3.魔物
本日の更新、その二話目です
薪を一撃で縦に割った直後、バジゴフィルメンテは不満が解消されたようなスッキリとした顔になっていた。
「これが、僕が不適職者な理由だよ。理解できたかな?」
ラピザは頷きながら、戦々恐々としていた。
バジゴフィルメンテの動きは、天職『剣聖』に劣る部分があるとはいえ、一流の剣の冴えを十一歳にして身に着けてしまっている。
事実、ラピザは『暗殺者』に身を任せて襲いかかったものの、逆に投げ飛ばされて無傷で制圧されてしまっている。
つまりラピザは、絶対に正面からでは、バジゴフィルメンテを殺せないことが証明されてしまった。
「ああ、どうしよう。任務失敗で解雇なんてことになったら。ここ以上の就職先は、そんなにないっていうのに」
ラピザが絶望しながら項垂れると、バジゴフィルメンテが疑問顔になった。
「僕付きのメイドにしてもらったら良いんじゃないかな。僕はままこの家の長子だし、生活圏が一緒の方が命を狙いやすいとか言えば、雇い続けてもらえる理由ができるでしょ?」
「それです! バジゴフィルメンテ様、頭良い!」
「なんか逆に馬鹿にされているように聞こえるなあ」
バジゴフィルメンテは苦笑いした後で、鼻を空中に向かってひくつかせた。
「小屋の暖炉で似ていたスープが出来たっぽい。ラピザも食べるでしょ?」
「はい! ご相伴にお預かりします!」
悩みが消えた様子でルンルン気分で歩くラピザに、バジゴフィルメンテの苦笑いが強まる。
二人は仲良く小屋の中に入ると、木の器に煮えたスープをよそい、木匙を手にベッドに横並びに座りながらスープを食べ始めた。
「本当、バジゴフィルメンテ様と仲良くすると、こういう役得があっていいですよね」
「仲良いって、さっき殺そうとしてきたのに?」
「それは任務だからです。任務は終りなので、仲良しに戻ったんです!」
「そういう現金なところ、見習わせてもらうよ」
ぱくぱくと、兎の魔物であるアルミラージと根野菜を煮込んだスープを食べていく。
その中で、ラピザはふと思い出したような顔つきになる。
「そういえば、このお肉って魔物なんですよね。良く狩れましたね。バジゴフィルメンテ様は『選択的』不適職者なのに」
選択的とつけての疑問に、バジゴフィルメンテは半目を返す。
「もしかして、僕が魔物と戦う際には天職に体を預けているだなんて、そう考えてないよね?」
「えっ、違うんですか? だって魔物って、天職の力がないと倒せない相手ですよね?」
天職は、人が魔境の魔物と戦うために必要だからと願われて、神が与えるようになったもの。
だから戦闘向きの天職を扱って戦う心得がない人物では、魔物は殺せないということになる。
そういう背景があるからこそ、特に辺境の魔境に近い場所だと、天職に身を任せることを良いことだと考えている人が多い。
それこそオブセイオンのように、不適職者は人にあらずと考えるような人も多くいるぐらいに。
ともあれ、魔物を殺すには天職の力が絶対に必要なことは真実である。
流石のバジゴフィルメンテも、この理は曲げられないはず。
そういったラピザの疑問に、バジゴフィルメンテは悔しそうな顔を返した。
「確かに、天職の力を使わないで戦うと、魔物を傷つけることはとても困難になるね」
「無理と言わないあたりが、最高にバジゴフィルメンテ様っぽいですね」
「なに、その評価」
バジゴフィルメンテは失笑を漏らしてから、真面目な顔になる。
「魔物を倒すには天職の力が必要だ。なら、僕自身の力で天職の力を引き出せばいいって気づいたんだ」
「ん? どういう意味です?」
「天職が僕の体を操れるのなら、逆に僕が天職を操ることができるんじゃないかって意味だよ」
神が授けた力を、人が意のままに操る。
まさかの発想に、ラピザは驚愕の顔になる。
「えっ。そんなこと、できるんですか?」
「できる。けど、とても難しいんだよね。いまの僕だと、一回に百秒の持続が限界だよ」
実際にできているという返答に、ラピザは顎が外れんばかりに驚く。
「はああああ!? バジゴフィルメンテ様って、本当に人間で十一歳ですか? 神様の生まれ変わりとか、人生二回目とかじゃないですよね!?」
ラピザの突飛な考えに笑いつつ、バジゴフィルメンテは否定する。
「人間で十一歳だし、神でも神の園に招かれた勇士の生まれ変わりでもないよ」
「ええー。でもー、ええー」
十一歳の少年にしては、色々と優秀過ぎる。
ラピザがそう考えてそうなことを、バジゴフィルメンテは見破っていた。
「家庭教師とか剣の稽古とかで大人と接する機会が多かったし、薪割り小屋が住処になったあとは魔境の森の中や街中で大人の冒険者と関わることも多くなったからね。彼ら彼女らに影響されて、子供っぽくなくなってきたんだろうね」
「いや、子供とか大人とかじゃなくて、あーうー、この気持ちを言語にするのが難しい!」
ラピザはなんと言い表したら良いかわからなくなったので、ここまでの思考を投げ捨てた。
そして別の気になった点について、質問してみることにした。
「その剣や革鎧を見たときも思ったんですけど、やっぱり冒険者と関わっているんですね」
「僕も冒険者も、魔境の森が活動場所だからね。両者が顔見知りになるのは自然の流れでしょ。それに、このアルミラージの角や皮は、後で冒険者組合に持ってって換金してもらうし」
「組合で冒険者登録しているんですか?」
「してるよ。流石に本名で登録すると色々と面倒臭いことになりそうだから、幼名のサンテの方で登録しているけどね」
「面倒くさいこととは?」
「冒険者たちが抱いている、プルマフロタン辺境伯家への印象は最悪なんだよ。貴族のクセに、税を取るくせに、魔物の戦闘は冒険者任せに過ぎるって。貴族ならたまには、前線に出てきて魔物を狩って見せろってさ」
「それは、なんともはや」
バジゴフィルメンテの父親――オブセイオンは剣士の天職持ちだ。だから、森に入って魔物を殺すことが可能なはず。
しかしバジゴフィルメンテが記憶している限り、屋敷で領地の執務をしたり、兵士相手に剣での模擬戦をしていることはあっても、オブセイオンが森で魔物を相手に戦った記憶はない。
「街のお年寄りが、今代も先代も腰抜けだ、先々代の偉業を食いつぶすだけの寄生虫だ、って口汚く罵る言葉を聞いたこともある。つまり父上も御爺様も、あまり魔境に入らない人物だったから、領民の心が離れていっているんだろうね」
「辺境貴族とは民の前に立って魔物と戦う者のことだ、と言いますからね」
「父上も領民からの評判を知っているから、気にしているんだろうね。そうじゃなきゃ、子供に良い天職を貰え、貰えなきゃ追放だ除籍だと騒いだりしないだろうし」
「……やっぱりバジゴフィルメンテ様、人生二度目じゃないですか? 先々代様の生まれ変わりとか?」
「だから、普通の十一歳の子供だってば。ちょっと剣が得意で、天職が『剣聖』なだけで」
「天職はともかく、ちょっとだけの才能で撃退されてしまった暗殺者は立つ瀬がないんですけど」
「ラピザは暗殺者に向いてないんじゃない?」
「狙った相手は逃さないと評判だったから、辺境伯家に雇われたんですけどお!」
「腕前の話じゃなくて、性格の話。殺伐とした場所より、のんびりした場所の方が好きな性格でしょ、ラピサは?」
「……そうですよ。暗殺者の偽装としての、メイドですけど。洗濯と掃除を終えたら後は自由時間なんて楽な仕事、手放したくないです」
「僕付きのメイドになれば、もっと作業が楽になるとおもうよ」
「それはどうでしょう。暗殺者も戦闘職です。バジゴフィルメンテ様が森に行く際にはついていけと命じられるかもしれません」
「あー、そういう懸念もあるのか。メイド服で森に入るのは危ないとか言っておけば大丈夫じゃないかな?」
「メイド服を脱いで、暗殺者っぽい恰好で監視しろと命じられるだけでは?」
少し前に命をやり取りをしたとは考えられないほど、二人は仲良く食事を続けていった。