24.一目を置く
魔物の大移動。
バジゴフィルメンテが先頭に立ち、第一陣、第二陣と、魔物の群れを撃退することに成功した。
冒険者たちは、死を覚悟して戦いに臨んだのだが、意外なことに死者の数は少なく済んでいた。
その理由について、冒険者たちは理解していた。
「なあ。あの貴族の坊主。やるもんだよな」
冒険者の誰かが呟いた言葉を耳にした者たちが、同意の言葉を返す。
「一番前で、一番魔物に襲われて、一番魔物を殺してるんだもんな」
「第二陣じゃ、剣一本じゃ手が足りねえってんで、戦えなくなった奴から剣を借り、双剣状態で戦って戦果二倍だもんな」
冒険者たちが視線を送ると、美少女のような顔立ちの少年が血みどろの格好で、地面に座って荒い息を吐いている。その隣には、戦闘中には姿が見えない、血の汚れが一切ない黒づくめの女性が立っていて、水袋を差し出していた。
血みどろの少年――バジゴフィルメンテは水袋から水を飲み、人心地ついたと笑顔を浮かべる。
その笑顔の姿は、本当に年若い子供なんだなと、冒険者たちに実感を持たせた。
「あれ、本当にクソなプルマフロタン辺境伯の子供かよ。めちゃ強いじゃねえかよ」
「しかも十二歳ってんだろ。年齢誤魔化してんじゃねえのか?」
「その上、不適職者だって噂だぜ。もっと信じられねえよな」
不適職者は、その言葉の通り、天職を扱う才能がない者を指す。
その噂が本当だとすると、戦闘職を持つ者が天職に身を任せないと倒せない魔物を、バジゴフィルメンテが最前線で魔物を殺し続けている説明がつかない。
だから冒険者たちは、噂と目の前の光景に整合性を持たせる噂を、口から出してしまう。
「あんだけ強いんだ。あのアホ辺境伯に恨まれたんじゃねえかな」
「あのクソボケといえど、自分の子供が強いからって恨むか?」
「自分より強いからって、嫉妬に狂って不適職者って評判を広めたかもしれんぞ」
「あの駄目領主ならやりそうだな。話を聞くに、天職の儀を受けた直後に、あの子を不適職者って言い出したって聞くしな」
やいのやいのと手前勝手な噂話に花を咲かせていると、外壁の上がにわかに騒がしくなった。
冒険者たちが顔を上へと向けると、外壁上に陣取る兵士たちを押しのけている、平民と思わしき男女が多数が見えた。
いったい何をしているのかと見ていると、外壁の上から何かが落ちてきた。
見やると、それは編み籠に淹れられた食料だった。具材が挟まったパンや、布に包まれて保護された水袋がある。
そんな感じの食料が入った籠が、外壁の上にいる人達から次々に落ちてきた。
続けて、声もやってくる。
「それを食って頑張ってくれよ、冒険者たち!」
「こんな差し入れしかできないけど、応援しているわ!」
「大移動を乗り越えたら、冒険者組合で打ち上げをしようぜ! タダ酒とタダ飯をたっぷり用意してやるからよお!」
差し入れを投げ終えた人達は、大声で感謝と激励を行いながら、兵士に追い立てられるようにして外壁の上から排除されていった。
冒険者たちは、意外な言葉を受けたと少し呆然としていたが、我に返ると投げ落とされた食料と飲み物に飛びついた。
共に肩を並べて魔物と戦っている間柄だ。補給物資を独り占めなんてせず、まだ戦える者たち全員に行き渡るよう分配していく。
「くうぅ~。力が漲ってきた感じがするなあ!」
「栄養が、手足に行き渡る感じがしてるよな」
「へへっ。今から打ち上げが楽しみだぜ」
「タダ酒とタダ飯にありつくには、魔物を全部ぶっ殺して、生き残らねえとだな」
声援と食料によって、冒険者の士気が上がった。
そして冒険者たちの視線は、誰が音頭をとったわけでもなく、自然とバジゴフィルメンテへと向かった。
バジゴフィルメンテは、黒づくめの女に布で顔で拭かれた後で、女の手から切り分けたパンを口に入れられていた。
周りに見られているという自覚があるようで、バジゴフィルメンテは恥ずかしそうに赤い顔をしているが、それでも嫌がらずに女の手からパンを食べている。
パンの美味しさに頬を緩ませる顔は、年相応の少年のもの。
そんな年若い少年が最前列を担っているのだから、魔物相手になんて負けられないと、さらに冒険者たちの士気が上がった。
「さて、だいぶ魔物もぶっ殺したんだ。あと一回か二回の群れを潰せば、こっちの勝ちだろうぜ」
「へへっ、キツイな。戦えば戦うほど、武器も人も消耗するってのによお」
「一陣と二陣の戦いで、こっちの三分の一が死んだり重傷だりで戦線離脱だもんな」
冒険者たちは不安要素を並べるが、それは悲観してのことではなく、現状の戦力を的確に図るためだ。
「俺らの中で、あのガキが最も強い。いまだ掠り傷一つもしてねえしな。大移動を起こす魔物の親玉に当てるには、あいつが適任だ」
「親玉が出てきたら、他の魔物はこっちが引き受けて、親玉に集中してもらうか?」
「魔物の親玉はめっぽう強いって話だ。盾役の何人かはつけた方がいいだろうよ。まだ子供だぜ」
魔物群れに勝つため、そして生き残るために、冒険者たちは何が最善の行動かを探っていく。
その話し合いが決着しかけたところで、バジゴフィルメンテの声が響いた。
「第三陣のお出ましだ! ご飯をくれた人達に、お礼代わりに勝利を送ろうじゃないか!」
バジゴフィルメンテは地面から立ち上がると、二本の剣と共に魔物たちへと突貫していった。
その後ろ姿を見て、冒険者たちは苦笑する。
「まったく、血の気の多いガキなこって」
「つーか、辺境伯のガキとかあいつなんて失礼なこと、もう言えねえな」
「あの子の名前はなんだったか。バジゴだったか?」
「あいつが冒険者登録している名前なら知ってるぜ。サンテだ」
「冒険者サンテか。そっちの名前の方が覚えやすいな」
ここで冒険者たちのバジゴフィルメンテに対する意識は、プルマフロタン辺境伯の子供から、一目置く冒険者サンテに変わった。
「冒険者サンテに続け! 魔物はぶっ殺せ!」
「終わりは近いぞ! 冒険者サンテと共に!」
各々が声を上げながら、魔物の群れへと向かっていった。