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16.王族がやってきて

 オブセイオンは、バジゴフィルメンテに会いにくる王族を迎えるため、屋敷の玄関前に立っていた。

 その横には、なぜかバジゴフィルメンテではなく、その弟のハッチェマヒオの姿がある。

 当のハッチェマヒオも、なぜ自分がここにいるのか分からない顔をしていて、ついには父のオブセイオンに質問するに至った。


「ねえ、父上。どうして、ここにいなきゃいけないの?」

「王族の方を迎えるためだ」

「バジゴフィルメンテに会いに来たんでしょ?」

「だからだ」


 父親の言いたい意味が分からず、ハッチェマヒオは疑問顔が深まった。

 そうこうしている間に、屋敷の門が門番によって開け放たれた。

 続いて、馬に乗った状態の鎧を着た騎士が続々と進入してきて、それから堅牢かつ豪華な馬車が門を通って入ってきた。

 玄関前に馬車は停止すると、御者が御者台から降りて馬車の扉を開ける。

 まず降りてきたのは、知性ある怜悧な顔つきの痩せ型の青年――アビズサビドゥリア・レヒディモ・ベンディシオン王子。

 アビズサビドゥリア王子が降り立った直後、オブセイオンはハッチェマヒオの足を小さく蹴った。それがどういう意味なのかをハッチェマヒオは思い出し、すぐに王子の前で跪いた。

 一方でオブセイオンは、ハッチェマヒオのように跪かず、笑顔を浮かべて王子を歓迎する。


「ようこそ、プルマフロタン辺境伯家へ。アビズサビドゥリア様」


 こうしてオブセイオンが同じ目線でアビズサビドゥリアと会話しているのは、オブセイオンが辺境伯でアビズサビドゥリアは王の『子供』だから――辺境伯当主と王の子では、身分上は同等か辺境伯の方が高くなるから。

 王の子の中には、その身分の理屈が分からず、貴族が跪かずかないなんてと怒る者もいる。

 しかしアビズサビドゥリアは、天職『賢王』を持つ公明正大な人物として知られているため、杓子定規的な対応の方が良いだろうという、オブセイオンは判断しての行動だった。

 その思惑は当たっていて、アビズサビドゥリアはその対応で良いとばかりに、歓迎の言葉に返礼する。


「プルマフロタン辺境伯。こうして顔を合わせるのは、何年ぶりになるか。新年の挨拶に、ここ最近は顔を出してなかっただろう」

「はははっ。プルマフロタン辺境伯領は、三方を魔境に囲まれた場所。不義理と分かっていようとも、領地を離れられぬ心配事が山積みでしてな」

「咎めているわけではない。辺境伯の心労も理解できるからな。特に、お子のことについては、心を痛めておいでだろうからな」


 アビズサビドゥリアは、視線をオブセイオンから外し、その隣で跪いているハッチェマヒオに向ける。しかし視線を向けただけで、何も言わなかった。

 それどころか、二人に背を向けて、馬車の中から出ようとする妹――アマビプレバシオンに手を貸している。

 アマビプレバシオンは、絶世の美少女。花開く前の蕾のような年齢にも拘らず、目が前髪で隠れているかんばせも、豊かに育っている胸元も、男の目を引き付けて止まない。

 オブセイオンは、そんな彼女を一目見て、年甲斐もなく手に入れたいと望んでしまった。

 そんな感情の動きを、アビズサビドゥリアは見逃さなかった。


「辺境伯。怖い目で妹を見るな。怯える」


 そう釘を刺されて、オブセイオンは自分の思考を恥じて顔を赤くした。


「こ、これは大変、失礼を」

「気を付けてくれ。アマビプレバシオンが美女なのは仕方がないにしてもだ」

「兄様。それでは私が悪いみたいじゃありませんか」


 アマビプレバシオンの苦情に、アビズサビドゥリアは苦笑いする。


「どんな物であれ、美しきものは人を惑わせるもの。その特性は否定できまいよ」

「……目を前髪で隠すだけじゃダメなのなら、醜女に見えるような化粧をしようかしら」


 わざと美貌を損ねようとの言葉に、オブセイオンの口から声が漏れた。


「そんな、勿体ない!」


 言ってからハッとしても、もう遅い。

 アマビプレバシオンとアビズサビドゥリアから、冷ややかな目が向けられる。


「辺境伯。妹をそなたの妾として嫁がせる気はないからな」

「そ、それは、重々承知しております」


 オブセイオンは冷や汗を流しつつ、話を変えようと試みる。


「そ、そうだ。我が子を紹介いたしましょう」


 オブセイオンは愛想笑いを浮かべつつ、隣で跪いているハッチェマヒオを引っ張り起こした。

 ハッチェマヒオは、顔に『ようやく立っていいのか』と不満な表情を浮かべていたが、美少女のアマビプレバシオンの顔を見て、表情が一気に喜色に変わった。

 その感情の動きがどういうものなのか。

 アビズサビドゥリアが直ぐに悟り、父も父なら子も子だな、という感想を抱いた。

 それと同時に、紹介される前にハッチェマヒオに興味をなくした。


「よい。それよりも、バジゴフィルメンテを連れて参れ」


 アビズサビドゥリアの言葉に、オブセイオンとアマビプレバシオンは驚いた顔をする。

 オブセイオンは、一目でハッチェマヒオがバジゴフィルメンテでないことを見破られたこと。

 アマビプレバシオンは、跪いていた少年がバジゴフィルメンテでなかったことが信じられないと。

 そんな二人の驚きなど斟酌せずに、アビズサビドゥリアは再び告げる。


「バジゴフィルメンテはどこだ。彼を見に来ると、そう通達していたであろう」


 オブセイオンは、跡継ぎと決めたハッチェマヒオを紹介することで、アビズサビドゥリアのバジゴフィルメンテへの興味を失わせようと企てていた。

 しかしその企ても、『賢王』に見破られてしまっていたようだ。

 仕方がないと、オブセイオンは使用人を呼び寄せると、バジゴフィルメンテを連れてくるように命じた。



 アビズサビドゥリアは、『剣聖』という希少な戦闘職を得ながら不適職者の烙印を押された少年はどんな人物なのかと、気になっていた。

 使用人に連れられてやってきたのは、二人。

 一人は、使用人のお仕着せをきた女性。見た目の年齢は大人なので、少年であるバジゴフィルメンテではないだろうと結論づけた。

 ではもう一方がその当人だろうと予想しながら目を向け、少し困惑する。

 その人物は、妹のアマビプレバシオンと同年代な、可愛いらしい少女のような顔立ちをしていたからだ。

 綺麗な黒髪を後ろ首のあたりで一括りにし、ぱっちりとした大きな目は黒瞳で、細面ながらも健康的な血色の頬をしている。

 衣服が平民が着るあて布だらけのもので、さらに上半身が革鎧で覆われているため、体つきが分かりにくい。

 そんな見た目から、バジゴフィルメンテが少年なのか少女なのかと、アビズサビドゥリアは迷った。

 しかし『賢王』に数秒身を任せることで、その人物が少年であるという確信ができた。

 そして、この少女に見える顔つきの少年が、バジゴフィルメンテであるとも理解した。

 アビズサビドゥリアは、先ほどまで抱いていた困惑を表に出さないまま、オブセイオンへと顔を向ける。


「どうにも、子の扱いに差があるように見えるのだが?」

「それは――そのぉ……」


 不適職者相手なら、あの扱いが当然。

 そう言いたげであることを見抜き、アビズサビドゥリアはどうしようもない奴だという認識を強くした。

 そしてオブセイオンの相手などしていられるかとばかりに、アビズサビドゥリアはバジゴフィルメンテに体ごと向け、さらには歓迎するように軽く両腕を広げる。


「君がバジゴフィルメンテだね。急に呼びつけてすまないね。私はアビズサビドゥリア・レヒディモ。ベンディシオン。王族としては『剣聖』がどれほどのものなのかを、確認しないといけなくてね」


 自己紹介と用向きを告げると、バジゴフィルメンテはアビズサビドゥリアから少し離れた位置で跪いた。


「バジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタンです。僕の腕前を見に来たということですね」


 どうしてそんな離れた位置で跪いているのか、とアビズサビドゥリアが疑問に思ったところで『賢王』の回答がきた。

 前に踏み込んだら、バジゴフィルメンテの剣の攻撃圏内に入る。

 アビズサビドゥリアは『賢王』の警告のような答えを受けて、視線が自然とバジゴフィルメンテの腰にある鞘へと向かった。

 跪いた体勢なので、鞘の先が地面に着いて、剣は腰に斜めに入った状態になっている。

 あんな状態から、一挙一動で斬りかかれるものなのか。

 アビズサビドゥリアは疑問に思ったが、『賢王』の判断に間違いはなかったからと、これ以上近づくことは止めることにした。

 その代わりに、この場から声をかけることにした。


「バジゴフィルメンテ、立ちたまえ。そなたの腕前を見に来たのだからな」


 アビズサビドゥリアの言葉を受けて、バジゴフィルメンテは立ち上がった。

 その動きは極めて滑らかで、まるでそう動くように熟練職人によって作られた絡繰りかのようだった。

 この動きの滑らかさに、護衛の騎士たちに動揺が走ったのを、アビズサビドゥリアは気づいた。

 アビズサビドゥリアが騎士に視線を送ると、頷きの視線で『並大抵の使い手ではない』との返答が返ってきた。

 アビズサビドゥリアが選んで連れてきた護衛が、強者だと太鼓判を押した。

 一方でオブセイオンは、バジゴフィルメンテを不適職者だという烙印を押した。

 その相反するように見える評価に、アビズサビドゥリアは強い興味を抱いた。

 『賢王』に身を任せれば、どちらの評価が真なことは簡単にわかってしまうだろうが、アビズサビドゥリアはそれを良しとはしなかった。

 バジゴフィルメンテの実力がどれほどのものなのかを、自分の目で確かめたくなったのだ。


「バジゴフィルメンテ。君には、我が護衛と模擬戦を行ってもらいたい」


 アビズサビドゥリアが手を軽く振ると、護衛の一人が前に出てきて、アビズサビドゥリアの横に並んだ。


「この者は、天職に『護衛騎士』を授けられた、護衛の中でも随一の猛者だ。この者なら『剣聖』相手に不足はないと思うが、どうか?」


 アビズサビドゥリアの問いかけに、バジゴフィルメンテは『護衛騎士』の男性を見やる。

 護衛騎士は、全身を金属製の鎧で覆い、右手に分厚い金属の盾を持っている。腰にある剣も、折れないことを優先した分厚い剣身のもの。

 それらの情報を見て取って、バジゴフィルメンテは少女のような顔立ちに微笑を浮かべた。


「その護衛騎士の方を怪我させてしまっても良いのならば、よろこんで」


 バジゴフィルメンテの自信ある口ぶりに、護衛騎士は侮られたと感じて不機嫌な様子になり、アビズサビドゥリアは面白味を感じて笑顔になる。


「不具にされては困るが、多少の怪我は訓練の内だ。思う存分に戦ってみてくれ」


 許しが出たからとばかりに、バジゴフィルメンテは早速腰から剣を抜き放った。

 王家を守護する騎士が持つ鋼鉄の剣ではなく、新米冒険者が使うような青銅の剣。

 それを見て、護衛騎士は失笑した。

 青銅は鋼鉄より柔らかい。武器同士の打ち合いはもとより、分厚い鋼鉄製の盾も傷つけることは難しい。

 ましてや、相手は『不適職者』だという。

 戦闘職の天職に身を任せている人間は、同じく戦闘職の天職に身を任せられる人間でしか傷つけることはできない。

 つまりは、バジゴフィルメンテが護衛騎士の体どころか装備を傷つけることは不可能。

 そう考えての笑い顔は、アビズサビドゥリアの「始め」という掛け声の直後に、消え失せることになる。

 バジゴフィルメンテが振るった青銅剣の一撃で、傷つかないはずの鋼鉄の盾に深々と傷がはいったために。

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