街の教え 中
ちょい遅れました!
ザワザワと人がごった返し、騒がしいギルド内。
三人を引き連れて入ったため、注目をあびた。
さすがに堕王子をそのまま連れていくわけにはいかず、近くでローブを買って着せている。
濃藍色に白の刺繍が施されたローブを堕王子、騎士の二人に羽織らせ、守りのまじないをかける。ここ最近になって、やっと使えるようになった聖属性の魔法で、外敵からの攻撃を緩和する効果があるものだ。
一見、謎のローブ集団を子供が連れていたら、見られるのも仕方ないだろう。まぁ、おれを見て早々に散ったが。
うん、前科あるしな。前よか少ないけど。
依頼書を眺めていたら、気の弱そうな職員の人がやって来た。
「ぁ、あの、銀の、ジャックさん、ですよね?」
「はい。どうかされましたか?」
「その、東の洞窟に行った銅ランクのパーティーから、救難信号が。救助に行けるランクは銅より上でないと、いけなくて。」
ものすごく、オロオロしてらっしゃる。
銅ランクのパーティーは、洞窟に住み着いた魔物の討伐の依頼を受けていたらしい。出発したのが五日前の早朝。今日になって、救難信号、SOSが出されたそうだ。
緊急の依頼となるため、報酬は弾んでもらえると。
装備を確認。
洞窟となると、堕王子の靴は滑りそうだ。
東の洞窟は以前炭鉱として開発されていたな。石炭が採れたらしいから、火気厳禁か。となると剣も使えない可能性が高い。
「依頼、受けさせていただきます。念のため、水薬をいただいても良いでしょうか?」
「は、はい!」
猛ダッシュで奥に行ってしまった。
見覚えのある職員からは頭を下げられる。
気にしないで良いよ、困っている時はお互い様だもの。
持ってきてくれた水薬。
状態異常の無効化や回復、欠損治癒まであって、驚いた。これ、かなり高額な水薬じゃなかったっけ?ほいほい出回る物じゃなかったよね?
「帰りは遅くなるかもしれませんので、部屋の準備をお願いします。」
一礼してギルドを出る。
堕王子の靴を買って、馬車を出してもらい、東へ向かう。
「洞窟内では何が起こるかわかりません。はぐれた場合、下手に動かず、その場で待機してください。洞窟内では火属性及び光属性の魔法は禁止です。同様に、剣の使用も禁止します。」
「え?!」
騎士から驚愕された。
「洞窟内は狭く、視界が悪いので、味方に当たる可能性がありますし、東の洞窟は元は鉱山ですから、石炭に引火すれば大惨事になります。」
「では、どうすれば?」
「何もしないで下さい。あくまで依頼は救出。負傷者を運ぶのを手伝っていただければ、それで十分です。」
魔物と野性動物はよく似てる。
己のテリトリーを持ち、その中で生活をしてる。
まれに、食料不足からテリトリーを出ることがあるが、必ず戻ってくる。
侵入者には非常に攻撃的であり、家族に何かあれば徹底的な報復をしようと動く。
魔物には魔物の生活がある。
彼等にだって、ちゃんとした知性があるのだから。それを無視した行動はしたくない。
コトンッと大きな揺れを伴って馬車が停止する。
かつて、鉱山によって発展した町、ミネラル。
活気があるはずだが、何故か人が見えない。店も閉ざされ、時折家の窓から人影が覗く。
何か、あったか?
何はともあれ、洞窟の入り口に着いた。
「さて、行きましょうか。『花開き』。」
植物を一つ成長させる。
淡く発光する蔦が壁を伝っていき、光をくゆらせる鬼灯を実らせる。淡い光に満たされた洞窟へ足を踏み入れた。
魔法は便利だ。
言葉と魔力さえあれば、内容は自由に変えられるから、元々はただの植物を咲かせるだけの魔法でも、認識と使い方でかなり幅が広がる。
人が通れそうな大きな道を進む。
しばらく歩くと分かれ道に行き当たった。
「分かれるか?」
「いえ、右ですね。」
怪訝そうにする堕王子。
右の壁には煤けたような焦げが付着し、焦げ臭い。
道の途中に、金属の、折れた剣の刃先が落ちていた。
「おい、これで生きてるのか。」
思っても口にするなよ、お前。
言霊ってもんを知らんのか。縁起でもねぇ。
まぁ、うん、ちょっと生存が危ぶまれる状況では、あるんだよなぁ。
「少し急ぎましょう。」
植物の成長速度を速める。
ワサワサと先行していく植物。
ちょっと不気味ではあるね。
進んで行くと、すすり泣きのような、押し殺された声が聞こえた。
「誰かいますか?救助に来ました、どこにいますか?」
大きめに声をかける。
少し間をおいて、シャリンと音が返ってきた。
堕王子達にも聞こえたようで、走り出す。
音源は大きな道から外れた横穴で、五人の姿があった。
一人は体の全面に重度の火傷。炭化している部分もあり、生きているのが不思議なレベル。
一人は背面に四本の裂傷。脊椎をやっている可能性大。既に失血により意識はない。
一人は、足の肉が削げ、骨が剥き出しに。意識はあるが、残りの二人を守る意地のようなものだ。
守られている二人は、腕に火傷などはあるが軽症。
「銀ランクのジャックです。銅ランクのパーティー、『鈴鳴り』ですね?」
「は、はい。」
「まずは治療を。」
水薬を渡し、それぞれの治療を試みる。
やはり、というべきか、一番重傷の男性。火傷は治癒できたが、意識が戻らない。
残りの二人は目を覚ました。
「イライジャ!おい!起きろ!!」
「焦らないで、死んでませんから。」
目を覚まさない仲間に声をかける女性をなだめ、イライジャと呼ばれた男性の顎を上にあげ、口腔などを見る。
鼻の中が黒く汚れており、喉の腫れも確認できた。
「中は、魔法の方が速そうですね。」
水薬は効果のある場所が決まっている。
今回の場合、飲ませるのではなく体にかけたため、内部の傷までは治癒されなかった。まぁ、意識のない人間に水薬を飲ませるのは大変だからね。
「毒となり蝕むものを排除せよ『神糸』」
ふわり、と金色の糸が広がる。
あやとりのように、魔力の糸を操り、体の中へ入れる。体内にある不純物、毒素、灰や粉塵を絡めとり、取り出す。
ドロリ、と取り除かれた塊に、全員が一歩引いた。
うん、めっさ気色悪い。ペッと奥に投げ捨てる。
「じきに目を覚ましますよ。それと、お酒と煙草はほどほどにするよう、伝えて下さいね。」
思いっきり肺がんになりかけてたぞ。
細かい操作は面倒だったから全部取り出したけど、もうしないからな。自己養生してくれ。
イライジャは仲間に背負われ、外へと出る。
洞窟の奥から重い足音が響いてきていたため、最後尾につく。
「後ろは気にせず、植物に沿って進んで下さい。できる限り急いで。」
パタパタと進む『鈴鳴り』のメンバー。
女性の内、音を返してくれた若い子がおれの袖を引く。
「ぁ、あの、虚猿ですが、数が倍以上で、奥に、町の子供や女の人が。」
「アタシ等が着いた時には、奴等町から人を拐った後だったんだよ。アタシ等だって狙われた。」
・・・そうか、だから、町に活気がなかったのか。
「ジャクレイン様、皆さんと一緒に行ってください。お二人方、任せます。」
騎士の二人が力強く頷いてくれたので、足を止める。
「外で待っていて下さい。町の人を呼べれば、人を集めて。奥に行ってきます。」
は?!と声をあげ、足を止めようとした堕王子を騎士が引っ張って行く。心配げな視線もあったが、踵を返して道を戻れば、虚猿がいた。
大きな猿、ヒヒのような姿で、灰色の鋭い毛を身にまとう。穴ぐらを住み処とし、群れで暮らす習性がある。
依頼の討伐対象であった、虚猿。
爛々とした金の瞳孔がおれを捉える。
「人の言葉は理解できるか?」
ニィ、と笑う虚猿。
「オマエ、ウマソウ。イイ。オレタチ、コドモ、ウマセル。」
「ハッ、繁殖に使いたいってか?」
魔物、魔族には厄介な特性がいくつかあるが、その中でも脅威として知られているのは、その繁殖方法。
子供を生ませる事に関して、性別が関係ない点だ。
連れ去られた子供、女性は体を作り替えられる。より長く、より多くの子を生ませるために。時には男性までもが被害にあった。
女性や子供が狙われるのは、抵抗力が低く、奴等の好みに合うため。子供であれば、可愛い子や顔立ちの良い子が狙われる。
初めて知った時のおれの顔はヤバかっただろう。
どこの薄い本だと思ったからな?冗談だと思ってたら本当だった時のこの心境よ。
「お断りだ。『水槍』!」
手元に現れる水の槍。
口調が素に近いが、誰もいないので良いだろう。
「人に仇なすのであれば、相応の罰を受けろ!」
シャパリッと水が弾ける。
倒れる虚猿の向こうに、群れが見え、駆けた。
斬って、薙ぎ払って、突いて、蹴って、狭い洞窟内だからこそ、縦横無尽に動き回る。
洞窟の奥、広い空間に、町の人々がいた。
身を寄せ合い、痩せ細り、やつれた顔で涙を溢す。
酷い臭いがした。一角は赤黒く汚れ、見せしめなのかボロボロの女性が鎖に吊るされている。
「花よ、木よ。恵みの者達よ、手を貸してくれ、『実穂』。」
ザアッと音をたてて黄金の稲穂が咲き乱れる。
埋め尽くされた視界に人々が目を見開いていた。
緩やかに成長する植物達によって織られた布を羽織らせ、外へと運び出す。傷つけられた体は聖属性の花に癒され、外に出る頃には傷一つない。
洞窟内に人はいないと確認し、洞窟へ手を向ける。
「『爆炎』。」
ボッと飛んでいった炎。
洞窟内に消えたところで、パッと光が増幅し、盛大に爆発した。横穴や小さな洞窟から炎が吹き出し、消えていく。中から響いてきた虚猿の絶叫は、スルーした。
既に日が暮れはじめ、茜色の空が広がる。
外には、大勢の町人が集まっていた。家族なのだろう、泣きながら抱き締められた女性や子供達。涙を溢れさせ、再会を喜んでいた。
町をまとめているのであろう、老人がやってくる。
「鈴鳴りの皆様からお聞き致しました。儂等が腑甲斐無いばかりに、申し訳ありません。皆を助けていただき、感謝しております。」
「僕のような子供にそう畏まらないで下さい。ハンターとしての務めを果たしただけですよ。それに、一つ提案があります。」
覚悟を決めるように、表情を引き締めた老人。
「被害者の中には、まだ幼い子供もいますから、その記憶を封じたいのです。もちろん、大人になり、記憶と向き合いたいという思いが固まれば、思い出せるようにします。完璧に忘れたいのであれば、こちらで処分します。どうでしょう?」
PTSD、心的外傷後ストレス障害。
犯罪や災害を受けた者、強いストレスに晒された者に現れる病。
「それは、どのように?」
「闇属性の魔法を使用します。人の記憶を奪い、封じるものです。今回は瓶に封じます。瓶を覗けば記憶の断片を見れますし、蓋を開ければ記憶が戻ります。」
老人は悩む。
そして、泣いている女性達やその家族の元へと歩いていった。話がまとまるまで、待機だ。
「おい、良いのか?」
「何がです?」
「闇属性の魔法は、あまり良く思われないだろうが。」
「構いませんよ。人の評判など。彼女達の将来が、少しでも幸せになるのであれば、そのために全力を尽くすだけです。僕はこの国が、明るい笑顔に溢れた皆が、大好きなんですよ。」
泣いている人が心から笑える世界。
傷ついた人がまた歩き出せる世界。
一人一人が、力強く生きているこの世界で、幸せな人が増えるのであれば、不名誉も汚名も、喜んで受け入れるさ。
堕王子から視線を外す。
話がまとまったみたいだね。こっちにやって来た。
「記憶を、封じて下さい。」
「わかりました。完璧に忘れたい人は待っていて下さい。先に、記憶を封じるだけの方。」
促せば、半数が前に出る。
その中には、まだ幼い少年や少女もいる。
少し震えているが、決意は固いようだ。強い目をしている。
「過去を閉ざすは夜の星、瞬きを封じる影よ満たせ『星瞬』」
しゅるり、と広がる黒い魔力が、それぞれの頭へと消えていく。小さな光とともに、目の前に小さな小瓶が現れた。夜空を閉じ込めたような、黒に銀の散った液体が入っている。
次は、記憶を忘れたい人達。
「過去を葬る闇よ、我が声に従い舞い笑え『闇の舞』」
広がる黒は、黒い宝石となって戻ってくる。
苦しい記憶を閉じ込めた、純黒の宝石。カチャリと手の中に収まるそれらを、腕輪へと仕舞った。
ポカンとしている人達を、家族が連れて帰っていく。
「鈴鳴りの皆さんはどうしますか?」
「一泊して帰るよ。さすがに疲れたからね。」
「では、またご縁があれば。」
一礼して、別れる。
老人はお礼をしようとしてくれたけど、やんわりと断って帰路についた。
ギルドの部屋はかなり綺麗に整えられていて、堕王子からの不満はこなかった。
騎士の二人と交代で見張りを勤めるのだが、依頼の後だからと休ませられた。心配し過ぎだろうに、この程度でへばってたらアドルフさんに叱られるって。
報酬は銀貨十枚。
高すぎる気がしたが、一人銀貨二枚とすれば妥当な額と言われては何も言えない。
本当はもっと高くするつもりだったらしい。
ひとまず、街での一日目終了。
定期更新を目指したい……。
少し別の作品を書き溜めますので、五日ほどお待ちください。