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39.貴族的な生き方

 バジゴフィルメンテの考え方に衝撃を受けた、その日の夜。

 マーマリナは、考えがぐるぐると頭の中を巡って眠れなかった。

 それでも無理やりに目を閉じて、考えないように努めることで、どうにか夜半過ぎに寝入ることが出来た。

 日が明け、再び馬車で移動を開始した。

 この馬車の移動も、順調にいけば今日でクルティボロテ学園に到着できるので、最後になる。

 マーマリナは、頭の中に眠気が残りつつも、昨日の混乱が大分落ち着いた気分になっていた。

 どうやら寝ている間に、バジゴフィルメンテの考え方への理解が少し進んだらしかった。

 そして理解が少しできたことで、マーマリナにはバジゴフィルメンテに対して新たな疑問が生まれた。

 そこで、今日で同道は終わりだしと、眠気で緩んだ思考も相まって、マーマリナは率直にバジゴフィルメンテに疑問をぶつけることにした。


「バジゴフィルメンテ様は、他者の意見を気にせずに、ご自身の意見のみでご自身の行動をお決めになるのですわよね?」


 その質問を聞いて、バジゴフィルメンテは苦笑いを返した。


「人の意見を聞かないってわけじゃないよ。聞き入れるに足りる話なら、ちゃんと参考にするよ」

「ですが、どれだけ有用そうな話でも、参考程度で済ませてしまうんですわよね?」

「それは、確かにそうだけど」


 バジゴフィルメンテは頷いて、マーマリナに質問の続きを促してきた。


「ではバジゴフィルメンテ様は、辺境貴族の役割を全うする気はないんですの? 貴族の役割も、国王がそうあれと任じたもの。バジゴフィルメンテ様が嫌う、他人からの押し付けではなくて?」


 マーマリナだけでなくバジゴフィルメンテも、辺境貴族の子女子息だ。

 しかしその身分は、祖先や親が王から任じられたからという、他者から押し付けられたものでしかない。

 昨日バジゴフィルメンテが語ったことが本当なら、この辺境貴族という立場にも反抗してしかるべきではないか。

 マーマリナの指摘に、バジゴフィルメンテは理解を示す頷きを返した。


「確かに、辺境貴族なんて身分は、勝手に与えられたもの。僕のことを『神が与えた天職にすら歯向かう者』と考えるのなら、貴族身分にも噛みつかないのは道理に合わないかもしれないね」

「そこのところ、バジゴフィルメンテ様はどうお考えですの?」


 マーマリナは自身で鋭い指摘だろうと自負していたが、しかしバジゴフィルメンテにとってはそうではなかったらしい。


「勘違いしてほしくないんだけど。僕は辺境貴族――いや、プルマフロタン辺境伯家の一員で居たいだなんて、欠片も思ってないんだ。つまり、貴族身分を捨てる必要があるのなら、何時でも捨てていいと考えている」


 衝撃的な告白だったが、しかしとマーマリナは考えを巡らした。


「ですがバジゴフィルメンテ様は、未だにプルマフロタン辺境伯家の子として、学園に向かっていますわよね?」

「戦闘向きの天職を授かったら、貴族の子供は学園に通わなければいけない。これは国が定めた不文律だ」


 それは知っているねと念を押されて、マーマリナは頷き返した。

 それを見て、バジゴフィルメンテは言葉を続ける。


「これは逆に返すと、戦闘向きの天職を授かった子供がいる貴族は、子供を学園に送らなければ国に反抗する意思があると疑われてしまうってことになるんだ。もし僕がいま貴族身分を捨てて平民になったりしたら、家族だけでなく領民にも迷惑がかかってしまう。それは人としてやってはいけないことだよ」

「人道的な判断から、貴族の身分のままでいると?」

「領地からの税で、僕は生きてきたんだ。その分の義理は果たさなきゃ、人が廃るでしょ」

「その義理も、いわば貴族という身分で押し付けられたものでは?」

「そうかもしれないね。でも、僕はやりたいからやっているんだよ。恩義は返してしまわないと、気分が後ろ暗くなるからね」


 そういえばと、マーマリナは昨日の出来事の中の場面を思い出した。

 バジゴフィルメンテは『好意には好意で返す常識はある』と語っていたなと。


「ではバジゴフィルメンテ様は、学園に入学した後、ご実家に迷惑が掛からないのなら、貴族をお辞めになるということですの?」

「それは、ちょっと難しい質問だね」


 ここで初めて、バジゴフィルメンテは言い淀んだ。

 流石にプルマフロタン辺境伯家から出ることに、本音では躊躇いを覚えているのか。

 そうマーマリナは考えたが、それは誤解だったようだ。


「プルマフロタン辺境伯家はハッチェマヒオ――僕の弟が継ぐだろうから、離脱したって構わないんだ。でも、僕は辺境貴族のままになるんじゃないかな」


 辺境貴族でいる結論だけ語られても、マーマリナは納得できなかった。


「どういう意味ですの?」

「いやほら、僕って剣の天才でしょ。それに白髪オーガを倒したって実績もあるんだよ。仮に僕がいま平民に身分が変わったとしても、そういった戦果を持つ戦闘職だと、すぐ貴族に引き上げられてしまうからさ」


 さらりと告げた爆弾発言に、マーマリナは目を丸くする。


「お、オーガを倒したんですの?! バジゴフィルメンテ様が!?」


 マーマリナも、場所は違えど、辺境貴族の一人。『大将軍』を退けたオーガの逸話は良く知っている。

 そのオーガを倒したと豪語する相手が目の前にいると知れば、驚かずには居られない。


「あれ、言ってなかったっけ? 一対一の戦いで倒したんだけど、なかなかに強敵だったよ」

「そ、それ、本当のことですの!?」

「冒険者組合に照会してもらえばわかるんじゃないかな。いや待てよ。あの戦いで僕が倒した魔物の体は、全部冒険者の支払いに充てたんだったっけ。そうなると、僕が倒したって証明は難しいのかも?」


 バジゴフィルメンテが首を傾げながら疑問を口に出していると、その横からラピザが口を挟んできた。


「売ったのは魔物の体だけで、戦果はバジゴフィルメンテ様のもののままですよ。もっとも、冒険者サンテの名義での功績になっているかもしれませんけど」

「あの戦いでは、僕はプルマフロタン辺境伯家の名代としての参加だったけど――まあ、あの街の冒険者は、家を嫌っているもんね。プルマフロタン辺境伯家の功績ではなく、僕個人の功績にするように細工していても不思議じゃないか」

「なので、プルマフロタン辺境伯領で、白髪オーガを倒した冒険者が要るか否か。その冒険者の容姿はどのようなものなのか。それを照会すれば、証明できるかと」

「倒した否かはいいけど、容姿だけで僕ってわかるかな?」

「何を言っているんですか。黒髪で美少女顔の少年なんて、バジゴフィルメンテ様以外に、そうそういるものじゃありませんよ」

「えっ、そっち? 冒険者の照会なんだから、革鎧を来た青銅剣使いって方だと考えてたんだけど」


 二人の話を総合すると、プルマフロタン辺境伯領で女顔の少年剣士が白髪オーガを倒したかを、冒険者組合に照会すればすぐわかるらしい。

 冒険者組合は地域地域毎に独立した組織ではあるものの、むしろ独立した組織だからこそ誇らしい功績を上げれば、他の地域の組合に発信することが多い。

 だから冒険者組合に行けば、遠く離れた辺境の土地で何が起きたかを知ることは、結構簡単にできる。

 もちろん冒険者の組合だからこそ、利用するには冒険者である必要があるが、幸いなことにマーマリナは地元で冒険者として活動していたので利用可能だ。

 しかし、照会する必要はないだろうとも、マーマリナは考えていた。

 この馬車旅の中で、バジゴフィルメンテの性格は把握した。

 バジゴフィルメンテは、心根が正直な善人だ。功績を誇るために、口から嘘を吐くような人物ではない。


「つまるところ、バジゴフィルメンテ様はどうあっても貴族身分から抜け出せないというわけですわね?」

「辺境伯子息のままか、強い魔物を倒した功績で一代騎士爵に叙されるかは別にしてね」

「白髪のオーガを一対一で倒したのでしたら、男爵位を貰っても不思議ではありませんわよ?」

「どうせ男爵を貰うのなら、辺境を開拓して土地持ちになった後の方が嬉しいかな」


 バジゴフィルメンテの発言に、マーマリナは疑問を抱いた。


「辺境を開拓することが、バジゴフィルメンテ様のやりたい事ですの?」

「やりたい事とは少し違うかな。やりたいことをやると、結果的に辺境開拓になるというか」


 要領を得ない言葉にマーマリナが首を傾げると、バジゴフィルメンテは言葉を探すように視線を上向かせながら更なる説明を口にしていく。


「僕は剣が好きだ。思い通りに体を動かし、思い描いた通りにものを斬れると、とても心が晴れやかになるからね。でも剣の技というのは、どこまで突き詰めても、所詮は物を破壊する力でしかないんだ。その破壊する力を世に役立てようとするのなら、やっぱり辺境の魔物相手に振るうのが一番だなって思うんだよ」

「神に祝福された土地で兵士や町付きの冒険者になったり、王都でなら、戦闘職を集めて模擬戦を観客に見せる、闘技会の戦闘者なんて道もありますわよ?」

「闘技会は興味が湧いたけど――でも所詮は、天職に身を預けるしか脳のない連中が出てくるだけだろうし。やっぱり辺境で魔物相手に暴れる方が、僕の性に合っているね」

「暴れるのであれば、盗賊などの犯罪者な道も――って、バジゴフィルメンテ様は弱者には興味がありませんわよね」

「剣を向ける相手という意味ではね。やっぱり戦うのなら、命懸けじゃないと。魔境なら、どんな魔物が相手でも、油断したら死だからね。その点でも、丁度いい感じなんだよ」


 そうした話が出た後で、バジゴフィルメンテの方からマーマリナに質問した。


「これまでの話で、僕に対する疑問は解消されたかな?」


 そう尋ねられて、マーマリナは首肯する。

 極論、バジゴフィルメンテは辺境で魔物相手に剣を振るいたいだけ。だから貴族であることも、魔物を倒すことで得られる社会貢献も、オマケ程度の考えだ。

 それこそ、剣を振る邪魔になると思えば、貴族身分だろうと人間社会であろうと、躊躇わずに放りだすだろう。その善性から、受けた恩義を各方面に返し終わった後で。


「理解しましたわ。バジゴフィルメンテ様は、本当にやりたい事だけやっている方なのだと」

「やりたい事をやる。その上で人のためや社会貢献になったら上々。そのぐらいの気持ちで暮らしているからね」


 その人生観を聞き、マーマリナは今までの人生を振り返り、溜息を一つ。


「わたくしも、そうありたいと願ってしまいそうですわ」


 その愚痴のような言葉に、バジゴフィルメンテが返す。それも突き放すような言い方で。


「僕の生き方は参考程度にとどめておいて、どんな生き方をするかはマーマリナ自身が決めなよ」

「……やれとも止めろとも言わないんですのね」

「それこそ押し付けじゃないか。僕の嫌いなね」


 だから自分で決めろと言われて、マーマリナは途方に暮れるしかできなくなった。

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