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始まりの舞台

ウィリアムの6歳の誕生日まで、一週間。

6歳の誕生日は特別らしく、パーティーがあるそうだ。

大臣から上級貴族、下級貴族まで、来るらしい。


主役であるウィリアムは、当然支度がある。

今は、お披露目パーティーと交流会のダンスの練習。

お披露目パーティーは、そのまま、自己紹介やらだ。

交流会は、子供をメインとしてダンスを踊る。


「またダンスか?」


「えぇ、ウィル、私達は王族ですよ。皆の前で、失敗してしまっても良いのかしら?」


「うぐぅ、わかってる。」


第一王女こと、セアラがウィリアムにダンスを教える。

始めた当初は目も当てられなかったが、急成長。

今では、かなり様になっている。


後、ウィル呼びが国王様と王子達に定着した。

あいかわらず、王妃様とは会う機会がない。


「頑張って下さい、ウィリアム王子殿下。」


「あら? 貴方もですよ、ジャック。」


「はい?」


待って、今何て言った?

おれも? いやいやいや、おかしいだろう?!

ウィリアム 王族、おれ 平民!


「お父様が、乳兄弟のジャックもだすと、先日決められましたわ。」


「聞いてないです。」


「今、伝えました。」


セアラ王女、強かになりましたね。

はぁ、ダンスなんて知識しかないぞ。できるかなぁ。


「ジャックは、最初の1曲を踊ったらケヴィン兄様が回収します。

その後は、セバスさんの側に控えていてください。」


「わかりました。」


セアラ王女、回収って、おれは物ですか。

というか、おれの練習は誰が見るの?


「すまない、少し遅れた。」


謝罪とともに表れたのは、第一王子のケヴィン。

なぜか正装だ。


「ケヴィン兄様。では、ジャックをお願いしますわ。」


おれの練習、ケヴィン王子が見るの?!

マジかよ、めっちゃプレッシャーになるんですけど。


「あぁ、ジャック、こっちに。基本はわかるか?」


「あ、はい。知識だけならあります。」


「ほう、では始めようか。」


捕捉しておく、ケヴィン王子はスパルタだった。

ねぇ、もう。いつからあの子ドSになったの?

お姉さんすっごくショックなんだけど?


「これだけやっても、音を上げないのは凄いな。」


ケヴィン王子が呟いた、それを言うなら加減して。

筋トレしてなかったら、間違いなく倒れてたよ。

ぶっ続けで、5時間。 流石に鬼畜だと思うなぁ。

ウィリアムは、だいぶ前にセバスさんと出かけた。

何でも、服の採寸があるらしい。


「なぁ、ジャック。何か違和感はないか?」


違和感? ケヴィン王子に? 特にない、いや、あったな。

側に行くとわかったけど、香水が強い。


「ケヴィン王子殿下、それは、服ですか? 香水でしょうか?」


「服もか?」


「はい。恐れながら、服につける装飾が多いです。女性の肌は敏感ですから、金属の装飾は控えるべきかと。」


「なるほど、参考になる。香水は?」


「良い香りですが、つけ方が悪いのだと思います。全身よりも、手先、デコルテをメインに、男性なら、腰回りもオススメします。部分の方が優しく香るので、女性受けしますよ。」


「ほぉ、よく知っているな。」


「ジャック、女性はどこにつけるべきです?」


「そう、ですね。自分の自信のある部分、例えば、腰回りや胸、足先などですね。場所が多いようでしたら、薄めにつけると良いと思います。」


「ありがとう、香水で困っていたの。」


セアラ王女が? うーん、結構選びやすいと思うけど。


「セアラ王女殿下でしたら、季節の花を使った華やかな香りが似合うと思いますよ。」


「そう? マリーと相談するわね。」


パーティーだからって、浮かれてられないのか。

まぁ、王族や上級貴族にとっては戦場同然かな?

お見合いも兼ねてるからねぇ。頑張れよ、若者達。


「・・・・・・ジャック、一つ頼みがある。」


「何でしょうか?」


唐突に、ケヴィン王子に腕を捕まれた。

心臓に悪い。悲鳴でるかと思ったわ。


「敬語無しで話さないか?」


「あ、それ私も思っていたの。」


セアラ王女まで?!


「あの、僕は平民です。ウィリアム王子殿下の乳兄弟であれど、ケヴィン王子殿下やセアラ王女殿下に敬語無しで話すなど、できません。」


本当に勘弁してほしい。ダメなんだって。

おれの素の口調、かなり荒いし。


「なら、王族として命令すればいいのか?」


「それは・・・そもそも、なぜ、僕の口調を気になさるのですか?」


皆、揃いも揃って指摘してくるけど。

違和感がある? 使い方が違ってた?


「家族だろ、身内に、それも弟に敬語を使われるのは嫌だ。形式上ならまだしも、プライベートでの敬語は無しだ。」


おれを、家族ですか。

なるほど、だから皆敬語を止めさせようとしたのか。


「わかりました。プライベートでのみ、口調を崩させていただきます。」


「今は、プライベートでしょう?」


「・・・これで、いいですか?」


素ではないけど、敬語ではないし、良いよね?

ケヴィン王子もセアラ王女も、満足そうだし。


部屋の扉がノックされた。

入ってきたのは、母様。手に、何か持ってる。


「失礼いたします。ジャック、これを。」


渡されたのは、大きめの小包み。

紐を解いて、中身を確認すると、服だった。

黒に、銀で刺繍をされた燕尾服。装飾もある。


「は、母様? これ、どうしたの?」


「アスランが残したお金と、私の貯金で買ったの。装飾は、国王様と王妃様から。」


待って、これ凄く高価な物だよね?!

日本人のメンタル死んでまうよ?


「着て見せて?」


一度頷いて、着替えに行く。

高いシャツの手触りで、寒気がしたが無事着れた。

装飾は、飾り紐と、花のモチーフなど。

何か、女の子っぽいと思うんだけど? 気のせい?


「これで合ってるかな?」


「えぇ、とても。」


母様がにっこりと笑った。

本当に、一時期はどうなるかと思ったけど、

元気になってくれたから良かった。


王子達には、本番で、ということにした。



そして、夕方、ウィリアムが帰ってきた。

帰ってくるなり、ものすごいテンションで、


「ジャック!エミリアさん!おれも街に行けるかもしれない!」


そう言った。嬉々とした表情だった。

王子達が街に行くのは、10歳をこえてからだったはず。


「ウィル、その事誰が?」


「ハンプ大臣が採寸の時に教えてくれたんだ。誕生日のプレゼントに頼めば、皆で街に行けるって! ジャックとエミリアさんが住んでたところ、見てみたい。」


ハンプ大臣?・・・書斎で調べよ、誰かわからん。

母様は、ウィリアムの言葉に感激して抱き締めてる。


あやしいよなぁ。何でわざわざ採寸の時に会う?

この部屋に来て話す方が効率が良いだろ?

なぁんか、嫌な予感がするなぁ。



さてさて、やってきました本番の日。

正直に言おう! めっちゃ胃が痛い。吐きそう。

会場をね、ちらっと覗いたんですよ、そしたらね、

想像の斜め上をいく、人、人、人!

100人ぐらいかなぁ、って思ってたのに!

多すぎるでしょ?! 馬鹿じゃないかな?!


「ジャック、そろそろ着替えるぞ?」


「そうですね、ウィリアム王子殿下。」


ウィリアムに呼ばれて、控え室に戻る。

服を着替え、段取りを確認し、準備しておく。


おれのは、この前の燕尾服と装飾。

髪は、いつもの髪紐で結び、左から前に垂らしている。

長さは、胸の下あたりまである。結構伸びたね。


ウィリアムは、スーツと軍服を合わせたような、

豪奢で、華やかな服に、羽飾りのついた装飾。

髪は、前髪の右半分を上げている。


「ジャック、入場だ。ウィリアム、落ち着いて、自信を持って歩けよ。」


「わかっています、ケヴィン兄様。」


入場はおれが先に歩き、その後ろからウィリアムが来る。

階段があるので、おれは脇の方でひざまずき、

ウィリアムは階段を上ってからひざまずく。

階段は二段あって、二段目に国王様達がいるそうだ。


おれは国王様の声がかかるまで待機。

その後は、3曲ほど踊り、自由に会食、雑談をする。

これがお昼過ぎまで。


夕方になると、子供とその親が集まる。

入場はなく、最初から待機しておくそうだ。

こちらは、ほぼエンドレスで踊り続ける。

食事もあるそうだ。

これは、最悪夜明けまで続く。


「ジャック、緊張しているか?」


アルイト王子が扉の前にいた。

不安そうに聞いてくるので、本気で心配してるんだね。


「多少の緊張はあります。ですが、ウィリアム王子殿下の乳兄弟として、この場に立てることの喜びが強いので、心配はいりません。楽しんできますね。」


だてに、中学の時に600人強の相手してないからね。

何とかなるさ。・・・どこぞの誰かが要らんことせん限り。フラグだって? その通り、回収確定のフラグだよ。


「無理は、するなよ。」


そっと、扉が開かれる。

明るいシャンデリアと、心地の良い合奏の音。

一気に大人の目がこちらを見る。


「我が息子、ウィリアムの乳兄弟である、ジャック・ウィード。こちらにおいで。」


指先まで、しっかりと意識して一礼。

ゆっくりと、確実に歩いていく。


大人の目は、嘲り、嫉妬、怒り、どす黒い感情の嵐。

ヒソヒソと囁かれる声に、意識を向ける。

ほんの少しの魔力で、耳を強化。


「あれが、側室の子の乳兄弟。」

「汚らわしい、平民の子。」

「それに、あの目。あの髪。」

「灰色とは、煤けておるのでは?」

「男のくせに、花の飾りとは。」


強化、解除。くっだらねぇ。

ポーカーフェイスで、微笑したまま歩き続け、

やっと階段の前、脇に寄って、ひざまずく。


「では、今日で6歳になる息子、ウィリアム・クリーオヴ。」


合奏が高らかに響き、貴族達が微かに騒ぐ。


「綺麗。」


近くの御令嬢が呟いた言葉で納得した。

側室だ、何だと言っていたら、イケメンだったと。


まぁ、ウィリアムを見て不細工だと思う奴がいるなら、

そいつは大気圏外に放り出した方がいい。


しばらくすると、前をウィリアムが通った。

そのまま階段を上っていく。


「ウィリアム、6歳の誕生日おめでとう。」


社交辞令から始まり、トントン拍子に進む。

貴族達も静かになった。


ちなみに、ウィリアムに要らん事を教えたハンプ大臣だけど、案の定ちょっと危険かな?

書斎にある書類をこっそり読んだけど、計算は甘いし、いろいろとおかしい点が満載だった。

ちょっと計算して、調べてみると不正のデパート。

例をあげると、武器の横流し、国税の横領などなど。


ウィリアムを街に出すのは、何か罠がある。

ただ、証拠がないし、ウィリアムが怒るだろう。


今日のパーティー中にでも尻尾出してくれないかな?

あ、ハンプの容姿は分かりやすいよ。

丸々とした体躯に、髪の無くなった頭。

ギラギラとした指輪や、アクセをつけているそうだ。


「では、ウィリアム。祝いは何が良いかな?」


きた。

ここで好物でも宝石でも頼んでくれは――


「はい。お世話になった、乳母殿とジャック、この二人と街に行きたく、許可を下さい。」


――しないよねぇ。分かってた、分かってたよ?

あー、貴族もどよめいてるし。


「ふむ、それは構わんが、護衛をつけても良いか?」


構わんのかい!

寛大過ぎないかな?!


「構いません。」


「準備のために一月ほどかかるが、待てるかの?」


「もちろんです。」


「ジャックもよいか?」


そして、おれに振りますか?!

拒否権なんてないのは分かってるだろうに。

嫌がらせか! そうだろ?! 良い年した大人が!


「身に余る光栄にございます。」


「うむ。さて、堅苦しいのはこれまでにして、宴といこう。歌を!」


国王様の声で、華やかな音楽が流れ出す。

王子が降壇し、おれの前に立つ。


「ジャック、横に。」


「はい。」


そっと立ち上り、国王様の方に一例し、ウィリアムの横に立つ。目の前には、貴族達。


一人の御令嬢が前に進み出た。

同年代で一番爵位が高い家の子だろう。

見るからに上等そうな赤のドレスを着ている。


「僭越ながら、踊っていただけますか?」


「よろこんで。」


滑らかな動きで御令嬢の手を取り、中央へと移動する。

うんうん、ちゃんとエスコートできてる。


「一曲よろしいかしら?」


ウィリアムを見ていたら、誘いがきた。

白色のマーメイドドレスの御令嬢だ。


「私ごときでよろしければ、よろこんで。」


そっと手を取り、中央に立つ。

触れるか否かの位置に手を添えて、曲にのる。


「平民の子なのに、随分とお上手ね?」


あ? おっと、あー、もしかしてこの子、性悪女?

おれがミスしたら、それをネタにするつもりだったのかな?


「乳兄弟である、ウィリアム王子殿下に恥をかかせる訳にはまいりませんから。」


「ふん。そのうち後悔するわよ。第5王子なんて、将来も望まれない、足手まといなんですもの。」



この御令嬢、メリア・フルーリルと言い、

フルーリル伯爵令嬢であった。


お父様から頼まれさえしなければ、こんな、将来性もない王子の祝いになど来なかったのに。


噂よりも、多少は優れた顔だけれど。

平民の乳母や乳兄弟を気にするなんて、

王族の名に恥じる行為ではないのかしら?


ダンスは公爵令嬢がお相手するようですし、

平民の相手でもしましょうか。

この場に相応しくないということを教えなくては。


「一曲よろしいかしら?」


「私ごときでよろしければ、よろこんで。」


そえいえば、この平民の子 顔は整っているのよね。

エスコートもできているし。


「平民の子なのに、随分とお上手ね?」


「乳兄弟である、ウィリアム王子殿下に恥をかかせる訳にはまいりませんから。」


何ですって?皮肉がわからないのかしら?

一瞬も動揺しないなんて。


「ふん。そのうち後悔するわよ。第5王子なんて、将来も望まれない、足手まといなんですもの。」


「・・・・・・。」


「そうね、顔は良いようだし、あの王子に飽きたら私のもとで働いても――」


「調子に乗るのも大概にしておけよ、小娘。」


地を這うような声。

背が凍り、ゆっくりとした動作で上を見る。


「どうされました?気分でも優れませんか?」


優しげな声。でも、目は氷のように冷えきってる。

怖い。何なの?これは!




あー、ヤバい。素が出た。完全に怯えさせちったな。

どうしようか?口封じしとく?


「あの、気分が優れないようでしたら、控え室にお連れしましょうか?」


調度よく、曲が終わった。

一歩離れて、顔色を窺う。 真っ青だね。


「ジャック? どうかしたのか?」


「ケヴィン王子殿下、御令嬢の気分が優れないようで。」


助かったぁ!ナイスタイミング!

ケヴィン王子は近くの騎士を呼んで御令嬢を退出させた。


「ジャックは向こうだ。セバスさんがいるのはわかるな?」


「はい、ありがとうございます。」


一礼して、壁際に立っているセバスさんのもとに行く。


あ、ハンプ見っけた。


さてさて、これからどうなるかな?

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