王太子殿下、それは殺人です

作者: 紀伊章

作中の裁判の形式的な事はあまり突っ込まない方向でお願いします。

 

 はい、こんにちは。

 こちら、前世は日本人。転生先は、デザインは昔のヨーロッパ、魔法のおかげで生活は現代、の侯爵家嫡男オーウェン・アントリム、転生の詳細は割愛、です。


 や~、最初に気が付いた時は、興奮したけどね~。

 俺TUEEEするにも、持ってたスキルは記憶力強化。

 便利だけども、便利だけども!むしろ前世で欲しかったヤツ~。


 じゃあ知識チート!!も、生活環境整ってるし、前世の記憶は入社5年の営業、普通のリーマン。

 学歴ないし、あることは知ってても作り方や仕組みを知らなかったら、どうにもなんないよね~。


 不遇転生で家出ちゃう?も家庭円満。しかも兄弟姉妹ゼロ。

 ダメもとで、父に隠し子がいないか聞いて殴られたわ。


 しょうがないんで、精神年齢高めのただの貴族の子供として頑張ってたら、王太子にとっつかまりました。


 このライアン王太子がチートで嫌になるわ~。

 こっちが前世の知識からぽろっとこぼした内容で、がんがん改革。

 どんどん忙しくなる僕と親友とそれぞれの取り巻き。


 親友エイデンとは、王太子の側近と婚約者候補をピックアップ用王家主催のゆるめの子供パーティーで、出会いました。僕と親友が10歳、王太子が12歳の頃。

 こっちが侯爵家嫡男、向こうが公爵家三男。今の身分は向こうが上、将来の身分はこちらが上、で、どう扱えば、と周りがオロオロしていたところに、「同じでいいよね」と声をかけてくれたのが最初。


 あっさり仲良くなって、それぞれの寄り子貴族の同年代の子たちと一緒に和やかにしてたところで、まとめて王太子にかっさらわれた感じ。


 ちなみに、同様のパーティーで、今の婚約者アリッサと出会いました。

 王太子16歳で隣国の王女との婚約が正式決定するちょっと前。デビュタント前の娘たちを一応確認て感じのガーデンパーティー。


 伯爵家の後継予定なのに、家で冷遇されてて、本人にも季節にも合ってない、もっさりした濃緑色のドレスで重そうに歩いていました。「杉の木の着ぐるみ?」吹き出してしまったお詫びにエスコートを申し出たのがきっかけ。


 帰って母に話したら、もともと母が目をつけてた娘だったらしく、あっという間に縁談まとまりました。

 伯爵家の後継は、彼女の父の従妹でかつ再婚相手の連れ子に代わり、彼女は、実母の実家(うちとは別の侯爵家)の養女になったので、侯爵家同士の縁談に。


 前世の年も合わせると完全にロリだが、この世界の人は大人びてるし、実際に結婚するのは20歳位だから大丈夫でしょう。

 婚約者のアリッサ嬢は、今世の僕と同い年、ちょっと話しただけでも賢そうな、年の割に大人びた美少女ですよ。



 ***


 わたくしは、アリッサ・リングヒル。

 ソルテリッジ侯爵家から嫁いできたお母様から生まれた、このリングヒル伯爵家の後継でした。


 数年前にお母様が亡くなり、その半年後にお父様が再婚されました。

 今は義母となった再婚相手の方は、もともとお父様の家系の従妹にあたる方で、商家に嫁いでおられた方。わたくしのお母様が亡くなった頃に、一人娘を連れて離縁して実家に戻ってこられて、お父様と再会し、再婚の運びとなりました。

 身内、再婚同士ということで、服喪の期間が最短の半年での再婚となったのです。


 優しかったお母様を亡くして最短でのお父様の再婚には、複雑な気持ちもありました。

 けれど、物語のように愛人親娘が連れてこられたのではありません。

 当時のわたくしもデビュタントまで数年、それほど幼くもありません。受け入れるつもりでした。


 最初の違和感は、義妹の誕生会の主催をするように言われたことでした。

 その前の月はわたくしの誕生月でしたが、お母様の喪に服し、何もしておりませんでした。

 再婚直後ということもあり、まだ早いのでは?と申し上げましたが、お父様から「そんなことはないさ」と言われました。


 どうやら先月のわたくしの誕生日も覚えておられなかった様子でした。

 仕方なく義妹の誕生会の主催を行い、準備を義母と義妹にも覚えてもらおうとしましたが、全く協力してはもらえませんでした。


 次の違和感は、お母様のドレスや装飾品でした。

 これらは本来お母様の持参金の一部にあたり、今のところ、お母様の実子であるわたくしにのみ権利があります。

 義母も義妹も、借りるときは断ってくれるのですが、すでに身に着けており、断りにくいのです。

 返却も必ずこちらからお願いせねばなりません。

 お母様のものを勝手に持ち出していることもあり、お父様に申し上げましたが、貸出許可と返却を行っているということで、取り合ってはもらえませんでした。


 それでいて、義母も義妹も、新しいドレスや宝飾品をお父様に随分と買ってもらっています。

 お父様曰く、ドレスや宝飾品を持っていなかったから、とのことです。

 わたくしには、お母様のドレスや宝飾品があるからと新しく買ってはくださいません。


 ドレスや宝飾品には時流がありますから、流行遅れのものを身に着けているのは恥です、と申し上げました。ですが、お母様のものは侯爵家で仕立てたもので質が良いから問題ないと、聞いてはもらえませんでした。


 その後もわたくしの誕生会は開かれることなく、義妹の誕生会の準備のみ申し付けられるようになりました。

 義母も義妹も何もしませんので、すべてわたくしが差配します。


 いっそ物語のように、義母と義妹が愛人親娘で、ドレスも宝飾品も奪われて戻らない、そこまでいけば周囲に話を聞いてもらえて、物語の主人公のように幸せになれますでしょうか?

 詮無い事を考えてしまいます。


 そして昨日、侯爵家の嫡男の方との縁談を申し付けられまして

「……遂にこの家の後継を正式に外されるのね」

 お父様から愛されていなかったことを認めるのは、辛いことでした。

 お父様は、格上の侯爵家との縁組を望んで結婚前はお母様に尽くしていらしたけれど、結婚してからはお母様とお母様によく似たわたくしを疎んじているようだ、と古参の使用人がこぼしているのを聞いてしまった事がありました。

 お父様にとってお母様は相性の悪い相手だったのかもしれません。言っても詮無い事です。


 縁談相手の名を聞いて驚きました。

 今を時めく、侯爵家の次期当主。

 王太子殿下の最も覚えめでたき側近にして懐刀。

 王太子殿下の数々の功績も、彼なくしてはあり得なかったとまで言われています。

 そして、わたくしを賢くて美しいと褒めてくれた方です。


 出会いは、数年前の王家主催のガーデンパーティーでした。


 母の形見のドレスでパーティーにふさわしくリメイクしておいたものを、義妹に持っていかれてしまっておりました。流行遅れなだけでなく、ドレスコードもあまり適切でない格好で参加することになってしまい、ひそひそとした嘲笑を受けていたたまれなく思っていました。


 突然「スギノキノキグルミ?」という声が聞こえました。

 意味の分からない言葉に思わず振り返ると、すっきりとした見目でわたくしと同じ年くらいの少年が楽しそうに笑っていました。


「失礼いたしました。お美しい方がお可愛いらしい格好でいるので、つい楽しくなってしまって。お詫びにエスコートさせていただけないでしょうか?」


 面と向かってドレスを揶揄されたようで戸惑いましたが、わたくしよりも身分が上の方なのは見て取れましたから、断る選択肢はありません。

 とてもお話の上手い方で、ずっと楽しそうにわたくしの話を聞き、わたくしが興味を持つような話をしてくれましたから、そのひとときは夢のような時間でした。


 もしかして、わたくしはこれから幸せになれるのでしょうか?


 オーウェン・アントリム侯爵令息様との顔合わせの日になりました。

 本来ですと、両家の当主夫妻が同席しますが、アントリム侯爵邸でオーウェン様と二人っきりでお会いしております。

 アントリム侯爵ご夫妻とはご挨拶をさせていただきましたが、我が家の両親は招かれておりません。

 アントリム邸の庭に席が設けてあり、もちろん使用人の方はいらっしゃいますが、異例ですわ。


「こんにちは、アリッサ嬢。

 そんなに緊張しないで。こんな庭で襲ったりしないから。

 ご両親がいると本音で話せないでしょう?

 今日は気持ちを確認したくて、機会を設けてもらったんだ」


「気持ちを確認、ですか?」


「そう。今ならまだ引き返せるから。

 嫌なら嫌って言ってほしい」


「……オーウェン様は、この婚約がお嫌なのですか?」


「とんでもない。嫌だったら話を進めないでもらってるよ。

 でも、貴族だと婚約解消とか離婚とかなかなか出来ないでしょう?

 結婚したら、領地経営とかの仕事もある。

 しかも僕が王太子殿下の側近やってるから、なかなか時間も取りにくい。

 アリッサ嬢の存在とか意思とか重要だと思うんだ。

 だからちゃんと確認しようと思って」


「わたくしが……重要ですか?」


「もちろんだよ。

 結婚したら侯爵夫人として色々任せる事になるし、ちゃんと夫婦としてやっていくために信頼関係が必要だし」


「信頼関係が必要……」


「もちろん」


「……オーウェン様は、わたくしに何をお望みですか?」


「信頼関係を築くために?

 ……そうだな。

 困った事は早めに言って欲しい」


「困った事を早めに?」


「そう。

 悲しい時、苦しい時、辛い時、困った時、我慢せずに、そういう顔をして、そう言って欲しい。

 話を聞いて欲しい時、話を聞いて欲しいと言って欲しい。

 不安に思った時、些細な事でも、何を不安に思っているか言って欲しい。


 ごめんね。

 本当は、いつも君が笑顔でいられるように守るよ、とか言うべきなんだろうけど、僕は鈍くて。

 君が我慢して、本当は何かあるのに、作り笑顔で大丈夫ですって言われたら信じちゃうと思う。

 だから、困った事があったら我慢せず、早めに言って欲しい。


 代わりに、君がそうしてくれた時、気のせいじゃないかとか、後にしてくれないかとか、無神経な事は絶対に言わないと誓うよ。

 そして話を聞く。

 それが僕に出来るささやかな約束」


「……悲しい時、苦しい時、辛い時、困った時、そういう顔をして、そう言う……」


「そう」


「分かりました。お約束します」


「ありがとう。

 アリッサ嬢からは何かない?」


「では、わたくしからは……」



 ***


 王太子のムチャぶりがひどいんだよね~。

 案件一つ片づけるまで休みなしだよ~。

 せっかく、婚約者が出来たのにほとんど会えないし~。


 でも、仕事自体は楽しいんだよね。普通にしてたら会えないような職の人にも会えるし。しかも皆、ちょっと頭下げただけで、ほとんど何でも聞いてくれるの!何?コレが俺のチート!?とか思ったけど、多分、王太子の後ろ盾だよね。でもおかげで、王太子以外の人間関係のストレスがほとんど無いの!前世と比べちゃうとちょっと幸せとか思っちゃう。


 まあ、王太子もバリバリ働いてるし、一段落ついたらまとまった休みくれるから、もう少し頑張りますかね。



 ***


 オーウェン様との顔合わせの後は、目まぐるしく話が進んでいきました。

 アントリム侯爵夫人が、わたくしの母方の叔父(ソルテリッジ侯爵家の当主の方)と来られて、わたくしはソルテリッジ侯爵家に正式に引き取られることになりました。

 ソルテリッジ侯爵邸に居も移しました。

 わたくしはアリッサ・ソルテリッジとして、オーウェン・アントリム様と正式に婚約しました。



 ***


 最近、王太子のムチャぶりがさらにひどくなってきたな……

 前は、何か一つ案件片づけたら、しばらく休みをもらえてたから、差し引き週休二日相当の休みをもらえてたんだけど、ここしばらくはすぐ次の案件に移るから休みなし。

 眠いよ~。帰りたいよ~。アリッサ嬢に会いたいよ~。

 でも王太子もバリバリ働いてるから、しょうがないかな。

 せめてアリッサ嬢に手紙で愚痴る。



 ***


 俺はエイデン・ルガランド、公爵家の三男だ。

 親友のオーウェン・アントリム侯爵家嫡男と共に、ライアン王太子殿下の側近を務めている。

 

 周囲からは、有能な王太子殿下の側近となった事を幸運と言われる。

 公爵家の出とは言っても三男では、自分で身を立てる必要があるからな。


 しかし、俺自身は本当の幸運は、オーウェン・アントリムと親友になれた事だと思っている。


 最初はやっかみから声をかけた。

 公爵家三男と侯爵家嫡男、今の身分は俺が上でも、ほんの何年かでひっくり返る。しかも残酷なほどの差をつけて。実質平民の公爵家縁者と侯爵本人じゃね。


 王家主催のパーティーでわざと近くに立った。

 どちらを優先したらいいか戸惑う使用人を見て不愉快に思えばいい、今の身分は俺の方が上だ。

 困ったように微笑むだけのオーウェンにさらに声をかけた。

「同じでいいよね」

 ホッとした使用人達以上に、輝くような笑顔になったオーウェン。

 ……なんだよ、身分全然気にしてないのかよ。気にしてるこっちが馬鹿みたいじゃん。

 

 毒気を抜かれてしまって、しばらく話をしてたら、あれよあれよという間にライアン王太子殿下の側近になってしまった。

 せっかちな殿下からすると、ちょうどよく高位貴族男子が集まっているように見えたらしい。


 その後は、オーウェン・アントリムの有用さでそのまま落ち着いている。


 突飛な発想、それでいて現実的な対策も考えられている。

 しかも折衝能力に優れている。

 世間ではライアン王太子殿下の手柄になっているが、オーウェンなしに殿下の功績は無いと思う。


 一言でいうと、オーウェン・アントリムは人たらしだ。

 誰の話でも楽しそうに聞く。

 自分の話を興味深そうに聞いてくれる人を嫌いな人間はいない。


 ライアン王太子殿下もオーウェンを気に入っている。

 

 ライアン王太子殿下も非常に有能な方だ。

 何でも精力的に取り組み、仕事の速さと正確さには目を見張るものがある。


 しかし、人格はどうなんだろうな。


 なまじ本人が優秀であるために、他人への許容量が小さい気がする。


 ここ最近はそれが悪化している。

 オーウェンに婚約者が出来てから特に酷い。

 王太子殿下は後腐れのない火遊びもちょくちょくしてるから、男が好きって事はないだろうけど。

 ライアン王太子殿下にとって一番の理解者がオーウェンであるのに対して、オーウェンの一番の理解者は殿下ではない、というのが気に入らないのかもしれない。

 

 以前は大きな仕事を片付けた後は、側近に休みをくれた。

 褒美もあったから、側近を労ってくれていたと思っていたが、本人が休みたかっただけだったのかもしれない。


 国王陛下がライアン王太子殿下への王位継承を迷っているかもしれない、という話を父から聞いている。もちろん他言無用。

 ただの文官になったとしても腐らないように釘を刺された。

 別にただの文官でも構わないけど、場合によってはオーウェンに雇ってもらおうかな。


 殿下も気付いているのか、最近取りつかれたように仕事をしている。

 休憩も最小限だから、ついている俺達も大変だ。

 オーウェンと俺で差配して、交代で休みを取るようにしているが、オーウェンだけは休みが取れない。

 殿下がご自分が働いている間、オーウェンに休みを許さないせいだ。

 オーウェンはちゃっかりしたところもあるから、殿下が休憩に行った隙に休んだり、殿下に気付かれないように居眠りしたりしているが、そろそろ限界じゃないだろうか。


 一度、ライアン王太子殿下にオーウェンを休ませるように進言したが、

「オーウェン!私が働いている間はお前は休むな!」

 何故か却ってまずい事になってしまった。

 以降、周りで出来る限りオーウェンを庇っているが……



 ***


 引き取られたソルテリッジ侯爵邸で、養母様から侯爵夫人の振る舞いを教えていただいたり、結婚に向けた準備をしておりました。


 ある日、オーウェン様からお手紙が届きました。


 オーウェン様はお忙しい方なので、お会い出来る機会は少ないですが、筆まめな方でよくお手紙を書いてくれます。けれど、今回のお手紙は異様です。

 何の文字とも分からないような、のたくった線。辛うじて判別出来る部分に「眠い」とあります。

 手紙を取り次いでくれるアントリム侯爵家の執事から、最近は邸にも帰ってくる事なく心配だという話を聞いています。

 まさか、休憩も取れていないなどないでしょうね?

 不安が募ります。


 先ずは急いで養母様に事情を話し、アントリム侯爵様に連絡をしてもらいます。

 わたくし自身は、ソルテリッジ侯爵家の執事にも付き添ってもらい、急いでオーウェン様の元に駆け付けます。


 王宮に着きました。

 偶然、アントリム侯爵家の執事と合流出来ましたので、そのままオーウェン様の元に駆け付けます。


 普通なら、婚約者であっても王太子殿下の側近にすぐ会える事はありません。

 ですが、オーウェン様から何かないかを尋ねられた際に、いくつかお願いをしました。

 その一つとしてこうしてわたくしが必要を感じたら、いつでもオーウェン様に会わせていただけるようにしていただいたのです。


 わたくしが見たものは、最悪の光景でした。

 生気の無い顔で倒れているオーウェン様。


「嫌ー!オーウェン様ー!」

 なりふり構わず取りすがります。


「何だこの女は!衛兵!つまみ出せ!」

 ライアン王太子殿下です。


 この人のせいでと思うと、怒りで目の前が真っ赤になったよう。

「この人殺し!オーウェン様を返して!」


「何だと!」

 怒り狂う王太子殿下をエイデン・ルガランド公爵令息様がなだめています。


「オーウェン様を医務室に運びます。ついてきて下さい」

 衛兵がわたくしにそっと耳打ちしてくれました。


 衛兵に運ばれるオーウェン様に付き添って走っていきます。


 ああ、オーウェン様!どうか助かりますように!


 

 ***


「最悪の事態だ……」

「エイデン様、私共はどうしたら?」

「出来る限り多くの人に事情を話し、助力を乞うんだ。

 少なくとも、王宮で働く人間全てに話を行き渡らせろ!」

「はい!」

 側近仲間であった自分の寄り子貴族とオーウェンの寄り子貴族の自分に頼って来た者に指示を出す。

 自分も走り出す。


 オーウェンは一命を取り留めた。

 オーウェンが運び込まれた時に、最上位の回復魔法を唱えられる医官が、二人とも偶然居合わせたためだ。


 どんな状態でも体の状態だけは万全に戻せる「完全回復魔法」。

 体の状態が完全でありかつ死亡直後の場合にのみ有効な「蘇生魔法」。

 最上位回復魔法であるこの二つの重ね掛けにより、寿命以外なら蘇生が可能だ。


 しかし、この二つの魔法はどちらか一方だけを一日に一回しか唱えられない。

 そして、最上位回復魔法を唱えられる者は、我が国に二人しかいない。


 たった二人しかいない二人が揃って初めて効果を発揮する蘇生は、本来王族にしか使用されない。

 今回、勤務時間終了直後だった片方の医官が、特別に「完全回復魔法」を使用してくれて、もう一方の医官が「蘇生魔法」を使用してくれた。


 この行為は今回咎められてはいない。


 問題は、オーウェンの婚約者、アリッサ・ソルテリッジ侯爵令嬢だ。


 王太子殿下に「人殺し」と叫んだ事により、不敬裁判を起こされている。

  

 不敬裁判とは、王族のみが起こせる特殊な裁判で、裁判を起こした王族への行為が不敬だったかどうかを問うもの。

 過去に「不敬」を連発して問題を起こした王族がいた事から、その抑制のために裁判に近い形式になった。

 「不敬」が確定されても、罰則はない。


 しかし、国王陛下か王妃陛下または正式な裁判官しか判決を下せない裁判で、正式に王族に不敬だった事が確定するとなると、社会的立場が死ぬ。

 今回、アリッサ嬢はライアン王太子殿下直々に、不敬裁判を起こされた。

 これだけでも貴族として致命的と言っていいくらいだ。


 挽回するには、せめて裁判で無罪を勝ち取らないといけない。

 しかし、不敬裁判は簡易裁判であるため、開催までに間がなく、一度の裁判で結審してしまう。

 それまでに弁護側の証人を集めないといけない。


 証人に条件は無い。

 何人集めても良いし、誰を連れてきても良い。

 弁護に回る人間が多ければ多いほど有利だ。


「何とかアリッサ嬢を助けないと」 


 オーウェンがアリッサ嬢を大事に思っている事は知っている。

 あいつならアリッサ嬢が不敬になっても、気にせず娶りそうな気もするが。

 だからこそ、オーウェンが目覚めるまで、アリッサ嬢を守らなくては。


 オーウェンはまだ目覚める気配が無い。

 一度は死んだらしいから、無理もない。

 死んだとは思っていなかったから、当時は冷静に動けたが、後で死んでいたと聞いて血の気が引いた。

 

 これが片付いたら、ライアン王太子殿下の側近は辞めさせてもらうつもりだ。

 部下を死なせるまで働かせる人間の元で働いてられるか。

 辞めたら、オーウェンがアントリム侯爵家で雇ってくれるさ。


「無茶が出来てちょうど良い」

 王宮で働く身分の高い人間に片っ端から頭を下げて頼み込んでいく。

 身分が低い人間は側近仲間の寄り子貴族に任せたからな。

 

 

 ***


「ライアン王太子殿下の告発によるアリッサ・ソルテリッジ侯爵令嬢への不敬裁判を開始します。

 先ずはライアン王太子殿下、どうぞ発言を」


「この女は、王太子たる私に『人殺し』と発言したのだ。

 それ以上何も説明は要るまい」


「では、アリッサ・ソルテリッジ嬢、どうぞ」


「『人殺し』と言ったのは事実ですわ。

 ですが、ライアン王太子殿下が人殺しだったのも事実ですわ。

 事実を言う事が不敬にあたりますの?」


「何だと!この女!」


「ライアン王太子殿下、発言は許可を取ってからにして下さい。

 事実であっても、公にする必要の無い内容を第三者に聞かせた場合、不敬となる場合はあります。

 今回は、ライアン王太子殿下が人殺しであった事を公にする必要があったかどうかを検証する事にします」


「何だと?」


「ライアン王太子殿下、発言は許可を取ってからにして下さい。

 国王陛下、王妃陛下、争点はそれでよろしいですか?」


「儂らが今日、ここに来ているのは、裁判の最後に知らせがあるからじゃ。

 裁判に関しては、裁判官に委ねる」


「では、ライアン王太子殿下が人殺しであったかどうか、その事実を公にする必要があったかどうかを検証します。

 ティリス医官、証言をお願いします」


「かしこまりました。

 運び込まれた当時、オーウェン・アントリム侯爵令息が絶命状態にあった事を医官として証言いたします。

 医官として、『完全回復魔法』と『蘇生魔法』の重ね掛けでなければ、蘇生出来なかったと断言いたします。

 この処置は王族案件にのみ適用されますので、オーウェン・アントリム侯爵令息を運んできた衛兵からの、ライアン王太子殿下に人殺しの嫌疑がかかっているという情報により、適用を決めています。

 アリッサ・ソルテリッジ侯爵令嬢の『人殺し』発言が無ければ、オーウェン・アントリム侯爵令息はそのまま絶命していたでしょう。

 私、医官ティリスの証言は以上です」


「何だと……」

 裁判官に睨みつけられた王太子が黙る。


「次に、ライアン王太子殿下部屋付きのジェフリー衛兵お願いします」


「ハッ。

 自分が見ている限り、この1ヶ月、王太子殿下が執務をしている間、オーウェン様はお休みになっていらっしゃいませんでした。エイデン・ルガランド公爵令息様がオーウェン・アントリム侯爵令息様を休ませるよう進言された際の、王太子殿下による『オーウェン!私が働いている間はお前は休むな!』という発言を聞いております」


「王城の衛兵を統括するダーリウム将軍、お願いします」


「ライアン王太子殿下部屋付きの衛兵全員の聞き取り調査を行った。

 少なくともこの1ヶ月、王太子殿下は日に数時間の休憩のみで執務を行っていらした。

 オーウェン・アントリム侯爵令息に、殿下ご自身が勤務の間の休憩を禁じていたのを、ジェフリー衛兵以外の衛兵からも聞いている。

 王太子殿下執務中にオーウェン・アントリム侯爵令息が休憩を取っていない事を確認済みだ」


「次に、王城のセバスティアン執事長お願いします」


「ライアン王太子殿下はこの1~2ヶ月ほど毎日、執務室の隣の仮眠室で、日に2~3時間ほどの睡眠を取っておられます。それ以外では、執務室でお食事をされているだけで、まとまった休憩は取られておりません。

 王太子殿下は幼い頃より、お眠りになる時間が短くあらせられます。

 日に4時間ほどの眠りで健やかに過ごす事の出来る、少々特異な体質と医官の方よりお聞きしております。

 側近の方の仮眠室のご用意についてお聞きしたところ、王太子殿下からは不要、とのお言葉を頂いております。

 仮眠室はご用意致しておりまして、エイデン・ルガランド公爵令息様他、王太子殿下の側近の方に使って頂いておりましたが、オーウェン様には使って頂けておりませんでした」


「ティリス医官、証言があればお願いします」


「ライアン王太子殿下は、極端に短い睡眠で問題無い体質と認識しております。

 異常という程ではありませんが、一般に人は王太子殿下の倍ほどの睡眠を必要とします」


「次にジェイコブ拷問官、証言をお願いします」

 拷問官と聞いた聴衆が微かにざわめいた。


「拷問官として、人間は睡眠が足りないと死ぬ、という事を証言しやす。

 睡眠が足りなくなると、脳ミソがボロボロになるんでさ。

 拷問に使う事もありやすが、話させたい事も分かんなくなっちまうんで、あんまり使わねぇ。

 この話は、王太子殿下とオーウェン様が見学に来て下さった時に、ちゃんと話してありまさぁ。

 必要な睡眠の長さが人それぞれってぇ話は、王太子殿下ご本人が繰り返してらした。

 今更、聞いてねぇとは言わせねぇ。

 一日に細切れで合計1~2時間の睡眠、それは十分拷問でさ。

 毎日なら死んで当たり前。

 拷問官として証言しやす」


 唇をかむ王太子。


「判決を下します。

 ライアン王太子殿下によるオーウェン・アントリム侯爵令息への勤務命令は、実質的な殺人に相当。

 これを公にする事で、オーウェン・アントリム侯爵令息への蘇生措置が間に合ったと考えられます。

 よって、アリッサ・ソルテリッジ侯爵令嬢のライアン王太子殿下への『人殺し』発言は、不敬にあたらないとみなします」


 その瞬間上がった歓声は、思いの外大きく、長く続いたため、国王陛下の発言の予定は後日に回された。

 

 

 ***


「オーウェン様、林檎ですよ。はい、あ~ん」


「あ、あのアガッ」


「何か?」


「はんでもはりまふぇん」


 死にかけたらしい日から1週間、王城の医務室で世話になり、やっと目が覚めて自宅に帰ってきた。

 もう体は何ともないと思うのだが、泊まり込みで看病してくれるアリッサ嬢が起きる事を許してくれません。


 仕事がどうなったか気になるのだが、

「お仕事はもう大丈夫です」

 しか答えてくれないし。


「ライアン王太子殿下なんて方、もういらっしゃいませんわ」

 なんて恐ろしい事を言い出す婚約者殿。

 顔は今まで見た中で一番笑っているのに、目は笑ってない恐怖。


 邸の人間に状況を聞こうとしても答えてもらえないし、見舞いに来てくれたエイデンにも

「仕事は大丈夫だから、まだ寝てろよ」

 とか言われたし。


 ま、いっか。もう2~3日くらいは寝てよ。

 

 

 ***


「やれやれ、やっと片付いたか」

「エイデン様、こちらがまだ」

「ああ、それは俺が持っていこう」


 あの裁判の後に国王陛下が発表しようとした内容が、先日発表になった。


 それは、ライアン王太子殿下の婚約解消と立太子の取り消し。

 ライアン殿下の王族籍はそのままなので、まだ王子ではあるが、成人後の婚約解消と立太子取り消しでは、今後国王になることはもう無いと言っていいだろう。

 今は、療養と言う名の謹慎中である。


 隣国の王女は、ライアン殿下の弟王子に嫁ぐ事になった。

 王女の方が1つ年上だが、その程度、問題無い。

 弟王子の立太子が予定されることになるだろう。


 国王陛下がライアン殿下の立太子を取り消そうと思われたのは、数ヶ月前の隣国の王女からの婚約解消の打診がきっかけ。

 人を見る目があると噂の隣国の王女は、婚約が成立した当初より、ライアン殿下の周囲への配慮の足りなさを懸念しておられたそうだ。

 成長につれて改善されていく事が周囲に期待されていたわけだが、現実には逆方向にいくばかり。

 あまり目立っていなかったのは、オーウェンが補っていたからだ。

 にも拘らず、殿下はオーウェンに最も厳しく接していた。

 

 隣国の王女は自分が嫁ぐ事で、人の上に立つ者として懸念のあるライアン殿下の王位継承が決定的になる事を良しとしなかった。

 しかし、王家同士の政略婚約解消が外交問題に発展してしまう事も問題視し、あくまで王女個人のわがままとして、婚約解消を秘密裏、非公式に打診してきたのだ。

 国王・王妃両陛下はその意図を察し、ライアン殿下と隣国王女の婚約の代わりを考えつつ、ライアン殿下の立太子取り消しを検討し始めた。


 ライアン殿下は、自身の立太子取り消しの懸念は嗅ぎ付けたようだが、元々自覚の無かった理由には思い至らず、対策として正反対の行動を取ってしまった。


 これは私見だが、ライアン殿下はオーウェンに対する甘えがあったんじゃないかなと思う。

 オーウェンは俺と同い年で、殿下より2つも年下なんだが、妙に老成したところがあるし、何を言っても許してくれるような雰囲気がある。

 ライアン殿下は、不安がある時ほどオーウェンに厳しく当たっていた。

 八つ当たりだ。

 隣国の王女の懸念通り、ライアン殿下は国王には向いてないと俺も思う。

 

 しかし、ライアン殿下が有能な事も事実。


 父によると、ライアン殿下には「特殊宰相補佐」という地位が考えられているそうだ。

 ライアン殿下のみに与えられる予定の役職で、待遇はただの文官。

 宰相が上司で、部下も同僚もいない。


 人と協力して仕事をする能力は無いが、個人で動く場合に限り極めて有能、それがライアン殿下の評価だ。

 幽閉はいつでも出来る、だから出来る限り働いてもらう、そういう意図。

 殿下の傍付きが大変そうだと言ったら、そんなものは付けない、という。

 今の宰相閣下は王族で、心臓の強い人だ。

 なんとかなるんじゃないかな。

 俺はもう関わらないと言ったら、父には苦笑されたが、分かっていると言われた。


 俺には、オーウェンと共にしばらく宰相閣下付きの文官になってほしいそうだ。

 殿下の後始末な。

 寄り子貴族達も一緒という事で引き受けた。



 ***


 何故だ!?何故私がこんな目に!?


「次はこれだ。こっちの資料から企画の草案を作れ」

 投げ捨てられるように渡される書類の束。


「いい加減休ませろ!」


「何を言っている。

 一日四時間、たっぷり寝かせてやってるだろう?

 お前はそれで十分じゃないか」


「他に休憩が無いじゃないか!」


「お前はそれで働けると思ってるんだろう?

 お前がオーウェンにしていたより、遥かに優しい環境だ。

 十分だろう?」


「あの時、私は王太子だった!

 王太子たる私以上に部下が働くのは当たり前だろう!」


「……お前は今はただの文官だ。

 宰相たる私以上に働くのは当たり前だろう?」 


「……」


「仕事の手は抜くなよ。

 生きるのを止めたいならそう言え」


 かつて王位継承目前だったというのに、今では休みなく仕事だけをさせられる日々。

 身の回りの事をしてくれる者もついていない。

 幽閉期間に身の回りの事を自分で出来るようにされたと思ったら、このためか。


 仕事をしないなら、病死扱いと言われている。

 頼りは、行いによっては臣籍降下用の爵位を与える、という父の言葉だけ。


「どれだけ功績を積めば……」



 ***


「宰相、どうだ?」


「変わりませんな」


「……そうか。

 心根が変われば、と思っておったが……。

 役に立つようであれば、このまま宰相が使ってやってくれ。

 あれも、民の血税で育った者だ」


「御意」



 ***


「アリッサ、戻って来てくれ」


 夜会で突然そんな声をかけられ、振り向きました。


「リングヒル伯爵、どうされました?」


 元父を見て、社交的に微笑んでみせます。


「何を他人行儀な、お前は私の実の娘ではないか」


 リングヒル伯爵家は今、社交界で、身分を気にしない家、という評価でもちきりです。

 平民に言われたのなら褒め言葉かもしれません。

 ですが、平民ではなく高位貴族からの評価です。


 格上の侯爵家との婚姻を全てフイにした。そういう評価。

 当然ですね。

 侯爵家から嫁いできたお母様が残したもの、遺産と娘のわたくしをないがしろにした結果、ソルテリッジ侯爵家に全て奪い返されています。


 オーウェン様と初めてお会いした王家主催のガーデンパーティー。


 あの前にわたくしは一つの賭けをしました。

 お母様の形見のドレスをリメイクし、ガーデンパーティーで着る予定だと家族に言っておいたのです。

 義妹はガーデンパーティー当日、そのドレスを着て、わたくしに貸してほしいと言いました。


 義妹とわたくしは、背の高さは同じくらい、お互いのドレスは着て着れない事はありません。

 しかし、体型が違います。

 わたくしの方が手足が長く、義妹の方が胸が豊かです。


 わたくしの体型にピッタリに合わせたドレスは、義妹には合いません。

 平民ならばもしかしたら気にしないのかもしれませんが、貴族で気がつかない者などいないでしょう。

 引き取られた家の正当な娘が着る予定だったドレスを強奪して着ている娘、ドレスを奪われ合わない母のドレスを着た娘、一目瞭然だったはずです。


 事実、あの直後にソルテリッジ侯爵家から連絡がありました。

 お母様の娘であるわたくしを引き取り、お母様の花嫁道具を出来る限り取り戻すというお話。

 アントリム侯爵夫人も気が付いたからこそ、嫡男のオーウェン様との婚約話をわたくしに持ってきてくれたのです。


 一つだけ気がかりだったのが、そんな罠を仕掛けたようなわたくしをオーウェン様がどうとらえるか。

 黙っていようかと思いましたが、思い切って告白しました。

「義姉が着る予定と言ってるドレスを、平然と当日着た状態で貸してくれとか言い出すのは、頭がおかしい」

 そう言って頂けました。全くその通りだと思いました。


 婚約前のオーウェン様との顔合わせの時、オーウェン様に信頼関係の話をされて、わたくしの家族には信頼関係が無いのだと痛感させられました。

 困った事を困った顔をして早めに言うなど、もう思いもつかない。

 とうの昔に家族ではなくなっていたのだと思います。


 その場で、ソルテリッジ侯爵家に引き取られる話を受ける決心がつきました。

 オーウェン様に何かないか聞いていただきましたので、いくつかお願いしました。

 ソルテリッジ侯爵家からお嫁入したい。

 もう、リングヒル伯爵家とは関わりたくない。

 そして出来れば、いつでもオーウェン様に会えるようにしてほしい。


 オーウェン様には全て叶えていただきました。

 そして、わたくしは今、アントリム侯爵夫人です。


「無礼ですよ、リングヒル伯爵。

 わたくしはソルテリッジ侯爵家の娘であり、アントリム侯爵家の女主人です。

 伯爵ごときにお前呼ばわりされる謂れはありません。

 流石は、身分を気にしない、いえ、身分を弁えない伯爵と有名な家の方。

 伯爵以上の家柄で、あなた方のお相手をする家など存在しないでしょう」


 騒ぎを聞きつけた夜会の主催者が、使用人達に命じて元父を追い出しました。


「申し訳ございません、アントリム侯爵夫人。

 どうやら勝手に入り込んだようで」


 嘘に決まっています。

 もし本当だったとして、管理不行き届きもいいところ。


 元父と親しかった子爵家のこの夜会に出たのは、わざとです。

 夫の仕事の都合で篩にかけたかったもので。

 あっさり脱落しましたわね。


 元父はもう元義母と離婚しています。

 貴族家の女主人としての振る舞いも知らない、散財するだけの女など何の役にも立たないと、何故結婚する前に気付かなかったのかしら?

 元義妹だって見るべきものがあれば、目端の利く商人が手放す訳がありません。

 貴族家と縁があってなお不要と思われた二人だったのですわ。


 時すでに遅く、もう没落を待つだけになっております。

 わたくしはもう関係ございません。


 元義母と元義妹は、今は娼館にいるという話です。

 地に足をつけ、地道に生きようとすれば、裕福な平民ほどの生き方は出来たでしょうに。

 身の丈に合わない贅沢を続けようとして、己自身を売るしかなくなったと聞いています。


「アリッサ、大丈夫だった?」


「ええ、あなた」


 夫のオーウェンは、人たらしなのですが、人を騙すのは極端に苦手としています。

 エイデン様は、世渡りが上手いんだか下手なんだかよく分からないヤツと仰っていますね。


 親友のエイデン様が次期宰相閣下と目されていますから、やっぱり世渡りは上手いのではないかしら。


 エイデン様は、昔は関わりたくないと仰っていたライアン殿下のあしらいが上手くなって、今では便利な道具呼ばわりしています。

 当のライアン殿下はあまりお変わりなく、恐らく生涯独身、一文官扱いで終わりそうです。身分だけは王族ですから、不思議なお立場ですけれどもね。


「アリッサ、早く帰ろう。ティムが待ってる」


「そうですわね」


 子宝にも恵まれ幸せな毎日を過ごしておりますが、先代のアントリム侯爵夫妻のように早くに代替わりして、のんびり過ごすのも幸せそうだなと思っております。


 何か困った事があれば、お互いに早めに言う、これだけは変わらないでしょう。

 我が子もそんな結婚をしてほしいですわね。



読んで下さってありがとうございます。


去年の夏頃、自分が好きで夜更かしするのと違って、仕事が忙しくて睡眠が削られるのは辛いなぁ、と思いついた話。

なかなか仕上がらなくて、GWに仕上げようと思うもののちょっとはみ出しましたが、やっと書けました。