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5.冒険者

 バジゴフィルメンテが魔境の森に入る際、ラピザが同行することが当たり前になった。

 バジゴフィルメンテは森の倒木を切り分けて丸太を作り、屋敷に戻って丸太を薪に割り分け、薪を薪棚に納める。

 その道中で、バジゴフィルメンテは木の実や果物を口にし、食べられる魔物が襲ってきたら、それを倒して薪割り小屋での食料にすることもある。

 そんな日々を送っていき、やがてバジゴフィルメンテの日課に変更を強いられる事態になった。

 別段、なにか大きな事態があったわけじゃない。

 単純に、丸太に切り分けていた倒木が、ついに尽きたというだけの話だ。


「次の薪用の木を探さないとな」


 バジゴフィルメンテは、最後の丸太二つを背負子に積んで、森の中を歩き始めた。

 その後に続きながら、ラピザは疑問を投げかけた。


「そこらにある木を倒すのではダメなんですか?」


 二人がいる場所の周りには、太さも様々な木々が茂みと共に乱立している。

 薪にするだけなら、その辺の木を切り倒しても出来そうに見える。

 しかしバジゴフィルメンテは、それは違うと首を横に振る。


「薪にするのは、食べられる木の実や果物ができなくて、建築資材や工芸材料にならない、燃やしても毒気が発生しない木って決めているんだ。残念だけど、この付近には条件に合致する木はないんだよ」


 言われて観察し直せば、いま二人がいる近辺の木には、木の実や果物が成っているものが多い。

 薪集めの道中でバジゴフィルメンテが木の実や果物を得られているのも、そういう配慮の上になりたっていたんだと、このときラピザは理解した。


「その心得は、冒険者から学んだことなんですか?」

「いや。街の道具職人のお爺さんからだね。木の種類の見分け方も、その人に教わったんだ」

「道具職人と面識が?」

「冒険者組合に依頼が出るんだよ。こういう木を材料にしたいから、森から持ってきてってね」

「その依頼を受けたわけですか?」

「薪用の木を知るには、木に関わる職人に聞くのが一番って、組合の職員に言われね」

「その職員は、サンテの正体を知っているんですか?」

「さあ? 仮に知っていても、僕をサンテとして扱うんじゃない?」


 気にしたこともないと言いたげのバジゴフィルメンテに、ラピザはそれで良いのかという疑問を抱く。


「というか、サンテは冒険者として自活できているんですから、邪魔者扱いされる屋敷から脱走してしまった方が幸せに暮らせるでしょう?」

「いやいや。領民の税で天職を得た十歳までは育ててもらったからね。その十年分の恩を領地に返さないで出奔なんて出来ないよ」

「……律儀というか生真面目というか。実は生まれ変わって二回目の人生なんですよね?」

「だから、僕は普通の人間で十一歳なんだってば」


 そんなやり取りをしながら歩いていき、とある木の前でバジゴフィルメンテが止まった。

 その木は、バジゴフィルメンテとラピザの二人の胴体を合わせたぐらいの、太い幹をしていた。

 バジゴフィルメンテは、その木の全体を見渡した後で、木の皮の一部を剥いで、木の皮とその内の木肌を確認した。


「スの木だ。これなら薪に良い」

「これ、スっていう名前の木なんですか?」

「違う違う。『スの木』は柔らかい木全体を指す俗称だよ。木自体が柔らかいから建築にも道具にも向かない、薪にするしかない木なんだ」


 バジゴフィルメンテは地面に落ちている枝を拾い上げると、ぐっと力を入れて曲げた。

 すると枝は、容易く輪っかの形状になるまで曲がってしまった。


「それぐらい曲げやすいと、弓の材料に出来そうですけど」

「逆に曲げやすいから、強い弓にならないらしいよ。できて、天職を授かる前の子供用の練習弓なんだってさ」


 ぱっとバジゴフィルメンテが輪にした枝の片側を離すと、枝は丸い形に癖がついたようで、弧の形までしか戻らなかった。

 これぐらい柔らかく復元力がないと、弓にするのは確かに難しそうだと、ラピザも納得したのだった。



 バジゴフィルメンテは、スの木を青銅剣で両断した。

 かなり太い木だったが、バジゴフィルメンテの剣の冴えと木自体の柔らかさから、一刀両断だった。

 周囲の木々の枝を折りながら、スの木は地面に倒れ、ずしんと重たい音を森の中に響かせた。

 これほど大きな音を立てると、魔物が近づいてくるのではないか。

 森に慣れていないラピザはそう考えて警戒するが、逆に森に慣れているバジゴフィルメンテは気にする素振りすらない。


「あの~、こんな大きな音を立てて、安全なんですか?」

「森中に響く音を出せるような相手は、弱くても賢い魔物は勝てないと悟って近寄らないし、強い魔物も縄張りを放ってまで確認しようとはしてこないよ」

「本当に、ですか?」

「それに魔物が来たら、倒せばいいだけし」


 バジゴフィルメンテは、いま斬り倒したばかりのスの木に近づき、どのぐらいの大きさの丸太なら持ち帰ることができるだろうと確認している。

 ラピザは、バジゴフィルメンテが言うならそうなんだろうと納得して、バジゴフィルメンテの観察に戻ることにした。

 バジゴフィルメンテは、自分の胴の厚みぐらいの長さで輪切りにすることに決めたようで、青銅剣でスの木を切り分け始めた。

 倒木から二つのスの木の丸太を切り出し、それを背負子に積んでから背負い、バジゴフィルメンテは立ち上がる。

 家路につこうとしたところで、やおらバジゴフィルメンテは足を止めた。風でざわめく木々に耳を澄ませると、舌打ちを一つ。


「チッ。ラピザ。驚いたりしないで、黙ったまま話に合わせて」


 詳しい話もない、バジゴフィルメンテの要望。

 ラピザは質問しようとしたが、それより先に暗殺者としての耳の良さが、この場所に近づく足音を捉えていた。

 森の中という色々な音が常に出ている場所なため、かなり近づかれるまで足音を把握できていなかった。

 ここまで近づかれてしまった後だと、下手に逃げ出したりしようものなら、確実に追いかけられてしまう。

 ラピザがそう判断したのと同じように、バジゴフィルメンテも考えたのだろう。

 バジゴフィルメンテは、足音が近づいてくる方向に体の正面を向け、受けて立つような態度で待ち構える。

 少しして、足音の主が姿を見せた。

 それは五人の男女。誰もが中年であり、冒険者風の装備を身に着けていて、歴戦の勇士を思わせる雰囲気を身に纏っている。

 その五人は、スの木の倒木に目を向けてから、バジゴフィルメンテに顔を向けなおした。


「おい、サンテ。薪集めで木を切り倒すなとは言わんが、もっと静かにやってくれ。もっと細い木を切るとかよお」


 顔見知りらしい気安い発言をしてくる冒険者。

 それに対してバジゴフィルメンテは、屋敷で見せるものとは全く違った、粗野粗野しい口調を放った。


「悪りい。あまりにも薪に向いた木だし、弱い連中が働く場所からは遠いし、これぐらい良いかと思ってよ」


 教養を感じさせない荒い口調に、普段のバジゴフィルメンテを知るラピザは驚きが顔に出そうになった。

 しかし事前に釘を刺されていたことと、自身の顔に布を巻いていることもあって、表情の変化を他に悟られることはなかった。

 そんなラピザを横に、冒険者たちとバジゴフィルメンテの会話は続いていく。


「樵の斧の音一つなく、急に大木が倒れた音がすりゃあ、すわ強大な魔物かって偵察しに行かなきゃいけねえんだ。注意してくれよ」

「おいおい。森の中で斧の音を響かせたら、魔物が寄ってくんだろうが。むしろ、一発で木を切り倒したことを褒めて欲しいもんだぜ」

「サンテの剣の腕は認めるけどよお。それを薪集めにしか使ってないってのもなあ。魔物の討伐依頼を受けろよ。稼げるぜ?」

「いいんだよ、薪集めで。上手く天職を使えるようになるまではな」

「こうも見事に青銅剣で大木を両断しておいて、まだ天職の扱いに慣れないなんて寝言をほざいてやがんのか。嘘言うな」

「マジで扱いきれてねえんだって。もっと完璧に天職を掴みきらねえと、危なくて魔物と連戦なんてやってられっかよ」


 両者の会話を横で聞いていて、ラピザは話が食い違っていることに気づいていた。

 冒険者側は天職に身を任せる従来の方法を念頭に会話し、サンテを名乗るバジゴフィルメンテは天職に頼らずに魔物を倒すことを指して会話している。

 そしてバジゴフィルメンテの方は、あえて誤解を誘発させるような物言いをしていた。

 そんな理解をラピザがしていると、冒険者たちの目がラピザに向けられた。


「そんで、サンテの坊主は常に一人きりだと思ってたんだが、誰だその黒づくめ」


 ラピザは話題にされて、どうしようか悩む。

 しかし何かをいう前に、バジゴフィルメンテが口を開いた。辟易しているという態度を鳥ながら。


「アンタらと同じ、お節介焼きだよ。少年一人で森に入るのは危ないってな。言っておくけど、そっちのヤツは、ちゃんと天職を使える人だからな」

「そうなのか。冒険者、ではなさそうな見た目だが」

「冒険者じゃないから、金にもならねえ薪集めの小僧の護衛なんぞをしてんだろうが。頭使えよ、オッサン」

「お、オッサン!? 俺はまだ二十代だぞ!」

「十一歳からしてみりゃ、二十一歳だろうと二十九歳だろうと、十分にオッサンなんだよ!」


 バジゴフィルメンテが憎まれ口を叩くと、様子を見に来て損したとばかりに、冒険者たちは来た道を引き返していった。

 冒険者が居なくなった後で、バジゴフィルメンテは黙ったままでいろと身振りしてから、屋敷のある方向へと歩き始めた。

 その無言は屋敷の中に入るまで続いた。

 バジゴフィルメンテは、薪割り小屋に戻ってくると、ようやくいつもの口調で喋り始めた。


「あーもう、他の冒険者に見つかるなんて、運が悪い。明日あたりに、組合に顔を出しに行かないと」

「出さないと、どうなるんです?」

「別に罰則はないよ。でも森を騒がせた弁明をしないと、義理が果たさせないからね」

「義理、ですか?」

「組合は、十一歳の少年が森の奥に入っていることを良く思ってないんだよ。だから、僕は平気ですって、ちゃんと見せないといけないわけ」

「それは、そうでしょう」


 十一歳の子供が森の奥に行くなんて、本来なら自殺行為だ。

 バジゴフィルメンテは普通の子じゃなくて、剣の天才だから問題ないだけで。

 それに子供を気にかけてくれるということは、魔物を倒して糧を得る荒くれものを束ねる組合にしては、真っ当な組織のようだ。


「では、明日は冒険者組合に行かれると?」

「だから付いてこなくていいよ。人のいる街中で暗殺なんてできないでしょ?」

「街中でなくても、バジゴフィルメンテ様を殺せるだなんて、もう考えても居ませんよ。後をついていっているのは、当主様からの命令だからですし」


 というわけで明日は、バジゴフィルメンテが久々に一人で行動することになった。


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