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27.神覧死合・前編

「神よ、御照覧を! 貴方が授けてくれた『剣聖』を、僕がどれほど使いこなせるようになったかを披露いたします!」


 二つの手にそれぞれ剣を携えた少年が放った、神を呼んでの宣告。

 この世界で、神を呼ぶ行為は大変な意味を持つ。

 時の王が神の名を呼んで、人が魔物と戦う力を授けてくれと願い、それが叶えられた歴史がある。

 その歴史から分かるように、この世界の神は呼べば応えてくれる存在である。

 だから神を呼んでの宣言は、宣言した者と神との約束となる。

 いまの状況を例にするのなら、剣を持つ少年――バジゴフィルメンテは『剣聖』としての実力を披露することが必須になったわけである。

 少なくとも、今を生きる人間たちの認識では、そうなっている。

 この神を呼んでの宣言の衝撃度合は、森からオーガが出てきたことに震えあがっていた、冒険者たちに勇気を取り戻す切っ掛けになるほどだった。


「へへっ。この戦場を神が見てくださるってんじゃあ、情けない姿は見せられねえ」

「逃げた腰抜けだなんて神に思われた日にゃあ、今後の人生で幸運なんて来るはずはないわな」


 オーガの恐怖に腰砕けになりつつあった冒険者たちは、神が見ているのならと奮起して、各々の武器を構える。

 冒険者たちの今の心境は、オーガ相手でも生き抜く気でいるが、神が見ている前でなら死んでもいいというものになっていた。

 信仰心から来る勇気を胸に、冒険者たちはオーガたちに戦いを挑む。

 オーガの中でも一番の風格を持つ白髪頭以外の、普通のオーガたちに向かって斬りかかった。

 冒険者たちとオーガたちが、刃物と拳を交え始める。

 そんな周囲の状況の中で、バジゴフィルメンテと白髪オーガは違いに顔を向けたまま、動こうとしない。

 バジゴフィルメンテと白髪オーガは、違いを強者であり最大の敵だと認識し、不用意に動いただけで不利に陥ることを理解しているため、動くに動けなくなっていた。

 このまま時間が過ぎ去るかと思いきや、やおらバジゴフィルメンテが口を開いて言葉を紡ぎ始める。


「その白い髪の毛。貴方が辺境伯家の伝承に伝わる、白髪のオーガですね。曾御爺様――『大将軍』の軍勢すら退けた強敵とのことですが、本当ですか?」


 まるで人間に対した会話のように言葉だった。

 しかし、相手は人間ではなく、魔物のオーガだ。

 人間の言葉が通じるはずもない。


「ぐぐるるるるる」


 白髪オーガの喉から出てきたのは、言葉にもならない唸り声。

 まるで知性が感じられない声だったが、バジゴフィルメンテはそう感じなかったようだ。


「言葉は通じなくとも、知性があるのはその目を見ればわかりますよ。なるほど、僕に興味津々といった感じですね。それと、あの壁の向こうがどうなっているのかも気になっている感じがします」

「ぐるぐるるるる」


 バジゴフィルメンテが喋り、白髪オーガが軽く首を動かしながら唸る。

 まるでバジゴフィルメンテと白髪オーガは、言葉が通じ合っているかのようだった。

 そんな会話の後で、バジゴフィルメンテと白髪オーガは、ゆっくりとした動作でお互いに構えた。

 バジゴフィルメンテは、自前の青銅剣と借り物の鋼鉄剣の二つを相手に向けた、斬撃の構えを。

 白髪オーガは、左手を前に突き出し、右手は腰元に引き付ける、打撃の構えを。


「いざ、勝負!」

「ぐるがああ!」


 声と唸り声が交差し、バジゴフィルメンテと白髪オーガは同時に相手に向かって駆け出した。

 初手は、剣という間合いの広さから、バジゴフィルメンテが担った。


「てやあああああ!」


 様子見なしの、双剣を全力で振るった渾身の一撃。片方の剣はオーガの喉へ、もう片方は胴体を狙った、二ヶ所同時攻撃。

 白髪オーガは二つの剣の軌道を見てから、行動を開始した。喉への剣は、頭を下げて額の角で弾き逸らす。胴体への剣は、左手で剣の腹を叩いて軌道を逸らさせて胴体に当たらないようにした。

 角と左手で攻撃を防いだ、白髪オーガ。つまり右手は、未だ行動が残っている。

 逆にバジゴフィルメンテは、左右の手の攻撃を終えてしまっている。

 行動済みのバジゴフィルメンテの顔面に向かって、白髪オーガは右手で渾身の突きを放った。

 白髪オーガの拳は、今までの生の中で数多の敵を打ち貫いてきたことが分かる、傷だらけでありながら鉄のような硬さを誇っていることが見て取れた。

 こんな拳を用いて白髪オーガの膂力で殴られたら、人間なら大人でも一撃で絶命してしまうことだろう。

 そんな致命な一撃を、バジゴフィルメンテは辛うじて引き戻せた鋼鉄の剣の根元で受け止めた。

 直後、鋼鉄の剣がバジゴフィルメンテの手から弾き飛ばされ、空中へ。その空中を漂う中で、白髪オーガの拳の威力に耐えきれなかったのか、バラバラに砕けた。

 バジゴフィルメンテは剣を犠牲に命を拾い、苦笑いする。 

 

「付け焼き刃の双剣じゃ、敵わない相手だよね」


 バジゴフィルメンテは、自前の青銅剣を両手で握り、改めて構える。

 白髪オーガは、追撃する素振りをしていたが、バジゴフィルメンテの構え直しを目にして瞬時に距離を取った。

 剣が二つから一つになり、バジゴフィルメンテの攻撃力は下がったように見える。

 しかし白髪オーガは、剣一つの方が恐ろしいとばかりに、バジゴフィルメンテの姿を観察しながら警戒を強めていた。

 白髪オーガに習って、改めてバジゴフィルメンテの姿を確認すると、警戒もやむなしだと分かる。

 双剣状態のときは、剣二つの重さに体が慣れていない様子が見受けられた。

 しかし剣一本の状態では、まるでバジゴフィルメンテと剣が一体化したかのような、有るべき所に有るべき物が収まっているかのような、とても自然な姿になっていた。

 白髪オーガは、この状態のバジゴフィルメンテを警戒し続けながらも、先ほどの攻撃をやり過ごせた経験からか、今度は先に攻撃を仕掛けてきた。

 一挙一足で近づき、左手をバジゴフィルメンテの剣へと伸ばして掴もうとする。

 その行動は、左手を犠牲にしてでもバジゴフィルメンテの剣を封じ、右手の攻撃でもって決着をつけようとしていた。

 しかしその左手は、結果的に空中を掴むことになり、手首から先を切り落とされる結果になる。

 バジゴフィルメンテが剣を巧みに動かし、白髪オーガの左手から蛇のように剣身がスルリと抜け出し、そして素早く翻って刃で左手首に斬り入って両断したのだ。


「さて、これで僕が少しだけ有利に――はならない感じだね」


 バジゴフィルメンテが苦笑いする理由は、白髪オーガの左手首の先から肉が盛り上がり出して左手を形作り始めたから。

 今はまだ丸めた肉塊の様だが、時間が経てば骨や筋が形作られるであろうことは、疑いようがなかった。


「その特異な再生力があるから、左手を捨てるような動きをしていたってわけだね」


 バジゴフィルメンテはそう言葉にしながら、白髪オーガの姿と周りで冒険者たちと戦うオーガを観察する。そして気づいたようだ。

 周りで戦うオーガたちの姿が、森を出てきた時より痩せていることを。

 そして今まさに、冒険者の刃によって斬り飛ばされた指を再生させた瞬間、その怪我を治したオーガがまた少し瘦せたことを。


「脂肪や筋肉を消費しないと再生できないようだね。そして怪我の大小によって、痩せ具合の増減もある。つまり、延々と回復し続けることはできないし、怪我を回復させればさせるほど弱体化するわけだ」


 オーガの戦闘力の要は、巨躯と発達した筋肉にある。

 怪我を治すのに筋肉を消費させ続ければ、後に残るのは体が大きいだけの痩せっぽちだ。

 そこまで弱体化できれば、もう敵じゃない。

 そう見抜いたことを、どうしたバジゴフィルメンテは口に出して喋ったのか。

 それは周りで戦う冒険者たちに伝えるためだったようだ。


「おい、聞いたか! オーガたちは傷をつけ続ければ、勝手に弱くなるんだとよ!」

「よっしゃあ! なら一撃狙いじゃなくて、連続攻撃主体に切り替えんぞ!」


 延々と回復するオーガに尻込みし始めていた冒険者たちは、バジゴフィルメンテの言葉に威勢を取り戻した。

 それどころか、オーガを弱体化させることを目的とした戦法に切り替え、無理攻めをしなくなった。

 言葉一つで状況を変えてみせたことに、白髪オーガの口から唸り声が出た。


「ぐぐるぐぐるるる」


 賞賛とも非難ともとれる唸り声に、バジゴフィルメンテは笑顔を向ける。


「さて、オーガの弱みは見つけた。あとは勝ち筋を見つけるだけだね」


 バジゴフィルメンテは改めて剣を構え、白髪オーガも骨が再生した左手を突き出して打撃の構えを取り直した。

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