初めての依頼
また間がすごく空きました。
申し訳ないです。
早朝、食事を済ませ、動きやすい服に着替える。
仕事用の部屋、相談室の扉に『本日休業』の札をかけ、城を後にする。ギルドへ顔を出せば、ラニアさんがいた。
「主か。依頼を見に来たかえ?」
「はい。あの、昨日は申し訳ありませんでした。」
怒鳴ってること確かで、おそらく何かしらやらかしてる。謝っときましょう。悪いのは分かってるから。
頭を下げると大きな手が頭を撫でた。
「なに挑発したのはわっちよ。そう気にするな。」
撫でる手が離れ、頭を上げる。
真剣な眼差しの金の瞳が向けられていた。
「ジャック、一つ忘れるでないぞ。武器を取るということは、殺す覚悟を持つということ。いずれ、その時は来よう。剣は守りもすれば、殺めもするゆえの。良いな?」
「・・・はい。肝に銘じます。」
武器は武器。
戦うため、殺すために生み出された道具。
覚悟は、しておかないとな。
「依頼であればあちらに行くと良い。あまり難しいものにするでないぞ?」
「はい。ありがとうございます。」
指し示された掲示板の方に向かう。
たくさんの依頼書が貼られ、よく見れば推奨ランクがごちゃ混ぜだ。あ、でも、さすがに金から上はないね。間違えたら一大事だろうから当然か。
あまり時間のかかるものは避けたいな。
今日中に終わらせられるような依頼、いくつかあるな。
薬草採取、魔物の討伐、商人の迎え。
報酬が良いのは商人の迎え。ランクは銅。
ただ、その報酬が飛び抜けて高い。何でだ。
他の銅ランクを見ても、魔物の討伐に並ぶくらいの高額さだ。
「坊ちゃん、どうした?」
声をかけてきたのは紫紺の髪を持つ青年。
顔を隠すくせっ毛から、細められた密色の目が覗く。
何と言うか、見極められてるような、試されてるような目だ。あんまり気持ちの良いもんじゃない。
「あの依頼、何故高額なのかな、と。」
「あぁ、ロー爺さんの迎えだからなぁ。仕事は細かいし、気にくわないと報酬を渋られる。わざわざ森を抜ける道を使うから探すのも一苦労するし、普通に門からくれば良いのにな。そんな訳でオススメはされてない。自然と報酬が高くなったって訳だ。」
首を傾げた。
荷を乗せた馬車は一つ。
森を経由するってことは、何かあるってことかな?
とにかく、そのロー爺さんとやら、気になるな。
依頼書を取る。
話していた青年が驚いたように目を見開いていた。
「教えてくれて、ありがとうございます。」
カウンターに持って行けば、心配そうな顔をされたものの受理してもらえた。
ギルドを出て、街の外れにある森へ向かう。
王都でもある街には軽い壁と門がある。
森はその抜け道のようなもので、ガラの悪い者がいたり、夜逃げする人の通り道だったり、訳ありの人が通ったりする。美味しいキノコや果物が育つから、一時期は賑わったりもする。
目を強化して森の中を探す。
走りながら探すこと十分程度。
「あ、ピンチ?」
幌馬車が囲まれてる。
ガラの悪い人達に狙われちゃったかー。
森の中ゆえ、影はたくさんある。
「『黒棘』。」
シュルリと影から茨が蠢く。
男達が茨に絡めとられ、悲鳴をあげた。
幌馬車の前にしりもちをついていたお爺さんに駆け寄る。
「お怪我は?」
「何じゃ、やけに遅いと思えば、こんな子供を寄越したのか。」
不機嫌そうなお爺さん。
ごめんねー、子供でー。
中身はあと数年で三十路ですけどねー。
お爺さんを立たせ、汚れを魔法で落とす。
うん、怪我はないみたいだね。一安心。
「ちょっと待ってて下さいね。」
お爺さんから離れ、男達に近付く。
「おいちゃん達、一晩ここで頭を冷やすか、それとも反省して森を出るか、どっちが良い?」
「は?」
「騎士に突き出さねぇのか?」
訝しむ男達。
だって、ねぇ?明らかにボロボロの服と土まみれの姿、髪や髭は放置されたのかボサボサ。靴が片方無い人もいるし、何より持っている武器が貧相すぎる。棍棒とも言えない木の枝って。
「いくら森の中が無法地帯でも、人を襲うのは感心しないよ。事情があるならなおのこと。」
「ハッ、お坊っちゃんに何がわかるってんだか。」
「すさんでるねぇ、で、どうするの?」
男達は無言。
森を出るのは嫌なのか。
「仕方ないね。一晩頭を冷やして見るといい。明日、また来るよ。」
お爺さんの元に戻る。
荷物を確認していたけれど、無事だったのか御者台に乗り、手綱を握った。
「小僧、荷は割れやすく高価な物ばかりじゃ、揺れの少ない道を案内せい。それと、わしの馬は魔法に敏感じゃ。何度も使うでないぞ。あぁ、横を走るでないぞ、車輪に巻き込まれたいのなら別じゃが。」
「分かりました。では、一つ魔法を失礼しますね。」
先程走ってきた人通りの無い道を思い出しつつ、手を振る。揺れを少なくってことだから平らに、馬が走りやすいよう土はほどよく固めて。
「硬き者よ、導け、『道標』。」
ブワッと土が動きだし、平らな道を作った。
うん、整備された道路みたいな感じかな?アスファルトじゃないけど。
んで、横を走っちゃいけないなら、前を走るか。
先導できるし、事故も防げるだろう。
「僕が先を走りますので、後ろをついてきてくださいますか?」
「よかろう。」
お爺さんが頷いたので走り出す。
ちゃんと着いてきているか後ろを見つつ、道を走る。
森を抜け、街に入ったので走りながら周りの人々へ声をかけた。
「馬車が通りまーす!ご注意くださーい!」
それでも飛び出す子供はいつどこの世でもいるもので、案の定小さな子供が飛び出してきた。
「『揺り篭』。」
ふわりと動いた風が子供を包み、道から退ける。
いや、子供はまだわかるけどさぁ?大の大人が忠告無視して通るのはどうなのさ。
同じように風で退かし、やっとギルドについた。
馬車を所定の場所に停める。
他の馬車は大きな広場が用意されてるんだけど、お爺さんは何故か裏の小さな小屋へ入れるように指示してきた。特別なのかな?言われた通りに馬車を停めて、馬は馬番の人に預け、お爺さんを連れてギルドに入る。何故かざわついた。
「ロー爺さんだ。」
「え、もう連れてきたのか?」
「仕事早ぇな、あの子。」
「あいかわらず喧しい連中じゃ。」
うん、こればっかりは賛同するよ。
ひそひそ話でも何十人も集まればかなりの音だ。うるさいったらありゃしない。
「依頼完了じゃ。」
「は、はい。ジャック君、お疲れ様でした。」
「報酬はこれじゃな。うむ、小僧は中々良い仕事をするな。賢しい者は嫌いではないぞ。」
小さな袋を渡される。
しわくちゃの手がわしゃわしゃと頭を掻き撫でた。
「え。」
呆けていたら、手の重みが増した。
少し口を開いて覗く。
は、ちょ、待って。
袋の中、金貨あるんですけど?!
「待っ、ローさっていない!?」
いつの間に!
「ははっ、坊ちゃん爺さんに気に入られたなぁ!」
後ろから勢いよくと頭を撫でられた。
なに?!え、教えてくれた青年じゃん。
「どうい、ことです、か?」
「ロー爺さんが運ぶのはちっと特殊な代物でな、爺さんの注文に答えられる奴でないとダメなんだよ。逆に、気に入られると待遇が良くなる。」
いや、お爺さんの注文はそこまで細かくなかったぞ?理由も何となく理解できたし、そんなに難しいか?
あーでも、お金は、正直すごく助かるけど、何と言うか、もらって良いのかな?こんなにたくさん。
「何を悩んでるか知らねぇけどさ?爺さんが運ぶ荷はそれだけ価値があって、人の役に立つ物なんだよ。それを無事に届けたんだ、有り難く受け取って良いって。」
ポンッと背を叩かれ、頷く。
「ありがとう、ございます。」
「おう。爺ちゃんにも伝えとくな。」
パタパタと走っていった青年。
少し思考が仕事を放棄して、動き出す。
「孫?!」
一連のやり取りを見ていた人達から吹き出された。
ってことは、お爺さんとグルだったって事か!!
城の自室に戻って、計算をしてみた。
依頼書に書いてあった銀貨50枚。加えて銀貨が10枚と金貨が3枚。
国の貨幣は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨の四種。
鉄貨5枚で三食分の大パンが一つ買える。
だいたい鉄貨1枚は50円ってところだ。
鉄貨10枚と交換できるのが銅貨だ。
銅貨1枚で約500円だ。
銅貨20枚で交換できるのは銀貨。
銀貨1枚で約一万円。
その銀貨50枚と交換できるのが金貨。
金貨は1枚で驚きの五十万円の価値がある。
計算すると、おれの手持ちは現在210万円。
正直に言おう、桁が違いすぎて想像できんし、一万以上の大金持ってるって考えたら吐きそう。
大丈夫、おれのために使うんじゃなくて、これはこの国のために使う。おれが持つのは精々銀貨五枚までだ。それ以上は胃に穴が開く。
さて、午後はまだ時間があるな。
相談の仕事でもしますか。
テストなんて嫌いだ……。