていた。
そのなかでもいっとう高いビル、目指すは基幹企業のひとつセドニアム重工の支社だ。
「ようこそおいでくださいました、ワズ様」
受付で要件を告げると恭しく奥へと案内された。
開放的で明るいオフィス。見たところ行き交う社員たちの身なりがいい。基幹企業ともなれば支社でも景気がいいのだろうか。
「初めまして。私はセドニアムにて傭兵向けのエージェントを務めている者です。まずはお話を受けていただき感謝いたします」
マネージャー、彼は自らをそう呼んだ。くすんだ金髪を丁寧になでつけたイケおじNPCである。
「時に。ジェイベルへの道中、大変な目にあったと耳にしましたが」
「あーね。通りすがりのコープスが居なかったら車ごと粉々になってたくらいで、大したことないよ」
実際、傭兵は自動蘇生プログラムがあるから死んでも安いまである。
慣れたもので特に感動もなく流してから、彼の視線は隣のおちびちゃんへと向いていた。
「なるほど。時にワズ様、お連れの方をご紹介いただいても?」
「あー、こいつはね……」
「ちぃーっす! ウチはダイカンズイド。よきにはからえーっす!」
イドっちがしゅたっと手を挙げる。椅子の高さがあってなくて足が浮いている、見た目だけなら本当に可愛いなコイツ。
それに惑わされないのはさすが経験を積んだNPCというところか。
「ダイカンズイド様……グランプリにて二位につけた強者とお聞きします」
「それほどのものね!」
「たまたま、道中コンビを組むことになってね。あたししかダメだったら放り出すけど?」
「姐さんひっで!?」
マネージャーはにこやかな笑顔で首を横に振る。顔がいいので絵になるな。
「まさか、それには及びません。我々は一人でも多くの優秀な傭兵に参加していただきたいと考えております。ぜひご一緒にお聞きください」
イドっち、ここで得意げになるから可愛いんだよなぁ。
「オッケ。じゃあさっそく始めましょうよ。呼び出したのは雑談のためじゃあないでしょう?」
「承知しました……しかし、ここから先は社外秘の情報になります。最終的な返事の如何に関係なく、口外無用ということでお願いします」
「問題ないわ。こっちだって傭兵稼業、道理くらいわきまえてる」
「え、そなの? あ、ハイ。もちもちダイジョブよー」
マネージャーのイドっちを見る目が若干険しくなったような気がする。
なんかあれば面倒みるから。あたしのアイコンタクトは辛うじて通じたようで、彼は咳ばらいを挟んだ。
「そうですね、まずは……。お二方は機械生命というものがどのようにして増えるのかをご存知でしょうか」
「ええ? 機械生命? えーと確か、マシンウイルスを散布して電子機器に感染するんだっけ」
「そうですね。それがかつてこの惑星ムリンを襲った悲劇の正体。しかしながら現在は対策が進み、単純なマシンウイルスの感染による機械生命化はごくわずかです。それに、例えばアルマードキャノン。人類はアレに類する機械兵器を使ったことがない。にもかかわらず荒野に存在する……何故だと思いますか?」
「それってさー、機械生命が勝手に増えてるってことぉ~?」
イドっちの当てずっぽうに、マネージャーがもったいぶって頷いた。
「機械生命には生産拠点がある。我々はそれを『マザーファクトリー』と呼んでいます。そもそもは旧大戦における無人兵器生産プラントだったらしいのですが、まるごとマシンウイルスに感染し今では機械生命の母体と化しているのです」
「はぁん。そんな説明するってことは、そのマザーファクトリーってやつと戦うってことね?」
「わーお大物」
イドっちと顔を見合わせる。思ったより派手なドンパチが楽しめそうじゃない。
「ご推察のとおりです。我々は拠点級マザーファクトリーの存在を掴んでおります。これを撃破せしめ、その中枢たるコアモジュールを確保する。ワズ様とダイカンズイド様には本作戦へと戦力として参加していただきたい」
ところであたしたちTF持ってないんだけどもしかして――生身で拠点級兵器と、戦るの?