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35.邂逅

 マーマリナは、盗賊十人ほどを一人で片付けてしまったと思わしき、青銅剣を持つ黒髪の子供に興味を抱いた。

 マーマリナは馬車から素早く外に出ると、盗賊の持ち物を漁る子供剣士に近づいていく。

 貴族子女らしい振舞いで一礼する。


「初めまして。わたくし、マーマリナ・プルプラ・コリノアレグルと申しますわ。見事なお点前の剣士様。お名前をお伺いしてもよろしくて?」


 声をかけられた黒髪の剣士は、顔を隣の黒尽くめ女性に向けた後で、盗賊を漁る手を止めてマーマリナに向き直った。


「お声がけありがとうございます。僕は、プルマフロタン辺境伯家が長男。バジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタンです」


 綺麗な声色ながら、変声が済んだ男性のもの。

 ここでマーマリナは、黒髪の剣士が男の子であることを認識した。

 それと同時に、バジゴフィルメンテの自己紹介を受けて、マーマリナが衝撃から肩を震わせた。

 マーマリナだけでなく、彼女を守ろうとついてきた、侍女チッターチも護衛兵たちも一様に驚いた表情を見せる。

 マーマリナは、恐る恐る、バジゴフィルメンテに問いかけた。


「プルマフロタン辺境伯家とは、『大将軍』の活躍の下、世で最初に辺境伯に任じられた、あの家のことですわよね?」

「その通りですが。それがどうかしましたか?」


 心底不思議そうに聞いてくるバジゴフィルメンテに、マーマリナは更に恐る恐る質問する。


「わたくしの家に、思うところはありませんの? わたくし、コリノアレグル辺境伯家の娘ですわよ?」

「分かっています。魔境の森をまっすぐに開拓して、海辺へと至った功績で、第二の辺境伯に任じられた家ですよね」


 でも、それがどうしたのか。

 そう問いたげなバジゴフィルメンテの様子に、マーマリナは困惑する。


「わたくしの家は、『大将軍』の配下であったのに、いの一番に独立宣言した家ですわよ。なので」

「僕が君の家を恨んでいるんじゃないかって?」


 バジゴフィルメンテが言葉尻を捉えて尋ねた内容に、マーマリナは頷く。

 それを見たバジゴフィルメンテは腕組みし、何かを思い出そうとする素振りになる。


「僕が十歳になる前に参加した会食で、父上や寄子貴族たちが君の家は裏切者だとか恩知らずだとか言っていたような記憶があるけど……。僕自身はなんとも思ってないですね」

「そうなんですの?」

「だって、僕が生まれる遥か前の因縁に、僕が付き合う必要はないですよね。そもそも馬鹿馬鹿しい話だし」

「馬鹿馬鹿しい、ですの?」

「仮に僕が曾祖父の『大将軍』の立場で、もしも君の家の独立を認めていなかったとしたら、独立する前に叩き潰しておきます。それを実行できる、軍勢を抱えていたし、魔境開放の英雄ですから、出来ないことはないはずです」


 恐ろしい判断を口にしつつも、バジゴフィルメンテは続きを語っていく。


「でも、そうなってない。ってことは、『大将軍』は君の家の独立を認めていたってことですよ。なら、僕がアレコレ言うのは筋違いも良いところでしょう?」


 バジゴフィルメンテが出した結論に、マーマリナは掬われた気持ちを抱いた。

 なにせバジゴフィルメンテが語った内容は、コリノアレグル辺境伯家の口伝と同じだったからだ。

 だから、ついマーマリナは質問してしまった。


「もしかして、プルマフロタン辺境伯家には、そういう話が伝わっているのかしら?」

「いいや。これは全て、僕の想像ですよ。まあ、外れているとは、思ってないですけどね」

 

 つまりは、プルマフロタン辺境伯家の公式見解ではなく、バジゴフィルメンテ個人の感想ということだ。

 残念な事実に、マーマリナは肩を落としそうになるが、堪えた。

 バジゴフィルメンテは、自己紹介で長男と語っていた。

 それなら、次代の当主はバジゴフィルメンテだ。

 バジゴフィルメンテが爵位を得た後で、家同士の繋がりを整えればいい。

 そこまで未来の予定を考えて、ふとマーマリナは何かを思い出しかけた。


「貴方のお名前は、バジゴフィルメンテですわよね?」

「そうですよ」

「わたくしたち、初対面ですわよね?」

「その通りですね」

「でも、わたくしは貴方の名前を聞いた覚えがある気がするのですわ」


 どこかで聞いた名前だなと思い出そうとして、思い出せずに悶々とする。

 マーマリナが記憶の蓋を開けようと頑張っていると、バジゴフィルメンテが苦笑いと共に名前を知っている理由であろう事情を伝えてきた。


「もしかしたら、プルマフロタン辺境伯家の不適職者として伝わっているかもしれませんね」


 不適職者という言葉を聞いて、ようやくマーマリナの記憶の蓋が開いた。


「思い出しましたわ! 希少な戦闘職『剣聖』を授かりながら、不適職者だと判断されたっていう、あの!」


 と大声を上げた後で、マーマリナは首を傾げる。

 もしバジゴフィルメンテが不適職者だとすると、盗賊十人ばかしを瞬く間に倒して除けたことに、説明がつかないなと。

 倒された盗賊の技量については謎でも、街道で人を襲うような輩なのだから、多少は腕に覚えがあるはず。

 少なくとも、天職に身を任せることが短時間は出来たはずだ。

 そして戦闘職の天職に身を預けている間の人物は、天職の力を発揮できていない者が傷つけることができなくなる。

 つまり、天職の力を出せない不適職者は、盗賊を殺せないはずなのだ。


「不躾なことを質問しますけれど。貴方、本当に不適職者なのかしら?」

「天職に身を委ねないと決意しているので、不適職者と言われても仕方がないと納得しています」

「変な言い回しをなさいますわね。天職の力に頼らずに戦っているということですの?」

「少し違います。僕は、天職を掌握しているんです」


 バジゴフィルメンテの言葉を、マーマリナは咄嗟には理解できなかった。


「掌握? それって、あれですわよね。従えているとか、操っているとか、そういう意味の言葉ですわよね?」

「そうですね。自分の意のままに支配している、という意味です」

「それはつまり、貴方は天職に体を預けないまま、ご自身の意思で天職の力を出せると?」

「その通りです。証明してみましょうか?」


 バジゴフィルメンテは、自分の胸元を自身の指で三回叩いた。

 その仕草が意味するのは、攻撃してみろ。

 それならと、マーマリナは更にバジゴフィルメンテに近づき、おもむろに彼の胸を殴った。

 天職が『蹴拳士』なこともあり、なかなかに堂に入った殴りっぷりだった。

 これでもしバジゴフィルメンテが天職の力を操れなかったら、間違いなく殴られた衝撃で大咳を吐く結果になったことだろう。

 しかしマーマリナは、そうならないと殴った瞬間に分かった。

 なぜならバジゴフィルメンテを殴った感触が、天職を発揮している相手を殴った時と同じだったからだ。

 マーマリナは、至近距離でバジゴフィルメンテの表情を見る。

 マーマリナより若干背が低いバジゴフィルメンテの顔は、天職に身を任せた者が見せる無表情ではなく、ニコニコ笑顔だ。

 その笑顔が少し癪に障り、マーマリナはもう一度渾身の右こぶしを振るい、今度はバジゴフィルメンテの顔面に叩きこんだ。

 しかし、再び天職の力が身を守っている感触がして、バジゴフィルメンテが傷ついた様子もなかった。


「本当に、天職に身を任せないままに、天職の力を引き出せてますわね」


 ならこれが最後の証明と、マーマリナは体を自分の天職である『蹴拳士』に預けた。

 瞬間、マーマリナのドレスの切れ目から足が伸び出てきて、バジゴフィルメンテの首筋に向かって振りあがった。

 マーマリナの体は、戦闘向けの天職の力を発揮している。

 バジゴフィルメンテが自分の意思で天職の力を発揮できないなければ、仮にマーマリナの攻撃を防御したとしても大怪我は免れないだろう。

 しかしバジゴフィルメンテが掲げた腕に、その蹴りは呆気なく防がれてしまった。

 このときの両者の表情は、マーマリナが無表情なのに対して、バジゴフィルメンテは悪戯を仕掛けてきた子を愛しむような困り顔が含んだ笑顔。

 つまり、バジゴフィルメンテは天職に身を委ねないままに、天職の力を引き出せることが証明されたことになる。

 マーマリナは天職に身を預けることを止めると、一度大きく後ろへ下がってから、ドレスの裾を整えて謝罪の礼をとった。


「はしたないところをお見せして、申し訳ありませんでしたわ」

「いえいえ。僕が試してみろと言ったんですから、謝罪の必要はありません」


 許しの言葉が聞こえた直後、マーマリナは顔を上げてすぐにバジゴフィルメンテに詰め寄った。


「それで、天職を掌握って、どうやっているんですの?! それ、わたくしにもできるよね!? 教えてください! ねえ、教えて!」

「お嬢様。口調、口調」


 チッターチの制止の声に、マーマリナはハッとして我に返り、口に手を当てて誤魔化し笑いをする。

 それを見てか、バジゴフィルメンテとその隣にいる黒尽くめ女性――ラピザは、共に聞こえていなかった振りをしてくれた。

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