作者: oruto

 ある真夏の日の事、田舎の祖父母の家に来ていた俺は、照り付ける陽射しの下で、畑仕事を手伝っていた。滴り落ちる汗を感じながら、せっせと草をむしる。普段は都会で暮らしているから、この作業は結構辛いが、同時に充実感も感じていた。

 一時間くらいしただろうか、畑の一角の草むしりを終えて、少し休憩でもしようかと考えていたら、地面に影が差した。天気予報は晴れだったが、もしかしたら通り雨でも降るのかと思って空を見上げようとしたら、その前にその影が俺に覆いかぶさった。あまりに突然で、受け身も取れずに地面に倒れてしまう。その下手人は俺の上に乗ったまま、大声で笑った。

「ははははは! 相変わらず弱っちいなぁ。私も支えられないのかよ」

「そりゃ、突然のしかかられたら誰だって倒れるだろうよ。さっさとどいてくれ」

「しょーがないなー」

 俺の上から重石が退いたので、再びのしかかられる前に立ち上がる。そこら中に付いてしまった土を払い除けながら、この下手人を見る。ここに来たとき、毎回遊んでいる幼馴染が、今年も健康的に日焼けした姿で立っていた。

「全く、こっちに来てたんなら言えよな。私がここを通り過ぎなかったら、ずっと知らないままだったところだったぜ」

「それはすまんかったけどさ、だからってのしかかる事は無いだろ。ちょっとは女らしさってのを手に入れろよな。もう高ニだろ?」

「ハッ。やだね。それじゃ私が私じゃなくなっちゃうだろ。そんなつまらない女になるくらいなら、女らしさなんていらないね」

「……まぁ、お前がいいならそれでいいけどよ」

 清々しい彼女の言葉に、俺は何も言えなくなった。年頃の女の子なのに、ノースリーブと短パン姿の彼女に言ったところで、暖簾に腕押しというものだった。段々と女らしくなっていく体とは裏腹に、全くと言っていいほど変わらない内面に、俺は殆ど諦めの境地に達している。

「それで、どっかに行く途中だったんじゃないのか?」

「あぁ、ちょうど今日が祭りだったから、暇だったし行くところだったんだ。どうせだし、一緒に行こうぜ」

「そういえば、今日だったか」

 この小さな村のお祭りは、昼から夜のちょっと暗くなるくらいまで行われる、小さなお祭りだ。屋台も、殆ど知り合いのやっている、毎年同じものしかない。そんなお祭りでも、小さい頃の俺たちには、数少ない楽しみの一つだった。

「何も無ければ行ったんだけどな、一応、畑の手伝いしてるから、それが終わってからな」

 俺は、ひとまず断った。しかし、彼女の性格上、それですむとは思えなかった。案の定、彼女は俺の手を引っ張って、むりやりにも連れて行こうとし始めた。

「そんなこと言うなって。おじちゃんも祭りに行くなら許してくれるって」

「そうだろうけどさ。俺にも体裁ってものがあるわけで」

「そうかもだけどさ。それとも、私と祭りに行くのがイヤか?」

 彼女は、さっきまでの勢いを失い、しゅんと萎れながら、俺のことを上目遣いで見つめる。こういうところがズルいんだ。俺が、その目で見られたら、断れないことを知っている。女の子らしくなくていいと言うのに、女の子を使ってくる。俺は、彼女から顔をそらした。

「いや、そうは言ってないだろ」

「じゃあ行こうぜ! な! な!」

 そして、引っ張られるまま、俺はお祭りの会場に引きずられていった。


 彼女とのお祭りは、なんだかんだいって楽しかった。毎年行っているから、屋台のおっちゃんたちとはだいたい顔見知りだ。俺と彼女の二人組は、いつも一緒だから、それなりに知られている。ちょくちょく割り引きとかもしてもらいながら、屋台巡りをした。

 お祭りの最後には、数発の花火が毎年打ち上げられる。俺たちは、近くのお寺の境内で見るのが、毎年の恒例になっていた。二人で、屋台巡りで買った食べ物をつつきながら、思い出話をして過ごす。これが、密かな楽しみだった。

 しばらく話していると、彼女が唐突に立ち上がった。花火が打ち上がるまでは、まだ一時間くらいの時間があった。

「どうした? まだ食べ物が足りなかったか?」

「……やっぱり、女の子は女の子らしい格好した方がいいのか?」

「は?」

 それは思っても見ない問いかけで、思わず間抜けな返事をしてしまった。こちらをみる彼女は、とても真剣な表情をしている。それは、普段は見ない彼女の表情だった。

「そりゃ、女の子らしい方がいいんじゃないのか? ま、お前……」

「分かった」

 お前はそのままでいいんじゃないのか、そんな言葉は彼女に遮られた。彼女は、ぎゅっと両手を握ると、俺から背を向けて、境内の外へ歩き出した。

「おい、どうしたんだよ? 俺、なんか悪い事でもしたか?」

「ちょっとそこで待ってろ!」

「お、おう」

 彼女のそんな様子に、どうすることも出来ず、ただ待っているしか出来なかった。


 そうして一時間もしただろうか。もうじき、花火が打ち上がってしまう時間になっても、彼女は戻ってこなかった。待てとは言われたが、ここまで待っても戻ってこないのは予想外だった。どこかで何か起こっているんじゃないかと心配になって、動き出そうとした直前に、彼女は戻ってきた。

「全く、遅いって、今まで何し……」

「ごめん。少し手間取っちまってさ。ぎりぎりになった」

 戻ってきた彼女に言おうと思っていた文句は全て、彼女の格好を見た瞬間に吹き飛んでいた。彼女は、浴衣に着替えていた。

「浴衣に、着替えてみたんだ。お前が、そんなに女の子らしくしろって、言うからさ。でも、私はこれくらいしか、持ってなくて」

 彼女は、ひらひらした物を着るのが珍しいからか、とても恥ずかしそうにしていた。もじもじとしている彼女は、普段のさっぱりとした姿とは違って、まるで別人のようだった。

「なんとか、言えよ。これでも結構、勇気、出したんだからな……?」

「ごめん……」

 彼女が気恥ずかしくしているからか、俺まで照れてしまう。気まずい沈黙が続いた。分かっている。今、待っているのは彼女で、待たせているのは俺だ。だから、花火の上る音が聞こえた時、背中を押されたように感じた。花火の開く音と合わせるように、俺も口を開いた。

「綺麗だよ」

 彼女の勇気とは比べ物にならないほど、小さな勇気だった。多分、殆ど聞こえてなんていなかっただろう。俺には、これが限界だった。

「何? そんなに小さい声じゃ聞こえないぞ」

「いや、お前には似合わないなって言っただけだよ」

「なんだって! 私がどれだけこれを着るのに苦悩したと思ってるんだ!」

 俺の発言を聞いた彼女が、俺に襲いかかる。今度は、俺から言ってあげられるようにしたいと思いながら、大人しく彼女に殴られたのだった。