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13.天職とは

 父親が嗾けてきた襲撃者を、バジゴフィルメンテは殺した。

 実の父親から明確な殺意を向けられては、流石のバジゴフィルメンテも消沈するだろう――なんてことを、ラピザは考えていた。

 しかしバジゴフィルメンテは、襲撃を受けた日も、その次の日も、いつも通りに振舞っていた。

 森に木を切り出しに行き、丸太を背負子に積んで戻ってきて、薪割り小屋で丸太を割って薪にする。その作業が終われば、魔物ないしは野生動物の肉と小さな畑に生えた根野菜を煮込んだスープを食べ、剣を振る。

 そんな何も変わらない様子に、ついラピザは問いかけてしまう。


「バジゴフィルメンテ様は、父親に命を狙われてショックじゃないんですか?」


 バジゴフィルメンテは、一度確りと剣を振り切ってから、ラピザへと顔を向ける。その表情もいつも通りの微笑み顔だ。


「父上の気持ちも分からないわけじゃないからね」


 理解を示すような言葉に、ラピザの眉が寄った。


「子供の命を狙う父親の気持ちが、ですか?」

「そっちじゃなくて、辺境貴族当主としての気持ちがだよ」


 バジゴフィルメンテの言いたい意味が分からず、ラピザは首を傾げる。

 辺境貴族が我が子を狙う気持ちがわかるのなら、父親が子供を狙う気持ちがわかるのではないかと。

 バジゴフィルメンテは、ラピザが疑問顔なのを見て、詳しい説明を開始した。


「僕には子供がいないから、自分の子供を殺したいって親の気持ちは分からない。けど僕は、当主から不適職者と認識されてはいるものの、辺境貴族の子息には変わりない。だから辺境貴族の矜持が、この胸の中にあるんだ」

「その辺境貴族の矜持から、辺境貴族当主が子供を殺す気持ちが分かるわけですか?」

「だから『子供を』じゃないってば。『無能な貴族を』殺したいって気持ちがだよ」


 そこまで説明されて、ようやくラピザはバジゴフィルメンテが言いたいことを理解できた。


「辺境貴族は、魔境の魔物を殺し、領地領民を守ることが仕事。その仕事ができない人物を許せないって気持ちはわかる、ってことですね」

「そういうこと。父上が僕のことを無能だと思っている。だから、無能の僕を殺して貴族の矜持を守ろう、って考えることは分かるのさ」

「実際は、天職に身を任せないままに魔物を殺せる、神から授けられた天職を掌握しようと頑張っている、常識外れな男の子ですけどね」

「酷い言い方だなあ。でも、大まかに合っているから、言い返せないや」


 軽口を叩き合って、二人して笑う。

 そして笑った後で、ラピザはバジゴフィルメンテの今の発言を思い返して、あることに気づいた。


「無能が許せない貴族の気持ちがわかる、って仰いましたよね」

「うん。言ったね」

「それはつまり、バジゴフィルメンテ様は無能な貴族を殺したい、って思っているってことですか?」


 ラピザは自分の思い付きを口にして、ぞっとした。

 バジゴフィルメンテの環境で、無能と表せそうな人物は少ない。

 その中で、無能という烙印を領民から押されている人物がいる。

 それはバジゴフィルメンテの父親である、オブセイオンだ。

 つまりバジゴフィルメンテは、自分の父親を殺したいと思っているのではないか。

 ラピザの発言は、そう問いかけたのにも等しい。

 果たして、バジゴフィルメンテの返答は。


「あはははっ! 自分の気持ちや気分で人を殺すなんて、そんな野蛮なことをするはずないよ」


 爆笑からの否定だった。

 本心から言ってそうな様子に、ラピザは安堵した。

 その安堵が、|給金の出所である雇い主(金ずる)が死ぬ未来がなくなったことに対してか、それともバジゴフィルメンテが父親を手にかける気がないと知ったからかは、ラピザ自身も明確ではなかったが。

 ここでラピザは、少し突っ込んだ質問をしたのだからと、他に気になっている点も聞いてみることにした。


「バジゴフィルメンテ様は、天職を掌握して、どうなさりたいんです? 辺境貴族として魔物を倒すだけなら、そんな面倒なことはしなくてもいいですよね?」

「前に、自分の体を天職に操られることは、我慢ならないって言わなかったっけ?」

「聞きましたけど、その理由はさっきの発言と矛盾してますよね。気持ちや気分では、行動の是非を決めないのではなかったので?」


 ラピザの突っ込んだ質問に、バジゴフィルメンテは目を瞬かせた。


「自分の体のことだから気分で決めた、って説明はダメ?」

「ダメですね。バジゴフィルメンテ様は辺境貴族の矜持がおありなのですよね。辺境貴族の役割には魔物を殺すことがあります。その役割を果たすためなら、ご自身の気持ちや気分などは横に置く決意はおありなのでしょう?」


 断言めいた言葉に、バジゴフィルメンテは誤魔化し笑いが含まれた困り顔になる


「今の僕の実力で倒せない魔物が目の前に現れて、背後に守るべき領民がいて、天職『剣聖』を頼れば切り抜けられる状況だったとする。それなら僕は、迷いなく『剣聖』に体を預けてしまうだろうね」

「つまりバジゴフィルメンテ様が天職を掌握なさろうとしているのは、ご自身の気持ち以外にも理由があるということなのでしょう?」


 問われて、バジゴフィルメンテは、正直に言うか言うまいかを迷うような素振りをする。

 その後で、言うことを決意したようだった。


「天職を掌握していない段階だから、これは僕の予想が多分に含まれていると、あらかじめ断りを入れておくからね」


 そう前置きをしてから、バジゴフィルメンテは天職について気づいたことを語り始める。


「天職は、神が人間に与えた、魔物と戦うための力だ。戦闘向きの天職は、魔物と直接戦うため。その他の天職は、人の暮らしを豊かにすることで、戦う人の手助けができるようにとね」

「魔物と戦う人には、武器や鎧や衣食住が必要。それらを生産流通させるために、神は戦闘以外の天職も授けてくれている。教会では、そう教えていますね」

「口さがない人達は、王のぶしつけな願いに怒って、神はいじわるで戦闘向きじゃない天職を与えている、なんて言ったりもするけどね」


 どちらが本当の事なのかは横に置いて、バジゴフィルメンテの説明は続く。


「でもさ、戦闘向きの天職が魔物と戦うために与えれた力であることは間違いない。間違いないはずなのに、弱くない?」


 唐突な強弱の話に、ラピザは首を傾げた。


「バジゴフィルメンテ様は、天職『剣聖』に相応しく、お強いと思いますよ?」

「僕のような希少な天職じゃなくて、父上や冒険者たちの多くのような、平凡職と言われているような天職がだよ」


 そう説明されても、ラピザは何が問題か分からなかった。


「平凡職が弱いのは、元からですよね?」

「だからさ、神が与える天職の平凡職だと、どうして強い魔物に太刀打ちできないのかが分からないんだってば」

「その『分からない』ということが、ワタシには分からないのですけれど?」

「説明が難しいな――うーん、魔物に負けるような天職なら、神がわざわざ与える必要はないんじゃないか。なまくらな包丁を渡して料理を作らせようとするよりも、同じ包丁を渡すのなら切れる包丁を渡せばいいよね、って説明で分かる?」


 ラピザは、どうにかバジゴフィルメンテが良いたいことが理解できた。


「バジゴフィルメンテ様が神の立場なら、平凡職でも魔物に負けない性能を持たせる。と言いたいわけですね」

「人間の僕が考えられることなんだから、天地を作り天職を与えられる神が考えないはずがない」


 でも実際は、天職は希少職と平凡職とで、性能に開きがある。

 そのことについて、ラピザは持論を展開する。


「同じ鍛冶師でも、作り出す武器の性能に優劣はあるものです。神もそれと同じなのでは?」

「同じことを、僕も小さいとき――天職をもらう前は思っていたよ」

「天職を授与されてからは、考えを変えたと?」

「天職『剣聖』を与えられた瞬間、僕は『剣聖』の剣技の凄さを直感した。でも同時に『この程度か』って思ったんだ」


 話が飛んだような言葉に、ラピザが再び疑問顔になる。

 だがバジゴフィルメンテの説明は続いていたので、大人しく聞くことにした。


「『剣聖』の剣技は、正確かつ流麗で剣の極致を思わせるもの。僕は自分の体を通して体感できることもあって、今でもそう感じる。でも僕なら、その極致の先に至れるんじゃないか。そんな程度の技量しか感じ取れなかったんだ」


 自分の天才性を疑わない、バジゴフィルメンテの発言。

 少年特有の万能感からの言葉と笑うことは容易いけれど、ラピザは真面目に受け取った。


「平凡職の『剣士』の技量を超えるという話ならまだしも、希少職『剣聖』を超えようと考えたんですか?」

「出来ると思ったからね。でもそのためには、『剣聖』に従うんじゃダメだ。相手を超えようとするのなら、その相手の技術を取り込んだうえで、その技術を改善改良する必要がある。小さい頃から受けてきた貴族教育で、僕はそう知っていたからね」

「そこで話は、天職を掌握しようとしているという部分に戻るわけですね」

「戻るというか、その先に話は続くんだ。神が人に天職を与える目的は、その天職がその人物に見合っているからと、その人物なら『この程度の天職なら超えられる』と考えての事なんじゃないかってね」


 突飛な発想に、ラピザは眩暈を起こしそうになる。


「神は超えられない試練しか与えないと、教会の司教などが言っていますけれど。天職も、その超えられる試練だと考えたわけですか?」

「実際に、僕は半ばまでは超えていると自負しているよ?」

「天職を超えたら、何が起こるのですか?」

「それは僕にもわからないよ。今は超えてないんだから」


 それもそうかと納得しつつも、ラピザはバジゴフィルメンテの発想にはついていけない気持ちになってもいた。

 だから矢継ぎ早に質問してしまう。


「天職に身を任せると、その天職に適した動きで体を動かしてくれる。この現象についての理由は?」

「体を任せるだけで、自動的に体が動いて、その天職に見合った肉体になる。動きを体感すれば、その体感をなぞることで、自分自身の意思で同じことができるようになる。つまりは体作りと技術の向上のためだろうね」

「天職に平凡職と希少職と優劣があるのは?」

「人には様々な才能が眠っている。僕は剣の天才だけど、料理だって作れる。つまり剣の才能の他に、料理の才能もあるってことだよね。でも神が僕に与えた天職は、料理人じゃなくて剣聖だ。そこから考えられるのは、個人の才能の中で一番優秀な才能、それに適した天職を神は与えてくれる」

「与えられる天職の優劣は、その一番優秀な才能の大小で決まると考えているわけですか?」

「だから、優劣じゃなくて、乗り越えられる障害の大小だってば。僕の天才性なら剣聖の技量すら超えられる。父上の才能だと剣士の技量なら超えられる。そう神は判断して、天職を授けてくれたんだろう。僕はそう考えたんだ」


 バジゴフィルメンテの発言は、推論の域を出ないものでしかない。

 しかしバジゴフィルメンテは、その推論の下で活動し、ある程度の実績を得ていた。

 特に、天職に身を任せないままで魔物を殺すという、現在の常識では考えられない現象を起こしていることが実績の一つとして分かり易い。

 ラピザは、バジゴフィルメンテの発言を実績と共に信じるべきか、それとも今まで培ってきた常識に従うべきかで悩む。

 そしてラピザは、すぐにその悩みを投げ捨てた。

 仮にバジゴフィルメンテの発言が真実だとしても、ラピザは自身の天職『暗殺者』を超えようという気概は持てないと気づいたからだ。


「あー。バジゴフィルメンテ様。剣聖超え、応援しています」

「応援は有難いけど、なんか投げやりじゃない?」

「いえいえ、そんなことはございませんとも」


 ラピザは訓練の邪魔をして悪かったと謝り、バジゴフィルメンテに剣振りを再開するように促した。

 バジゴフィルメンテは腑に落ちない顔をしていたが、ラピザが会話を切り上げたがっていると分かったのか、剣の訓練に戻っていった。



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