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小さな者達

ちょっと遅刻。


堕王子、ジャクレインが帰った。

いや、うん、まさかあそこまで根強い自殺願望があったとはねぇ?第一王子として育てられていたが実は双子の兄がいて、たくさんいる弟妹の中には玉座を狙う子がいた。


兄の存在を隠されていたこと。母に似ていた兄の方が期待されていて、己は二の次だったこと。弟妹の方がやる気もあり、優秀だったこと。

まだ幼かった彼が失望し、全てを諦めるには十分だっただろう。かつての自分と似ているから、想像はつく。

まぁ、ジャクレインを慕う者はいたようだし、もう少し心の内を出しても良かったんだろうけどね。その気力さえ無くなっていたんだから重症だった。


お節介かもしれないけど、あちらの国王にはジャクレインが秘密を知っていることを踏まえて、事件の説明を手紙に記した。首謀者の処罰はむこうに任せたが、そう軽くはないだろう。なにせ、よその国で問題を起こし、それに教会が関与していたのだから。


教会は民衆の味方であると同時に、権力や国には中立の姿勢を貫く『神の目』であることを求められる。

それが一国の、それも国の跡継ぎ問題に首を突っ込み、危うく王子を殺しかけた。

世界レベルでの大問題だ。


おかげで国王様は教会の本部でもある大神殿に手紙を送るはめになった。教皇様への報告と、処分を伺うためだ。その結果、教会に罰するための部隊が派遣され、関係者がしょっぴかれていった。


そんなこんなで、一週間。

今日はジャックがノエル君とシルバ君同行のもと、街に出かける日だ。10歳になったからね、やっと遊びに行けるんだよ。喜びで顔を紅潮させて出かけていく姿は可愛らしいものだった。


見送りを終え、帰ってくる夕方まで仕事に戻ろうとした。


「ジャック、少し良いかの?」


何でしょう?国王様や。

何故か執務室へと連れていかれ、ソファに座らせられる。ケヴィン王子もいた。


「ハイスビル王国からじゃ。」


渡されたのは赤い封蝋の手紙。

錨を模した印璽が捺されていて、中身を取り出す。

手紙は五枚。


要約すると。

――ジャック・ウィード殿。

ジャクレインを救出してくれてありがとう。

私の慢心と失態がジャクレインを深く傷つけ、心を歪ませてしまった。君が教えてくれたことで、ジャクレインの本音を聞くことができた。本当にありがとう。

ジャクレインは次期国王を目指すと言ってくれた。

君はあの子に沢山の事を教えてくれたそうだね、ジャクレインが話してくれたよ。


私とジャクレインの関係、そして国の未来に、君は多大な功績を残してくれた。故に、少しばかりのお礼を送らせていただくよ。


追伸、いつか君が困った時には、私達を頼ってほしい。

ハイスビル王国は君の味方となることを誓うよ。

ハイスビル王国 リンデル・ハイスビル――


ジャクレインは立ち上がれたみたいだね。

父親ともちゃんと話せたようだし、良かった良かった。


うん、ところでお礼って何?

国王様を見れば、にこにこと微笑んでいて、セバスさんが布のかけられた盆を持って来た。

え、待って何?怖いんだけど(´・ω・`;)


「お礼、ということじゃ。」


ハサリと取られる布。

キラキラと光を反射する黄金色の硬貨が十枚重ねられ、それが十つ。きんかがひゃくまい・・・?


ザアッと血の気が引いた。

いらない!!こんなに大金いらない!!

無理無理無理無理!!胃が痛い!吐くよ?!

というか、ジャクレインの救出に関してはおれだけじゃないよね?!アドルフさんとか!近衛騎士の人達も活躍したよね?!


「あの、ハイスビル王国、国王陛下のお気持ちは有り難いのですが、私だけの功績ではありません。受け取ることは・・・。」


「ジャック、謙遜は美徳じゃがの?いささか己を過小評価してはおらんか?」


え?

え、ちょ、国王様目が怖ぇです?!

嘘だろ、ケヴィン王子なセバスさんまで?!


「リンデル殿から聞いておるぞ。職人の互助組織、兼職屋『夜蝶』といったの、設立に関わっておったとな。」


ジャクレインか!!!

あんにゃろう!内緒にっつっただろうが!


「ぅ、その、申し訳ありません。」


お怒りが増す前に頭を下げる。

だって怖いもん((゜□゜;))

下げていた頭に、多きな手が乗せられた。

わしわしと掻くように撫で回され、思わず顔を上げる。


「怒ってはおらんよ。秘密にしようとしておった訳も聞いておる。わしが言いたいのはの、ジャックは十分に働いておる。この金額でも少ないぐらいなのじゃよ?」


いやいやいやいや!十二分に大金だから!!


「・・・では、半分だけ。これ以上の額は私では管理できません。」


いや本当に、金貨25枚でもかなりの額なんだって。

それこそサラリーマンの年収の30倍はある金額だぞ?!頭がおかしくなるわ!


「ふむ、そう言われてしまっては強くは言えんの。」


お、諦めてもらえ――


「では、父上の元で保管しておきましょう。いずれ必要となる時が来るでしょうから、その時に使えば良い。」


――ないんかい!ケヴィン王子?!

何でそう大金を渡そうとするのさ!

庶民育ちのおれには鬼の所業なんだけど?!


「うむうむ、それもそうじゃの。では、ジャックの貯金として責任を持って預からせてもらうの。」


25枚を袋に入れ、おれに渡される。

残りの金貨は国王様が精巧な装飾の施された箱へと仕舞う。


「ジャック。何かを始める時は、一言話してくれ。何も知らされないのは、少し傷つく。」


ケヴィン王子から言われ、反省する。

うん、次からは一言相談をしてから動こう。


「申し訳ありませんでした。」


謝罪をすればまた頭を撫でられる。

執務室を後にし、自室に金貨を置きに行くと通信の魔道具に反応があった。

イヤーカフ状の魔道具に触れる。


「ジャックです。何かありましたか?」


『坊ちゃん、その、盗人が出たんだがな。――頼む!金は払う!騎士だけは!』


パン職人のジョシュアの声。

その奥から聞こえたのは、ウィルと出かけたはずのシルバ君の声だった。


「すぐ向かいます。騎士は呼ばないで、もし来ていたら引き留めて下さい。」


ローブを羽織り、通信が切れると国王様へと通信を入れた。


「陛下、ウィリアム王子殿下の方で問題がありました。外出の許可をよろしいでしょうか?」


『うむ、構わんよ。』


城から飛び出し、街を駆け抜ける。

店の前に人集りができていた。


「ジョシュア!」


「坊ちゃん!良かった、この子だ。」


ジョシュアに片腕を掴まれているのは、ヨレヨレの古着に素足の少女。バサバサの茶髪をしていて、痩せこけている。抱え込むようにバゲットを持っている。


「ジャック?」


驚いたようなウィル。

側にはノエル君になだめられているシルバ君がいた。


「シルバさん、確認させてください。彼女が妹さん、ですね?」


彼が以前話していた妹なんだろう。

でないと、ここまで取り乱す理由がない。

シルバ君が頷く。


ジョシュアに目配せし、少女の前に膝をつけて視線を合わせる。ミルクティーのような目をしていた。


「こんにちは。僕はジャック、君の名前を聞いても良いかな?」


「・・・キアラ。」


「キアラちゃん、そのパンはちゃんとお金を払った?」


「ぁ、あの、ね、パンあったら、みんな、おなかいっぱい、なるの。おっきな、パンなの。」


必死に話すキアラちゃん。

まだ5歳くらいなのに、ちゃんと話せてる。


「パンが欲しかったんだね。でもね、お金を払わないのは、盗むのは悪いことだよ。ジョシュア、パンを作った人はね、朝早くから準備をして、パンを売るの。お金を払うのは、その働きにありがとう、って伝えるためなんだよ?」


大きな目に膜がはられ、ポロポロと大粒の涙が溢れだす。


「ほら、悪いことをしたらどうするの?」


そっと促せば、ジョシュアにパンを差し出し、頭を深く下げる。


「ごめ、なさい。」


「ジョシュア、今回だけ目を瞑ってほしい。代金は僕が支払うよ。」


「・・・坊ちゃんがそう言うなら。お嬢ちゃん、もうしないでくれな。」


お代を払い、キアラちゃんを抱き上げる。

細く、とても軽かった。


「シルバさん達はゆっくり戻ってきて下さい。キアラちゃんは僕が見ていますから。夜、部屋でゆっくり話しましょう。」


そう伝えて、城へと戻った。

キアラちゃんをお風呂に入れて、お古で申し訳なかったが服を着せ、お茶をふるまう。


さてさて、ひとまずはシルバ君達を待ちますか。


次は三日後にあげます。

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