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第三話『見習い騎士カリア・バードニック』

 未来の騎士団の俊英にして、誇り高き騎士そのもの。カリア・バードニック。


 だが彼女の言う騎士とは、戯曲や舞台なんかで尊ばれる騎士道を重んじる存在とは、少し、いや大きく違う。


 カリア・バードニックの中にある騎士像とは。ただ強き者に過ぎない。たとえ弱きに手を差し伸べる心をもっていても、正義の為に命を投げうつ意志があったとしても。弱き者であるならば、それは彼女の中で騎士と認められない。


 ゆえに彼女の中での強さとは、弱きを守る為のものではない。力とは、更に強き何かを打破する為の手段であると、かつて彼女は言った。そして、その強さが武力であれ、財力であれ、力持つ強き者とは努力した者であり、力無き弱き者とは努めなき者だとも。カリア・バードニックはその考えを心の底から信じている。正しいと確信している。


 強者の理論。才あるものの傲慢。ああ、全く懐かしい。あいつは俺に直接言ったのだっけ。弱い貴様の人生など、無価値そのものだと。


 ――ガィン――ギィイン――。


 頬をひくつかせながら、眼下を覗き込む。カリア・バードニックは剣を波打たせつつ、自分より数周りは大きい猪型の魔獣との戦いをこなしている。少女が銀色の髪の毛を揺らしながら戦うその様は、いっそ幻想的な光景にすら見えた。


 カリア・バードニックがその暴力的ともいえる言動を許されたのは、一つは彼女自身の才覚。そしてもう一つは、その器量にあった。彼女は紛れもなく美しい。彼女が騎士団の中で台頭し始めたころ、その姿に憧れ騎士を志す婦女子が増えたというのはよく囁かれる噂話だ。噂の真偽は別として、彼女がそのような噂が囁かれるまでに強く、そして美しかった、というのは確かだ。だから、許された。弱者に対する冒涜的な生き方も。


 ああ、嫌だ。とても嫌だ。俺が会いたかったのはただ一人、アリュエノだけだ。何故顔を合わせるのすら嫌な奴に真っ先に会わねばならないのか。


 カリア・バードニックは救世の旅で、ことあるごとに俺を目の敵にしてきた人間だ。理由は単純だろう。ただ俺がパーティの中で、圧倒的な弱者だったからだ。ゆえに差別し、偏見をもち、迫害する。余りにも真っすぐで、自分の基準から外れるものに寛容を持たない生き方。俺はこいつが、大嫌いだった。



「おかしいな……以前は、そう以前は打倒したはずだろ。何を手間取ってんだ」


 樹木の上から、カリア・バードニックの剣技と、魔獣の豪力とのせめぎ合いを観察する。そして思わず、顔を顰めた。


 以前、つまり当時の俺が此処に来た時の事はおぼろげながら覚えている。あの時まだ心に良心らしきものがあった俺は、魔獣と戦おうとしているカリア・バードニックを、止めようとしたはずだ。


 だが返ってきたのは裏拳だった。邪魔だと言わんばかりに全力で顔面に拳を叩きこまれ、俺は鼻を折ってその場で昏倒した。気づいたのは全てが終わって、夜になってからだ。


 そう、そうだ。確かこの森での戦いが、カリア・バードニックという名が世に広まる最初の出来事であった覚えがある。現場を見ていないので何とも言えないが、彼女は見事魔獣を討ち果たしたのだと伝え聞いた。


 反面、俺は散々だった。当然に偵察は失敗。そのお陰で元々なかった信用は地の底の更に下に落ち、長い間リチャード爺さんの下請け仕事は愚か、簡単な仕事さえ受けれない始末。ドブ浚いなんて綽名を付けられ、惨めな青春を送ることになった。


 ああ。思い出すとどんどんむかっ腹が立ってきた。


 だが、何にしろカリア・バードニックが此処であの魔獣を打倒したのは事実のはずだ。だが、それにしては妙に時間をかけている。いや、違うな。間違いなく押されている。


 彼女は見事に剣を操って魔獣の暴力をいなしてはいるが、ただそれだけだ。明らかに決定力に欠けている。隙が出来るのを見計らっているのだろうが、それに転じるだけの余裕がない。


「何をやってるんだ、あんた」


 歯を鳴らす。なんだあの技量は。あれが本当にカリア・バードニックか。俺が知っている彼女は、あんな無様な戦い方はしなかった。あんな無駄な動きはしなかった。細部まで洗練され、全てが計算され、紛れもない才気を感じる剣技を振るっていた。


 あんな奴は大嫌いだ。ああ、大嫌いだったとも。だがその力は紛れもなく本物だった。だから、嫌悪していたが認めていた。だがあれは何だ。未熟で未完成で無策。あいつは、あんな技量で大型の魔獣と戦おうとしていたのか。


 何故怒りがあるのか分からない。何故、唇を噛んで目つきを強めているのか分からない。何一つ分からない。心境は極めて複雑だ。


 今まで何とか保たれていた拮抗が、崩れる。魔獣の暴力を受け止めきれなくなったカリア・バードニックが、僅かに体勢を崩す。


 魔獣が、大きく唸った。彼女の体勢は、未だ立ち直ってない。紛れもない体力の限界だ。そしてあの種の魔獣が唸りをあげる時。それは即ち相手を敵ではなく、ただの獲物と見据えた時。


 ――ギィィイイイン。


 彼女の剣が、残響音を残しながら魔獣の牙に跳ね飛ばされる。彼女は攻撃を避ける為に一歩下がるが、それでは浅い。その距離では魔獣のチャージに完璧に捕捉される。


 ふと、思い出した。そういえば彼女の身体、その肩口には大きな傷があったな、と。それを見てしまった時は、頬骨を折られたが。


「ッ、ああ。ったく……! 本当に何やってんだ、あんたはァ!」


 ああ嫌だ。全く、見てられやしない。


 嫌いだ。だからこいつは、大嫌いだ。緑のぼろ布を揺らしながら、足場を蹴る。手に構えたのは二本のナイフ。安物で、グリップも緩い。だが十分だ、俺がすることはただ落ちるだけ。方向性をつけ、大型魔獣の眉間に向けて一直線に。


 魔獣は幸い、眼前の無防備となったカリア・バードニックの姿に釘付けだ。ならば間違いはあるまい。


 跳べ、跳んで殺せ。一直線に。抉りぬけ。


 銀色の軌跡を残したまま、俺の身体は奴の最も弱い部分である、眉間へと衝突した。


 響き渡る慟哭と、肉を裂く音。


「グ…ァアァァアアガッ!」


 鉄が肉と神経を抉り、血流を迸らせる。ナイフは落下の衝撃をそのまま糧とし、根本まで魔獣の眉間へと突き刺さっていた。

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