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41.王都

 王都の街中に入ってすぐ、バジゴフィルメンテの目が輝いたことを、ラピザは見逃さなかった。

 そして、続いたバジゴフィルメンテの感嘆の声も聞き逃さなかった。


「これが、王都の街並みか」


 目の前の光景は、人が十人手を繋いで歩けるほどの広い街道。

 その街道が、地平線に消えるんじゃないかと思えるほど、延々と続いている。

 それに加えて、王都の出入口に入って直ぐの場所では、王都の方々へ向かう辻馬車や、入ってきた人に向けた商売人たちの姿もある。

 そんな光景を、バジゴフィルメンテは興味深そうに見ている。


(まるで田舎から出てきて、初めて王都を目にした少年のようね)


 そうラピザは感想を抱いて、バジゴフィルメンテはその感想の通りの人物であると思い出した。

 普段大人顔負けのバジゴフィルメンテだからこそ、普通の少年のように王都の光景に目を輝かせる姿は貴重かもしれない。

 それならと、ラピザはバジゴフィルメンテの手を取り、道を先導し始める。


「えっ、ラピザ?!」


 困惑気味のバジゴフィルメンテに、ラピザはにっこりと笑いかけた。


「学園に入るまで日数があるんですから、王都観光と洒落込みましょう」

「なるほど。それはいいね」


 バジゴフィルメンテも乗り気になり、一緒に手を繋いだまま辻馬車の一つに乗り込んだ。

 冒険者姿の二人に、同乗する乗客がムッとした顔をする。しかし、二人が大人の女性と子供でお互いに手を繋ぎ合っていると知ると、一気に微笑ましいものを見る目つきに変わった。

 二人が入ってすぐに、辻馬車は発車した。

 決められたルートを通る辻馬車の中で、ラピザはバジゴフィルメンテに王都について教えていく。


「この王都のことを、『新都』と呼ぶ人もいます。それは、どうしてかわかりますか?」

「小さい頃に教わった記憶があるよ。たしか、辺境貴族が生まれ出した頃に、当時の王が魔境近くに都を移したんだったっけ」

「魔境に近づいたといっても、旧都に比べたらですね。この王都から最寄りの魔境まで、馬車で四日はかかりますから」


 ともあれ、その遷都のお陰で、この王都は計画的に作られることとなった。


「それ故に、王都はとても道や建物が整った街になりました。そして、特定の職種が一地域に集合するような政策がとられ、王都の各地域で差異が生まれました」

「へぇ。それは知らなかった。じゃあ、さっき入った門の周囲の地域は、どんな特徴があったの?」

「あそこは、各方面へ向かう辻馬車以外だと、田舎から出てきたお上りをカモにする商店が多く肩を並べています。貴方のようなね」


 その指摘を受けて、ようやくバジゴフィルメンテは自分が浮かれ調子だったことに気づいたらしい。

 少し頬を赤らめながら、それでもラピザから話を聞こうとする。


「例えば、どんなものを売っているのか、知ってる?」

「見た目が綺麗で、役に立たない物が多いですよ。綺麗な石を研いで作ったナイフや、綺麗な木の彫刻などの細かな造形の手芸品。曲げるとびょんびょんと鳴る金属の板や、小炉に火を入れる回りだす筒のような面白玩具が売られています」

「なるほど。確かに役に立たなさそうだけど、つい買ってしまいそうだね」


 バジゴフィルメンテの真面目な感想に、ラピザは少し笑いながら王都の説明を続けていく。


「王都を囲む外壁近くは、庶民区画です。敷地が狭い五階建ての家が立ち並び、建物と建物の間に渡されたロープに洗濯物を吊るしている光景が有名です」


 ラピザが指し示すと、バジゴフィルメンテが馬車から顔を出して見る。

 バジゴフィルメンテの視線の先にある光景は、説明した通りに、五階建ての建物が立ち並んでいた。


「あの五階建てって細長くて危なっかしい感じがするんだけど、崩れたりしない?」

「『大工』や『建築家』の天職の人が、王都には多く住んでますから、崩れるような建物は作ったりしませんよ」

「ああ、そうか。辺境は戦闘職が多いけど、逆に王都だとそれ以外の天職の人が多いのか」


 バジゴフィルメンテの視線は、建物からその場に暮らす人へと向きが変わっていた。

 街の人達は、楽しそうに思い思いに行動し、笑顔で暮らしている。

 辺境の街の人は、魔物に対する恐怖を心い残しながら暮らしていたが、王都の住民にはそれはない。


(神が祝福した土地に、魔物は出てこないから、心配がなくて当たり前か)


 そんな再確認をラピザがしていると、辻馬車の外の景色が変わった。


「ここからは、庶民でも裕福な人が暮らす区域です。商売に成功したり、職人の元締めなんかが、住民ですね」

「建物の背が低くなって、敷地も少し広くなったみたいだね」

「建物の様式は辺境の家屋に近いものがあるので、バジゴフィルメンテ様には見慣れた光景に見えるかもしれませんね」


 ラピザが言った通りに、プルマフロタン辺境伯領の街に似た光景が広がっている。

 しかしバジゴフィルメンテは、違いを見つけたようだ。


「道にいる人の顔が硬いような気がするね」


 バジゴフィルメンテの感想の通りに、辻馬車から見える光景の中にいる人たちの顔に、あまり笑顔はない。

 特に顕著なのは、道にある店舗の店員だろう。

 どの店員も、無表情で立っている姿が良く見える。

 その件について、ラピザは言っていなかったなと説明を始める。


「ここから先の店舗では、店長はもとより、店員も商売系の天職の持ち主がやっています。無表情なのも、天職に身を任せているからでしょうね」

「辺境の街だと、笑顔で接客している店が多かったのに?」

「辺境は、荒くれな冒険者が主な客ですからね。無表情で接客すると、愛想がないって難癖をつけてくる可能性がありますから」

「王都では、そうではないってこと?」

「逆ですよ。天職に身を委ねる仕事ことが最上なので、無表情な接客こそが至上のおもてなしになるんです」

「ああそうか。『店員』とか『商店主』なんて天職を貰っていたら、それに身を預ければ仕事も商売も安泰なのか」


 身を預ければ、天職は最適な行動を取ってくれる。

 例え、店主が普段は無能の極みな人物だったとしても、天職に体を預け続けてさえいれば商売に失敗することはない。

 だからこそ王都にある商店に勤めている人達は、天職に身を任せることに躊躇しない。


「なるほどね。そういう成功体験が積み上がっているからこそ、なんでもかんでも天職に身を預けることが一番良いなんて考え方になるわけか」

 

 そのバジゴフィルメンテの口調は、残念そうな、憐れんでいるような、そんな感じだった。

 何に対して残念かつ憐れんでいるのか。

 それをラピザが問いかける前に、馬車の進行方向に新たな街並みが見えてきた。


「庶民の次だから、貴族の街並みかな?」

「その通りです。ここからは貴族の住居になります。家の大きさで、爵位の違いが分かります。小さければ小さいほど、低い位。大きければ大きいほど、高い位の貴族の家です」

「でも、辺境貴族の家はないんだっけ?」

「王都で職務をしている貴族の家や、神に祝福された土地を治める貴族の別邸だけですね。辺境貴族が王都に来た際に使う、貸し家があるそうですが、流石にその場所までは知りません」

「そうなんだ。ちなみに、道の上に等間隔で兵士が立っているようだけど、それはどうして?」

「基本的に、貴族以外は立ち入り禁止の区画ですから。馬車から庶民が降りて来ないよう、見張っているんですよ」

「この馬車の中なら大丈夫ってこと?」

「はい。この辻馬車は、王都内を突っ切って反対側へ移動するためのものですから。特別に通行が許可されています。馬車から出ない限り、兵士たちが捕まえに着たりはしません」


 そんな話をしている間に、立ち並んでいる住居が大きいものばかりになってきた。


「大貴族の邸宅区域に入ったので、もう少しで見えますよ。王都の城が」


 ラピザが説明しながら指で示すと、バジゴフィルメンテだけでなく、他の乗客も視線の向きを変えた。

 全員の視線の先には、高い壁で囲まれた、背の高い白亜の城が聳え立っていた。

 その巨大さは、城が白色でなければ、まるで山を繰り抜いて作ったかのように見えたことだろう。

 ラピザは、相変わらず大きい城で、あそこで暮らしていたり働いたりする人は大変そうだなという印象だ。

 一方でバジゴフィルメンテも、普通とは少し違った感想を抱いたようだ。


「この道の真ん中、王都の中央のど真ん中に、城があるわけじゃないんだね」


 そう言われて、ラピザもそう言われてみればと、認識を新たにした。

 そして気づいてなかったので、どうして城が王都の真ん中から外れた場所にあるのかの理由を、ラピザは知らなかった。

 それならと、違いに気づいたバジゴフィルメンテに聞いてみることにした。


「どうして真ん中にないか、お分かりですか?」

「真っ先に思い浮かぶのは、攻められ難くするためかな」


 バジゴフィルメンテは説明しながら、いま辻馬車が走っている道を示す。


「この道は広くて良い場所だけど、王都の真ん中を貫いて続いている。もしこの道の真ん中に城があったら、街の外から城まで一直線に行けることになる。それだと、外から門を超えて入ってきた敵がやって来やすくなる」

「それは確かにそうですね。でも、王都に攻め入る敵なんているんでしょうか?」


 この世界に、人間の王は一人で国も一つ。

 いったい誰が、王都に攻め入り、王城まで攻め上がろうというのか。

 そんなラピザの疑問に、バジゴフィルメンテは予想を言ってくる。


「うーん。本当に攻めてくる敵に対してというより、魔物に対する備えなんじゃないかな」


 その予想には、ラピザは同意できなかった。


「ここは神に祝福された土地ですよ。都市を攻めるために大勢の魔物が入ってくるなんて、有り得ません」

「そうじゃなくて、魔境を切り開いて街を作る際の参考例として、この王都は作られたんじゃないかなってね。まあ、魔境のことを何も知らない人が作った、机上の空論な街だけどね」


 ラピザが説明の意味が分らずにいると、バジゴフィルメンテは察して詳しい説明をし始める。


「この街道にぶつからない位置に王城があるのは、外からの敵が街道を通ってそのまま城に攻め入らない用心のため。この僕の予想は理解可能?」

「説明がつくとは思います」

「なら次は、この王都――新都は、辺境開拓が始まった頃に遷都された。つまり、その当時の価値観で作られたってことになるよね?」


 それはそうだろうと、ラピザは頷く。

 するとバジゴフィルメンテが、すかさず次の言葉を出してきた。


「王都の最外周部にある庶民区画には、背の高い建物がぎっしりと立ち並んでいる。その理由は、どうしてだと思う?」

「庶民は狭いところで暮らせという、当時の偉い人の考えでは?」

「それなら建物を高くする意味はないんじゃない?」

「少しでも多くを住まわそうとしたのでは?」

「庶民は狭く暮らせと見下しながら、庶民の多くが王都に住めるように配慮したって、その考えは矛盾じゃない? 庶民を見下していたのなら、背の小さい家を建てて、そこから溢れたら王都の外に追い出せばいいとか考えそうなものじゃない?」


 言われてみると、そうかもしれないという思いが、ラピザの心に湧いた。

 背の高い建物を作るのは、『大工』や『設計者』などが天職任せで建築したとしても、平屋を作るより手間も資材も要る。

 それだけのものを費やすに足る理由が、多くの庶民を住まわせるためというのは、少し腑に落ちない。


「別の意図があったと?」

「僕が考えるに、外壁を乗り越えて入ってきたナニカを、外壁近くに立ち並ぶ五階建ての建物の群れで抑え込むためじゃないかな。そして普通人間は、外壁を上り超えようとはしないよね」


 そう考えると、金持ち庶民が暮らす区域が、辺境の街の光景に似ていたのにも意味がでてくる。

 王都を設計した者が、真に街の家屋として設定したのは、あの区域からなのではないだろうかと。


「二つの外壁。平民区画。その後に貴族の家屋が続くのも?」

「魔物の侵攻に際して、先に庶民に被害を担当してもらおう、ってつもりだったんじゃないかな」


 バジゴフィルメンテの予想は、とても信じられないものだったが、信じてもいい程度には理論が通っていた。

 しかしここで、バジゴフィルメンテは唐突に王都の設計には意味がなかったと語り始める。


「でも、辺境のことを知らない人が、辺境に街を作るならこうするっていう、例で作った感じしかしないね。実際の辺境貴族は、というか魔境に接する辺境の街は、こんな作りにはなってないはずだし」

「そういえば、プルマフロタン辺境伯家の場所は、一番魔境に近い場所に置かれてましたね」

「魔物と戦えるのは、戦闘職の人たちだけだからね。外周に戦えない人を配置して暮らさせたところで、被害者を生むだけ。それならむしろ、戦える人を魔境の側に暮らさせた方が良い。もちろんその筆頭は、辺境貴族ってことになる」

「なるほど、だから机上の空論な街と評したわけですね」

「そもそも当時は、天職を授かったばっかりのときでしょ。戦闘職とそれ以外の職との違いも、ハッキリと分かってなかったんじゃないかな」

「当時は、戦闘職以外は魔物を倒せないと、そう知らなかったと考えたわけですね?」

「誰もが天職を使えば魔物を倒せると思っていたのなら、庶民を『第二の外壁』に住まわせようとしても、不思議はないでしょ?」


 ここでバジゴフィルメンテは、パンと拍手を一つ打ってから、ここまでの全てを翻すような発言をする。


「ここまでの話は、あくまで子供の僕が考えた、ありえそうな与太話だ。本気にしちゃ駄目だよ?」


 その言葉は、ラピザにというよりも、馬車に同乗している他の客たちへ向けた言葉のようだった。

 そしてバジゴフィルメンテのいまの発言は、客たちにも新たな反応が生まれていた。

 バジゴフィルメンテの予想に聞き入っていたのに、子供の戯言を本気にするなんて恥ずかしいとばかりに、一様に顔を背けて聞いていなかった振りをしている。

 果たして、バジゴフィルメンテが語ったことは、本当か否か。


(これでバジゴフィルメンテ様が、この王都が作られた当時の人間の生まれ変わりだったら、話は簡単なんでしょうけど)


 ラピザは、バジゴフィルメンテと関わるようになった最初に『大将軍』の生まれ変わりじゃないかと疑い、そして今はより過去の人物の生まれ変わりなんじゃないかと予想した。

 そんな都合の合わせた考え方に、ラピザは自分のことながらに恥じた。

 そしてバジゴフィルメンテは、普通とはかけ離れていても、初めての王都に目を輝させるような十三歳の男子なのだと、改めて意識するように心がけることにした。


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