黒い布石
生活が変わらないので、また省略!
第五王子こと、ウィリアムと、
乳兄弟のおれが、3歳になってしばらくたったある日、
「うぃり、あう。」
「「「「喋った!」」」」
初めて、ウィリアムが喋った。
その時は、母様は外出していて、
第一王女のセアラ、第三王子のジェイド、
第二王女のローザ、乳兄弟のおれがいた。
「お父様を呼んで来ます。少し待っていてね、ウィリアム。」
セアラは、父である国王様を呼びに退室していき、
ジェイドとローザ、おれだけが部屋に残される。
「あぅ、に?」
もごもごと口を動かすウィリアム。
頭を振る動きにあわせて、ふわふわの金髪が揺れる。
「ん?どうしたの、ウィリアム。」
「うー、にーに!」
不満そうなウィリアムに、ジェイドが近づくと、
ウィリアムがそう呼んで、にっこり笑った。
どこでにーに、なんて覚えた。びっくりした。
ちなみに、ウィリアムはイスに座ってる。
これからご飯の予定なんだけど、落ち着かない。
おれは隣に座ってる。
正直、国王様がきたら、食事どころじゃなくなる。
ここ最近わかってきたのが、自分の容姿。
おれの髪は、灰色のようだ。
鏡を覗いて確認したら、瞳は鮮やかな青。
顔は、自分でも驚くほど整っていた。
ナルシストじゃないよ?
本当に綺麗な顔してるんだよ。
今は、走るのも平気で、たまに探検してる。
もちろん、母様達に見つからないように。
探検は夜中だけ、人が起きてくる早朝には戻ってる。
ウィリアムも夜泣きをしなくなって、大人しい。
それと、無事歩くようになった。
食事は、一歳半年ごろから離乳食になってる。
どうやらこっちの世界は、成長が遅いようだ。
ウィリアムも3歳になって、やっと喋ったし。
「すまない、ジェイドはいるか?」
部屋にやってきたのは、ジェイドの執事。
名前は、ノア・リゼルハイトさん。16歳らしい。
ジェイドの兄弟子で、保護者に近い感じだ。
10歳になると、一人に執事と騎士が付けられるそうだ。
国王様の執事は、セバス・クロージャーさん。
亡くなった友人の息子で、国王様に拾われたそうだ。
ウィリアムの、3歳の誕生日のお祝いで会った。
ものすごいクマがあったから、苦労してるんだと思う。
騎士はいない。代わりに、近衛騎士がいる。
王妃様の執事は、エリス・マクレアさん。
元々は、ウィリアムの母親の執事だったらしい。
穏やかな人で、王妃様とは仲が良いそう。
真偽のほどは、滅多に会わないからよく分からない。
「あぁ、良かった。ここにいたのか。」
「どうかしたの?」
次にやってきたのは、ローザの執事候補。
たしか、アンジェリカ・フルスト、だったか?
シルクと、双子そろって駄々をこねたので、
候補として、執事を付けたそうだ。
あまり、話したことはない。
「魔族が侵入した。それで、・・・・。」
「ノア? ジャック君がどうしたの?」
なぜか、おれを見て言葉に詰まるノア。
何でおれを見るのさ、何もしてないんだけど。
「その、第三騎士団が応戦して、数名が連れ去られた。」
「第三騎士団? あっ。」
第三騎士団、父様の所属している団だったっけ?
まさか、連れ去られた人の中にいる?
考えているうちに、足音が聞こえた。
「ジャック!」
「え、はい!」
びっくりした、何?
走ってきたのは、第一王子のケヴィン。
「君の父上、アスランが、連れ去られた。」
「・・・・・・その事、母様には?」
「は? いや、まだだ。」
「そうですか。」
「・・・落ち着いているな?」
何を言うか、この王子は。
少ししか一緒にいなかったが、血の繋がった親だぞ。
頭の中パニックだわ。
「落ち着いてませんよ。ただ、僕よりも、母様の方が泣くでしょうし、僕が取り乱すわけにはいきません。」
絶対、母様の方がショックうける。
おれだってショックだけど、生きてる可能性もある。
連れ去られただけなら、帰ってくるかもしれない。
全員が、口をつぐんだ。
ウィリアムは首をかしげている。
せっかく、ウィリアムの成長を喜んでいたのに。
結局、連れ去られた騎士の件で国王様は来れなかった。
それに、母様は、父様の事を聞いて、倒れた。
母様が、目を覚まし回復するまで、一年もかかった。
目を覚ましても、焦点が定まらず、
ブツブツと、父様の名を呼んで、また眠る。
母様は、そんな事を繰り返していた。
おれの声の聞こえないようで、目も合わせてくれなかった。
その間、母様の代わりに王子達の執事が来てくれた。
国王様と王子達も、毎日誰かが見に来てくれていた。
「ウィリアム、こぼすなよ?」
「あい!」
ウィリアムは、だいぶ喋れるようになったらしく。
最近は、文字を覚えるために本も読み始めたそうだ。
おれは、しばらくの間、別室だ。
一階にある、掃除婦達の部屋に預けられている。
今は、書斎で読書中。
読んでいるのは、国王様達の家系図。
「ケヴィン王子と、王子達は、腹違いの兄弟なのか。」
ケヴィンは、前の王妃様の息子で、
第二王女からは、今の王妃様の子だった。
ウィリアムとケヴィン王子は、立場が似ているみたいだ。
何か困った時は、頼りにしよう。
家系図から目を離し、別の本を手に取る。
帝王学の本だった。
「正しいっちゃ正しいけど、何でこうも難しく書くかな?」
読みづらい。
ペラペラと読み進めていくと、
魔族についての考えが書かれていた。
「先入観を捨て、正しき眼で見据えよ、か。」
これを書いた人は、魔族に偏見を持たない人なのかな?
まぁ、これは魔族だけじゃなく、人にも当てはまる事だよね。
そろそろ、戻ろうか。
3冊も読めたし、また今夜来よう。
本を元の場所に直し、書斎を後にする。
人のいない廊下を歩き、掃除婦達の部屋に戻る。
「それにしても、あの平民の子、いつまでいるのかしら。」
扉を開けようとして、固まった。
平民の子って、おれのことだよな?
「あぁ、騎士の父親が連れ去られて、母親は倒れたんだっけ?雑草の名に恥じぬ、軟弱さよねぇ。」
雑草って、名字のウィードを言ってんのかな?
それにしても、王城内で堂々と悪口か。
言うことかいて、母様を侮辱とはな。
「たかが、平民が王子の乳母なんて、つけあがりも良いところでしょうに。」
「その王子も、側室のあの女の子供よ。名前も覚えていない、末っ子ですけどね。」
力まかせに、扉を開けた。
「今、敬愛ある国王様のご子息を侮辱する言葉が聞こえましたが? 僕の聞き違いでしょうか?」
ウィリアムを侮辱するなよ、
それこそつけあがりも良いところだろうが。
平民であるおれや、母様達までは、我慢してやる。
掃除婦の大半は、貴族の末席に連なる血筋の人間だしな。
「なっ、聞き違いよ! 私達は、ただ雑談をしていただけ。言いがかりはよしてもらえるかしら。」
ふーん、嘘つくんだ。
あんだけ大声で、雑談もクソもあるか。
「そうですか、失礼致しました。たかが平民であれど、国王様よりウィリアム王子殿下の乳兄弟を承っておりますゆえ。くれぐれも、お気をつけ下さい。」
おれの言動に、さぁっと顔を青ざめる掃除婦達。
遠回しに、次耳にしたら国王様に言いつける、
周囲には気を付けろ、って脅したからねぇ。
掃除婦達に一礼して、部屋を後にする。
さすがに、この空気の部屋にはいたくない。
「あれ? ジャック君?」
「シルク王子殿下、こんにちわ。」
「こんにちわ。ちょうど良かった、ウィリアム、乳兄弟のジャック君だよ。」
廊下を歩いていると、向いからシルク王子が来た。
その後ろからは、ウィリアム。
「じゃっく。」
「お久しぶりです、ウィリアム王子殿下。」
だいぶ歩けるようになったようだ。
なんだか、しみじみするなぁ。
「あれ? 父上に兄上、何をしているのですか?」
シルク王子が、おれの後ろに向かって話しかける。
振り返ると、棟の入口で固まっている国王様達。
「・・・いや、そろそろジャック君の誕生日だろう?」
一瞬、戸惑いを浮かべたケヴィン王子。
18歳になったので、よく国王様と一緒にいるようになった。
頑張れ、次期国王様。
それにしても、おれに用件とは珍しい。
「僕の、誕生日ですか?」
ふむ、そういえばそろそろか。
母様が倒れてから、あんまり気にしてなかったな。
「4歳のお祝いに、何か欲しい物とかあるか?」
用意する気ですか?
そこまで、欲しい物とかないんだけどなぁ。
「特には、ありません。」
「では、好きな物を教えてはくれんかの。」
正直に言うと、今度は国王様が出てきた。
何でそう食い下がるかな?
好きな物、か。お菓子でも言っておくか。
「好きな物、ですか? 飴ですかね。一度食べさせてもらいましたけど、とても美味しかったので。」
ケヴィン王子が、3歳になった時に一粒くれた飴。
水晶みたいな赤色で、甘酸っぱい味のは美味しかった。
苺にしては甘かったから、たぶん別のもの。
「飴? わかった。ウィリアム、庭に行こうか。」
国王様は頷いて、ウィリアムを連れて言った。
ケヴィン王子は、なぜか青い顔をしていた。
「あぁ、兄上だったんだ。」
ぼそっとシルク王子が何か言ったが、意味がわからない。
ケヴィン王子、あなた何をしたの。
「ウィリアム、ジャックを大事にしろよ?」
「ん、どうして?」
「一緒にいて損がないぞ。ジャックはウィリアムを大切にしてくれる。思いには応えてやれ。」
「? わかった!」
「ケヴィン、その意見には賛成だが、お主はあの子に甘すぎると思うぞ?」
「・・・なんのことでしょうか。」
「わしの飴を、ジャックにやったであろう?」
「・・・ばれましたか。」
「まったく、次からは一言伝えておくようにの。」
この一家が、彼に特別甘いことを自覚する日はこないだろう。
彼の父親が消えたこの日、
未来の彼の、大きなトリガーになること。
その時がくるまで、誰もが想像もしなかっただろう。