赤い記憶と青
ジャックが不安定になっています。
少しだけホラー要素が出ます。怖くはないです。
傀儡となった父様から襲われてから四日たった。
今は、父様と母様の葬式をしてる。
墓石に花を置き、その場に座りこんで小一時間。
「ジャック、すまん。」
そう言って頭を下げたのは、ケヴィン王子。城の見張りに使う搭で、事切れた母様を見つけたそうだ。
胸を刺されていたと、犯人はメイドの一人で操られていたと、そう聞いた。
立って、首を振る。
「謝らないで下さい。誰も悪くないです。」
たぶん、今のおれはかなり酷い顔をしてる。
だって、大好きな家族だったんだ。おれを、ジャックを生んでくれた人なんだ。守ると決めてたのに、守れなかった。
「情けないなぁ。」
鼻がツンと痛んで、喉が渇いて、目が熱くなる。
情けない、どれだけ悔やんだって、死んだ命は戻らないのに。
勢いよく抱き締められて、つんのめる。
振り返れば、柔らかい金髪が見えた。
「ウィル?」
「・・・ごめ、ごめんなさい。おれが、街に行こうなんて言ったから。」
肩に押し付けられたせいか、じんわりと広がる熱。
泣かせちゃったか。
「違うよ、ウィルは悪くない。」
街に行ってもウィルに傷一つつけさせないと、問題ないと言って、許可してもらったのはおれだ。
自分の力を過信して、結局母様を守れなかった。
ハンプを捕まえることばっかり考えて、先走った馬鹿だ。
顔をあげたウィルはくしゃっと顔を歪めて、ケヴィン王子と去っていった。
「ジャック。」
国王様に呼ばれて振り返る。
王妃様も一緒だ。
「アスランとエミリア殿の物だ。」
手渡されたのは、二つの指輪が通されたネックレス。
一つには青い宝石、もう一つには赤い宝石がついた指輪。赤い方は、母様がつけていたものだ。
ということは、青い方は父様の。
「ありがとう、ございます。」
「ジャック君、これからのことだけれど。」
あぁ、そっか。
乳母である母様の付き添いのような形でいるから、母様が亡くなった今、おれが城にいる理由はない。
孤児院とかに行くのかな?
「ウィルやアルイトがの、相談役として側にいてほしいと。城に留まって、話し相手になってほしいと、そう言ってきたのじゃ。ジャックにその意思があるかの?」
・・・離れたくないって、言ってくれた?
おれなんかが、側にいて良いの?
「・・・はい。」
「部屋はセバスの隣になる。後で案内させるからの。」
そっと王妃様に抱き締められる。
「エミリアさんの代わりにはなれないけれど、貴方も私の家族なの。いつでも頼ってね。」
視界が歪んで、ぽろぽろと水が頬をつたう。
鼻と喉が痛くて、耳がキーンてなって、思考が絡まる。
「我慢しない。」
トントンと背中を優しく叩かれて、声にならない嗚咽が溢れる。
目が覚めて、葬式を終えて、墓石の前に座り続けても、それでも一度も泣かないジャックを皆が心配していた。
王妃に抱き締められて、声を殺して泣くジャックを見て安堵する。
「お母様は偉大ですわ。」
「そうだね。」
グスグスと鼻を鳴らすウィルを囲みながら、セアラ王女が呟く。
「それにしても、ジャックは何を隠してるのかな?」
「すぐ、一人を選ぼうとする。」
「ウィルが成人すれば話すと約束したんだろう?」
「した。」
「なら、待つしかないだろう。ジャックは折れんだろうし。」
ケヴィン王子の言葉に、全員がため息をつく。
「だが、なにもしない理由にはならんさ。」
笑って呟いた王子の目は笑っておらず、獲物を見る獣の目と同じだった。そして、同意するように頷いた弟達もまた、獰猛な目をしていた。
彼等とて子供ではあるが、王族である。
欲しいものを手に入れ、守りたいものを守るため、努力は惜しまないのだ。
そして、どこか変わった優しくて強い、隠し事ばかりの乳兄弟を、手放す気などさらさらないのだ。
号泣したあげくに寝落ちしました。
いい歳しといて、号泣て。寝落ちて、恥っず。
新しい部屋て目が覚めて、セバスさんに部屋の造りを説明してもらった。前より一回り広い部屋で、モノトーンでまとめられてる。所持品は既に移動してあった。
「夕食には遅いですが、サンドイッチを御用意しました。今日は休むように、と。」
「はい。ありがとうございます。」
セバスさんが退室し、肉のソテーてきなものが挟まったサンドイッチを食べて、寝る。
「ここは、どこなん?」
水に沈む夢を見て、前は行けなかった暗い下の方へ吸い寄せられた。真っ暗になって、気がついたら床に座っていた。
周りは灯り一つなくて、黒一色。
「なんも見えねぇ。」
ぺたぺたと床らしきものを触り、立ち上がる。
そろそろ歩いて行けば、壁らしきものにぶつかり、それにそって歩く。
「部屋、ぽい?一周したんじゃね?」
もう四つ、角にあたったぞ?
とことこ歩いていってたら、壁が無くなっててすっ転んだ。
「どわっ?!・・・いって。」
細い廊下みたいなところだ。
両手を伸ばせば、手が壁に触れる。
正面の方に光が見えて、そっちに進む。
「外、じゃねぇな。鏡?」
突き当たりにあったのは、大きな鏡。
真っ暗なハズなのに、姿が映ってる。
引き返すか。
『なんで生きてんの?』
響いた声に振り向く。
鏡におれと、おれより大きい人。
ザッと血の気が引いた。
「なん、で、おれが?」
鏡の中にいるのは、あの日死んだ『雨宮桂』がいた。
『なぁ、死んだのに、なんで生きてんの?』
『おれ』が口を動かせば、言葉が響く。
まぎれもない『おれ』の声に、得たいの知れない悪寒がする。
『答えろよ、それはコイツの命だろ。』
鏡の中のおれを指さす。
悲しそうな、恨めしそうな顔をしたおれ。
『かえして、ぼくのからだ。』
たどたどしい、幼い声が響く。
「なん、で。転生じゃ、だって、おれは。」
『おれは、雨宮桂は、死んだだろ?あの炎に焼かれて、17歳で死んだ。そうだろ?』
スッと伸ばされた手。
鏡をすり抜け、左腕を掴まれる。
『お前がいなけりゃ、ジャックの母親は死ななかったのにな。ほら、戻ろうぜ。』
「戻る?どこ、に。ここは、日本じゃ。」
『はぁ?戻るんだよ。焼かれた命に。』
同じ目線の『おれ』が間近で笑う。
パチッと弾ける音がして、視界が赤に染まる。
ジリジリと肌を焼かれる。
「あ、ぁあ。あつ、熱い!嫌だ!」
掴まれた腕が音をたてて燃えていく。
掴んでいる手は黒く炭化していて、焦げた臭いがする。
『逃げるな。目をそらすな。おれの記憶だろ。』
頭を掴まれ、焼け焦げた黒い『おれ』の目と合う。
口が裂け、歯が覗く。燃える髪が、顔を炙っていく。
「ちが、違う!おれは、おれは生きて、生まれ変わって、死ねない!」
ガクンっと崩れ落ちる。
太ももから先が無くなって、流れた血が燃えだす。
『かえして、ぼくの、ぼくのからだ。』
鳴きながら訴える声。
違う、違う、だって、おれは。
――ック、お・・ろ!・ジャ・・起きろ!ジャック!
バチッと目が覚める。
肩を掴んでいたアルイト王子と目が合う。
「目は覚めたか?」
「ある、と、おう、じ?」
「あぁ。うなされていたぞ。」
窓を見れば、日が射し込んでいる。朝?
荒い息を落ち着かせているうちに、かなりの汗をかいていることに気づいた。服がグッショリしてる。
「大丈夫か?」
「・・・はい。あの、何かご用でしょうか?」
「ウィル達が遊びに誘っている。」
「わかりました。すぐに用意します。」
大丈夫、夢だ。悪い夢を見ただけだ。
そう言い聞かせて、着替える。
朝食を胃につっこんで、城の裏へ。
城の裏には、教会と庭がある。
今の時期だと、花畑になっているし小川もある。
遊び場としては、うってつけだろう。
「それと、ジャック。友人として遊びに誘われてるから、敬語は無しでな。全力で拗ねられるぞ。」
待って、それは聞いてない。
いや、友人って。一国の王子でしょ?
「あ、ジャック!こっちだ!」
ぶんぶんと手を振りながら呼ぶウィル。
頭に花冠が乗ってるのが、可愛い。
「おはよう、ウィル。」
「おはよう!ローザ姉様が花冠をくれたんだ、綺麗だろう?」
「ローザ王女が?器用なのですね。」
「えへへ、ローザで良いよ。ジャック君にもあげるー。」
頭に乗っけられた花冠。
優しい香りがする。
花て遊んで、鬼ごっこをして、小川で水遊びをして、昼食を食べた。城に戻ることになって、途中で足が絡んでこけた。
「ジャック?」
『ぼくのからだ。かえして。』
フッと耳をかすめた声に振り返る。
誰も、いない。ザワザワとうなじが騒いで、嫌な感じがする。
ここにいたくない。ここは嫌だ。
ウィル達のもとへ行こうとして、左手を掴まれた。
「ジャック、大丈夫か?」
心配そうに声をかけるウィリアム。
呆然と後ろを向いていたジャックの手を取った瞬間。
『戻ろうぜ。』
ジャックの目には、ウィリアムの手と焼け焦げた黒い手が重なって見えた。
「触るな!!」
バチッと勢いよく振り払われ、ウィリアムが小川に尻もちをつく。振り払ったジャックの目は怯えが支配していた。
「ジャック?!っ、ウィル!大丈夫か?!」
ウィリアムに駆け寄るアルイト王子。
ゼーゼーと息を吐きながらよろめいたジャックは、ハッと我に帰ると、慌ててウィリアムに近づく。
「ジャック・・・?」
呆然としたウィリアムの声に、ジャックの動きが止まる。伸ばされかけた手がダラリと下がり、ジャックの顔に影が落ちる。
「申し訳ありません、少し頭を冷やしてきます。」
そう呟くと、足早に立ち去ってしまう。
残された一同はその小さな背を追えず、固まる。
ジャックが王子達、まして乳兄弟であるウィリアムに手をあげたのは、今まで一度も無かったのだ。
感情任せに声を荒らげたことも無かった。
だからこそ、何かしてしまったのか、嫌われたのか、とウィリアムを不安にさせる。
「ウィル、とりあえず一度着替えるぞ。」
ケヴィン王子に抱えられ、自室へ戻る。
それから先、約一ヶ月にも及ぶ間、ジャックから王子達に接触することはなかった。
「お父様、ジャックは今どうしているの?」
執務室へと押しかけてきた娘達。
国王は、全員の目を見ていって、口を開く。
「マニャーナが見ておる。はじめは、人を斬る経験からかと思っておったんじゃが、どうも違うようでの。」
そっと立ち上がる。
手招きをされ、国王についていけば、ジャックの部屋にたどりつく。ノックをすれば、王妃のメイドであるエリスが出てくる。
「ジャックはどうかの?」
「その、眠ることを、極度に恐れています。もう五日も寝ておられません。」
扉から覗けば、やつれ痩せ細ったジャックがいた。
「食事は、とっていないの?」
「あまり。先日は、何かに怯えて嘔吐されました。」
絶句する一同の視線の先で、ジャックの体が揺らぐ。
「いや、だ。ねたく、な。こわい。」
「大丈夫、側にいるわ。」
そっとなでられ、目を閉じたジャック。
王妃は扉から覗いている王子達に気づくと微笑む。
手招きをして、招き入れる。
ウィリアムが真っ先に駆け寄り、痩せた手をそっと取る。
「なん、なんで?こんなに。」
ウィリアムの頭をなでながら、王妃は国王を見る。
「魔法の反応はなかった。」
「そう、ですか。」
話していると、ジャックが苦しげに呻く。
喉を掻きむしろうとする手を押さえ、王妃が声をかける。
「ジャック君、起きて。怖くないわ。目を開けて。」
そっと揺り起こすが、起きない。
ウィリアムが呼んでも、軽く叩いても起きない。
「どうして?」
ジャックの呻き声は既にひきつった悲鳴のようになっている。
「あの、門の者から、ジャック君に来客です。」
「取り込み中だと伝えてくれんか?」
「いえ、その、うなされているなら、対処法を知っている、と。」
部屋でうなされているジャックを見て、報告にきた騎士がつけたせば、即座に通すよう指示がでる。
数分後、部屋にやって来たのは、街で会った武器売りの男性だった。
「あぁ、やっぱり。」
ベッドに近づき、ジャックの額に触れる。
「・・・ちょっと魔法使いますが、どうでしょう?」
目はジャックに落としたまま、口だけで尋ねる男性。
「許可する。」
「『辿り見ゆる羊歌、全ては淡き過去のことなり。』」
男性は、しゃがんで手を握って呟くと、意識を失う。
熱い、痛い。
焼けた足を引きずって、『おれ』から逃げる。
怖い、怖い、助けて、誰か助けて。
『なんで逃げる?死んだことは変わらねぇだろ?』
足を踏みつけられ、声にならない絶叫をあげる。
喉を焼かれたせいで、声が出ない。
黒い部屋に赤が広がっていく。
また、蛇の形をとった赤が鎌首をもたげる。
「そこまでな。」
青色が弾けて、赤が消える。
青い羊を連れた青年が目の前にいた。
「坊ちゃんは嬢ちゃんだったか。立てる?」
クンッと手を引かれ、立ち上がる。
焼けた足が、いや、全部治ってる。
『何、お前。』
「嬢ちゃんの亡霊か。名乗るほどの者でもないけど、今はロカ・ドミトルと名乗ってるよ。しがない鍛冶屋。」
鍛冶屋、あの人?
「ここに生きてる子を、連れていかれると困るからね。誰が何と言おうと、この子は生きている。邪魔はしないでくれるかい。」
横へと振られた手にあわせて、青い光が舞う。
『おれ』が消えて、黒かった部屋が消える。
一面が黄金の平原に立ってた。
「わぉ、すごいな。あ、嬢ちゃん大丈夫?」
「大丈夫。えっと、ありがとう。助かった。」
「いやいや、おれのお節介だから。身内か親友、亡くなったの?」
「・・・両親が。」
ボソッと答えれば、頭をわしゃわしゃとなでられた。
「そうか。頑張ったな。」
「その、ロカも転生者?」
「そうだよ。交通事故で死んでね。嬢ちゃんは、火?」
「デパートで火災にあって。あ、そういえば、何で前の姿?」
「さぁ、そろそろ起きるかい?心配されてるよ。」
「あー、どうしよ。色々とやらかしてるぞ。」
頭を抱える。
一ヶ月も引きこもってたし、王妃様達に迷惑かけてる。
「転生は、話してないか。」
「おれの乳兄弟、第五王子のウィリアムが成人するまでって先伸ばしにしてる。」
「あぁ、なるほど。乳兄弟なのか。てっきり執事見習いか何かかと思ってた。」
「・・・ロカは、他の転生者とか見たことあるのか?」
「一人転移者を知ってるけど、一昨年亡くなってな。」
転移者がいた。
つまり、他にもいる可能性は前より高くなったな。
「まぁ、他に何か聞きたいなら、鍵で桜草を叩きな。」
頭をまたなでられ、目が覚める。
王妃様が微笑んで頬をなでた。
「ジャック!」
起き上がったらウィルに飛びつかれ、ベッドに逆戻りする。右手をロカに握られていた。
「――ぅ、起きたか。」
「ありがとうございました、ロカさん。それと、皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
頭を下げれば、王女達に抱きつかれ、頭をなでられた。
「ありがとう。お主は、イグニス語が使えるのか?」
「いえ、職業柄ドワーフやエルフの方と交流がありまして、夢に入る魔法を教えてもらっただけです。自分も同じようになったことがあって、次は自分が助けてあげなさい、と。」
「悪夢を取り去った、ということかの?」
「どちらかと言うと、吹っ切れただけかと。自分と向き合わせただけですから。」
「名を聞いても良いか?」
「・・・ロカ・ドミトル。しがない鍛冶屋です。」
「あぁ、お主がか。騎士が押しかけてはおらんか?」
「繁盛しています。そろそろ品切れで故郷に戻らないといけませんね。」
朗らかに笑うロカに、国王は微笑む。
本来ならば高級品であり、滅多に見れないような武器を売る者がいる、という噂は王城内で広がっており、買いに行った者も多い。
親切な店主で評判な店の武器には、ドミトルと彫られているという話も広がっていた。
「では、失礼します。」
「もうか?」
「えぇ、店を放って来てしまいましたから。これ以上長居していると、店番の子に怒られてしまいますし。」
一礼すると、ロカは足早に立ち去ってしまった。
その一方で、ジャックはというと。
「すっかり細くなってるわ。」
「いっぱい食べさせるからね。」
「もっとお肉つける!」
「いや、あの、家畜じゃないんですから。」
王子達にもみくちゃにされていた。
次は一週間後に更新します。
少し空きますが、今後もお付き合いいただけると嬉しいです。