成長と関係
さて、また時を飛ばしましょうか。
おれが6歳、ウィリアムが5歳の時だ。
二人とも、かなり自我が形成されて、知識も増えた。
「ジャック! エミリアさんは?」
「ウィリアム王子殿下、母様は一日街に出かけて、いません。何かありましたか?」
母様は何とか落ち着いて、乳母として頑張っている。
今日は、街に出かけて買い物だ。
「いや、用はないけど、姿が見えなかったからな。ジャックは何をしているんだ?」
「髪を結っています。邪魔になるといけないので。」
父様からもらった髪紐で、髪を後ろにまとめて結う。
おれの灰色の髪は、下ろしていると鎖骨の下まである。
前髪は、定期的に切っているので、眉あたりだ。
「切らないのか? 女とまちがわれるぞ?」
「この髪紐は父様からの贈り物ですから、ちゃんと使っていたいのです。」
「父、そうだったな。」
「それよりも、ウィリアム王子殿下のご予定は?」
「アルイト兄様と、魔法の勉強だ。」
「アルイト王子殿下とですか? 最近は、研究で忙しいと聞きましたが。」
「息抜きだ。」
後ろから、いきなり声が聞こえた。
噂をすれば、いつのまにかアルイト王子がいた。
「アルイト兄様!」
パァっと顔を輝かせて、飛びつくウィリアム。
アルイト王子は、よろけながらも受け止めた。
アルイト王子は、この前15歳になった。
この世界は、あっちと同じで、20歳が大人らしい。
背が伸びたアルイト王子を見る。
紺色の髪と、赤っぽい紫色の瞳に、黒縁の眼鏡。
眼鏡の下で見にくいが、濃いクマがあった。
「失礼ですが、アルイト王子殿下、いつから寝ていないのですか? 酷いクマがありますが。」
「・・・3日前から。朝、少し寝た。」
「寝てください。半日ほど、ぐっすりと。倒れてしまいます。」
「ウィリアムの勉強がある。」
アルイト王子、弟の勉強を口実に寝ない気でしょう?
何で王子様が、3撤もしてるんですか。
ワーカーホリックですか、研究熱心も大概にしなさい。
おれは、ウィリアム王子を振り返り、説得する。
「ウィリアム王子殿下、このままだとアルイト王子殿下が倒れます。勉強は、今日の午後からでもよろしいですか?」
「う、わ、かった。アルイト兄様、休んでください。」
「2対1です。休んで下さい、アルイト王子殿下。」
「・・・わかった。部屋に戻る。」
「いえ、この部屋で休んで下さい。アルイト王子殿下が、休むフリをして、部屋で作業をしていたとか、いつの間にか研究室にいたとか、いろいろと聞いていますから。」
「その事、誰が?」
「アルイト王子殿下の執事、ニコラスさんが。」
「あのお喋り。」
「本気で心配されているんですよ、寝室へどうぞ。」
アルイト王子の手をとって、寝室に連れて行く。
少し体温が低いな、寝起きに紅茶でもだそうか。
「ジャック。」
「何でしょうか? ウィリアム王子殿下。」
「それ、嫌だ。」
「え?」
「その王子殿下って呼ぶの、嫌だ。乳兄弟なんでしょ?普通に呼んでよ。」
いや、王族でしょう、敬称つけないと不敬罪だって。
言葉に詰まっていると、アルイト王子がこちらを見た。
「確かにな。おれも、アルでいい。ニックもそう呼んでる。」
ちょっと待って、アルイト王子酷い。
援護かと思ったら、追撃されたし。
「ほら、アルイト兄様もこう言ってる。」
「えっと、では、ウィル、とお呼びすれば?」
「敬語も嫌だ。」
「それは、さすがに。」
絶対怒られる。
「ウィル、それは、二人だけの時だけにした方が良い。ジャックを良く思わない奴から、つけこまれるぞ。」
「・・・? 危ない?」
「ジャックの命がな。」
不穏な事を言わんで下さい。本気で怖い。
寝室のベットに、アルイト王子を寝かせる。
ちゃんと寝たのを確認してから、静かに退室した。
「ジャックは、何でもできるな。観察力もあるし行動力もある。どうしたら、そんな風になれるんだ?」
とうとつに、ウィリアムから聞かれた。
転生したから、とは口が裂けても言えないよなぁ。
「ウィリア――ウィルは、僕みたいになりたいのですか?」
「敬語。なりたい。皆の邪魔には、なりたくないから。」
そう、苦しそうに教えてくれた。
待って、何があったの。思い詰めるには早すぎる。
「・・・ウィルは、無理に変わらなくて良いんだよ。」
「でも、兄様達は、頑張ってる。」
「うーん、ケヴィン王子殿下もだけど、人は無理に変わらなくて良いんだ。いつのまにか変わってるようなものだらかね。」
おれの口調や性格も、いつのまにか変わってたし。
王族や母様の弱味にはならないように、敬語が定着した。
観察力って言われたけど、弟や妹を見てる感じだしなぁ。
「よく、わからないぞ?」
「僕から見れば、ウィルは立派だってこと。義兄として、忠告するなら、親であろうと親友であろうと、相手の言葉を鵜呑みにせず、自分で考えること。意味は、後々わかるよ。」
「父上の言葉を疑うのか?」
「少し違うよ。相手の言葉をもらって、自分なりの意見を持つってこと。上の人間の言いなりではダメなんだよ。」
「自分の意見を持つ、言いなりではダメ。・・・わかった。」
飲み込みが良すぎて、すこし心配だけど。
おれは、人の意見に振り回されすぎたからな。
忠告しておいたほうが良いかもしれない。
「ウィル、困った事があったり、悲しい時は、家族を頼るんだよ。それと、ウィルの味方をしてくれる友達を見つけてね。」
「どうして?」
「人は一人でいると、心が壊れてしまう、弱い生き物だ。これだけは、間違えないでね?人は脆い。助けを求める事は恥ではない。はい、復唱して。」
「ぅえ?!・・・えっと、人は脆い、助けを求める事は恥ではない?」
「その通り、国王様達なら大丈夫。たくさん甘えて、助けを求めなさい。ウィルは愛されるべきだ。」
ウィリアムだけじゃない、王子達も皆愛されるべきだ。
まったく、早く成長しないと、何も守れやしない。
魔法に剣術、薬学もやっておくかな?
全部一通り学ぶか、やっておいて損はないだろうし。
これは秘密だが、武術の知識は豊富だ。
実践と経験が足りないから、不安要素は多いけどね。
「・・・ジャックは、何だか、大人みたいだな。」
精神年齢なら、すでに成人しましたねぇ。
「ウィルの義兄ですから、そこらの大人には負けられませんよ。」
笑って答える。
ウィリアムは驚いていたけど、すぐに笑った。
その後は、ウィリアムは読書をして時間をつぶし。
おれはアルイト王子の件を相談しに出かけた。
「あ、ニコラスさん。」
「ジャック君、どうかしましたか?」
「アルイト王子殿下が3日も寝ておられなかったので、ウィリアム王子殿下の部屋で休ませました。昼食はどうすればよろしいでしょうか?」
「アルが?」
「はい。息抜きにウィリアム王子殿下の勉強を見ると約束をされたようで、部屋にいらしたのですが、酷いクマがありましたので。」
「なるほど、助かりました。昼食は、私がお部屋に運びますよ。」
「ありがとうございます。」
ニコラスさんは、書斎にいた。
手早く用件をすませて、部屋に戻る。
「あ、ジャック、これわかるか?」
部屋に戻ってすぐ、ウィリアムが駆け寄ってきた。
その手には、分厚い本。
内容は、魔法の扱い方を記している。
「あぁ、これは魔法の詠唱に使う言葉ですね。古代マルヴ語は、比較的簡単で応用がきくので、覚えておくと便利ですよ。」
「そうなのか?」
「はい。詠唱に使うのは、古代マルヴ語、スピオラド語、現世サガルト語、イグニス語の四つが主になります。詳しくはアルイト王子殿下にお聞きください。」
「わかった。あと、また敬語になってる。」
素直に頷いた後、頬を膨らませたウィリアム。
「ごめん、頑張って直すよ。」
そう言うと、ウィリアムは満足そうに笑って、
読書に戻る。そんなに敬語が嫌なのか。
さて、おれはどうしようか。
筋トレでもするかな?・・・そうしようか。
ちなみに、筋トレは5歳になってから始めた。
今のメニューは、
腹筋50回、腕立て伏せ50回、スクワット80回
魔力循環、部分強化、背筋50回、をワンセットにしてる。
これを時間があり、かつ人に見つからない時にやってる。
まぁ、あっちにいたときなら、絶対にしないメニュー。
引きこもり体質で睡眠障害持ちだったし、
挑戦したとしても、一週間後には倒れただろうね。
それが、こっちだと出来る出来る。
肉体が若くて、吸収が良いのも一つの要因だろうけど。
やっぱり、体がイメージ通りに動くと楽しい。
おかげさまで、結構運動が好きになった。
母様の部屋に行き、静かに筋トレをする。
汚れがつくと嫌な装飾類は外してある。
髪紐や、時計、王子達からの贈り物が主だ。
スクワットが終わる頃には、服に汗がにじむ。
その場に立ち、体の中に集中する。
血管とは違う、不可視の管が隅々にまで伸びている。
その管の中を巡るモノ、それが魔力。
管を意識して、魔力の量を増やす。
心臓から送られる血のように、まんべんなく行き渡らせる。
あいかわらず、ばかみたいに体が痛む。
体を内部から圧迫され、息苦しい。
魔力循環は、魔力操作に繋がる大事な訓練だ。
体の外へ、無駄に流れないように留める。
溢れず、膨張する魔力を循環させ、体になれさせる。
結果、魔力量が増え、魔力操作も上手くなる。
ついでに、結構な痛みが伴うせいか、痛みに耐性ができる。
魔力循環が終わったら、部分強化だ。
とりあえず、鼻に魔力を集める。
次の瞬間、本気で後悔した。
鼻を強化すれば、嗅覚が鋭くなる。
それは良い、良いんだけど、やりすぎた。
ものすごく、鼻が痛い。涙が止まらん。
服や、花、水のにおい、全部が混ざって気持ち悪い。
五感の強化は、控えよう。
使うタイミングしだいでは、自滅になりそうだ。
強化を止め、背筋に移る。
魔力循環や強化の後にすると、
本当にキツイが、そのぶん効果は高い。
背筋を鍛えたおかげで、ねこ背にならない。
自然と背すじが伸びるのもうれしい。
筋トレを3セットしたところで、11時になった。
汗や服の汚れを、清潔の魔法で落とす。
本当に魔法って便利だな。
使いすぎれば命に関わるけど、かなり自由だし。
服を整え、装飾類をつけ直し、部屋に戻る。
ウィリアムは、まだ読書中だった。
紅茶をいれて、アルイト王子を起こさないとな。
キッチンに行き、紅茶をいれる。
ウィリアムには、ダージリン。
アルイト王子には、アールグレイを。
別々にいれて、銀のトレーて運ぶ。
紅茶の葉はあっちと同じ名前。
野菜や花も同じ名前だけど、それに加えて全く知らない謎のものもあった。中々面白い。
「ウィル、そろそろ昼食だから、休憩しよう?」
「ん、紅茶?」
「そう、ここに置いておくね。アルイト王子殿下を起こしてくる。」
「わかった。」
ウィリアムが成長してから、増えた家具。
応接間のようになっているテーブルに紅茶を置く。
寝室の扉を軽くノックしてから、入室する。
「アルイト王子殿下、昼食の時間になりました。」
声をかけて様子を見る。・・・起きないね。
紅茶をベット横の台に置き、揺り起こす。
「う、悪い。」
「いえ、紅茶をいれました。よろしければどうぞ。」
アルイト王子って、寝起き良いね。
顔色も良くなっているし、体温も平均ぐらい。
紅茶を差し出すと、素直に受け取ってくれた。
「アールグレイか。」
「はい。・・・もしかして、苦手でしたか?」
「いや、逆だ。なぜこれを?」
「リラックス効果があるのと、香りが良いので。」
質問に答えると、アルイト王子が目を細めた。
何か気にさわったのか、口を開こうとしたが、
「アルはいますか?」
ニコラスさんが来たようだ。
「ニコラスさん、こちらです。昼食は、そこのテーブルにどうぞ。」
「ウィリアム王子殿下、失礼します。」
「うん。」
寝室から顔を出して、ニコラスさんを呼ぶ。
ウィリアムに挨拶をして、昼食を置いてから、
こっちに来るニコラスさん。
不機嫌そうに、見えるのだが?
「さて、アル、弁明を聞きましょうか。」
笑っているようで、目がまったく笑っていない。
背後に般若が見えそう、否、見える。
「特にないな。」
そして一切の反省がないアルイト王子。
清々しいな、せめて形だけでも反省しようよ。
「本当に、いい加減にしろ。僕よりも、ジャック君が先に気づいてくれたから良かったものの、倒れたらどうするんだ。」
おぅ、ニコラスさん、口調が崩れてますよ。
アルイト王子から、歯ぎしりの音がした。
ニコラスさんも、気づいてたみたい。
しまったって顔して、焦ってる。
「アルイト王子殿下、部外者が差し出がましいとは思いますが、子供の戯れ言だと思って聞いていただけますか?」
この場の年長者として、口を出すことにした。
不器用が多いな、この世界は。
二人とも何も言わなかったので、話しを続ける。
「ニコラスさんは、アルイト王子殿下を心配されています。王子だとか、そういう主従を無しにして、友人として心配されているのではないでしょうか? 僕からは、そう見えます。」
ニコラスさんは、当然だ、と頷いていますが、
アルイト王子は、驚愕で目を見開いてます。
そこの意思疎通ができてなかったんですか。マジですか。
「アルイト王子殿下、まさかとは思いますが、自分自身を卑下していませんか?」
アルイト王子の目を見据えて告げる。
呼吸を詰まらせ、目が泳ぐ。この子は、まったく。
視界の端で、ニコラスさんが顔を歪めたが無視する。
「アルイト王子をそう思わせたのは誰です? ちょっとオハナシしてくるので。」
「そんな事、しなくていい!」
「そんな事じゃありません。断じて。アルイト王子はとても素晴らしい人だ。もっと胸を張って下さい。」
アルイト王子の原因は、心当たりがあるけどね。
そっちの人には、後々オハナシしますよ。
「ジャック? アルイト兄様? どうかしたのか?」
声が聞こえたのか、ウィリアムが入ってきた。
「・・・ジャック、兄様をいじめたのか?!」
ちょっと待って、何でそうなった?!
「兄様をいじめたら、許さないぞ!」
本気で怒っているウィリアム。
ちょっと?ニコラスさん、肩震えてますけど?
「・・・ふはっ、違うぞ、ウィル。ジャックは励ましてくれただけだ。」
「そうなのか?」
「アルイト王子殿下をいじめるなど、恐れ多いですよ。」
吹っ切れた顔で笑うアルイト王子。
今のところは、これで良いかな?
午後からは、ウィリアムの魔法の勉強があり、
おれは横からそれを聞いて、少しずつ矛盾を減らす。
やっぱり、いろんな人の意見を聞かないとダメだな。
まだまだ勉強がいるようで、飽きないな。