midori

作者: 秋雨康一

 その星には、海があり、真っ白な植物が大地に広がっていた。 

 そしてここに…おそらく一人と呼んでも遜色のない生物がいる。でこぼこした頭、申し訳程度の短い腕、長い胴から出ているたくましい二本の足、おそらくは 三本目の足と思える背から続く長いモノ。全身の色は、その体内にに流れる液体のように緑色をしていた。こんな姿だが、彼にも一応人格がある。ここでは、パジフという 名前を付けておこう。

 その日、パジフはいつものように枯れ枝の寝床から立ち上がった。腹の奥底から、山一つ向こうに住むガラガラのうなり声の様な音が聞こえてきたからだ。この音が聞こえると、元気がなくなってしまうと云うことに彼は最近気が付いた。

 火を噴く山と白い植物の広がる大きな平原を抜け、パジフは大きな水たまりまでやって来た。その間にも、彼のお腹からは大きな音が出ていた。

(何とかこの音を沈めないと…)

 パジフは、ただ一心不乱にその水を飲み始めた。喉から大きな音を出し、腹の奥底まで水を流し込む。やがて満足したのか、彼はその場にぺたりと座り込んだのである。 

 ただこれだけの日常。たまに火噴き山が怒り、寝床を変える羽目になることがある。それでも、また新しい場所に移ると云うこと自体は、彼にとっては大した 苦痛ではなかった。 

 いつになく穏やかな風。空から降るまぶしい光を浴びていると、体中に流れる緑色の液体が沸騰してくるような気さえした。その情熱に胸が 熱くなり、彼は空を見上げた。 大きな紫色の空。そこに浮かぶ一つの小さな点にパジフは気が付いた。つぶらな黒い瞳でその軌跡を追っていたが、それは徐々に彼の方へ近付いているようである。点はやがて面となり、さらには一物体となり大きな水たまりの真ん中に落ちた。

 それは、陽光に照らされてぎらぎらと光る塊だった。パジフは、好奇心だけでそれに近付く。というのも、火噴き山以上の恐怖をそれから全く感じ取ることが できなかったらだ。 

 彼が落下物に近付くと、それは動いた。彼の目の前でみるみると形を変え、やがて側面に大きな穴が開いた。そこから何かが見え、聞いたことのない音が彼の聴覚器官を反応させた。音の正体を確かめようと穴の方に一歩近付いた時、一瞬何も見えなくなった。と同時に全身に熱い痛みが走り、彼は横転した。

 顔は水の中に落ちてしまったが苦しくはなかった。徐々に緑色に染まる水を彼は水中から見つめていた。ただ、最後に視界が夜のように真っ黒になるのも何となくわかった。 



 人類移住計画の候補地として選ばれた星。我々がこの星に到着したのはつい先程のことである。探査船は、湖らしき場所に着陸した。

 一通りの装備を整え宇宙船から出ようとすると、私の目の前にはその昔地球にも生息していたという恐竜によく似た大きな生物がいた。一応、いくつかの言語を試してみたが全く通じている様子はなかった。それどころか、私の方に近付いてきたのである。 

 するとその時、私の隣にいた隊員がレーザー銃の引き金を引いた。恐竜もどきは倒れ、その血液と思える緑色の血が水面に広がっていった。 

 それが、私たちのこの星における侵略の第一歩だった。



 それから、かなりの時が流れた。



「お父さん、どうしてあの桜は、他の桜よりも紅いの?」「それは、あの木の下に殺された人が埋まっているからだよ。死体の赤い血が、あの桜を美しくしているのさ」

 父親らしき男は、子どもを脅すようにそう話した。彼流のブラックユーモアのつもりだった。だが、子どもは真に受けてしまったようである。

「ふーん、そうなんだぁ。じゃぁ、植物に緑色のモノが多いのは、地面に緑色の血の人が殺されて埋まっているからなんだね」と。 

 少し調子に乗りすぎたかと、苦笑する父親。

 しかし、子どもの答えは、あながち間違いではないのである。 

 この星の緑は、罪の色。

 消えることのない侵略の証。 

 人々は、その色の真の意味も知らずに生きていく。 

 己が幸せだけを守るために。




                END

14年前に書いた作品の手直し版。哲学を真っ向から否定するようなストーリーw