20 明かすこと、透明
「メイ・シュカケール……か」
マナはあごに手を置き、眉間にしわを寄せた。
おれたちはギルドのフリースペースで卓を囲んでいた。ボード調査団メンバーに加えてアシクが座り、マナに例の女のことを訊いていた。
「覚えてるぜ。あのガラベーヤ着た女だろ。たしかパイオツはそこまででかくなかったな」
「いいんだよ胸のことは! それよりあの女が何者かが訊きてえんだ!」
おれは焦っていた。なんせおれはあの女に”おまじない”とやらをされている。それでいろいろとうまく行ってるのはいいが、どうにも気味が悪りぃじゃねーか。だって見ろよこの手首のあざをよ。おれの腕は太てえ。クゥが両手で掴んでも掴みきれねえくれえだ。それを透明ななにかが片手で握り込み、ビタリと止めやがった。この筋肉しか自慢することのねえおれをだ。岩をも砕く剛腕が、まるで空中に縫いつけられちまったみてえに動けなかったんだ!
それにあいつは言った。「ことが運んでいるようですね」と。なんだよ、なにが起きてるってんだよ! わけがわからねえ!
知ったところでどうなるわけでもねえが、おれは少しでもヤツの情報が知りたかった。それなのに、
「でもてめえ、なんであの女がそんなに気になるんだ?」
マナはジロリとおれを睨み、
「まさかデキてんじゃねーだろうな?」
「ば、バカ言うな! そんなくだらねえことじゃねえ!」
「じゃあなんでてめえはあの女の名前を知ってんだよ! ヤったのか!?」
「だからそうじゃねーよ! おめえはいっつもそればっかだな!」
「だからなんであの女と知り合いなんだって訊いてんだよ! 旦那の浮気を気にすんのは当然だろうが!」
あーもう、なんですぐそういう話になるかね! これじゃ以降も女の名前を知るたびにぐちぐち言われんのか!?
「だから、助けたんだよ!」
「助けた?」
「あの日の晩、男に襲われそうになってたから助けてやったんだよ! そのときに名前を知ったんだ!」
「そいで一発ヤラしてもらったってか」
「違え! 呪いをかけられたんだよ!」
「呪いィ!?」
あっ、しまった。つい歯に衣着せねえでそのままに……
「てめえ、バッカじゃねーの!? 呪いって、おとぎ話かよ!」
マナはそう言ってぎゃーぎゃー笑った。クゥも「えっ?」っていう顔で笑ってるし、アシクも困った顔をして喉奥で笑ってらぁ。ああ、ちくしょう、おれはバカだ。
「なんだよ呪いって! てめえもう三十過ぎてんだろ!? つうかなんで助けてもらって呪いをかけるってんだよ!」
「う、うるせえな! おれだって困ってんだよ!」
「ほー、どんな呪いをかけられたって?」
そ、それは……まさか巨乳美女が集まる呪いをかけられたなんて言えねえな。どうしよう……
「黙ってねーでさっさと言えよ。まさかチンポが小さくなる呪いか? 皮も被って貧相だったしなぁ」
「バカ、下ネタから離れろ!」
「じゃあ早く言えよ!」
おれは言葉に詰まってしまった。考えちゃいるがそれっぽい嘘が思いつかねえ。
「おら、なに黙ってんだ」
くそっ、めんどくせえ! いいや、もうそのまま言っちまえ!
「女といい仲になるように、ってよ」
「はぁ!?」
それを聞いてマナは腹を抱えて笑った。
「ばっ、バカにもほどがあんだろてめー! よりにもよってそんな呪いがあるかよー!」
おれはなにも言えなかった。だって、そうだよなぁ。そりゃ笑うさ。アシクも笑ってる。クゥも、クユリも、みーんな笑ってる。
だけどひとりだけ笑わねえヤツがいた。
「ソネ、信じるよ」
ソネは真剣な顔で言った。
「ゴリ、嘘ついてないよ。きっとゴリ、呪われたよ。女といい仲になるよ」
そう言うと場がシーンと静まり返った。ソネの言葉には妙に信憑性があった。なにせこいつはおれが外で女と話してるのを察知して、弓矢を持って飛び出したんだ。見えてるはずがねえのに、いわゆる霊感ってヤツか? そんなソネが言うんだから、一笑にふせない。
「マジなの?」
クゥが苦笑いに近い顔で言った。
「そういえばあたしたち、あんたが追放された次の日にいっぺんに会ったんだよね。もしかしてそれ、呪いのせいってこと?」
「……かもしれねえ」
「じゃ、あたしたちはその呪いでゴリといい仲になるよう仕組まれてるってこと?」
「……わかんねえよ。おれだって呪いなんて信じちゃいねえんだ」
「わたしはごめんだぞ」
クユリがたばこの煙を吐き、言った。
「こんな臭くて汚い男となんて死んでもお断りだ」
ひ、ひでえ! いや、そりゃおれはモテねえし、そうかもしれねえけどよ……
「あたしだってヤだよ。自分で好きになったんならともかく、そんな呪いでなんてさ」
そうだよな、クゥ。ううう……
「ソネ、いいよ。ゴリ、かっこいいよ。ごはん食べさせてくれるよ」
そ、ソネ! うれしいぞ、おい!
「バカ言ってんじゃねえー! ゴリはおれの男だ!」
あ、マナ。
「てめえらが好きになろうが呪いでそうなろうが、ゴリには指一本触れさせねーぞ! このクソども!」
おいおい、なんて言い方だ! クソどもって、いくら気が立ったからって仲間にそんな言い方あるか! そんなんだからおれはお前と結婚しねえって言ってるだろ!
「ゴリ、待ってろ! いまあの女の書類を取って来てやる! その腐れ呪いを解いてもらわねーとな!」
マナは犬歯をむき出しにして立ち上がり、ぷりぷり怒って生活課の方へと歩いて行った。はあ、うるせえのがいなくなったぜ。これで静かになった。
しかし静かになり過ぎた。どうも暗いっつーか、辛気くせえ感じでみんな黙っちまって逆に落ち着かねえ。そりゃそうだよな。こうして集まって仲間になったのが、呪いで男のものになるためなんて話すりゃよォ。こうなるとマナがいた方がよかったかもしれねえ。
そんな空気にスッと差し込むようにアシクが言った。
「なあ、お前ら本気で呪いなんて信じてるのか?」
「えっ?」
「悪いがおれには信じられないな。呪いで男に惚れる? はっ、バカ話にもほどがある。まだドラゴンを見たって方が信じられるぜ」
た、たしかに……
「呪いのせいで女が集まったって思ってるみたいだが、世の中には偶然なんていくらでもある。そんなことで魔法だ呪いだなんて信じてたらバカだと思われるぞ」
「……うん、そうかもね」
クゥが小さく笑い、言った。
「あたしもあんまり偶然で信じちゃった。もう二十三だってのにさ。あっははは! 笑っちゃうね!」
クゥは持ち前の明るい笑顔で笑い、すると場の空気が一気になごやかになった。ほかのみんなも笑ってる。助かったぜアシク。お前が気を利かせてくれなかったら、このままいやな空気で最悪解散まであったかもしれねえ。やっぱりお前は最高だぜ!
しかしそうだよなぁ。呪いなんてあるわけねえもんなぁ。おれもバカだな。つい信じ込んじまった。……でもよ、この手首のあざはなんだってんだ? 呪いはなくてもやっぱりあの女はふつうじゃねえよなぁ……
と、そこにマナが戻って来た。
「おう、くすねて来たぞ」
そう言ってマナは一枚の書面をテーブルの真ん中に叩きつけた。
「どれどれ」
とアシクは身を乗り出し、書かれている内容を読み上げた。
「ええと、住居貸し出し……メイ・シュカケール、国籍——ツティミケイド……ツティミケイド?」
ふーん、ツティミケイド? はじめて聞く国名だな。
「マナ、お前ツティミケイドってどこか知ってるか?」
とアシクが訊いた。すると、
「いや、知らねー」
「この書類お前が書いたんじゃないのか?」
「……ああ、おれの字だ」
「お前、まさかどこの国かも知らないのに、許可証を出したのか?」
「……どうやらそうみてーだな」
おいおい、なに言ってんの? 身元のはっきりしねえヤツに国の財産である寮を貸し出すなんてしていいはずがねえだろ。おれはたしなめるわけじゃねえけど言ったぜ。
「なんでまたお前みたいなきっちりしたヤツがそんなことしたんだ?」
「だから覚えてねえんだよ」
「は?」
「なあゴリ、おれは頭がいいだろ。記憶力も自信あんだ。軽く一ヶ月以内の仕事ならほとんど覚えてる。そのおれがなんで書類を取りに行ったと思う?」
「そりゃ……見なきゃわからねえからだろ?」
「見なくてもおれはわかるんだよ。覚えてんだから。それが、あの女に関しちゃ名前と顔以外なにひとつ思い出せなかったんだ」
マナはあご肘をつき、不機嫌そうに書類を見つめ、
「なんでおれ、これ許可したんだ……?」
とつぶやいた。おいおい、どういういことだよ。じゃあおめえ、あの女の対応してるときだけ正気じゃなかったってのかよ。不気味過ぎるぜ。まさか本当に呪いってのがあって、おれもマナも呪いでたぶらかされてるってのか?
「場所は西地区16、十室アパートか。しかも団じゃなく、個人……か」
西地区……森がある方だ。そういやあの女と夜会ったのもあの森だったな。
「なあゴリ」
アシクが言った。
「その女は門に入っていったんだろ? じゃあいまはだれもいないはずだ。行ってみたらいいんじゃないか?」
「おいおい、それじゃ不法侵入じゃねえか」
とおれは言ったが、
「じゃーん」
なんとマナがアパートの鍵のホルダーを指に引っ掛け、クルクル回してみせた。
「おい、お前それ……」
「そう思ってこいつも拝借しといたぜ」
「よく持って来れたな。つうか書類もだけど、もう退職してるのにどうやって取って来たんだ? 個人の情報ってそんな簡単に持ち出しできるのか?」
「いやー、運がよかったぜ。あいつらわーわー騒いでっから忍び込むの楽勝でよー」
「騒いでる?」
「なんか国王の側近がギルド長を呼び出しに来たってんで大騒ぎだったぜ」
「ふぅん?」
「ま、なんでもいーだろ! それよりあの女の部屋に行くぞ! なんか手がかりがあっかもしれねー! てめえがほかの女に手ェつける前に呪いを解かなきゃなあ!」
そう言ってマナは立ち上がり、
「いくぞやろうども!」
と言ってさっさと歩き出した。おいおい、そんな慌ててもしょうがねえだろ。まったく、マナはいつも勝手なんだからよ。思い立ったらすぐ行動ってのはいいことだが、もうちょい周りと歩調を合わせられねえのか?
しっかし、王の側近がねぇ……わざわざこんな国の端っこまで来て、いったいなにをしようってんだか。ま、おれには関係ねーだろうけどさ。