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21.対冒険者

 バジゴフィルメンテは、魔物の大移動に対処する陣頭指揮を、オブセイオンから命じられた。

 これでバジゴフィルメンテは、冒険者とプルマフロタン辺境伯家の兵士の纏め役となった。

 その直後に、バジゴフィルメンテは辺境伯家の金庫の中身をオブセイオンの許可の下で持ち出し、その金銭を詰めた袋を抱え運び始める。

 ラピザは、そんなバジゴフィルメンテの後に続きながら、金銭が詰まった大袋へと目を向ける。


「バジゴフィルメンテ様。そのお金をどうなさるんです?」


 率直な質問に、バジゴフィルメンテは屋敷近くの街の中を進みながら返答する。


「それはもちろん、冒険者に依頼するために使うんだよ」

「兵士だけで対処するのではなく、冒険者の力も借りると?」

「魔境の森については、家の兵士よりも、冒険者の方が詳しいからね。上手く戦おうとするのなら、冒険者の協力は必須だよ」


 そういうものかと納得した後で、ラピザには新たな疑問が生まれた。


「その袋の中身は、全て金貨というわけではないんですよね。依頼料に足りるんですか?」


 バジゴフィルメンテが持つ袋は大きい。

 しかし、魔の森から数千匹もの魔物が来るというのなら、それに対抗するには、冒険者の方も百人二百人じゃ足りない。それこそ、この街にいる全ての冒険者を集めて、どうにか出来るのではないか。

 ラピザのその予想を肯定するように、バジゴフィルメンテは苦笑いを浮かべる。


「家の金庫を空にして、コレなんだよね。本当、父上は何に散財したんだか」


 その言葉は、街中の冒険者を集めるには資金が足りないと言っているに等しかった。


「どうするんですか?」

「それはもう、辺境伯様の御威光で働かせる――って、冗談だから、そう白い目で見ないでほしいな」


 バジゴフィルメンテは笑顔の後で表情を真剣なものに改めた。


「金がないのなら、金を作るしかないよね」

「金を生むあてがあるのですか?」


 バジゴフィルメンテは、薪割り小屋に住まわされていて、自由になる金は乏しい。

 それこそ、バジゴフィルメンテが薪を森から取って帰ってくる際に魔物を倒し、その素材を冒険者組合に売って得た代金ぐらいしかない。

 そんな元手すら事欠くありさまで、どうやって冒険者に与える報酬を作るのか。

 ラピザの疑問に、バジゴフィルメンテは答える。


「今回の魔物の大移動の中で、僕が倒した魔物の所有権を組合に譲渡する。その代金を冒険者に回してもらう、ってことにするしかないかな」

「倒した魔物を差し出すということは、バジゴフィルメンテ様も大移動してくる魔物と戦うということですか?」

「もともと戦う気だよ。なにせ僕は『大将軍』の曽御爺様と違って、後方指揮で味方を動かすなんてしたことないし、やろうと考えたことすらないんだから」


 バジゴフィルメンテのいまの生活は、基本的に剣の個人技術の習得に充てられている。

 自分の剣を巧みに操ることに自信があっても、他者の剣を上達させることには自信が持てなくても仕方がない。

 そしてなにより、バジゴフィルメンテの剣技の腕前は、王族を守る護衛騎士ですら舌を巻くほど。

 それなら、辺境伯子息として後方に陣取って指揮するより、一介の剣士として最前線に身を置いた方が功績をあげられる。

 そういう理屈を理解したうえで、ラピザは心配する。


「バジゴフィルメンテ様を蔑ろにし、命を奪おうとしてきた家族に、奉公する必要はないでしょう。領地を見捨て、金銭を持って逃げませんか?」


 街中の冒険者を雇うには足りなくても、バジゴフィルメンテとラピザの二人なら一生安泰で暮らせるだけの金額は袋の中に入っている。

 バジゴフィルメンテ個人の幸せを考えるのなら、プルマフロタン辺境伯領に拘る必要もないはず。

 そんなラピザの提案を、バジゴフィルメンテは拒否した。


「僕は辺境伯家の子供だ。この年齢になるまで、領地の税で成長させてもらった。その恩を領地領民に返す必要が、僕にはある。だから領地を見捨てて逃げるなんて選択はできない」

「……そんな四角四面なことを考える貴族なんて、他にいませんよ」

「そうでもないさ。冒険者にウケが良い貴族の話は、冒険者組合で聞こえる噂話で度々出てくるぐらいだし」

「でも少なくとも、バジゴフィルメンテ様以外のプルマフロタン辺境伯家の人達は違うのでは?」

「それは――そうかもね」


 息子に陣頭指揮を任せて屋敷の籠る当主。その妻は領地のことなど何もわからない様子で暮らしている。使用人たちも当主の意向に従うだけで、領地を良くするために当主に意見するなんてことはやらない。兵士だって、当主が要望しなければ、魔境の森に入って魔物を討伐しようとすらしない。

 こんな風に全員が領地からの税で生きているのに、その分を領地に還元しようとする素振りすらない。

 だから、バジゴフィルメンテの思考が他と外れていると、ラピザから評されても仕方がないといえた。

 そんな会話をしている間に、二人は冒険者組合の建物の前までやってきていた。

 バジゴフィルメンテが大袋を抱えて中に入っていくと、既に多くの冒険者が集まっていた。

 彼ら彼女らは情報交換をしながら、自らの進退について話しているようだった。


「無駄死にはご免だ。別の領地に行く方がいい」「ここで暮らして長いんだ。知り合いだっている。そいつらを見殺しにして逃げるのは気分が悪い」「領主の兵士たちは参加するのか?」「案山子にするしか使い道なさそうだろうが」「魔物の大移動は、親玉を倒せば魔物たちは退散するって聞くが」「その親玉を殺せる人材がいるのか?」「周りの領地に救援を頼むべきじゃないか?」「援軍が来るまでに領地は壊滅だろうよ」


 話は紛糾しているが、まだ一つの方向には定まっていないようだ。

 そんな会話をする人々の只中を、バジゴフィルメンテは突き進んでいった。そして受け付けに、持ってきた袋をドカッと置いた。

 置かれた袋とバジゴフィルメンテの顔を交互に見て、受付の職員は困惑顔になる。

 それもそうだろうなとラピザが感想を抱いていると、バジゴフィルメンテが職員に笑顔を向ける。


「プルマフロタン辺境伯家からの依頼料です。依頼内容は、魔物の大移動から街を守るため、防衛戦に参加することです」

「えっ、あ、はい。確認します」


 職員が我に返り、大袋の中に入っている金銭の数を確認し始める。

 職員の顔がスッと無表情になると、もの凄い速さで袋から金銭を取り出していく。

 恐らく、この職員の天職は何らかの商人系なんだろう。一度袋の中に手を入れて引き抜くと、その手の内には同じ種類の硬貨が二十枚きっちり握られていた。それを何度か繰り返し、受付カウンターの上には金銀銅の硬貨の山を作っていく。

 そうして大袋の中身が空になると、受付職員の表情が普段のものに戻った。


「あのー、大変に申し上げにくいのですが……」

「街の冒険者を総動員するには、その金額では不足なんでしょう。分かっています」

「では、後で追加が?」

「いえ。それで辺境伯家の資金は全てです」

「では、この金額で雇える人だけということになりますよ?」


 判明している魔物の大移動の数を考えると、それでは戦力が明らかに足りないと、職員は言いたげだ。

 だからバジゴフィルメンテは、先ほど考えた提案を職員にした。

 バジゴフィルメンテが倒した魔物の報酬や売却益を、冒険者を雇うのに使うのならどうかと。

 その提案に、職員は渋い顔になる。


「それで報酬を賄うのならば、君は魔物の親玉を倒す必要があるんだけど?」

「それが条件なら、そうします」


 バジゴフィルメンテの断言に、職員は絶句する。

 そのとき、どこからか大笑いの声が響いてきた。


「ぶははははっ! サンテのやつ、魔物の親玉を殺して、俺らに金を払ってくれるんだよと」


 声を上げたのは、以前にバジゴフィルメンテが森の木を倒した際に会った、冒険者の一人だった。

 その冒険者は大笑いしながら、ドカドカと床板を踏み鳴らしながら、バジゴフィルメンテに近づいてくる。まるで、これからやることを見逃さないようにと、観客に告げるかのように。

 その冒険者は、バジゴフィルメンテの目前に立つ。そして背の高低差から、バジゴフィルメンテを見下ろした。


「なあ、サンテ。辺境伯から依頼料の運搬を任されたり、勝手に依頼の報酬を付け加えたりするってことは、お前は辺境伯家の人間なのか?」


 威圧を込めての確認。

 嘘偽りを吐くどころか、辺境伯家の関係者だと正直に言っても殺すと、そう体言してくるかのような威圧感。

 しかしバジゴフィルメンテは、殺気のような威圧に平然と対抗し、しかも言い返してみせた。


「僕は辺境伯家の長男さ。ちなみにサンテは偽名じゃなくて、本名の一部で幼名だね。僕の正式名称は、バジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタンだ」


 バジゴフィルメンテの正体を知って、組合建物の中にいた冒険者たちに動揺が走る。

 なにせバジゴフィルメンテ――サンテは、この組合の中で有名な子供だったからだ。

 魔境の森に一人で入り、森の奥の木を切り出して帰ってくる、度胸と腕前のある有望な冒険者として広く認知されていた。

 そんな冒険者が、実は辺境伯家の長男だった。

 そう知った、常日頃から辺境伯家のことを扱き下ろしてきた、冒険者たちの衝撃は強烈なものだった。


「嘘だろ。あのサンテが、辺境伯のガキだって?」「サンテって、魔物を倒したり、森の木を切ったり、森の薬草を取ってきたりって、活躍してたよな」「実は辺境伯って、ちゃんと辺境貴族してたってことか?」「いや待て。やってんのはサンテだけだ。他の辺境伯家の連中なんて森で見たことがねえ」


 ざわざわと混乱の声が巻き起こる中、バジゴフィルメンテの前に立つ冒険者が大声を張り上げた。


「なら、サンテ! お前は、魔物の親玉を倒すと息巻くからには、俺たちと共に魔物の大移動と戦うんだな! 土石流のようにやってくるだろう、魔物の大群を相手に、最前線で戦う気があるってことだな!」

「もちろん。父上に、陣頭指揮を任されたけど、僕は剣を振るしか能ないしね」


 その返答に冒険者は大きく頷くと、今度は顔を建物の中にいる連中に向けた。


「こんな小さなガキが、領地を街を守るために覚悟を決めてんだぞ。大人の俺らがイモ引いて、魔物が怖いからって逃げ出すってのか! それが冒険者の見せる姿か!」


 冒険者の一喝に、怯え声の返答がくる。


「で、でもよ。魔物の大移動に立ち向かうってなると」

「冒険者の役割は、金貰って魔物をぶっ殺すこと! 冒険者の夢は、魔境を切り取った土地を手にして、村長やら貴族やらの仲間入りを果たすことだろうが! 報酬はサンテが用意してくれる! 獲物は向こうからやってくる! 大移動をしのぎ切れば、魔物が少なくなった魔境っていう、切り取りやすい土地が現れる! 他に何が必要だってんだ!」


 その強弁を受けて、熱に浮かされる冒険者たちが現われ始める。


「そうだな。魔物を大量にぶっ殺せば、大金が入るんだ。やらねえ手はねえよな」「ふんっ。オレは報酬が払われるのなら、最初から大移動に立ち向かう気でいたさ」「逃げて腰抜け扱いされるぐらいなら、魔物相手に盛大に死んでやらあ!」「ここにやって来て、仲良くなった子がいるんだ。その子の家族もその子が育った街も守ってやらねえと」


 次から次へと冒険者たちは、自分自身や他の人を鼓舞し合って、魔物の大移動に挑む気持ちを高めていく。

 その光景を前にして、バジゴフィルメンテは声をかけてきてくれた冒険者に礼を告げる。


「僕一人の力じゃ、ああして立ち向かおうとする人達を出すことは出来ませんでした。ありがとうございます」


 礼を言われて、その冒険者はくしゃみが出そうで出なかったような顔をしてから、バジゴフィルメンテの頭を乱暴に撫でた。


「サンテっていう旗印が出来たから、あいつらだって腹を決められたんだ。でもまあ、礼に感じてるってんなら、大移動にケリが着いた後に、酒の一本でもおごってくれや」

「それなら、戦いが終わった後で、屋敷からとっておきの酒を盗んできますよ」

「いいのかよ。親の酒を盗むなんてよお」

「いいんです。陣頭指揮は任されてますし、金庫の中身だけじゃ報酬が足りてないのも事実です。なら追加の経費は現物支給で埋め合わせるしかないでしょう」

「くひひっ。サンテも悪い奴だな。ま、腐った貴族のやり口とは違う、好ましい悪さだけどな」


 静かに動向を見守っていたラピザは、そんな二人のやり取りを聞いて、仕方がないと溜息を吐き出す。そして天職『暗殺者』を駆使して集めたプルマフロタン辺境伯家の構造とオブセイオンの秘蔵酒のリストを思い返し、どう盗んでどの酒を失敬するべきかを考えることにした。

 そんなラピザの心の中に、バジゴフィルメンテの心配は一つもない。

 天職『暗殺者』が殺せないと判断したバジゴフィルメンテだ。どうあっても魔境の魔物がバジゴフィルメンテを殺す想像ができないからこそ、心配は無用だと判断していた。

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