一人の
お待たせしました。
「アスラン!」
歓喜に満ちた声をあげて、母様が駆け出す。
フードが外れた面々、その顔は表情が抜け落ち目に光がない。ざわざわと胸が騒ぎ続ける。
何だ?何に違和感を感じた?
ふわりと風が頬を撫でる。
父様の影から、紫の霧のようなもの。
紫――無属性。傀儡魔法!
「母様!下がって!!」
全力で地を蹴る。
母様は既に父様の目の前にいる。
腕を広げた母様に、父様が剣を振るのが見えた。
「母様!!」
パキンッ
ガラスの割れるような音がして、母様が後ろによろけた。
下から上に振られた剣が今度は下に向けて振られる。
母様を庇うように出て、桜草で剣を弾く。
かなり重い一撃、少し肩を切ったな。
母様を抱きしめて飛び退く。
「ジャック!肩が――」
「大丈夫。母様、大丈夫?怪我はない?」
そっと母様を見れば、呆然としている。
どこも切られてない。ジェイド王子のブローチがちゃんと防御してくれたようだ。
「アスラン? どうして、どうして?」
「母様!あれは父様ではありません!」
否定しても、母様は疑問を止めない。
まずい、正気を失ってる。
「ごめんなさい、『夜の羊』。」
黒いベールが母様を包み、眠らせる。
「ジャック君、どういうことですか?」
カシューさんが剣を構えたままおれに尋ねる。
「傀儡魔法です!あれは父様達ではない!父様達の死体を操って動いている!」
死体だ。父様の服から見えた胸は、大きく抉れていた。
変色し血が出ていないから、数時間前にできた傷じゃない。
「傀儡魔法をかけている人がいる!」
「っ、たどれない。近くにはいません。」
おれの言葉に魔法師がつけ加える。
カシューさんが顔を歪め、ウィルを一度見る。
ウィルの顔は真っ青だ。
母様の服を握りしめて、歯をくいしばってる。
「・・・撤退します!王子、こちらに。」
カシューさんはウィルを抱き上げ、騎士達を先導する。
「ジャック君!」
フランさんが駆け寄ってきた。
顔が青ざめている。
「母様をお願いします!」
フランさんは一瞬固まって母様を抱き上げた。
父様達を見ればけっこう近くまで来てる。
「えみり、あ。じゃ、く。たすけ、てくれ。」
父様が口を開き、懐かしい声がした。
騎士達が振り返り、固まる。
「たすけて。いと、が。」
「生きてる。アイツは生きてる!」
一人の騎士が駆け寄ろうとした。
おそらく顔見知りだったんだろう。
それを、おれは服を引っ張って転ばせる。
「死んでる!アレは貴方が知ってる人ではない!!」
「嘘だ!傀儡なら喋れないはずだろ?!」
「フォルター語での傀儡魔法なら喋れる!魔族達の魔法だ!僕達のとは違う!」
事実、魔族はフォルター語の魔法を使う。
他に比べ、効力が強いこと、魂を侵食することがわかっている。その危険性が問題になり禁忌にされたのだ。
それでも暴れようとする騎士。
その首に紫の糸が絡んでいくのが見えた。
魔除けの小瓶を振りかけた。
「え、あれ?」
ハッと我に返ったのを確認にして、手を放す。
「魔除けの小瓶を自分にかけてください!」
カシューさん達が慌てて小瓶の中身を頭から被る。
おれも自分と武器にかけた。
「傀儡にされた者は魔除けの小瓶で止めることができます!城へ!」
「ジャック君?!君はどうするの?!」
フランさんが悲鳴のような声をあげる。
少しだけ落ち着いたので、声を張らずに話す。
「足止めをします。街に入られれば危険でしょう?」
「それなら、我々が。」
騎士が出るのを首を振って止める。
「王子をお願いします。フランさん、母様を任せます。」
胸に手をあてて敬礼の姿勢をとる。
カシューさんが敬礼の姿勢を返してくれた。
「ま、待って、ジャック、ジャックもいっしょに。」
ウィルが泣きそうな顔で手を伸ばしていた。
カシューさんが支えているけど、危なっかしい。
「大丈夫だよ、ウィル。僕は強いんだから。」
ニッと笑って踵を返す。
父様達向かって走れば、ウィルの悲鳴が聞こえた気がした。
ウィリアムと騎士達は街を駆け抜ける。
途中、妨害するように立ち塞がる者を斬りふせながら。
「ジャック、ジャック。」
泣きじゃくりながら義兄の名を呼び続けるウィリアムの声に、彼等は焦る。焦りの理由はたった一つ、一人で丘に残ったジャックのことだ。
ジャックが国王達から一目置かれていることは、彼等も気づいている。騎士団に所属していたアスランの剣を弾いた点からも、かなりの実力があることは分かった。
それでも、一人の子供だ。たった六歳の子供なのだ。
そんな小さな子を丘に置いてきた己に、彼等は怒りと情けなさを感じ、そして焦っていた。
城門にいる騎士達は駆けてくる姿を見つけ、慌てて門を開く。驚いたのは、そろそろだろうと待っていた国王達だ。
「何があったのじゃ?!」
「ウィル!」
ケヴィン王子に抱きしめられたウィリアムは泣きじゃくる。
「エミリアさんは、眠っていらっしゃるの?」
「はい。ジャック君が眠らせました。」
セアラ王女はエミリアの額に手をあて、問題がないことを確認する。キョロキョロと辺りを見渡していたアルイト王子とジェイド王子がカシューを掴む。
「ジャックは?」
「ジャックはどこにいったんだ?」
二人に同時に尋ねられ、カシューは少し息を飲んで口を開いた。
「西の丘に、残られました。足止めをすると。」
顔色が変わったのは王妃と王子王女達。
国王は無言でピアスを撫でる。
「ジャック一人か。状況は?」
国王の影から溶けだすように現れるアドルフ。
護衛達やウィリアムがビクッと反応する。
「丘にいたのは八名。その、アスラン殿を含め、三年前に拉致された者達です。傀儡魔法で操られた死体だと、ジャック君は言っていました。」
「アスランだと?」
今度は国王が目を見開く。
アスランと言われ、王子達は思わず口元を押さえた。
「敵に父親とはの。最悪の初陣になってしまったか。」
「アドルフ、頼めるか?」
「なに、治療は任せるぞ。」
そう言うとフッと姿を消した。
一方、ジャックはというと――
「いい加減、に、しろっ!」
苛立ちをぶつけるように剣で殴っていた。
さっからモソモソモソモソ!
弱音も懇願も要らんわ!
おれの父様はそんなに弱音を吐きません!!
「じゃ、く。たすけ、いたい。」
「こっちだって痛いわ!」
体も心も! 何回斬られたと思ってんだ。
大切な父様を、何で斬らなきゃならんのや。
マジで父様殺した奴と傀儡にした奴、後拉致った奴、見つけたら覚悟せぇよ。目に物みせてやるからな。
「何が目的だ!誰に指示された!」
「いと、たすけ、て。」
「ネズミ一匹に時間かけすぎ。」
知らない声がして、ザクッ と音と視界のぶれ。
左肩が熱くて、動きができない。
「変な色してんね、お前。」
肩からのびる棒を握ってる男が笑う。
白黒が反転した目、黒い肌、額のツノ。
「ま、ぞく。」
「ご名答。僕は魔王様の八翼が一柱、ストラフ。」
幹部かよ、何でこんなとこにいる。
「何で、ウィリアム王子殿下を狙った。」
「そりゃ、頼まれたからさ。あの豚みたいな、なんてったっけ?ダンプだかニンプだかが、王子が外にでるから殺せって。王子が死ねば国王は揺らぐからねぇ。ちょうど良かったのに。」
ギリ と首を絞められる。
「お前のせいで逃げられた。」
「っ、は。しる、か!」
桜草を半回転、ストラフの腕に突き立てる。
ブンッと投げ捨てられた。
槍が抜けてねぇんだけど!痛いっ!
というか、父様達止まってないし!こっち来んな!
「ほぅ、魔族の上位種か。」
「あ、アドルフ、さん。」
刺さってる槍に四苦八苦してると、アドルフさんがいた。
「チッ、近衛か。・・・帰る。」
即決かよ。くそ、おれは雑魚か。
本当のことだけど、腹立つ。
ストラフは、霧というか煙のようなものを撒き散らして消えていった。父様達は置き去りだ。
糸が切れたマリオネットのように、崩れ落ちる父様達。
「随分と無茶をしたの。ウィリアムが泣いておったぞ。」
「すみません。あの、槍抜いてもらえませんか。」
立てない。
アドルフさんは少し槍に触れると、剣でスパンッと切った。
「抜くのはマズかろう。わしは治療しきらんのでな。」
立ち上がったのは良いんだけど、歩けそうにない。
あちこち痛いし、ボーっとする。
「ぬ?あぁ、流石に限界か。」
ひょいっと抱えられた。
うわ、視線たっか。
「しばらく寝ておれ。」
頭をなでられ、意識を手放す。
城へアドルフが戻る。
待機していた王子達は目を剥き、国王と王妃は絶句する。
アドルフの腕に抱えられた小さな体は、いたるところに傷があり、服や髪が真っ赤に染まっている。
力なく揺れる細い腕から、血が垂れる。
「ジャック?」
フラッと前に出たのは、誰だったか。
「案ずるな、生きておる。眠っただけよ。」
アドルフの言葉に少しだけ安堵すると、急いで回復魔法をかける。
「アドルフ。」
「操られておった者は回収したぞ。それと、内通者のことだが。」
「お父様、どういうこと?」
セアラ王女とローザ王女が血塗れのポーラータイを握りしめて、国王を睨む。
「セアラ?ローザ?どうしたのだ?」
「ジャック君に、映像記録の魔道具をあげたの。」
渡されたポーラータイを確認すれば、大臣の名が魔族から出ている。
「・・・アドルフ、捕らえよ。くれぐれも内密にの。」
フッと消えるアドルフ、王子達の視線が刺さるが、慌ただしく駆けてくる護衛達によって霧散する。
「何事だ?」
「申し訳ありません!エミリア殿を、連れ去られました!」
一瞬後、王子達の空気が豹変する。
即座に動き出すが、彼等が見つける彼女の目は二度と開くことなかった。
一連の出来事は後に、『銀狼襲撃事件』と呼ばれることとなる。
傷の深さから三日後に目覚める彼が母の事を知った時、開いてはならない扉が開き、闇が顔を覗かせる。
数話、書きためました。
次は三日後に更新します。