<< 前へ  次へ >>  更新
50/50

帰り着いた場所

 なにか思うところがあったのか、どうせ放って置いても直に死ぬと考えたのか。

 どちらにせよ俺の命はそう長くはない。


 あれほど身体を癒やし続けた力は気がつけば消えていて。

 ついに見限られたかと苦笑するも、彼女のことだ。何か思うところがあったのかもしれない、なんて考えて。


 己の血の海の中に横たわりつつ、震える手を動かし葉巻をくわえる。


 紫煙が舞い上がる赤い世界が、ゆっくりと黒く染まっていく。

 死が俺を包み込んでいく。


「世界よ」


 長い旅路の果て、せっかくだ。辞世の句でも言わせてもらうとしよう。


「俺は何一つ後悔などしていない。俺は俺の意思でやりたいようにやった」


 八つ当たり。自分勝手。自己満足。


「知ったことか!」


 聞け。世界よ。


「俺は失敗した! 貴様に敗北した! 情けない負け犬だ! 路端のごみだ!」


 俺の意思を。俺だけの意思を。


「だが世界よ! いつか必ず俺ではない誰かが、俺と同じ場所へと辿り着き、更にその先へ行くだろう!」


 勇者とは、勇気ある者。

 たとえ世界が敵であろうと諦めぬ者。俺ではなれなかった者。俺たちでは届かなかった場所。


「その者こそ貴様を倒す者! 世界を滅ぼす者だ!」


 全身の傷から、口から血が舞う。叫ぶごとに命の火が急速に消えていく。


 だからどうした。


「それまで……精々怯えるがいい!」


 視界が黒く。黒く。黒く染まる。


「はは……ははははははっ! あははははははは! ハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 哄笑する俺を包み込むように、黒く染まる。

 ああ、眠い。ひさかたぶりにねむろう。


 さいごは、せめて、ひとめでも。


「きみを……」


 のばしたては、ちのなかに、おちて。

 どこにもとどかず。

 なにもつかめず。


 ひとりで。

<< 前へ目次  次へ >>  更新