19.思い悩み
王位継承権第一位のアビズサビドゥリア王子の前で、バジゴフィルメンテの剣の腕前が証明されてしまった。天職『剣聖』に身を任せられない不適職者にも拘わらず、護衛騎士と互角に戦える腕前があると。
そして王子直々に、バジゴフィルメンテを学園に通わせることを、オブセイオンは求められてしまった。
この事実に、オブセイオンは追い詰められていた。
バジゴフィルメンテという身内の恥を、あの学園に通わせなければならないという、恐怖に。
「拙いぞ。これは拙い」
オブセイオンが、どうしてここまで困っているのか。
バジゴフィルメンテの腕前を、アビズサビドゥリア王子が保障してくれたのだから、学園に通わせる心配は要らないのではないか。
余人ならばそう考えるのが普通なのだが、オブセイオンだけは違った。
実のところ、オブセイオンは学園――クルティボロテ学園に対してトラウマがある。
クルティボロテ学園とは、辺境を開拓する旗印となる貴族を養育ために設立された、戦闘職を神から貰った貴族子息子女向けの学園だ。
昔は本当に貴族だけの学園だったが、現在は平民も希少戦闘職なら『士爵』という名誉身分が与えられて学園に通うことが出来るようになった。
その設立理由と通う生徒の天職から、学園は弱い人間に容赦がない校風を持っている。
そしてオブセイオンは、平凡職の剣士であることと本人の努力不足も相まって、生徒当時は最下層な扱いを受ける羽目になった。
オブセイオンは辺境伯の子息という肩書を振りかざして身を守ろうとしたが、それは逆効果を起こし、辺境伯という魔境に接する領地に座るに相応しい実力をつけろと、連日に渡るシゴキが行われることに繋がった。
そのシゴキがあったおかげで、どうにかこうにか、オブセイオンは『剣士』に身を任せることだけは上手くなった。天職が齎す最適な動きさえ出来れば、必要最低限の防御ができるからだ。
しかし『剣士』よりも上位の戦闘職を相手にすると、その天職の性能差から、オブセイオンは負けてしまう。
士爵生徒は、平民上がりな希少な戦闘職。つまりオブセイオンは、必ず平民に負ける貴族として、悪い意味で有名になった。
そして負ければ、平民に負けるなんてと、他の貴族子息子女から詰られた。
それが学園を卒業するまで、ずっと続いた。
この学園での体験を切っ掛けに、オブセイオンは一層戦いへの忌避感が強くなり、学園卒業後は自主的に魔境に踏み入れようとはしなくなった。
そんな苦々しい過去の出来事だったからこそ、今でもオブセイオンの心を蝕んでいる。
それこそ、オブセイオンという『不適職者』を学園に送ってしまったら、またシゴキのようなことを誰かからされるんじゃないかと、根拠不明な不安に苛まれるほどに。
「今から廃嫡の手続きを――ダメだ。王族にバジゴフィルメンテのことは知られている。理由なく廃したら、逆に咎められてしまう」
オブセイオンは悩みに悩むが、解決策が出せずにいた。
そこにハッチェマヒオが入ってきた。
何をしに来たとオブセイオンが睨みつけるが、ハッチェマヒオは気にしない様子で言葉を発してきた。
「父上! あの王女様を射止めるには、どうすればいいんです!」
ハッチェマヒオの発言の内容を、オブセイオンは少しの時間だけ理解が出来なかった。
「王女様? アマビプレバシオン様のことか?」
辺境伯家の屋敷に来た王女といえば、あの方しかいないと、名前を出す。
するとハッチェマヒオは、大きく頷いた。
「あの二人といない美しい女性を、僕様の妻にしたいんです!」
現実を知らない子供ならではの、高望み。
オブセイオンは、そんな未来は来ないと否定しようとして、否定し続けられた学園時代の記憶が巻き起こる。
あんな嫌な思いはさせたくないという気持ちが働き、一縷の可能性を告げることに切り替えた。
「ハッチェマヒオ。お前が、クルティボロテ学園で無二の強者となれば、王家は身内に取り込みたいと思うだろう。そうなったときにアマビプレバシオン様との婚姻を求めれば、認められることだろう」
「強くなれば良いのですね!」
鼻息荒く念押ししてくるハッチェマヒオを見て、オブセイオンの頭に良い考えが閃いた。
バジゴフィルメンテとハッチェマヒオの年齢差は一歳半。
そして学園は四年制で、一年の前期と後期に一度ずつ入学の機会が設けられている。
つまり、仮にバジゴフィルメンテが学園で一年半もの期間に不適職者として悪評を集めようと、後にハッチェマヒオが学園で四年間を『斧術師』という強者として好印象を広めれば、プルマフロタン辺境伯家の評判は巻き返せるのではないだろうか。
そう考えれば、殊更にバジゴフィルメンテを学園に通わせることを恐れる必要はなく、むしろハッチェマヒオの成長にこそ心血を注ぐべきではないか。
オブセイオンはそう考え、ハッチェマヒオを焚きつけることに決めた。
「そうだ。いまは魔境開拓を重視する時代。我が家は『大将軍』の力で魔境を広く開拓した功績により、一代で男爵から辺境伯となった。それと同じほどの功績をあげれば、王族との婚姻も認められるだろう。そのためには、天職に身を任せきる才能と、天職の力を完璧に発揮する身体が必要だ」
「ひい御爺様が立てた功績と同じぐらい、ですか」
「どうした。出来なければ、お前が王女を娶ることは出来んぞ。それぐらいの恋心だったのか?」
「! いいえ! 僕様はやってみせます! じゃあ、稽古をしてくるので!!」
ハッチェマヒオは、意気込んだ様子で執務室の外へと出ていった。
その後ろ姿を見送ってから、オブセイオンは椅子に背を持たれかけた。
「それにしても。あの姫様をなあ」
目元が前髪で隠れていても分かってしまうほどの、絶世の美少女だ。
オブセイオンですら目を奪われたほどなのだから、ハッチェマヒオが一目惚れするのも頷ける。
そうアマビプレバシオンの姿を思い返し、同時にアビズサビドゥリアからの忠告も思い出した。
彼の王子は妹を愛しんで憚らなかった。
将来、ハッチェマヒオがアマビプレバシオンに求婚したら、必ずアビズサビドゥリアから横槍がやってくるだろう。
「……高嶺の花を望めるのも若さということだな」
オブセイオン自身は、王子からの忠告を無視してでもアマビプレバシオンを狙おうという気はない。
オブセイオンは、ハッチェマヒオの成長と恋心の成就を祈った後で、これ以上バジゴフィルメンテに手をかけることは止めることに決めた。