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15.二人の王位継承者

 アビズサビドゥリア・レヒディモ・ベンディシオンは、大陸唯一の国の王族にして、現王の子であり、王位継承権第一位を持つ人物である。

 兄と姉が一人ずついるのに、なぜ継承権が第一位なのか。

 それはアビズサビドゥリアの天職が『賢王』という神が王に選んだ人物で、兄と姉の天職が『王』ではなかったからだ。

 そんなアビズサビドゥリアは、多数の護衛を連れて、魔境に近い辺境を巡っていた。

 辺境とそこに暮らす人々は人間の生活圏を広げてくれている重要な人材であると、そう王家が頼りに感じていることを、継承権一位のアビズサビドゥリアを派遣することで伝えるためだ。

 加えて、辺境という王家の力が及び難い場所の問題を、天職『賢王』の力でもってアビズサビドゥリアが解決することで、辺境貴族や辺境の人々に王家は頼りになるという印象を持たせるためだ。

 実際にアビズサビドゥリアは、辺境の各地を回りながら、辺境貴族たちとの面通しを行いつつ問題解決をも行っていた。

 貴族の家族間の不和を仲裁し、畑の土壌に起きた問題の解消方法を伝え、新たな井戸を掘る場所を指定して新たな水源を作りだし、護衛を使っての街道の野党退治、辺境の村に入り込んできた魔物の討伐、などなど。

 問題を解決し続けた結果、アビズサビドゥリアは多くの辺境貴族と辺境の人々の信頼を得ることに成功していた。

 そうしてアビズサビドゥリアが次に向かうのは、数十年前に大きく辺境の森を切り取ったことで辺境伯の位に任じられた、ベンディシオン辺境伯家の領地である。

 この辺境伯家には問題があることを、アビズサビドゥリアは掴んでいた。


「辺境伯家の長子が、『剣聖』という類稀な天職を得たにも拘らず、その当人が不適職者であるとは」


 参考資料を読んだ後で、アビズサビドゥリアは視線を対面へと向ける。

 アビズサビドゥリアが今いる場所は、馬車の中。

 その対面にも座席があり、そこには一人の少女が座っていた。

 アビズサビドゥリアと同じ金髪碧眼の、美男子のアビズサビドゥリアですら霞むほどの絶世の美少女。

 馬車の揺れで肩から零れ落ちる金糸のような細くきらめく髪、長い前髪から少しだけ覗く瞑らな瞳、座った体勢を直そうとする身じろぎで揺れて主張する少女らしからぬ豊かな胸の膨らみ。

 その全てが、男女の区別なく見る人の好意を引きつけて止まない、そんな美少女だ。

 アビズサビドゥリアも、対面の存在がつい愛を囁いてしまいかねない美少女だと認識している。

 しかし、実の妹に手を出すような、そんな『愚か』な真似はしない。

 そんなことはするなと、天職『賢王』が押しとどめてくれるからだ。

 それでも、あまり直視はしていられないと、アビズサビドゥリアは再び資料に目を落としながら、対面の美少女な妹に声をかける。


「不適職者だからと不遇に置かれているらしい。天職に振り回されているのは、ペレザだけではないみたいだな」


 アビズサビドゥリアが少し笑いながら言うと、ペレザと幼名で呼ばれた美少女は頬を膨らませる。


「笑いごとじゃありませんよ、レヒディモ兄様。それと私の名前は、アマビプレバシオンですよ」

「ペレザも、こっちをレヒディモと幼名を――分かった、悪かった。アマビプレバシオンだな。その可愛い目で睨むな。心苦しさが募って困る」


 アビズサビドゥリアは、アマビプレバシオンよりもペレザの方が可愛い名前で似合っているのにと、心の中で愚痴りながら話を戻すことにした。


「彼の『剣聖』が不適職者であるのなら、我が『賢王』で解決策を提示すれば、不適職者ではなくなるかもしれない。もし問題が解決できたのなら、これは大きな一歩になる」

「国の中にいる不適職者を兄様の前に引っ張りだして、解決策を押し付けるのですね」

「……言葉に棘があるな、妹よ。そなたの天職『太夫』の解決策が『賢王』に出せないのに、他の不適職者にも出せるはずがないと、そう思っているのか?」


 アマビプレバシオンが力強く頷き、アビズサビドゥリアは苦笑いを浮かべる。


「解決法は示しただろう。『賢王』が告げるには、そなたが『太夫』を扱えばよいとな」

「私が『太夫』に身をまかせるとどうなるか、兄様はお分かりでは?」


 すかさずの返しに、アビズサビドゥリアは苦々しい顔に変わる。


「『太夫』の踊りを見た者は腑抜けになり、自意識を取り戻した後お、そなたのシンパになってしまったのだったな」

「大して知りもしない大勢の相手から、命を捨ててでも奉仕したいと言われた、私の気持ちが分かりますか?」

「想像するに、気色悪いの一言だな」


 アビズサビドゥリアは、アマビプレバシオンの天職『太夫』の厄介さと、『賢王』が示した解決法がその天職を扱えというものな点に頭を抱えたくなる気持ちだ。


「『賢王』の示す解決法に間違いはない。それは、今回の旅の中でも証明され続けている」


 辺境で起こっていた問題で、『賢王』が解決方法を提示できなかった例はなかった。

 だからこそ、『太夫』をアマビプレバシオンが扱い続ければ、問題は解決されるはずである。

 しかしアマビプレバシオンが、『太夫』を扱いたくない気持ちもわかる。

 初めて天職に体を預けた、いわば『太夫』が要求する動きを完璧に再現できない状態の踊りですら、大量の人を魅了してしまったのだ。

 アマビプレバシオンが天職に体を預け慣れ、『太夫』が思う存分に完璧な踊りを披露したら、果たしてどうなってしまうのか。

 それこそ、アビズサビドゥリアが抱く兄妹の括りや『賢王』の賢い判断すら突破するほどの、強い魅了を発揮してしまうかもしれない。

 もしそんな未来が可能性でもあるとするのなら、『賢王』の解決方法を試すのではなく、天職『太夫』から距離を置いた方が世のためではないか。

 そんな判断をしても仕方がない。

 アマビプレバシオンは天職をまともに扱えない落ち零れだと、周りから揶揄されようともだ。


「そなたの心根がいま少し悪ければ、悪く言ってくる輩を『太夫』で魅了して使い潰すのだろうがなあ」

「その人を害する判断が、『賢王』と言えるのですか?」

「斬り捨てる判断も必要なのだ。斬り捨てられる側が恨まないよう工夫する必要があるがね」

「その工夫が、私の『太夫』だと?」

「『太夫』の力を使えば恨まれない。なにせ、魅了された者は望んで命を差し出すのだから」


 これほど便利な力はないと評価しつつも、アビズサビドゥリアは前言を否定する言葉を紡ぎ始める。


「もっとも、簡単な解決方法を安易に選ぶのは愚か者のすることだ。解決法とは、基本的に誰もに適用でき、誰もが行えるようなものでなくてはいけない。そうでなければ、その力を持つものが居なくなった後で困ることになる。つまりは問題の先送りにしかならないのだから」

「つまり兄様は、『太夫』に頼る気はないと?」

「『太夫』はそなたの天職だ。そなたがどう使うかは、そなたが決めれば良い」


 と突き放したような物言いをした後で、アビズサビドゥリアは表情を優しいものに変えた。


「兄として、ペレザの選択を応援するよ。例え君が、神が与えた天職を一生使わないという選択をしてもね」


 王族や次期王という立場からではなく、妹を心配する兄の立場からの言葉。

 それを聞いて、アマビプレバシオンは再び膨れ面になる。


「とかなんとか言って、私を今回の旅に同行させたのって、その『剣聖』くんに会わせるためなんでしょ。分かっているんだから」

「ふっ。『賢王』が連れていけと教えてくれたのでな。『太夫』を外に出すのは危険だと言ってきた輩を黙らせるのに骨を折ったよ」

「物理的にですか?」

「硬軟合わせた弁舌でだ。賢い王が人の骨を腕力で折ってどうする。無礼者相手なら、その心を折らなくてはな」


 アビズサビドゥリアは笑いながら、資料をアマビプレバシオンに手渡した。

 アマビプレバシオンが、どうせ会うことになるのだからと、資料に付けられた絵姿を見て顔立ちを覚えることにした。

 天職に『剣聖』を授けられ、そして不適職者と父親に判断された、バジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタンの顔を。

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