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26. 功績を

 ハッチェマヒオは外壁の上から、冒険者たちが魔物の群れと戦う様子を見続けていた。

 魔法で援護しようとしたのだが、教育係に止められて、見ることしかできなかったからだ。

 その結果、魔物の群れは冒険者たちの手によって、全て片付けられてしまったように見えた。


「おい! 僕様の活躍の機会がなかったんだが!」


 ハッチェマヒオが怒りの声を教育係二人に放つ。

 しかし教育係たちは、冒険者たちが魔物を倒した光景に満足しているような顔をしていた。


「良いではありませんか。被害は冒険者たちだけ。辺境伯の兵士に損害のないまま、領地が守られたのですから」

「冒険者など、所詮は使い捨ての道具。あたら消費したところで、すぐに補充が来るような存在でありますぞ」


 辺境伯家の立場から物を言うのならば、この教育係の言葉もあながち間違いじゃない。

 冒険者たちは、辺境の土地を守るのに必要な存在ではある。

 しかし、魔物が現れない神に祝福された土地に溢れるほど、人間の数は増えてしまっている。

 そして人が溢れ出る先は、辺境地域しかない。

 つまり辺境は、誘致活動をしなくても、自然と人が流入する構造になっている。

 辺境であるからこそ、流入してくる人が就ける職は限られていて、戦闘向きの天職持ちはほぼ全員が冒険者になるしかない。

 だから、今回の戦いで一時的に冒険者が数を減ろうとも、そう遠くない時期に冒険者の数は元に戻ることは確実だ。

 そんな自然と増える冒険者を消費するだけで、領地と他の領民が守られたのだ。

 辺境伯家の差配としては、上々とまではいかないものの、次善ぐらいの結果であることは間違いない。

 しかしハッチェマヒオは、そういう問題じゃないと怒りを募らせた。


「僕様が活躍できなかったって言っているんだ! 見ろ、バジゴフィルメンテを! あいつは、あんなに魔物を倒してみせたんだぞ!」


 ハッチェマヒオが指す先には、死屍累々の魔物たちの間、剣を携えて疲れた様子のバジゴフィルメンテが立っていた。

 戦い続きで疲れているのか、呼吸を繰り返しながらも、その場から動いていない。

 黒づくめのラピザが、どこかから持ってきた水袋をバジゴフィルメンテの口に当てて、水を飲ませている。

 冒険者たちも、一番よく働いたバジゴフィルメンテを労わるように、周囲の魔物の死体を回収して退けていく。

 そうして世話をされる様子は、あの戦場で誰が一番尊敬を集めたかを、如実に表していた。


「僕様があそこにいれば、バジゴフィルメンテよりも目立ったはずだ! 違うか!」


 自身がバジゴフィルメンテより優秀だと信じて疑わない、ハッチェマヒオの言葉。

 教育係二人は、今まで常にハッチェマヒオはバジゴフィルメンテより優れていると言って教育してきたこともあり、その言葉を否定することは出来なかった。

 だからこそ、別の言葉でハッチェマヒオの機嫌を取ろうとする。


「冒険者の尊敬を集めたところで、意味はありませんとも。冒険者など、故有れば居なくなるような輩。何時か失ってしまう尊敬など、集めたところで砂粒ほどの価値しかありませんよ」

「ハッチェマヒオ様は、無くならぬ評価を集めるべき。例えば、辺境伯様――父君のオブセイオン様や、他の貴族の方々からのをです」


 バジゴフィルメンテが集めた評価は意味がないものと教えられて、ハッチェマヒオの態度が軟化する。


「うむっ、そうだな。今回はバジゴフィルメンテに功を譲るとして、その功以上のものを僕様が積み上げればいいんだもんな」


 機嫌が直ったハッチェマヒオを見て、教育係たちは単純でよかったと胸を撫でおろす様子を見せる。

 その直後、外壁の外が急にざわめいた様子が伝わってきた。

 ハッチェマヒオと教育係たちが顔を向けると、魔物の死体を回収していたはずの冒険者たちが武器を構え直す姿が見て取れた。

 休憩中だったバジゴフィルメンテも戦意を漲らせながら、世話をしてくれていたラピザに逃げるよう身振りしている。


「なんだ。何が起きたんだ?」


 ハッチェマヒオが外壁の縁に立ち、少しでも良く森の際を見ようとする。教育係たちも、目を細めて森の方を観察する。

 そうして人々の目が集まった場所から、新たな魔物が姿を現した。

 それは一見すると、大柄な人間たちのように見えた。

 しかし人間でないことは、赤銅色の肌や、額から伸びた髪の間を通って伸びる太い角や、下顎から上に突き出ている犬歯の牙を見れば、一目瞭然だった。


「なんだ。新しい魔物が来たじゃないか。しかも数が少ない。これは僕様が活躍する場面だな」


 とハッチェマヒオが戦う気になっているのを見て、教育係二人が慌てて止めた。


「馬鹿なことを言わないでください! あれはオーガ! 一匹で軍隊一つに匹敵すると言われている、魔境の怪物ですよ!」

「『大将軍』様が軍勢を率いてオーガの群れを討伐しようとして、それが叶わなかった。だから辺境伯領を広げる限界がここになったんだ!」


 二人から今までにないほど強く言われて、ハッチェマヒオは反省した。


「曽御爺様が叶わなかった魔物、ということか?」

「正確に言うのでしたら、勝ち切れなかったと言うべきでしょうね」

「大量の兵士と引き換えに、大半のオーガは倒した。しかしオーガを統率する『白髪』の討伐に失敗した、と聞いています」


 白髪と聞いて、ハッチェマヒオはもう一度オーガたちへ顔を向ける。

 十匹近くいるオーガは殆どが黒髪だが、一匹だけ真っ白な髪の毛の個体がいた。


「な、なあ。その白髪というのは、もしかしてアレか?」


 ハッチェマヒオが指し示す先を、教育係たちは確認した。

 そのオーガの髪が真っ白なことを見て取ると、二人してハッチェマヒオを抱え上げた。


「な、なにをする!」

「逃げるに決まっているじゃないですか!」

「辺境伯様に、白髪が現れたことを、知らせなければなりません!」


 暴れるハッチェマヒオを抱え、三人して辺境伯家の屋敷の方へと走る。

 そんな彼らの様子を見た兵士たちは、いま森から出てきた魔物は逃げるべき相手なのだと悟り、彼らも屋敷に向かって逃げ出した。

 外壁の上を逃げていく人達の耳に、戦場に立つバジゴフィルメンテからの大声が届いた。


「神よ、御照覧を! 貴方が授けてくれた『剣聖』を、僕がどれほど使いこなせるようになったかを披露いたします!」


 勇ましい宣言が耳に届いたが、逃げる人達は足を緩めることなく屋敷へと走っていった。

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