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我儘

「これは、一体何事ですか?」


ビンの欠片、折れた椅子の脚、散乱した花。

そして、部屋の隅にいるノエル君とシルバ君。

部屋の中央には髪を乱れさせたウィル。

後ろの廊下にシルク王子達がいる。


「ウィル?」


声をかけるけど、俯いたまま反応がない。

距離を詰めてみても動かないね。


「ウィル、ウィリアム、僕がわかりますか?」


もう一度声をかける。反応なし。

軽く息を吐いて、手を打ち鳴らす。

ビクッと震えた肩、ゆるゆると顔が上げられた。

今にも泣きそうな緑の目。


「じゃ、く?」


「ウィル、何かあったの?」


柔らかい声を意識する。

くしゃりと顔を歪めたウィル。


「ジャックがいい。側に、いてよ。」


そう言うとボロボロと涙を流す。

ひとまず抱きしめて、背を撫でる。

後ろの二人は、視線を向けられるとばつが悪そうに口を開いた。


「その、私達では落ち着かないそうです。」


「ジャック殿と所作が違うのが気になると。」


まぁ、初対面の人といきなり生活するのは落ち着かないだろうけどさ。

問題は、おれの所作と彼等が違うとこ。


「ウィル?僕と二人は別人だろう?僕と違うところがある。まだ一日だよ?」


返事がない。

服を掴まれてるから、離れられないし。


「ウィリアム、今君がしているのは人と関わる以上、最低の行動だ。他者を拒絶していたら、友人となれる人も離れていくよ。」


「――やだ。」


「やだじゃない。もしも、僕がウィルより他の友達の方が好きって言ったらどう思う?」


バッと顔を上げるウィル。


「嘘だ!そんなの許さない!!」


「そうでしょ?ウィルはそんな事を二人にしてる。何日も話して、接して、それでも合わない、無理だと思うのなら相談しにおいで。わかった?」


ウィルはぎゅっと顔をしかめて、間を空けて頷く。

一歩離れて、頭を撫でる。


「譲れないことはちゃんと主張する。嫌なことは嫌と言って良いからね。同じように好きな事もたくさん言うこと。良い?」


「ん。」


「少しだけ、二人と話をさせてね。」


ウィルが頷いたのを確認してから、二人を外に連れ出す。王子達はいつの間にかいなくなっていた。


「申し訳ありません。」


ノエル君に頭を下げられた。

揺れる紺の髪を優しく撫でる。


「誰も、何も、悪くありません。ウィルの好みや性格を把握するまで大変でしょうが、少しずつ学んで行けば良いのですから。気に病むことはないですよ。」


「何か、コツのようなことは。」


「そうですね。ウィルは王子であるまえに、一人の男の子です。弟のように見てみればどうでしょう?僕はウィルを弟のように思っています。だからこそ、気づくこともあるのだと。」


「弟、ですか。」


「はい。何かあれば、いつでも相談に来てください。」


二人は頷くと部屋の中へと戻っていった。

部屋に戻ろうと踵を返して、ふっと気づく。


「最低の行動で、友を失ったのはおれだろ。」


失笑が溢れて、口を隠す。


自室に戻り、首にかけていた指輪を撫でる。

(ジャック)』を生んでくれた両親の形見。

転生か、憑依か、いまだに確たる証拠は見つからない。ロカさんとも話したが、万が一憑依だった場合、即座に体を返すことに決めている。

転生であるなら、前に決めた通りだ。


同じく首にかけてあるタグを眺める。

ハンター、ね。国王様と相談して依頼を受けてみようか。人探しにもなるだろうし。国を知る良い機会だ。





さて、翌朝国王様に先触れの手紙を出したら、通信がかかってきてびっくりした。

いや、緊急時用にって国王様とケヴィン王子に通信用の魔道具を渡したのはおれだけどさ。


『ギルドのことかの?』


「はい。」


『いつも頑張っておるからな。週に三日、でどうだろうかの?』


「そんなに、良いのですか?」


おれ、相談役だし。

けっこう人が来るけど良いの?


『うむ。あぁ、三日続けてとなるのであれば、先に教えてくれるようにの。心配してしまうからのぅ。』


「もちろんです。ありがとうございます。国王陛下。」


国王様、なにかと気にかけてくれるんだよね。

あんまり甘えすぎないようにしないとな。


朝食をとって、仕事用の部屋に移動する。

ちなみにさ、相談らしい話を持ってくる人もいるけど、実際愚痴を溢しにくる人の方が多いんだよね。

まぁ、愚痴を溢してスッキリするなら良いけど。

頑張って働いている人ばっかりだからなぁ。


あ、掃除婦と一部連中は別な。

愚痴というより悪口だし、仕事で手抜きする奴いるし。

ちな、不正やった奴は即行で報告した。

今も時間に余裕があれば、書斎の書類見てるからな。


そうそう、ハンプと交代で書類を書いてた人。おれが真面目さんって呼んでた人だけど、いなくなったらしい。

屋敷ではエバって名乗っていたらしいけど、街だとマリー、行きつけのバーではシェイラ、と。

本名がわからないようになってた。

女の人で、肌は褐色、赤い髪に茶の目、右肩に抉れたような傷があるそうな。

見つからないから、国外に行った可能性もあるらしい。


会ってみたかったんだけどね。


相談を受けたり、話をしたりしていると、シルバ君がきた。


「王子の事で、話が。」


「話しやすい口調で構いませんよ。」


レモンティーをだす。

付け合わせはスコーンだ。


「おれは、スラム育ちだ。兄貴と妹がいる。その、妹は体が弱くて、金がいる。だから、ここに来た。」


「落ち着きませんか?」


「正直、な。ヒラヒラした服や装飾はそんなに必要か?」


おぉ、それはおれも思ってる。

ポツポツと落とされていく言葉。

妹さんのためとはいえ、城の雰囲気が落ち着かない。

城の兵の考えがよくわからん、と。


「おれには、仕えるって意識が理解できねぇ。」


「シルバさんは生きるために剣を磨かれたでしょう?」


「当たり前だ。」


「シルバさんと城の騎士とは、根っこにある意識が違うのだと思いますよ。騎士の皆さんは、街の治安を守り、家族を守る。尊敬する人を目指して技術を磨く。同じ悲しみを味わう人を減らすために罪人を捕らえる。様々な思いがあります。」


首を傾げられた。


「無理に仕えることはないんですよ。心を強制することは誰にも許されない。貴方が、ウィルを、この国を守りたい、そのために戦いと思えるようにするのは、ウィルや国の務めです。」


「そう、なのか?」


「えぇ。だから、今は妹さんのため、で良いんですよ。城の雰囲気は、慣れるまでの辛抱ですね。」


「そ、か。ありがとうな。」


スコーンを食べて、レモンティーを飲み干すとシルバ君は戻っていった。

スラム、か。国境と国境の間や廃れた村など、行き場のない人々が行き着く、最後の砦。

かなり酷い環境だと言われていたからなぁ。


でも、妹さん、気になるな。

何か支援してあげられないかな。

でもな、下手に一人だけ優遇すっと孤立させるしな。それに、おれ個人の感情だからな、自分の手持ちでやらなきゃいけないだろうし。


「お金、稼がないとな。」


やっぱり、小さい子が苦しむのは気分が悪い。

やらないで後悔するぐらいなら、やって後悔する。


少し書きたい話を消化しておきたいので、次話は一月後に出します。待たせてしまいますが、見守ってもらえると嬉しいです。

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