彼女の約束
思い返すと浮かんでくるのは、好きだったはずのあの人ではなく、無神経で、適当で、いい加減で、口を開けば喧嘩ばかりしていたあいつの事ばかり。
あの人と彼女が指輪を交わしたあの日、わたしは笑顔で。いつもはすぐに出てくる涙も不思議と出てくることはなかった。
その日の夜、なんとなく宿を離れ、月明かりの綺麗な中で教会の見える丘の上、ぼんやりとしていたらあいつは後ろから突然声をかけてきた。
一人になりたい時だってあるんだと言っても全く聞く耳も持たず、どかりと音を立てて座ったかと思えば、減るもんじゃないだろ、なんて言って。
本当にこういう所が無神経。いつもいつも気がつけば近くにいて、騒ぎたいだけ騒いで。
あなたのこういうところが気に入らない。
あの人と彼女の指輪の話をすれば、いつもの適当な言葉じゃなく、期待と不安の混じった声と一緒に指輪を渡そうとしてくるところとか。
ほんと、気に入らない。
口を開けば憎まれ口。
貴族だとはいうものの、実際は名前ばかりの家柄にしがみついた貧乏貴族。
魔法の才能がたまたまあっただけの嫌な女。
自分の力に飲み込まれようとしている汚い女。
こんなわたしには、あなたに優しくされる資格なんて無い。
守ってもらう資格なんて無い。
旅の終わりにあなたの側にいることも出来ないわたしには、あなたと共に生きる資格なんて無い。
ねえ、知ってる?
わたしの使う魔法が、どうやって作られているか。
あなたの握るわたしの手は、あの国で無抵抗の魔物も、そうじゃないものも焼き払ったの。
実験なんていう名目で、教えられた魔法を使って。
嫌だ嫌だと泣いたけれど、心の何処かでわたしは興奮していた。
旅の終わりにあの国に行ける。
わたしが望んだわけじゃない。強制されるのだから仕方ない。
だから好きなだけ。思うままに。欲望のままに。無力だったわたしが。泣き虫だったわたしが。守られるだけだったわたしが。自分より弱いものに。力を振るえる。
だからわたしには。こんなに汚いわたしには、その指輪を受け取る資格なんて無い。
そう言ったのに。
『俺が一緒にいるから』
『俺を信じろって』
『俺が守ってやるって』
『最後まで、ずっと』
『絶対、一人にはさせない』
『約束だ』
だから、わたしは……。
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・・・・・・
「……嘘つき」
空を見上げれば流星。
指先にはあいつとの輝く約束の証。
こちらからわざわざ出向いてやるのだ。
今度こそ約束を守らせよう。
「じゃあね、二人とも」
踏み出す。
「ごめんね」
浮遊感。
「バイバイ」