黒い尻尾と相談
明るく緩やかな音楽が場を満たす。
お披露目パーティー最後の一曲。
これが終わったら会食。
執事や騎士達は別室にて食事になるらしい。
つまり、ウィリアムや王子達は護衛なしの状態で会食になる。
おれ? おれは端っこで待機。
理由を聞いたら、『一応、第5王子の乳兄弟を披露する役目も兼ねてるから。』って言われた。
まぁ、貴族に混じって食事するわけにはいかないから、実質昼食は無い。
別に良いけどね?
1食抜くどころか、3食飲まず食わずで生活した事あるし。
たまにあるよね、課題とかで一日中机にかじりつくことって。
「ジャック君、私共は退室いたしますが大丈夫ですか?」
国王様――クロノスさん、の執事であるセバスさんが、小声で話しかけてきた。そろそろ、曲が終わるのか。
「大丈夫ですよ。」
「陛下から、会食中は自由に動いて構わない、とのことです。では、失礼いたします。」
さらっと伝言を残して、セバスさんは行ってしまう。
貴族の執事や騎士達も一斉に移動していった。
え? おれ自由に動いて良いの?
マジで? めっちゃ好都合なんだけど?
曲が止まり、ダンスが終わる。
国王様が手を叩くと、一瞬ぼわっと光の粒が舞って、
会場に、真白のテーブルと料理が出てきた。
魔法かな? 転移か創造か、どっちだろ?
あ、ちなみに会食って言っても、立食パーティーだから、全員が座るわけじゃないよ。
一応、疲れた人のために壁際にはイスが用意されてるけど。
音楽が静かに響き始めると、各々が自由に食事を取り、会話に花を咲かせる。和やかだねぇ。
ウィリアムは、国王様の横で貴族と挨拶をしている。
うん。大丈夫そうだね。
次に王子達を見つける。
御令嬢や御子息と楽しそうだ。
こっちも心配はいらなさそうだね。
そして、問題のハンプ大臣を見る。
今は貴族の男性と話してるみたい。
・・・警戒しとくか。情報に無駄はないしな。
尻尾掴めたら上々、ダメだったら自力で何とかしないと。
本当は、ハンプみたいな『真っ黒』よりも、危険っぽい貴族達を洗いたかったんだけどね。
時間があったら、調べてみようかな。
階段を上って、隅の柱の影に立つ。
ここが一番目立たず、見つからない場所らしい。
少しの魔力で耳と目を強化。
ハンプの声と仕草に注意して監視をする。
「――えぇ、貴殿に華をいくつか見繕って頂きたい。」
「構いませんよ。鮮やかなものと、見栄えの良いもの、どちらがよろしいです?」
「鮮やかなものを。辺境ゆえな、不安を残したくはない。」
華? 何かの暗号か?
・・・鮮やか、見栄え、辺境、不安、ねぇ?
そういや、ハンプの不正は、国税と武器だったな。
てことは、武器の暗号って考えるのが妥当か。
こんな場で取り引きなんざするなよ。
堂々とし過ぎだろ。
とりあえず、尻尾一つ捕まえた。
「こんなところにいたのか。」
ふぉっ! びびったぁ。
急に後ろから声が聞こえた。
柱の側に立っていたのは、赤茶色の髪と灰色の目の青年。
まぁ、第1王子のケヴィン王子だ。
「ケヴィン王子殿下、どうかなさいましたか?」
「姿が見えなかったからな、楽しいか?」
「楽しいですよ。色々な人がいますから、見ていて飽きません。」
会食の様子だけでも、かなり個性がでてる。
例えば、食事に夢中な御令嬢や、お喋り上手な御子息。
グループで固まっていたり、端っこで大人しくしていたり。
「そうか。ジャック、母上を、どう思う?」
「母上、王妃殿下のことですか?」
「あぁ、今日は出席されているが、滅多に会わないだろう?」
「そう、ですね。」
国王様の隣に座る女性を見る。
綺麗な銀の髪に、深い茶色の目。
目がつり目っぽくて、理知的な印象と怖さがある。
狐? みたいな、ちょっとミステリアスな感じかな?
「正直な感想は、とても綺麗な方、ですね。話す機会がありませんので、一度ゆっくり話してみたいとは思っています。」
「怖くは、ないか?」
んー? もしかして、ケヴィン王子は王妃様の事が苦手?
「特に思いません。ケヴィン王子は、なぜそう思うのですか?」
「・・・なぜ、か。初めて会った日に酷く睨まれた事が、そう思わせているのかもな。いや、気にしないでくれ。」
パタパタと手を振って誤魔化すケヴィン王子。
今すごく悲しそうな顔してましたよね?
3年以上一緒にいるもの、見逃しませんよ。
「ケヴィン王子殿下、初対面の印象が気になるでしょうが、一度そのことは忘れて、簡単な挨拶をしてみてはどうでしょう?」
「挨拶か?」
「はい。たった一言ですが、挨拶はコミュニケーションの基本です。挨拶をされて不快に感じる人はそういませんので、印象の改善にはなるかと、思います。」
コミュニケーションは大事だよね。
まぁ、あっちにいた時は挨拶さえ困難だったけど。
「・・・分かったかのように言うんだな。」
苦しそうに呟かれた言葉。
ケヴィン王子の目には、怒り。
おせっかい過ぎたか。
「お気に障りましたら、申し訳ございません。」
深く頭を下げる。
人間関係は特にデリケートだから、助言が必ずしも喜ばれるわけではない。逆に、反感を買う方が多い。
今回は、後者だ。
ケヴィン王子には悪い事をしたな。
「少し、風にあたってくる。」
ケヴィン王子は踵を返し、テラスの外へと出ていった。
あー、後で執事のコニーさんに謝りに行こう。
国王様にも機会があったら謝らないとな。
懐中時計をとりだし、時刻を確認する。
12時27分 そろそろお開きかな?
会場を一足先に立ち去る。
コニーさんはどこにいるかなぁ?
執事や騎士達用の別室を覗くと、簡単に見つかった。
淡い栗色のくせっ毛に、若草色の瞳をした青年だ。
静かに近づき、声をかける。
「コニーさん、少しよろしいでしょうか?」
「あれ? ジャック君?どうかしたの?」
男性にしては高めの柔らかな声。
コニーさんは、穏やかでとても勤勉な子だ。
「すみません。ケヴィン王子殿下を怒らせてしまいました。」
「え?・・・何かあった?」
「いえ、僕が王妃殿下との事に口を出してしまって。」
「あぁ、なるほど。事情は分かりました。わざわざありがとう。」
コニーさんはそう言うと、頭を軽く撫でた。
撫でられるの結構久しぶりじゃね?
「ジャックはいる?」
明るい声が響いた。
ザッ と視線が入り口に向けられた。
「ジェイド王子殿下。」
第3王子、一番兄弟の中で元気な王子だ。
感情豊かで、猪突猛進。
「兄さんが呼んでるよ。」
「分かりました。コニーさん、失礼します。」
コニーさんに一礼して、ジェイド王子について行く。
兄さんって、ケヴィン王子かな?
「兄さん、呼んで来たよ。」
「ありがとう、ジェイド。」
廊下の突きあたりに待っていたのはアルイト王子だ。
顔がじゃっかん強ばっている。
ちょっと残念。ケヴィン王子じゃなかった。
「何か、あったのですか?」
「いや、念のためだ。これを持ち歩いてくれ。」
そう言って渡されたのは、3本の魔除けの小瓶。
護身用としてウィリアムの枕元にあるやつと一緒だ。
「分かりました。」
これは、今の状況が危険ってこと?
それとも、これからの状況が危険になるってことかな?
うーん、どっちもあり得るんだよねぇ。
「まさか、本当に街へ行きたがるなんてな。」
ボソッと呟かれた。
アルイト王子もジェイド王子も、不安そうだ。
「心配ですか?」
「あぁ、治安は良いが何が起きるか分からないからな。」
ウィリアムは愛されてるなぁ。
「大丈夫ですよ。何があっても、傷ひとつつけさせません。護衛もいますからね。」
魔法は肉体強化や補助魔法なら使える。
火傷覚悟なら、手の平な炎も出せるようになった。
武術は、我流だけど少しなら。
襲撃でもされたあかつきには、全力で対抗してやる。
「・・・それもそうだな。」
ふっ と肩の力を抜くアルイト王子。
ジェイド王子は少し驚いたように目を見開いていた。
それにしても、魔除けの小瓶か。
大なり小なり魔物に効果はあるんだろうが、どれくらいか分からないからな、最後の手段というより、先手必勝って感じかな?
「と、そろそろウィリアムが出てくるころか。」
アルイト王子の言葉で、三人で会場へ向かう。
「あ、ジャックに聞きたいことがあるんだった!」
びっくりした。いきなり大声になったね。
公私の切り替えが激しい子だったの、忘れてた。
「聞きたいこと、ですか?」
「うん! ジャックさ、僕達に何か隠してない?」
ギックゥ、ちょっと待ってぇ?!
何でいきなりその話題に行くのさ!
会話の温度差でお姉さん風邪引きそう!
動物の本能っていうのか、変なとこで鋭いよね。
「そう、ですね。いくつか隠し事はありますよ。今は話せませんが、いつか必ずお話しします。」
魔法のことも、転生のことも、いつかバレるだろうし。
魔法はいつでも良いけど、転生についてはなぁ。
ウィリアムが成人するころにでも、話そうかな?
「そっかぁ。なら仕方ないね。」
ジェイド王子はあっさり引いてくれた。
うん、純粋で優しい子だ。
「ジャック。」
威厳のある、深い声に呼び止められた。
ちょっと待ってね?
聞き覚えは嫌というほどあるけど、振り向きたくない!
いやまぁ、振り向きますよ?
無視とかしたら不敬罪でしょうし。
「国王陛下、お呼びでしょうか。」
振り返ってひざまずく。
頭を垂れているので姿は分からないけど、マントが見えたからたぶん礼装。
「うむ、午後の交流会まで少し良いかの?」
「はい。アルイト王子殿下、ジェイド王子殿下、失礼いたします。」
「ウィリアムには伝えておく。」
二人に一礼をして、国王様の後を追う。
側にセバスさんもいる。
それにしても、何の用だろ?
「マニャーナはどこにおる?」
「バルコニーにて待たれるそうです。」
マニャーナ? えっと、誰?
部下とか? もしかしたら客人かも。
でも、おれに会わせる必要ないよね?
廊下を進み、階段を上る。
まだ歩いたことのないエリアだ。
少し歩いて、白に水色の装飾が施された扉があった。
国王様が振り返る。
「ジャック、この先に妻がおる。二人きりて話したいと頼まれてな、行ってくれるかの?」
妻? ってことは、王妃様?!
え、マニャーナって王妃様のことだったの?
「分かりました。」
とりあえず、扉を開ける。
外の新鮮な風と一緒に美しい風景が目に入った。
鮮やかな緑が散りばめられた、綺麗な街。
上から見るのは初めてだ。
バルコニーはシルプルな造りで、テーブルが一つ置いてあるだけだった。テーブルには、花が飾られてる。
そこにいるのは、銀色の髪を揺らす王妃様とメイドさん。
「初めまして、ジャック・ウィード君。私は マニャーナ・クリーオヴ、クロノスの妻です。」
ソプラノの艶やかな声。
想像してたものより、優しく綺麗な声だ。
「初めまして、王妃殿下。」
「今は一人の女性として扱って欲しいわ。エリス、少しの間二人だけにして。」
王妃様の指示でメイドさんは、一礼して去ってしまく。
ふむ、今のメイドさんがウィリアムの母親に仕えてた人か。
「急に呼び出してしまってごめんなさい。一度話してみたかったの。」
「いえ、僕も一度話してみたかったので。」
王子達のこと、ウィリアムの母親のこと、色々と聞きたい事があるからなぁ。
「それは嬉しい。私は人から嫌われているようだから、中々話し相手がいないの。」
待って、もう色々と突っ込みたい。
王妃が嫌われるとか、どんな状況なんですか。
「失礼ながら、誰がマニャーナ様を嫌っておられるのですか?」
「私の気のせいかもしれないけれど、王子達に避けられていたり、騎士の方々には怯えられている気がするの。」
「マニャーナ様から、アルイト王子やケヴィン王子を嫌っていないのですか?」
なんか、とてつもない勘違いが起きてる気がする。
「そんな!ケヴィン君もアルイトも大切な息子達よ?嫌ったりしないわ!」
泣きそうな顔で否定された。
うーん、これはあれだよね?
お互いに誤解しあって、苦手意識が育まれたパティーン?
「分かりました。とりあえず、落ち着いて下さい。」
「ごめんなさい、取り乱してしまって。」
「いえ、少し席を外しますので、休憩なさって下さい。」
いったん離脱する。
さっきのメイドさん、エリスさんはどこ?
ちょっと確認させて。
扉を開けると、少し離れた位置で壁際にたたずんでいた。
「あの、エリスさん、少し質問をしてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、どうぞ。」
「王妃様は、見た目から人に誤解されやすいのですか?」
ストレートな質問に、エリスさんの表情が固まった。
「・・・失礼致しました。確かにマニャーナ様は誤解を受けやすいお方です。人前で話すことが苦手で、目つきが鋭いため避けられたりと。本当は明るく優しいお方なのですよ。」
あー、どうしよう。典型的な誤解されやすい人だ。
このままだと、ダメだよなぁ。
「ありがとうございます。確認できました。もう少し待っていて下さい。」
エリスさんに一礼してバルコニーに戻る。
まったく! この王家には不器用しかいないのかな?!
扉を開けて、王妃様の横に立つ。
座っている大人と六歳のおれじゃ、
やっぱりおれのほうが若干小さい。
仕方ないので、そこから王妃様と目を会わせて口を開く。
「マニャーナ様、僕の言う事をよく聞いて下さい。」
「え?」
「ケヴィン王子は貴女を怖いと思っています。アルイト王子は貴女に嫌われていると思っています。他の王子達がどうかはわかりません。今わかるのは、貴女が悪い方の誤解を受けているということです。」
王妃様の顔がどんどん暗くなってる。
そりゃまぁ、自分が誤解されているなんて知ったら、少なからずショックだろうね。
しかも、自分の家族からだなんて。
「ですが、この誤解は解く事ができます。その為には、マニャーナ様が動かなくてはいけません。貴女にとって勇気のいる行動をしなければいけません。・・・それでも、皆と笑いあいたいですか?」
誤解を解くのは言うのは簡単だが、実際やるとなるとかなりキツい。本人が頑張らないといけない。
おれは諦めた。そして、拒絶した。
その先にあるのは、偽りで飾られた未来だ。
これはおれのエゴだけど、そんな未来を知ってほしくない。王子達も、王子達に関わる人も、幸せでいてほしい。
「皆と、笑いあえるの?」
「少なくとも、今より良い環境にできます。」
「そう。・・・何をすれば良いのかしら?」
ふわりと、笑ってくれた。
本当に、王子達と笑いたいんだね。
だったら、おれも全力で支援しないとね。
「まずは、王子達と話しましょう。一人ずつでも構いません。好きな花や、好きな食べ物、どんな本を読むのか、些細な事でも良いですから、会話をしましょう。」
「話し。」
ちょっと怖じ気づいちゃったかな?
「いきなり話すのが難しいようでしたら、挨拶はどうでしょうか? 騎士の方々も、王子達も、挨拶をされて不快に思うことはありませんから。」
「挨拶だけでいいの?」
「もちろん、話せそうでしたら、そのまま会話を始めて良いですよ。」
真剣に話しを聴く姿は、好奇心旺盛な少女みたいだ。
お菓子の話しを聴く時の妹みたいだなぁ。
「後は、積極的に王子達の様子を見に行ってあげて下さい。子供は頑張る姿を見てもらって、褒めてもらえるのが何よりも嬉しいのです。式典に参加するだけでも嬉しいものですよ。」
「そうなの? てっきり嫌がるものだと。それに、私は体が弱いから。」
「いいえ、子供は構ってもらえないと、自分に興味が無いのだと思ってしまいます。そして、親に対して激しい怒りや憎しみを抱きます。」
王妃様の顔が真っ青になった。
ヤベ、脅しすぎた。
「体が弱くて式典に参加できないのでしたら、先に一言謝っておいて、後から祝ってあげれば良いと思いますよ。」
不思議そうな顔をする王妃様。
ちょっと分かりづらかったか。
「例えば、『体調を崩して式典に参加できないかもしれない』と先に伝えておいて、体調が回復してからお祝いの言葉を伝えに行くと、何も言ってもらえないより、嬉しいと思います。」
「そう、よね。お祝いは大事よね。」
「最後は、頑張った時や、良いことをした時、きちんと褒めること。できれば、抱き締めてあげたり、頭を撫でるなどしてあげて下さい。」
「わかったわ。ふふっ、ジャック君はお母様のようね。」
「僕は男の子ですよ。」
クスクスと笑う王妃様。
『先入観を捨て、正しき眼で見据えよ』
帝王学に載っていた言葉だけど、本当だったなぁ。
うん、それにしても、子育ての本を読んどいて良かった。
こんな所で役に立つとは。
王妃様との話し合いはこれで終わり、おれは自室へ戻ることになった。
ちなみに、部屋に入るとウィリアムがふて腐れていて、機嫌を直すのに一苦労したのは良い笑い話だ。
しきたりとか、軍事とか、いろいろと書きづらい。。。