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11.悪い冒険者

 オブセイオンは、バジゴフィルメンテを殺したい。

 しかし、殺せる手段が少ないという事実に直面していた。


「暗殺者は使い物にならんかったし、強い兵士も敵わなかった。食事に毒を混ぜるのは、バジゴフィルメンテは自炊していてダメ。飲み水に毒は、他の家族が飲むかもしれないため使えない」


 使えない手段を消していき、使えそうな手段を考えていく。


「バジゴフィルメンテは魔境の森や街に入っている。森や街で襲わせて殺すのはどうだ。だが、そこらの食い詰め者に刃物を渡したところで、兵士たちより強いはずもない。森の魔物を嗾ければとも考えたが、そもそも魔物が人間の言うことなど聞くはずもない」


 そうやって候補を消していって残ったのは、オブセイオンが頼りたくない相手だった。


「冒険者を雇うしか手はないか。しかし、まともな冒険者は、バジゴフィルメンテの殺害など請け負うはずもない」


 プルマフロタン辺境伯領の冒険者たちは、今代と先代のプルマフロタン辺境伯家当主が情けない天職しか得られなかったこともあり、プルマフロタン辺境伯領を守っているという自負を持っている。

 そして荒っぽい態度を取らなければ、領民が慕ってくれるようになることも知っている。知らなかった者がいても、先輩冒険者が教えることで知り、態度を改めることが多くある。

 そうした背景から、他の辺境領地にいる冒険者たちに比べて『お行儀がいい』人たちが多い。

 そのため、他の領地なら金さえ払えば何でもやるような荒くれ冒険者を見つけることは容易いが、プルマフロタン辺境伯領では難しいという裏腹な事態を引き起こしていた。

 だが、全くいないわけではない。

 どんなに管理した畑であっても、一定数は形が悪かったり腐ったりする野菜が出てくる。

 それと同じように、行儀がいい冒険者の中にも、悪い分野こそを愛する者も現れる。

 そして、そんな悪い冒険者が集まる場所に、オブセイオンは心当たりがあった。

 もともとは領地の治安を悪くする害虫を駆除する目的で集めていた情報だったが、それをバジゴフィルメンテの殺害に利用しようと考えた。


「余人には任せられない。自ら出向いて、吟味する必要がある」


 時刻は夜。悪者が蠢くにふさわしい時間帯だ。

 オブセイオンは、自分の衣装箪笥を開けると、領民に見える格好に着替える。

 もちろん、生粋の貴族なオブセイオンがやることだ。領民らしい服ではあるものの、生地が新品で縫い目も正しいという、領民が着るには高い見た目になっていた。靴も薄革で木板底に履き替えているが、素材がそこそこでも仕立ての良さがわかる造りだ。

 オブセイオンは屋敷の誰かに服装を見咎められないよう、外套で体を覆う。もちろんその外套も、生地の良いもので領民らしさはない。

 さらには護身のための剣を腰に帯びて外套で隠す。その剣は、実用向けに作られた装飾の薄いものだが、領主の剣だけあって各部の素材と造りの良さが見てわかるものだった。

 ともあれオブセイオンは、寝静まる屋敷内を移動して外へ出ると、徒歩で近くの街へと向かった。

 街中を移動し、情報にあった悪い冒険者が集まる区画――悪所にやってきた。

 オブセイオンは、悪所の中でも命知らずが集まるという、とある酒屋へと向かった。

 硬く扉が閉じられ、営業外に見える店。

 その扉をオブセイオンは、三回叩いて、間を空けて一回叩き、また間を空けてから五回叩いた。

 すると扉の向こう側から声がやってきた。


『この地の領主は?』


 くぐもった声で問いかけられたところで、オブセイオンが返答する。この合言葉が気に入らないという気持ちを抑えながら。


「腰抜け間抜け、ケチのハゲ頭」

『……よし、入れ』


 扉が開き、その向こうにいた頭を丸めた大男が、オブセイオンを招き入れた。

 オブセイオンが扉を潜ると、直ぐに扉は再び閉められ、閂や鍵をいくつも使って施錠した。


「多いな」


 とオブセイオンがつい感想を漏らすと、剃頭の大男が睨んできた。


「余計な迷惑が店の中に入って来ない用心だ。敵対組織に乗り込まれて、酒を全部盗まれたら事だからな」


 大男は店の奥を顎で指し、さっさと行けと指示してきた。

 オブセイオンはその態度に腹を立てたが、ここでいざこざを起こせばバジゴフィルメンテを殺す依頼が出来なくなると考えて、ぐっと堪えた。

 指示されたように店の奥へ行くと、また扉があった。

 その扉を開けて中に入ると、そこは煙草の煙と蒸留酒の酒精が濃い空気の酒場だった。

 オブセイオンは、酷い臭いに、思わず咳を二度した。

 ごほごほという声を聞いて、店の中にいた悪い冒険者たちの顔に笑みが浮かぶ。人が苦しむ様子に喜びを感じているのだと、その表情で分かる。

 オブセイオンは、そんな冒険者の視線に気づかないまま、カウンターまで近づき、その向こうで酒を配膳している店主らしき人物に声をかけた。


「おい。この店の中で、一番悪事に長けた奴は誰だ。仕事を頼みたい」


 店主は、オブセイオンに半目を向けた後で、視線を動かして要求の人物を示した。

 オブセイオンが視線の向きを辿った先には、鞘入りの両手剣を抱えながら酒を飲む、四十歳ぐらいの無精ひげの男がいた。

 その男が発する雰囲気は、昨日にバジゴフィルメンテに負けた兵士よりも強そうで、そして危ない気配を漂わせていた。

 オブセイオンは店主に情報料として銀貨を払うと、示された無精ひげ男に近づいた。


「仕事を受ける気はあるか?」


 率直な質問に、無精ひげ男は酒に淀んだ目を向け返す。


「仕事? 報酬と標的。その標的をどうしたいかを言え」

「成功報酬のみ。金貨二十枚。標的は、ここの領主の長男。目的は殺害だ」


 破格の報酬と容易い標的に、無精ひげ男の顔に満面の笑みが浮かぶ。


「天職に見放されたと噂の小僧を殺すだけで、金貨二十か。笑いが止まらねえな」

「受けるのか。受けないのか」

「受けるともさ。だが全て成功報酬ってのはいただけねえな。前金を少しぐらい払ってもいいだろうがよ」

「……ならこれを渡してやろう」


 オブセイオンが金貨を一枚放り投げると、無精ひげ男は笑みを強くしながら受け取った。


「ありがとよ。仕事は、この俺――『剛剣士』のエフォルタが請け負った。んで、標的は、何時どこら辺に出てくる」

「朝と昼に、領主の屋敷の裏口から、森に入る。薪を集めにな」

「へー。分かった。そのときを狙って襲ってやるよ。待ってな」


 エフォルタは、手に入れた金貨をカウンター向こうの店主に投げつける。店主は飛んできた金貨を掴み取ると、酒瓶の一つを投げ返した。

 エフォルタはその酒瓶を手で掴み取り、栓を抜いて一気飲みし始める。

 オブセイオンは、この男に任せて大丈夫かと不安になったが、用件は済んだからと酒場から出ることにした。

 店を去ったオブセイオンを見て、店内の冒険者が何人か席を立とうとする。

 金払いが良い客だったので、その懐には沢山金を抱えてそうだ。その金を襲って奪おう。

 そんな考えで腰を浮かしかけて、店の奥から向けられた視線に、行動を縫い止められてしまう。


「奴が死んだら、俺が依頼料を受け取れねえだろうが。それを分かっての行動だよな、ああん?」


 エフォルタが脅し文句を吐くと、その冒険者たちは大人しく席に戻った。

 こうしてオブセイオンは、彼が知らない場所で守られることで、悪所から屋敷に戻ることができた。

 そしてエフォルタは、依頼をしてきた人物の服装と言動を見て、依頼の裏を読んでいた。


(差し詰め、要らない子供を間引きたいとクソ領主が考え、クソ領主の使いがここに来たってとこだな。領主に情報を掴まれているとなったら、飲み屋の河岸は変えねえといけねえかもな)


 領主の子供に恨みはないが、金貨二十枚は美味しい仕事だと、エフォルタは瓶の中の酒を飲みほした。

次回からは、一日一回、18時の更新になります。

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