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第二十一話『自分勝手な者同士』

「これでも場末の酒場じゃあ、それなりのロミオって呼ばれたこともあるんだけどねぇ」


 その言葉はどうにも、皮肉さを持っている様にカリア・バードニックには思われた。わざとらしいというか、芝居がかっているというか。思わず銀色の瞳を丸めながら、戸惑うように窓枠へと足をかけたルーギスを見つめる。


「貴様、どうやって此処を……いや、違う。何故此処に来た?」


 カリア・バードニックの動揺は明らかだった。銀色の瞳は見開かれ、その思考が上手く回転していないことを告げている。何時もは機敏な指先が迷うように揺れ動きつつ、それでもゆっくりと窓の鍵を開けた。


「どうにもこうにも。囚われの姫がいりゃあ、救いに来るのはロミオの役目でしょう? まぁ、今回は囚われの騎士かもしれませんがね」


 ルーギスはそのまま身体についた枝葉を払うと、当然のようにそう言い、おもむろに手を差し出してくる。びくりと、猛獣にも怯えはしない身体が震える。あえて呆れと、驚嘆を含めたような表情で両眉を吊り上げ、カリア・バードニックはゆっくりと首を横に振った。


「違う。私は囚われているんじゃない。自ら望み、こうしているだけだ」


 それは間違いなく虚言だ。幾分の混じりけもない、純正の嘘。神に懺悔を捧げながら口から出た言葉にカリア・バードニックは、思わず視線を横へと逸らした。


 ああ嘘だ。嘘に決まっている。だがどうして、その手を取ってしまいたいと言えるだろう。どうして、何処へでも連れ出してみるが良いと言えるだろう。此処でその手を取る事は、父への不義。あの時この男を助ける代わり、望みのままにするといった誓いを破ることになる。その汚れは、カリア・バードニックの矜持、倫理、人生観。何をもってしても拭いきれるものではない。


「それに、貴様のようなみすぼらしい男に、助けてもらう気もさらさらない。帰れ。帰ってしまえ、何処へでも」


「……何ともまぁ、勝手な御仁だこって」


 唇を尖らせて吐き出す言葉に、ルーギスは肩を竦めて反応を返す。仕方ないと、まるで不機嫌な猫を宥めすかすような態度だった。


 気に入らない。銀髪がふらりと揺れた。そうだ、最初からこの男は気に入らなかったのだと、カリア・バードニックは記憶を手繰らせる。人を勝手だというが、こいつはどうだ。勝手に人の戦いに口出しし、勝手に人を庇い、そして勝手に人を救うと、ぬけぬけと言ってのける。ああ、なんて勝手な男だ。


「勝手なのはどちらだろうな、ルーギス。砦での貴様の勝手な行動には、私も頭を悩まされたものだが?」


 棘を剥き出しにした言葉が、自然とカリア・バードニックの口から漏れ出ていた。八つ当たりのような、しかしてそれでいて不貞腐れたような言葉。


「勿論あんたさ、カリア・バードニック。勝手に俺の命を助け、勝手に騎士団を退団し、勝手にこんな所にまで来てやがる。ああ、勝手な女だとも」


 一方的な物言いに、カリア・バードニックが銀髪を震わせて怒りを露わにする瞬間、その細く白い指が、無骨な手に握られた。その感触に思わず、憤激と共に吐き出されるはずだったカリア・バードニックの言葉たちが再び喉を擦り落ち戻っていく。


 腐っても騎士階級、上流階級の人間に、こんな手をした人間はいなかった。騎士団の中でも、騎士として誇るべき訓練の跡はあれど、こうも無骨な手をした人間はいない。所々擦り切れたように傷が残り、柔らかさはまるで感じられない。むしろささくれているのか、接する肌に僅かな違和感すら覚える。男らしいというよりも、生きる為すり減らされた手。心地よいものではない。手をとる荒々しさはまるで、獣のような手つきですらある。こんな手を握ったことも、握られたことも初めてだ。


 ああ、だが――手を握られ、こうも感情が昂ぶりを覚えたことも一度もない。


 知らず、カリア・バードニックは手を握り返した。その白い頬に僅かな朱色が混ざる。意識したわけではない。無意識だ。ゆえにこれは己の意思ではない反射行動なのだと、何度も頭の中で繰り返した。


「――だから、俺も勝手にすることにしたんですよ、ええ。あんたをこの屋敷から強奪する。あんたと、バーベリッジ・バードニックの約束なんざ知ったことか。俺はただのドブネズミなもんでなぁっ」


 ルーギスがカリア・バードニックに対して使う、曲がりなりにも振る舞われていた敬語が取り払われ、強く腕が引かれる。間近で見るその瞳には、仄暗い煌きが、宿っているようであった。


「そう、か……ふん。勝手にしろ、此の勝手者め。ああ、だが私を強奪するとは、大きくでたものだな。ええ?」


「ええ、何せ勝手者に与えられた命なもんで。さて、あ゛ー……命が惜しけりゃ、とっとと従って外の馬車にのってくださいますか、姫様。いや、騎士様かね?」


 その即興で作り上げたであろう悪党のセリフが、何ともとぼけたもので、思わずカリア・バードニックの頬が緩んだ。


「姫でも騎士でもあるものか。カリアだ。ただのカリアだ――ルーギス、どうだ、貴様はただのカリアの味方か?」


 そう、バードニック家から強奪されてしまうのであれば。それがきっと相応しいと、カリア・バードニック改め、ただのカリアは目を細めた。


「……ああ、勿論」


 戸惑ったように一拍。言葉を選ぶように唇をゆっくりと開きながら、ルーギスはそう呟いた。

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