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堕王子の訪問

ちょっとだけ、ジャックの口が悪くなっています。忙しくて疲れてるだけなので、優しい目で見て下さい。


カラカラと車輪の回る音を共に、真白の馬車が城内に入ってきた。よく手入れされた純白の馬は、さながら御伽噺のようだ。


馬車が止まり、御者が足場を置いて扉を開ける。

シャラリ、と中から音が聞こえた。

長い足が現れ、長身の男が下り立つ。


長い、サラサラとした白銀の髪をハーフアップにしている。シトリンのような目がこっちを見た。

出迎えとして待機していた近衛騎士の人が挨拶をして、謁見の間に案内する。おれも一緒についていく。


扉が開かれ、初めて会ったあの日と同じような謁見の間に少し懐かしさを感じた。あぁ、ウィルが緊張してるね。

堕王子を所定の位置まで案内する。


・・・おい?何で突っ立てるんだ。


「ジャクレイン様、膝を。」


「は?何故おれがひざまづかねばならない。服が汚れてしまうだろうが。」


●すぞてめぇ。

っと、平常心、平常心。


「謁見のマナーですので。」


身につけていた上着を脱ぎ、下に敷く。


「朝卸したばかりのものです。どうぞ。」


渋々だが、ひざまづいてくれた。

既に頭痛がヤバい。一週間コレの相手か。

先が思いやられるな。


「長旅、ご苦労であったな。自国だけでなく、他国を訪問し学ぼうとするとは、良い心掛けであろう。お父上もさぞかし喜ばれたのではないか?」


「色々と参考にせよ、と。」


「そうかそうか。期間中の護衛及び案内は、隣におるジャック・ウィードが担うゆえ、彼を頼ると良い。」


「こんなチビが?」


お前本当に●すぞ?

誰がチビだ、これでも平均よかデカイ方だっつぅの。お前がデカすぎんだ。


「はっはっ、ジャックは最年少で銀ランクのハンターになっておる。護衛としての腕は保証できるであろう。知識も申し分ないのでな。」


コイツが?とでも言うような顔で見てきたので、ニッコリと笑って返してやった。


午前中は、休憩も兼ねておれの仕事を見学させることになっている。午後は城の案内。騎士の訓練を見学後、夕食となっている。その後は、王子達との交流があって就寝。


明日以降のスケジュールはその日の朝一で渡す。

日程に文句を言われたくねぇし、怠けられても困るからな。


んで、現在おれは相談室で仕事中。

堕王子は隣の壁際で邪魔しないように茶飲ませてる。

最高級茶葉だ。わざわざセバスさんに分けてもらった。

菓子も厨房長が直々に作った渾身のもの。

文句は言わせん。


「し、失礼、します。」


今日、相談室に堕王子がいることは皆に知らせてあるからか、一番目の相談者であるメイドさんは緊張していた。


「おはようございます、ルカさん。」


いつも通り、いつも以上に柔らかな笑顔で迎えれば、ホッとしたように顔をほころばせてくれた。

席に座ったのを見て、ローズティーとクッキーを出す。


「今日はどうなさいました?」


「ふふ、以前話していたバラが咲いたの。ジャック君にもおすそわけにと思って。」


取り出されたのは、八重のバラ。

丸っこいフォルムに淡いピンクをしている。

うん、すごく綺麗に咲いたね。


「ありがとうございます。綺麗ですね。」


「ジャック君に教えてもらったように、手をかけすぎないようにしたの。育てるのではなく、見守る、でしょう?」


「そうですよ。花や植物は水と日光があれば成長する力が備わっていますからね。害虫は人が取り除かなければなりませんが、あまり手をかけてしまうと逆に枯らしてしまうこともありますから。」


ふと、ルカさんが何かを思い出したような、ハッとした表情をした。


「そう。虫のことで相談があるの。中庭にあるオレンジの木に赤い小さな虫がつきはじめて、どうすれば良いかしら?」


「オレンジに赤、ですか。小さいというのは、どの程度でしょう?」


「針を刺した穴よりは大きいと思うわ。」


ふむ、中庭にあるオレンジの木は二本だったな。

数が少ないのに湧くのは珍しいような気もするが。


「おそらく、ミカンハダニでしょう。数が少ないようでしたら霧吹きなどで落として構いません。少し臭いがありますが、春の終わりに二度、冬の初めに一度、牛乳を水で希釈したものを葉の裏を中心に散布すれば、つかなくなると思いますよ。」


「わかったわ。本当にありがとう。」


視界の端で何か動いたと思ったら、堕王子がルカさんの片手をとっていた。

驚いているルカさんの手に口を落とし、にこやかに声をかける。


「初めまして、麗しいお嬢さん。この美しい肌に虫が触れ、土で汚されているとは、なんと嘆かわしいことか。」


「ジャクレイン様。」


おれが声をかけたら不満げな目をされた。

席を立ち、ルカさんの手から手を外させて睨む。


「仕事中です。邪魔しないでいただきたい。」


返事は期待していないので、ルカさんを向き直る。


「申し訳ありません。」


手の甲をハンカチで拭えば、ルカさんがかなり厳しい目で堕王子を見た。


「私は好きでこの仕事をしていますの。侮辱しないで下さるかしら。」


堕王子がポカンとしたことに満足したのか、ルカさんは微笑んで部屋を去っていった。

ルカさんは園芸を中心に植物の世話を任されている。実家が、元々花屋を営んでおり、植物や土、虫が好きで志願してきた人なのだ。

「女性が虫嫌いだなんて誰が決めたのかしら」初めて相談にやってきた時に話していたことだ。


まぁ、堕王子はルカさんの逆鱗を撫でたことになるね。自業自得だよ。バカめ。


カップを片付け、バラを瓶にさしてテーブルに置く。

放心していた堕王子が復活して所定の位置に戻っていった。


「ジャクレイン様、僕は初めに大人しく、と言っておいたはずです。約束が守れないのでしたら、その口塞ぎますよ。」


紅茶を飲みつつ警告しておく。

鼻を鳴らされた。


次にやって来たのは騎士。

何度か相談に来ている常連の方だった。

レモンティーとマカロンを出す。


「その、相談が会ってな。」


「はい。どうされましたか?」


彼は寡黙な方だからな、ゆっくり聞こう。


「前に妻と子供がいると、話しただろう?ここ最近、忙しくて帰れていなくて、な。」


あぁ、堕王子訪問でバタバタしてたからなぁ。


「たまっているなら華店にでも行けば良いだろう。」


話していた彼が息を飲んで固まった。


「ジャクレイン様!」


本当に口縫い付けんぞ!?

反省の色もなく鼻を鳴らしてそっぽを向く。

顔を真っ赤にさせていた彼に頭を下げる。


「本当に申し訳ありません。準備で忙しかったのでしょう?分かっていますよ。何かあったのですか?」


やるせないよな。

この堕王子のために休みを潰して働いてくれたってのに、本人からは侮辱ともとれる言葉を言われるとか。


「・・・娘が、三日後誕生日をむかえるんだ。構ってやれなかったから、何かできないかと。」


「誕生日ですか、それはおめでとうございます。何歳になられるのですか?」


「四歳に。」


あら、可愛いの真っ盛りじゃないですか。

四歳となると、末の子かな?


「たしか、動物がお好きでしたね。ぬいぐるみなど、どうでしょう?」


「ぬいぐるみ、か。噛み癖があるが、大丈夫だろうか?」


「でしたら、あぁ、少し、知り合いに電話してもよろしいでしょうか?」


構わない、と言われたので、イヤーカフに触れる。


『はいよ。チャーリーだ。どうかしたのか?』


「おはようございます。ディランは側に?」


『おう。代わるな。――ディラン。何?』


「おはようございます。ぬいぐるみをお願いしたいのですが、幼い子供が噛んでも大丈夫な布はありますか?」


『ぬいぐるみ、布はある。形は?』


お、いけそうだ。


「ブルーノさん、どの動物が良いでしょう?」


「あ、犬、犬と猫、あとはトカゲが好きらしい。」


「わかりました。ディラン、犬と猫、トカゲです。四歳の女の子なので少し丸みのあるデザインにしましょう。色は派手すぎず、暗すぎないように。できますか?」


『できる。いつまで。』


「三日後の朝までに完成を。ラッピングはとびきり可愛く安全な花をふんだんに使って下さいね。」


『わかった。』


通信が切れた。

ニコリとブルーノさんに笑いかける。


「三日後、最近開業した『夜蝶』というお店に行って下さい。ディランという職人がぬいぐるみを作ってくれていますから。」


紙に「ジャック紹介、ぬいぐるみ」と書いて銀貨を二枚包んで、ブルーノさんに渡した。夜蝶と言った瞬間、大きく目が見開かれた。知ってるみたいだね。


「ありがとう。」


頭を下げて、部屋を去る。

堕王子を睨み付けた。


「ジャクレイン様、彼等騎士は貴方が訪問することになってから、周辺の警備など様々な仕事をしてくださいました。貴方のために、わざわざ休日を潰して。わかりますか?貴方はその善意を、彼等の頑張りを、侮辱したんですよ。」


「ハッ、王族のために尽くすのは当然のことだろう。」


すん、と表情が抜け落ちたのを自覚した。

食器類を片付け、堕王子の食器を引く。


「おい?!」


「時間です。食堂へご案内致します。」


部屋の扉に『本日休業』の札をかけ、堕王子を案内する。


昼食の席では、表情が抜け落ちたおれを見て多少ギョッとされた。堕王子のマナーは粗が目立つ、ずさんなものだった。


まだ不慣れなウィルより酷いとはね、全く笑えない。


側にいた王子達の執事達にさりげなく頭を撫でられた。

頑張りますよ、仕事だから。


そろそろ、番外編にも手を出したいなぁ。

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