25.魔物の生態
魔物とはなんなのか。
それを知る人間はいない。
そして魔物たちも、己とはなんなのかという自覚を持っていない。
だが魔物たちは、道理というものを本能的に理解している。
自然の掟という道理を。
魔物は自分と同じ種族のものを、生み増やすことを第一としている。
種族のものを増やすため、人間が魔境と呼んでいる場所で食料を得る。
魔境は食料に困らない場所だ。
森の木々には果物や木の実が豊富で、下草にも食べられるものに溢れている。
それらの植物を餌にする動物も大量にいるし、その動物を食べる弱い魔物も多く、強い魔物たちは弱い魔物を食料にしている。
しかし、魔境が実り豊かな場所でも、生命を育む上限は存在する。
その上限まで増えたら、魔物たちが辿る道は二つだけしかない。
食料不足で自滅するか、新たな食料を求めて他の領域に手を出すかだ。
そして魔物の多くは、他の領域に手を出すことを選択する。
実りで育むことができる限界にきた領域では、魔物の中で一番強いものが筆頭となり、その領域全ての魔物で隣接する領域を略奪するべく移動する。
侵攻される方も、その領域で一番の強者が筆頭となって対抗する。
この戦いで、双方の魔物たちは数が減り、そして広大な領域を支配する強い魔物が君臨するようになる。
それが魔境における、自然の理である。
その領域は、かなり前に奪われた。
それこそ『この者』が生まれ出る、はるか前に。
いま、その領域は不毛であると、『この者』は思っていた。
木々が失われ、石が積み上がった変な崖がある場所には、食料がありそうには思えなかったからだ。
しかし『この者』は知っていた。
石積みの崖の場所に暮らす生き物がいることを。
その生き物は、ときどき森に入ってきては、森の恵みを取って崖へと戻っていく。
この生き物が森の生き物を狩ってくれるお陰で、森の中の生き物が増えすぎなくなり、『この者』と同種のような強者だけが緩やかに増えていく手助けになっていることも。
一方であの生き物は、森の恵みを掠め取る害悪だ。
『この者』はあの生き物を森の中で見つければ、駆除することを躊躇わなかった。それは同種にも徹底させた。
だが、あまりにも徹底し過ぎたのかもしれない。
ある時から、『この者』と同種たちが住む領域まで、あの生き物が来ることがなくなった。
あの生き物は、不毛の土地から近い場所だけを行き来し、不毛の土地に踏み込もうとする魔物を倒すことと、多少の森の恵みを得るだけで、満足するようになった。
これで、あの生き物に煩わされることなく、森の恵みを摂取して緩やかに個体数を増やすことができる。
『この者』の同種たちはそう喜んだが、『この者』は喜べなかった。
遠くない未来に、森の恵みが支えられる上限まで個体数が増えて、他の領域に侵攻するしかなくなると理解していたから。
他の領域の魔物が攻め入ってきたのを叩き潰して新領域を手にしたり、悪天候で森の個体数が減ったりと、上限に達する期間が延びる幸運もあった。
だがとうとう、上限に到達してしまった。
これ以上に増えることは、領域の食料の関係からできなくなった。むしろ餓死者を心配する必要が出てきたほどだった。
ここで『この者』は、自然の理に従うことにした。
だが歳を重ねて知恵を得たこともあり、普通とは違う選択をした。
『この者』は領域で増えすぎた魔物を結集させて、あの石積みの不毛の土地へと追いやることにしたのだ。
あの生き物が不要な魔物を倒し尽くしてくれれば、それが最善。同種たちが食べる分の森の恵みが回復し、同種の数をより増やせるようになる。
追いやった魔物が、不毛な土地であの生き物を食料にして暮らすようになるのが次善。あの生き物さえいなくなれば、森の範囲が広がるだろうから。
そうした目算で、『この者』は魔物たちを不毛な土地へと追いやる決断をした。
すると、あの石積みの崖に住む生き物たちは、『この者』のやり様を知っていたように、大量に個体を崖の前に集めていた。
これ幸いと『この者』は、追いやる魔物を小出しにして、あの生き物たちにぶつけることにした。
あの生き物たちは、森から出てきた魔物を殺す存在だ。対処可能な数をぶつければ、魔物の個体数の調整をしてくれるはず。
その見極め通りに、森から出ていった魔物たちは、あの生き物たちに殺された。
『この者』は狙い通りだと、次々に森の魔物を減らす目的で嗾けた。
やがて、予定していた全ての魔物が殺され、崖前にいるあの生き物の数も半分以下になった。
ここで『この者』は、同族を引きつれて、森を出てあの崖へと近づくことにした。
『この者』は、長く生きてきたこともあり、寿命は残り少ないという自覚があった。
だから『この者』は、同種の群れの中で一番の実力者を次の長に任じ、自分自身は群れの役に立たない馬鹿だけを集めて、あの不毛な土地の崖の向こうへいくことを選んだ。
あの石積みの崖の向こうには、なにがあるのか。
あの生き物の数は、多少の森の恵みでどうにかなる数を超えている。
ならば崖の向こうには、新たな森が広がっているのではないか。
そんな知識欲を満足させるために、『この者』は残り少ない寿命と、使えない同族の命を懸けることにした。
最大の障害は、あの生き物たちの先頭で、長い二本の爪で魔物を殺し続けた、あの小さな者だろうと見当をつけながら。