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6.冒険者組合

 冒険者組合。

 昔にプルマフロタン辺境伯領で発足し、今や多数の辺境領に組合事務所を置く、魔境を切り開こうとする者――冒険者を管理する組織である。

 冒険者たちの取りまとめ場所なため、冒険者にやってもらいたいと望む様々な依頼がやってくる。

 とある魔物の毛皮を持ってきて欲しい。魔境にしか生えない植物が、魔境の木材が、果物が、欲しい。森から魔物が出てきたから倒して欲しい。

 そんな色々な依頼の達成困難さを考えて、冒険者組合はベテランから新人までの冒険者に斡旋する。

 冒険者組合は仲介を行うことで、依頼料の一部または冒険者が魔境から収集してきた物を売却した一部を報酬として受け取り、それを組織運営に使用している。

 そうした特色から、組合の建物の中には、多数の冒険者が集まっている。

 冒険者になったばかりの若者は、日々持ち込まれる類の依頼を受けて、颯爽と建物から飛び出していく。

 冒険者稼業に慣れてきた中堅は、報酬と依頼難易度を天秤にかけて、少しでも安全かつ美味しい依頼を吟味してから仕事に望む。

 熟達した冒険者は、若手や中堅では請け負えなさそうな、経験がものを言う依頼が来たときのために、待機料を貰って建物の中に滞在する。

 そんな建物の中に、一人の少年が入ってきた。

 革鎧と青銅の剣というありふれた装備の、女顔で長い黒髪を後ろで一つに束ね、背負子を背負った少年。

 少年――バジゴフィルメンテは、冒険者組合の窓口の一つ、魔境で得た収集物を売ることができる場所へと向かっていった。


「おはよう。いつも通り、毛皮持ってきたよ」


 屋敷の中とは違い、少しぞんざいな喋り方で、バジゴフィルメンテが声をかける。

 窓口にいた男性職員は、バジゴフィルメンテの姿を認めると、彫りが深い顔に男臭い笑みを浮かべた。


「サンテの坊主、元気だったか。相変わらず、森の奥で無茶やっているそうじゃないか」


 職員からサンテ――バジゴフィルメンテの冒険者として名乗っている名前――の噂は聞いていると言われ、バジゴフィルメンテは肩を落としてみせる。


「ちょっと太い木を切り倒しただけだって。そしたら、お節介焼きが注意し来てさ。お陰で、来る予定のなかった今日に、弁明しにこなきゃいけなくなったんだから」

「ちょっとだと? 巨人の足音のような音が響いて、森にいた冒険者が肝を冷やしたって聞いたが?」

「それこそ大袈裟だ。空から岩が落ちてきたぐらいな音だったさ」

「それはそれで、大事だと思うがな」


 なんて会話をしながら、バジゴフィルメンテは背負子に積んで持ってきた、魔境で狩った魔物から剥いだ毛皮や爪などを渡していく。

 職員は渡されたものを順々に鑑定していき、棚の箱に入れていく。その後で、売却した者の代金を出してきた。


「銀貨一枚に、銅貨二十三枚。了承するか?」


 バジゴフィルメンテと同年代の駆け出し冒険者の場合だと、依頼を達成しても、素材を売っても、銀貨まで報酬が届くことは滅多にない。

 だからその年代の冒険者が銀貨が報酬にあると言われれば、喜んで了承して持っていくことだろう。

 しかしバジゴフィルメンテは、渋い顔を返す。


「予想していたより低いね。なにか買い取り価格に変動があった?」

「少し前に、アルミラージの穴倉の一斉討伐があったんだ。供給が過多で、アルミラージの毛皮の買い取り価格が下がっている。角の方は、戦闘で折っれたりで足りてないから、据え置きだ」

「なるほど、納得した。その値段でいいよ」


 バジゴフィルメンテは報酬を受け取り、財布である巾着袋の中に入れた。

 その袋を、革鎧の内ポケットに入れて、バジゴフィルメンテは別の窓口へと歩いていく。

 向かう先の窓口は、依頼の完了を告げたり、仕事でどんなことをやったかの内容を語る場所。

 朝の時間帯で、依頼を終えた人が少ないため、窓口の前に人はいない。

 そのため、バジゴフィルメンテはすぐに窓口の前に立つことができた。


「あのー。昨日の行動が噂になっているみたいで、弁明に来たんですけど」


 バジゴフィルメンテが声をかけると、職員が書き物から目を上げた。こちらの窓口職員は、年若い女性だった。

 その女性職員は、バジゴフィルメンテの顔を見て、納得顔になった。


「サンテくん。無茶したんだって?」

「いやいや、無茶してないって。木を切り倒した音を、森にいた冒険者が大袈裟に報告したに違いないんだってば」

「そもそも君のような駆け出しは、木を切り倒す依頼は受けられないはずなんだけど?」

「薪集めは個人的な用事だから、冒険者組合の依頼じゃないし」

「魔境の森から集めた薪を売るのは、組合の大事な収入の一つなんだけど?」

「組合に頼りたくない、難儀な性格な人もいるから」


 のらりくらりとバジゴフィルメンテが追及を躱すと、女性職員は説得を諦めた様子になる。


「とりあえず、顛末は聞かないといけないから。昨日、森で、何をしていたのか。教えてくれる?」


 バジゴフィルメンテは、求められたように、森でやった薪集めのことを詳細に語っていった。

 女性職員は、語られた内容を、茶色い植物紙に黒インクをつけた羽根ペンで書き込んでいく。

 バジゴフィルメンテが一通り説明を終えると、女性職員は紙に書かれた内容を読み返して頷いた。


「行動に問題はないし、被害が出たわけでもないし、魔物を刺激して騒動を起こしたわけでもない。今日、こうして報告に来てくれたことを考え、さっきの小言で注意は終了ってことにしておきます」

「助かるよ。それじゃあ用件は終わったから――」


 とバジゴフィルメンテが立ち去ろうとするのを、女性職員は呼び止めた。


「ところで、サンテくん。薪を集めるときに魔物を斬り殺したり、太い木を剣で切り倒す実力があるのなら、討伐依頼か護衛依頼を受ける気はないかな?」

「討伐は魔物だよね。護衛って、誰を?」


 冒険者が護衛する相手といえば、貴族や商人が典型だろう。

 しかし、この冒険者組合とプルマフロタン辺境伯家は仲が悪い。

 冒険者たちは、この領地を魔物から守っているのは自分たちだという自負がある。そして、プルマフロタン辺境伯家は税を取るだけで、魔物から領民を守るという貴族の役割を放棄した連中だとこき下ろしている。

 プルマフロタン辺境伯家は、領地を発展維持してきたのは我が家だという実績を持つ。そして、冒険者たちなど所詮は食い詰め物の流れ者で、身分卑しい者たちだと見下している。

 そんな自負と実績がぶつかり合り、こき下ろしと見下しをやり合ったことで、組合と辺境伯家の仲は険悪になろうとしている。

 だから冒険者に護衛を依頼することは、プルマフロタン辺境伯家は絶対にないといえる。

 では、商人だろうか。

 しかし商人は、信用を第一に考える生き物。そんな相手に、実績も経験もない冒険者を組合が護衛として売り込むのは、問題しかない。

 つまり、普通に考えたら『冒険者のサンテ』に護衛依頼を紹介できる先はないということになる。

 だからサンテことバジゴフィルメンテは、疑問を職員にぶつけたのだ。

 すると職員は、バジゴフィルメンテの護衛に対する考え違いを正すように、笑顔で言ってくる。


「護衛っていっても、周囲を見張るだけよ。貴方と同年代の子たちが薪集めする間、周囲に目を配るっていうお仕事」


 バジゴフィルメンテは、自分の日課の薪拾いにかかる時間を考えて、条件付きで依頼を了承することにした。


「朝から昼はダメ。昼から後の依頼なら受けてもいいよ」

「じゃあ、早速明日の午後で、お願いね」

「はいはい。どうせ、僕の剣の腕前を信じない人がいるから、他の人の目のあるところで披露してほしいってところでしょ?」

「……分かり易かったですか?」

「分かり易いもなにも、昨日お節介焼きに、僕が森の奥に入っていると他の子供がオレもオレもと行きたがる、って話をされたばかりだから」

「えーっと、まあ、そういうわけでして」


 つまるところ、バジゴフィルメンテの剣の腕前を披露する相手は、街近くの森の場所で薪拾いを行う若い冒険者なわけだった。




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