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23.外壁外の戦い

 ハッチェマヒオは、外壁の上から森を見ていた。


「これから、魔物たちが森から出てきて、冒険者たちが戦うんだよな」


 戦いの予感に胸を弾ませている様子だが、それは戦士の高揚ではなく、子供の期待感からだ。

 プルマフロタン辺境伯家の子供なら、小さい頃から聞かされる、曾祖父『大将軍』の逸話。

 大勢の配下と共に魔境へと踏み入り、並み居る魔物を軍勢で押しつぶし、魔物に支配されていた土地を奪って開墾してみせた、英雄譚。

 その当時の配下は、『大将軍』から褒美として土地を与えられ、領地持ちの貴族になった。その貴族の多くは、いまでも寄子となってプルマフロタン辺境伯家を支えてくれている。

 ハッチェマヒオにとっては、これから始まる魔物の大移動も、その英雄譚の続きを見るような心持ちでいるのだ。

 そのハッチェマヒオの様子に、教育係二人が苦言を告げてくる。


「ハッチェマヒオ様。お願いですから、壁の外に出て戦おうなどと考えないでください」

「その通り。壁の上から援護するだけで良いのです」


 この言葉に、ハッチェマヒオは反発する。

 ハッチェマヒオが手を振って指した方向には、冒険者たちの最前列で森を見ている、バジゴフィルメンテの姿があった。


「なぜだ。兄――バジゴフィルメンテは壁の外にいるじゃないか! それも、冒険者を従えてだ! 僕様だって!」

「駄目です。彼とハッチェマヒオ様では、立場が違います」

「ハッチェマヒオ様はお世継ぎに指名され、バジゴフィルメンテは居なくてもいい子。だから危険な場所に立つのは、バジゴフィルメンテの役割なのです」


 二人の言い分は分かるが、ハッチェマヒオは納得したくなかった。

 魔物と必ず戦わなくてはいけないバジゴフィルメンテと、壁の上から援護をすることになるハッチェマヒオ。

 今の状況が『大将軍』の逸話の続きと考えると、バジゴフィルメンテの方が主人公っぽい。そしてハッチェマヒオは、その物語の脇役のような立ち位置。

 ハッチェマヒオは、自分こそが次代の辺境伯という自負があるため、脇役の配置は我慢ならなかった。

 しかし同時に、聞き分けの良い子供でもあった。それこそ、父親の言葉を丸っと真に受けてしまうほどの、純真さのある子供だ。


「分かった。外の冒険者たちがやられたら、僕様たちの出番ということだな」

「そうです。この街を守るのは、我ら辺境伯家の者たちですよ」

「仮に魔物に包囲されても心配いらない。寄子貴族に軍勢の支援を求めればいい」


 二人の言葉は、冒険者たちが全滅することを前提としていた。

 だがハッチェマヒオは、その言葉の意味に気付かずに、無邪気な能天気さを発揮する。


「他家の援助なんがいらない! この僕様が『斧術師』で魔物たちを全滅させてやるんだ!」


 意気強く言い切ったハッチェマヒオに、教育係二人は褒めるように拍手を送る。

 褒められて、ハッチェマヒオはより調子づいた態度になる。

 そうして自惚れているから気付かなかった。教育係二人が、こっそりと目と目で合図を送り合っていることを。

 その目は『いざとなったら屋敷に逃げ込む』と、ハッチェマヒオの身の安全を確保するための合図であったことも。。



 ハッチェマヒオたちが外壁上で見ていると、森から一匹の魔物が出てきた。

 それは頭に角のある兎の魔物。

 普段なら森の外には出てこない魔物だが、今日に限っては一匹だけで森の際から外に出てきていた。

 いや、森から出てくるのは、その兎の魔物だけじゃない。

 兎の魔物を皮切りに、大小と姿形が様々な、四つ足や二つ足や多足な魔物たちが、ぞろぞろと森から出てきた。

 魔物は、戦闘職でなければ、一匹だけでも致命的な相手。

 それが森の奥から、まるで連続で生まれ出てくるかのように、絶え間なく数を増やしていく。

 その異様な光景に、ハッチェマヒオの背がぶるりと震えた。

 当のハッチェマヒオは、どうして体が震えたのか分かっていない様子で、キョトンとした顔をしている。


「なあ――」


 自分の体の変化の理由を聞こうと、ハッチェマヒオは教育係二人へと顔を向ける。

 しかしその二人は、森から出てくる魔物たちに視線が固定されていて、ハッチェマヒオの変化に気づいた様子はなかった。

 そしてハッチェマヒオは、教育係二人の顔が真剣なものであるのを見て、ようやく今の状況が拙いのだと気付くことができた。

 ちょうどそのとき、壁の外に布陣する冒険者たちの方向から、ハッチェマヒオにとって聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「さあ稼ぎ時だぞ、冒険者ども! 僕が弱らせてやるから、好きに戦果を上げるといい!」


 バジゴフィルメンテが芝居かかった大声を上げ、一人先に魔物の群れへと走り寄り始めた。

 無謀な特攻、にハッチェマヒオには見えた。

 しかし実際は、バジゴフィルメンテの青銅剣の一振りで魔物一匹の首が飛び、連続した二振りで二匹の魔物の体をそれぞれ両断してみせた。

 その剣裁きは見惚れそうな見事さがあったが、冒険者たちにとっては別のことが重要なようだった。


「見ろ! 魔物だろうと、斬られりゃ死ぬ! いつもと変わらねえ!」

「ガキ一人に任せて魔物から逃げたとあっちゃ、冒険者なんて恥ずかしくて続けてられねえよなあ!」

「あれだけ魔物がいりゃあ、当分遊んでくらせるぜ!」


 冒険者たちは口々に自らを奮い立たせる声を上げると、武器を手に魔物の群れへと突っ込んでいった。

 冒険者たちの戦い方は、兵士たちが学ぶような集団戦ではなく、個々人が個々の技量でもって個人技によるものだ。

 本来なら、個々の技量に頼るような戦い方では、多人数戦闘の強みを活かしきれないもの。

 だが、プルマフロタン辺境伯領で暮らす冒険者者たちは、日々の糧を得るために魔境で魔物と戦い、対応に慣れていた。

 そして、天職という効率的に体を動かしてくれる、神からの恩恵の存在もある。

 つまり冒険者たちは、対する魔物の特性を見抜いて己が戦いやすい相手と戦い、適宜に天職に身を委ねることによって集団戦に適した動きが自然とできるよう工夫していた。

 その強さは圧倒的で、森から出てくる魔物たちを、凄い速さで駆逐していっている。

 そんな冒険者たちの中でも、バジゴフィルメンテの強さは圧巻だった。

 バジゴフィルメンテの剣の間合いに魔物が入った瞬間、魔物の首が、手が、足が、胴体が、綺麗に分かたれて地面に落ちていく。

 その戦果に、魔物たちもバジゴフィルメンテを最大の脅威と見たようで、魔物たちがバジゴフィルメンテに集中する。

 流石のバジゴフィルメンテも数の前では無力――とはならない。

 バジゴフィルメンテは、素早く剣を振り続け、魔物の急所のみを的確に斬っていく。すると魔物は、一撃で絶命ないしは、その攻撃で身体能力を喪失することになる。

 運よくバジゴフィルメンテの攻撃から生き延びても、重傷を負った魔物は他の冒険者に素早く殺されて躯となる。

 森から出てきたときは絶望的な数に見えた魔物たちは、バジゴフィルメンテと冒険者たちの奮闘によって、あっという間に数が減っていく。そしてパッタリと、森から出てくる後続の魔物の姿がなくなった。


「……勝ったのか?」


 壁の上から見ていたハッチェマヒオが零した疑問の言葉。

 まるでそれに答えるように、バジゴフィルメンテの大声が森の際付近から響いてきた。


「魔物の死体を外壁近くに移動させろ! 魔物の第二陣が来た際に、戦いの邪魔になる! それを終えたら、次が来るまで休憩だ! 水と食料をとって、活力を取り戻しておくんだ!」


 バジゴフィルメンテの言葉に、冒険者たちは唯々諾々と従う。

 この光景から分かるように、バジゴフィルメンテは冒険者からの信頼を勝ち得ていた。大量の魔物と最前線で戦って勝利するという、無二の武威を示したことで。

 そんなバジゴフィルメンテの姿は、ハッチェマヒオの目には自身が成りたいと思っていた、『大将軍』の英雄譚の続きのように映った。


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