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29.魔物の大移動の後始末

 オブセイオンは、配下の兵士たちからの報告で、森からオーガたちが出てきたことを知った。しかも、オーガの中でも強者だと伝わっている、白髪のオーガまで出てきたと知った。

 そのときオブセイオンは、祖父の『大将軍』ですら勝てなかった相手が森から出てきたと、恐慌状態に陥った。自身が魔境の魔物に恐怖心を植え付けられたこともあり、祖父に対処できない魔物が来たことに強く怯えてしまったのだ。


「兵士たちを全員、屋敷に集結させろ! 寄子貴族たちに、援軍要求の使者を送れ!」


 オブセイオンの命令に、兵士の一人が挙手の後に質問する。


「街の防衛をしている兵士たちも、引き揚げさせるのですか?」

「そうだ! 街には冒険者がいるだろう! 街の防衛はあいつらに任せばいい!」


 オブセイオンは、我が身と家族だけが大事だという気持ちで、言い放った。

 兵士たちはぐっと口を引き結んでから命令を了承し、屋敷の防衛と周辺貴族へ援軍を求める使者とに分かれた。

 オブセイオンは、打つ手は全て打ったと自負しながらも、内心では恐怖を感じていた。

 オーガは、辺境貴族たちがよく知る、魔境の強者だ。

 いくら傷つけても倒れず、致命傷を与えても死なず、腕や足を切り落としても再生する。

 加えて厄介なのは、その再生能力を活かした、相打ち攻撃。

 完全に天職に身を任せられる兵士でも、体を刺した武器をオーガが掴んで動かなくされてしまえば、容易く殺されてしまう。

 武器を動けなくされたことで、天職が起こす最適な動きから外れてしまい、それが原因で天職に身を任せることに失敗してしまう。そうして天職の力を発揮できない状態に陥れば、人間は魔物の力に対抗できない。

 そうした相打ち攻撃をしかけてくることから、オーガと人間とは相性が悪い相手だとされている。

 それこそ、オーガ一匹で兵士が十人死ぬこともあると言われているほどだ。


「くそぉ。どうして魔物の大移動なんかが起こる。しかもオーガまで出てくるだなんて」


 オブセイオンの祖父の『大将軍』が領主のときなら、オーガが出てきたところで、大した被害は出なかっただろう。

 父の『槍士』が領主のときでも、祖父が生きていたし、祖父の配下も大勢残っていたので、被害を出しながらも倒せたことだろう。

 しかしオブセイオンが領主の今は、祖父もその配下も鬼籍に入り、兵士の中にもオーガを相手に出来そうな強者は絶無。

 このままでは、オーガに領地を蹂躙されてしまう未来しかない。

 オブセイオンが悲嘆していると、そこに足音荒くハッチェマヒオがやってきた。


「父上! 僕様を外に行かせて! オーガ退治をやります!」


 ハッチェマヒオの言葉に、オブセイオンは呆気にとられた後で大急ぎで否定の言葉を口にした。


「オーガ退治だと! 何を馬鹿なことを言っている! 大人しく屋敷にいるんだ!」

「なぜです! バジゴフィルメンテには戦わせているでしょう!」


 ハッチェマヒオの言葉で、オブセイオンは今更ながらにバジゴフィルメンテの事を思い出した。


「バジゴフィルメンテめは、魔物と戦っていたのか?」

「そうです! 白髪のオーガと一騎打ちしてた! あいつがやれるんなら、僕様だって!」


 ハッチェマヒオは対抗心も露わに叫ぶが、オブセイオンはその言葉に耳を傾けていなかった。

 オブセイオンの内心は、バジゴフィルメンテがオーガの餌食になるであろうと知って、歓喜に沸いていたからだ。


(バジゴフィルメンテの馬鹿め。言いつけ通りに、冒険者どもと肩を並べて戦ったのか。そのまま死んでくれれば憂いがなくなる)


 不適職者を学園に送らなくて良くなるのなら、オーガに領地領民を蹂躙されることも許容しよう。

 このときのオブセイオンは、本気でそう思っていた。


「父上! 聞いているんですか!」


 ハッチェマヒオの再度の問いかけに、オブセイオンはうんざり気味に拒否の手振りを行った。


「なんと言おうと、お前を外には出さん。お前こそが、次のプルマフロタン辺境伯家を継ぐ者なのだ。あたら命を落とされては困る」


 オブセイオンが更に手不利を行うと、ハッチェマヒオの両腕が拘束された。

 その腕を掴んでいる人物は、ハッチェマヒオの魔法と戦闘の教育係二人だった。 


「さあ、戻りますよ、ハッチェマヒオ様」

「魔物と戦いたいなど、馬鹿なことを言ってないで隠れていてください」

「なんでだ! バジゴフィルメンテばかり!」


 ハッチェマヒオは叫び声をあげながら、教育係二人に引きずられていった。

 オブセイオンは、跡継ぎの情けない姿を見て落胆したが、魔物の襲撃を前に気にしてはいられないと気を引き締め直す。

 魔物に対する恐怖心を誤魔化すため、強い酒を一杯飲み下す。

 アルコールによって恐怖心が薄まり、辺境伯家当主としての活力が漲ってきた。


「屋敷の防衛を厳密にせねばなるまい」


 オブセイオンは、部屋の隅に立てかけてあった剣を取り、腰に帯びる。

 そして屋敷の防衛方法を兵士に伝えるために、執務室から出て、屋敷の外壁へとやってきた。

 魔境の森と接する街の外壁がある方向から、まだ戦闘音が聞こえきた。


「ふんっ。冒険者どもめ、奮闘しているようだな」


 しかしオーガに勝てるはずもないと、オブセイオンは配下の兵士を屋敷の外壁のどこに配置をするのかを決めていく。

 その配置が全て済んだところで、街の方から聞こえてきていた戦闘音が止んだ。

 これは冒険者ともども、バジゴフィルメンテも死んだな。

 そうオブセイオンが思ったところに、街の様子を見てきたらしい兵士が報告にやってきた。

 オブセイオンは、その兵士の顔を見て、疑問に思った。

 兵士の顔が、歓喜に緩んでいたからだ。

 街が悲惨なことになっていれば、悲痛な表情になっているはずなのに。

 そう疑問を抱いているオブセイオンに、その兵士が大声で報告する。


「バジゴフィルメンテ様が白髪オーガを倒し、冒険者たちもオーガを討伐し終えたようです! そして魔物の大移動も終わったようです!」


 その報告を耳にした全員が、衝撃を受けた。

 そして屋敷を守ろうとしていた兵士たちから、ざわめきが起こる。


「魔物の大移動が終わったって、マジかよ。命拾いしたな」

「でも、オーガを倒したって。あのバジゴフィルメンテ様と冒険者たちがか?」

「これ、やばい状況じゃないか?」


 プルマフロタン辺境伯家の兵士たちは全員、領主の命令で街の防衛から引き上げてしまっている。

 つまり、街を守ったのは冒険者たちであるという、動かぬ真実が出来てしまったことになる。

 もともと街の領民は、オブセイオンならびにプルマフロタン辺境伯家に対して、良い感情を持っていなかった。

 今回魔物の大移動の解決が冒険者たち『のみ』の手で行われたことで、さらに領民との間に更なる溝が生まれることになるだろう。

 その評判を覆すために出来る、オブセイオンの手段は二つだけ。

 一つは、領民との関係悪化を許容すること。今までも、あまり良い関係ではなかったので、程度の差はできても、今まで通りな状況で収まる算段が付く。

 もう一つは、バジゴフィルメンテをプルマフロタン辺境伯家の一員だと認めること。たった一人だけとはいえ、プルマフロタン辺境伯家から手勢を出したことにすれば、領民からの悪感情はだいぶ軽減されるだろう。

 しかしオブセイオンには、どうしてもバジゴフィルメンテを認めることができない。

 なにせバジゴフィルメンテは、辺境伯家の長男で、オーガを倒したという戦果を掴んでいる。

 そのため、ここでバジゴフィルメンテを家の一員だと認めるということは、バジゴフィルメンテを次の辺境伯の候補筆頭に据えなければいけなくなる。

 そして候補筆頭にするには、オブセイオンは自身の行動の非を認めなければいけない。

 バジゴフィルメンテの事を不適職者だと認定したこと。家族の一員と見做さずに薪割り小屋に追いやり、教育や食事を与えないよう命令したこと。自分の子供に対して暗殺者を差し向けようとしたこと。その他の大小様々な他者に顔向けできないこと。

 それらの行動を反省してバジゴフィルメンテに許しを請わなければ、バジゴフィルメンテが辺境伯に成った際の仕返しが恐怖でしかない。

 仮にオブセイオンが今のバジゴフィルメンテの立場なら、苦境に追いやった人物――オブセイオンなど八つ裂きにしても足りない恨みしか抱けない。そもそも、そんな人物から許しを請われたところで、許せるはずもない。

 自分の非を認めることは出来ないし、バジゴフィルメンテもどうせ許してはくれないのだろう。むしろ認めてしまった方が、身の破滅になる。

 そうした判断から、オブセイオンはバジゴフィルメンテをプルマフロタン辺境伯家の一員として認めることはできなかった。


「領民の不満を和らげる手段を講じなければな」


 と意識をバジゴフィルメンテから領地運営に切り替えようとして、オブセイオンは自分の失態に気づいた。

 その領地を守るために、他家に援軍の要請を送っていたことを思い出したのだ。


「ま、まずい! 誰か! 伝令を呼び戻せ!」


 そうオブセイオンは号令を発するが、兵士たちの動きは芳しくない。


「どうした、なぜ直ぐに動かん!」


 オブセイオンの一喝に、兵士の一人が言い難そうにしながら言葉を告げる。

 

「伝令たちは馬に乗って行かせました。当家が所有する中で、馬の扱いが上手い者たちと、走力と体力に優れた馬を組み合わせてです」

「それがどうした!」

「残っている兵士は馬を操る腕に乏しく、そして馬も体力もないうえに速度も出ないものばかりです。今から追いかけたところで、伝令を伝え終わった後に、ようやく追いつくことになるかと」


 どうあっても救援要請は撤回できない。

 その事実を、オブセイオンは認めるしかなかった。


「ならば、援軍は要らないことを伝えるため、新たに伝令を出せ。魔物の大移動は、我が領内でケリがついたとな!」

「どのように収束させたかも、伝えた方が良いでしょうか?」

「余計なことは言わんでいい! 大移動は対処出来たと、それだけ伝えればよい!」


 兵士たちは『本当にそれでいいのかな』と疑問顔ではあったが、オブセイオンの命令を受けて動き出した。

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