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騒動


さて、いつも通りの時間に起床し朝食を食べる。

皿を片付けて、母様を起こしにいく。


ドアをノックして、中に入る。

まだ起きてないみたいだね。


カーテンと窓を開ければ、朝日が部屋に射し込んで、涼しい風が部屋を抜けていった。

んー、朝の風って気持ち良いよね。

新鮮な空気を胸一杯に吸って、母様を起こす。

やや細身な肩に手をあて、軽く揺する。


「母様、朝だよ。」


「・・・あぁ、おはよう、ジャック。」


「おはよう、母様。ウィルを起こしてくるね。」


母様がベットから出たのを確認してから、ウィルの寝室へ向かう。 ウィルの寝室は自室の隣。自室から直接寝室へ行けるようになってる。


寝室のドアをノック、中に入って、おかしいことに気がついた。


「ウィル?」


ベットを包んでいる天蓋、いわゆるリボンモスキートネットを捲る。いつもなら、毛布が膨らんでいるはずの空間。


膨らみがない。つまり、そこにウィルがいない。


ザァッと血の気が引くのが分かった。

急いで自室の方を確認する。


「・・・いない。」


最悪のケースを想像して、頭が真っ白になる。

いない。どこに? まさか、侵入者が?


「ジャック? どうしたの?」


ドアから顔を覗かせた母様。


「母様、どうしよう、ウィルが。」


口が動かない。

パニックになってる場合じゃないだろ。

しっかりしろ、冷静になれ。


すぅっと息を吸い、おもむろに頬を殴る。全力でだ。

頭が揺れ、痛みと熱が広がる。

いっつ、やり過ぎた。口の中切ったな、これ。


口の中に広がる血の味に顔をしかめて、改めて状況を把握する。


「ジャック?!」


母様が血相を変えて駆け寄ってきた。


「ごめん、母様。ウィルが見当たらないんだ。」


そう伝えると母様は目を見開いて、その後しっかりとうなずいてくれた。

王子がいなくなった場合、早急に王子の安全を確認し、もしも危険があるなら、国王様や他の王子達へ知らせる義務が、侍女にはある。

今回、その義務を負うのは母様だ。


母様から目を外し、室内を見る。

室内が荒らされた形跡はない。

ベットに体温は残っていないから、少なくともいなくなったのは少し前か。


「見届ける者よ、その世界を分け与えよ、『鷹の目(ベール)』」


視界が一瞬紫色になり、元に戻る。

部屋を見渡していくと、ユラリ と足跡が見えた。

おれと同じぐらいの小さな跡だ。

外へと続いているな、自力で出たのか。


「ジャック、何かわかったの?」


「うん。誰かに連れていかれたわけじゃないみたい。ちょっと探しに行ってくるね。」


「そう、良かったわ。朝食を用意して待ってるわね。」


ホッとしたように頬笑む母様。

おれはそのまま足跡を追っていく。

足跡は廊下へ、階段を下りて、悩むように行ったり来たりして、実験室の中へと消えていた。


木製の簡素な造りの扉だ。

付属のドアノッカーでノックする。


・・・・反応無しか。

マジで? え? ウィルー? いるよねー?


おいおい? いなかったら洒落にならんて。

・・・・本当に、笑えないんだけど。


「えと、失礼します。」


一言断りをいれてから、扉を開ける。

薬品、というより植物の独特の臭いがした。


うっわ、理科室と植物園と病院の臭いが混ざったみたい。

控えめに言って、頭が痛くなる臭い。

ウィルの足跡を探すと、部屋の隅で消えていた。


「ウィリアム王子殿下? そこにいるのでしたら、お返事を。」


「・・・・ジャック?」


掠れた声が聞こえた。

良かった、ちゃんといるみたいだね。


「おれ、見えてる?」


泣いていたのかもしれない、かなり弱々しい声だ。

さっきの発言からすれば、姿が消える魔法か?

自分でやったのなら、ウィルにしか解けないな。

・・・・ん? 魔法なら魔力が残るはずだよな?


軽く気配を探り、近くに人がいないことを確認する。

ふむ、いないようだし、口調は崩して良いか。


「残念だけど、僕にはウィルの姿は見えないよ。魔法を試したの?」


「違う。アルイト兄様から、借りた本に載ってた薬。透明になるって。」


KU.SU.RI.!

あかん、薬はおれじゃ専門外だ。

いや、一応は分かるけど。

毒とか治療薬の方ばっかり勉強したからさ。


「薬ならアルイト王子殿下が分かるだろうから、呼んでくるよ。少しの間、待てる?」


「うん。」


うなずいて、ダッシュだ。

アルイト王子、ヘルプ!



「ウィルが?」


「はい。朝食中にすみません。」


「いや、いい。わかった。すぐに行く。」


アルイト王子は、朝食をとっていた所だった。

おれの突然の来訪に、ニコラスさんは驚いていたけど、すぐに通してくれた。


事情を話せば、アルイト王子は朝食を中止して、実験室に向かった。どことなく、その背中が怒ってる気が、する。

早歩きに近い速度でスタスタと行くアルイト王子に、その速度に普通についていくニコラスさん。

おれ? 小走りだよ! 早いんだって!


実験室についたかと思うと、バンッ て効果音がつきそうな勢いで扉を開け放った。

ごめん、怒ってる気がするんじゃない。

アルイト王子、怒ってる。だって、青筋浮いてるもん!


ウィル、ごめん。怒られて。

アルイト王子を止める勇気は、おれには無い。


「ジャック、ウィルはどこだ?」


「部屋の、右側奥の隅に。」


ウィルの場所を伝えれば、側の棚から小瓶を取って、その場所に小瓶の中身をぶち撒けた。

思いっきり バシャアッ って音がしたんだけど?

液体とはいえ、痛いと思うなぁ。


液体がかかった場所から、ウィルが現れた。

髪から雫が落ちてる。


「ある、と兄様?」


ポカンとした顔のウィル。

気持ちは分かるよ。アルイト王子がこんなに怒るのは、初めて見た。


「っの、馬鹿が! 薬の危険性は教えたはずだぞ?! なぜ勝手に、一人で使った?! そんなに、死にたいのか!」


うん、まさに吠えるって感じだ。

整った顔立ちで、普段は大人しいクールなイメージがあるから、今みたいに青筋浮かべて怒鳴るのは、すっげぇ怖い。


おれが叱られてるわけじゃないんだけどね。

膝が震えだしたんですけど。

待って待って、アドルフさんの試験よりアルイト王子の方が怖いって! 我ながら、マジで?!


ウィルは半泣きだ。

隣で、ニコラスさんは顔に手を当ててる。

呆れてるのか、笑ってるのか、どっちだろ?


「姿を消す薬は、言い換えれば存在を希薄化、自分の存在を薄くさせるものだ! 一歩間違えば、皆から忘れられていたかもしれないんだぞ!」


ちょい待ち、それ結構ヤバいやつじゃないですか。

あっぶな。探索系の魔法覚えといてよかったぁ。


「ごめっ、ごめ、なさい。」


ウィルは泣き出してしまった。

アルイト王子は何か言おうとしていたが、ニコラスさんが肩に手を置いて止めていた。


「・・・・しばらく、薬についての本は貸さない。」


少し落ち着いたアルイト王子が、固い声で告げた。

ウィルはショックを受けたようだけど、泣いてて反論どころじゃない。


というか、ショックを受けたウィルの姿に、アルイト王子のお怒りが悪化した。

怒気が復活して、ウィルは顔を伏せてる。


チラッとニコラスさんを見ると、背中を押された。

そのまま、ウィルの前に行きしゃがむ。


「ウィル、反省した?」


「っ、した。」


側に来たのがおれと分かったからか、顔を上げたウィル。

涙は止まりつつあるけど、しゃくりはまだ収まらないらしく、つっかえつっかえの答えが返ってきた。

ウィルが泣くの、久しぶりだなぁ。

赤ん坊以来じゃない?


「そっか。それなら、部屋に戻ろう。母様が朝食を用意して待ってるからね。」


ウィルの湿った髪をポフポフと撫でながら言う。

叱るのはアルイト王子がやってくれたし、おれから言うことはないや。


「怒、ないの、?」


あー、なんて言おう、イタズラして怒られた子猫?

完全に怯えてるね、耳と尻尾が見えそうなぐらい。

アルイト王子のお叱りは、そんなに堪えたのか。

おれも怒らせないようにしよ。怖いし。


「怒らないよ。まぁ、心配はしたけどね。」


「ごめん。」


「いいよ。着替えもしないといけないし、戻るよ。立てる?」


手を貸して促すが、立たない。

・・・・まさか。


「ウィル? もしかして、腰が抜けた?」


後ろの方から、は?ってアルイト王子が言うのが聞こえた。

ちょっ、今その声で言われると怖い!


ウィルはと言うと、耳まで真っ赤になってる。

うーん、らちがあかないな。

おぶって帰るか。


「ウィル、ちょっと大人しくしてね。」


軽く腕を強化して、ひょいっと持ち上げておぶる。

腕の強化を解除すると、結構な重量があった。

だいたい、20キロぐらいかな?

スーパーで売ってる米の袋2つ分だね。


「ジャック君、代わりましょうか?」


「いえ、大丈夫です。ウィルは軽いので。」


ニコラスさんが声をかけてくれたが、断る。

そんなにやわな鍛え方はしてないしね。


アルイト王子も部屋に戻るようで、流れで一緒に歩く。

そういえば、おれも今日から指導があるのか。


やべ、すっかり忘れてた。

行き当たりばったりでもいいかな?

復習も予習も、する時間無さそうだし。


そういや、おれがホイホイ使ってた魔法って、普通の人だとかなり難しいやつとかあったな。

墓穴掘らないように気を付けとかないとなぁ。


ホロホロと溢れるように湧き出す言葉に思考を割いているうちに、背にかかる重さが ズシリ と増した。

チラッと確認すれば、肩に顔を埋めるようにウィルが寝ていた。


「寝たのか?」


「はい。」


アルイト王子が、そっと声を落として声をかけてきた。

肯定すれば、ため息をついてこちらを見る。


・・・あの、心なしか冷たい目なんですが。


「・・・ジャック、詳しいことは後から聞く。が、あまり隠し事をするなよ。」


バレてるのかな?

はっはっはっアルイト王子の目が怖いなー。

いや、ガチめに。そんなに睨まんで下さいって、おれだって好きで隠してる訳じゃないんですよ。


ポロッと溢した言葉一つで人生が変わるんですよ。

自分のも、関係者のも、だから隠したいんです。


アルイト王子にさらっと釘を刺され、しばらく無言になる。


「まぁ、色々と思うこともあるんだろうから、強くは言うつもりはない。だが、少しは頼ってくれても良いだろう?」


静寂を破ったのは、釘を刺したアルイト王子自身だ。

アルイト王子の顔が、というか目が寂しそうに揺らいだ。


あぁ、子供にこんな顔させるつもりじゃないのになぁ。


「申し訳ありません、アルイト王子殿下。ですが、今はまだ駄目なのです。時がくれば必ずお話します故、どうかお許し下さい。」


ウィルを背負っているので、頭だけを下げて謝る。

やっぱり、交流のある人間に隠し事されるのは、あまり嬉しくないよね。おれだって嫌だ。


アルイト王子は別にいい、と言ってそのまま部屋に入っていった。ニコラスさんもだ。


ふたたび、静かになった廊下をゆっくり歩く。

成長する度に、問われるだろうなぁ。

そんなに精神が強い訳じゃないし、発狂とかしないように対策しとこうかな。

結構メンタルへとダメージでかいや。



次話は少し間が空くかと思います。

一ヶ月はかからないと思います。


課題が……課題が…!

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