一日の終わり
1ヶ月近く遅れてしまった。
待っていた方、申し訳ないです。
国王こと、クロノスは執務室で頭を抱えていた。
側には、第一王子のケヴィンと第二王子のアルイト。
「見えるのは、まだ良い。問題は、あの歳でスピオラド語を扱えることじゃ。」
「・・・・アルイト、ウィルに魔法を教えていただろう? ジャックはどうだった?」
「ウィルに詠唱の種類を教えたのは、ジャックだ。古代マルヴ語が比較的簡単で応用がきくと、覚えておいて損はないと、助言してくれたらしい。 おれが説明している間は、側で一緒に聞いていた。」
「ちょっと待ってくれ。」
アルイトの話に、クロノスとケヴィンは頭痛を覚えた。
「明らかに理解の範疇を超えているぞ。」
「あの子は、いったい何者なのじゃ。」
「そんな疑問はもはや今更だと思いますよ、父上。たとえ本人に尋ねても、おそらく誤魔化されるでしょうし。」
そんな馬鹿な、と一蹴する者はいない。
あながち間違いでもないと、彼の試験を見れば思ってしまうのだ。
「一応、明日聞いてみよう。他に、何かあるか?」
「おれはありません。」
クロノスの問いにアルイトは即答する。
しかし、ケヴィンが言いづらそうに口ごもった。
「ケヴィン、何かあるのか?」
「いや、ジャックではないかもしれないのですが、書斎に何者かが出入りしているようで。」
「ほう?しかし、それは良いことではないかの?」
「はい。ただ、書類の一部が、その、消えていて。」
「「・・・は? 」」
ケヴィンが言い淀みながら発した言葉で、クロノスとアルイトは我が耳を疑った。
書類が消えた?冗談だろう?と、半ばパニックである。
なぜなら、書斎には二重に特殊な結界が張られており、許可証のない者が持ち出すことは不可能なのだ。
結界を掻い潜るなど、余程の実力者が侵入したことになる。万が一、国の情報が外部に漏れたなら、大問題だ。
「一部、じゃったな。どういった部分じゃ?」
事の重大さに冷や汗が滲む思いで尋ねる。
「それが、ハンプ大臣からの報告書です。」
クロノスは、目を閉じた。
ハンプ、ハンプか、そうか、うん。
犯人の予想はついたが、果たして本当に彼なのか。
なにより、この件については王子達には説明していない。
補足するならば、クロノスはこの時、息子達が身近に家族の命を狙う者がいると知り、危険を省みずに行動することを恐れ、ハンプという裏切り者のことを教えていなかったのだ。
「父上、心当たりが?」
「あぁ、案ずるな。後できちんと聞いておく。」
もはやため息しかでてこない。
しかし、クロノスは合点がいった。
仮に、書類が消えたのが彼のせいであるなら。
午前中、なぜ彼がハンプを捕らえるのを先送りにするよう言ったのか。
それは、報告書に何かしら問題があり、それを報告するための時間を得る為ではないか?
「一度、ゆっくり話をせねばならんのう。」
頭痛と胃痛を感じながら、クロノスは息子達を帰した。
一方でかなり怪しい人物になりつつあるジャックは、書斎での仕事を終えていた。
「ふぅ、まさか一気に半年分も進むとはなぁ。」
紙の束をポーチに突っ込み、軽く体を伸ばす。
ポキポキと小気味の良い音がなった。
ハンプのことだけど、報告書を書く人がもう一人いるみたい。もう一人の報告書は、筆跡が綺麗で、偽装工作などは見当たらなかった。仮名として、真面目さんと呼ぼうか。
想像だけど、ハンプは真面目さんがいるときは不正を控えてたんじゃないかな?
報告書作成は、一ヶ月ごとに交代しているみたい。
昨日やった先月の分と今日の先々月の分は、なぜか二ヶ月続けてハンプだったけど。
まぁ、真面目さんがいたおかげで、一気に半年分終わったのだし、良しとしよう。
ただ、誰なのかは、後でハッキリさせるけどね。
もしも、何かしらの罪を犯しているなら、ハンプもろとも裁かせてもらおうか。
さて、国王様に渡しに行きますか。
まとめて渡すと大変だろうし、とりあえず半年分だけ。
その後、ジャックは一度自室までもどり、宝箱に仕舞っていた書類をポーチへ入れた。
そして、上機嫌で自室から出て、階段を下り、執務室の方へと歩きだした時、曲がった廊下の先から、こちらへと歩いてくる灯りを見つけた。
慌てて踵を返して、即座に柱の影へと身を潜め、魔法を使うジャック。
「我を纏うは夜の幕、不可視にて潜む影なり『誘う者』」
すぅっと溶けるようにジャックの姿が消える。
ほとんど同時に、軽い足音を立てて人影が柱の前に立った。
赤紫の瞳を細めて柱の影を見つめ、ため息をつく。
「・・・・気のせいか。」
そう呟くとそのまま歩き去っていく。
あっぶねぇぇえええ!
おれは、その場にズルズルと座り込んだ。
焦った、超焦った。
まさかアルイト王子が外にいたなんて。
心臓がめっさバクバクしてるんですけど!
しばらく深呼吸を繰り返し、冷静になる。
ちょうど良いし、影の中に入ってみよっか?
トプンッ と水の中に入った時のような音が耳元でした。
視界は薄暗くなり、上の方に廊下の明かりがぼんやりと見える。
ふむ、これが影の中か。
おもしろいな、水中みたいだ。
移動は、おぉ、イメージすればいいのか。
これは楽で良いな。
不便なのは、影のある所にしか行けないってことぐらいか。
あぁ、この『誘う者』は闇属性の魔法で、使用者の姿を隠す魔法だよ。応用として、影の中に入ることができるという、中二心をくすぐる素敵使用がある。
影の中をスイスイと進んで行くと、執務室が見えてきた。
廊下にいる騎士は、三人か。
ここまでの道にいた騎士は五人、巡回がペアでさっき歩いてたな、しばらく来ないだろ。
ふむ、廊下の騎士を固めて、執務室の中は範囲魔法で眠らせようか。
そっと物影から騎士の足に触れる。
そうだな10分ほど固まっててくれ。
「『時を刻む鐘』」
触れていた騎士二人が固まる。残りの一人も素早く固めた。
さて、影から出ますか。
プールサイドに上がるようなイメージで影から出ると、執務室の扉を薄く開けた。
執務室の床を指差しつつ、詠唱を行う。
「範囲指定:執務室内『沈黙の羊』」
指先から紫と黒の光の粒子が舞う。
そっと扉から中を覗く。
中に騎士はいないみたいだね。
正面にある大きな机に国王様が突っ伏してる。
部屋の中に入り、机の側に移動。
書類を確認してたのか、書類を下敷きにしてスヤスヤと寝ている国王様。 うん、見た目が若々しいから子供みたいだね。
ポーチから書類を取り出し、机に広げる。
一枚の白紙に、簡単な書き置きを書く。
――不備のある部分を見つけました。
偽装工作も確認できた分は記入してあります。――
よし、帰ろう!
小走りでその場を立ち去ろうとして、一枚の書類が目に留まった。国王様か下敷きにしているものだ。
魔法の、これは陣かな?
そういえば、魔方陣を使って魔道具なんかを作るんだっけ。図式化した魔法に魔力を流すことで、一般の人でも簡単な魔法を使えるようになるそうだ。
今のところ、公共の井戸などに導入されているとか。
ふむ、魔法を図式にするのは良いとして、それを簡略化しないといけないのか。
数学と科学の応用みたいなもんかな?
国王様が行き詰まっている計算に、持参の青インクで続きを書く。中学と高校の授業が役に立ったね。
サラサラと書き終わってから、気が付いた。
ヤバい、時間!
もうすぐ10分になる。
騎士が、いや、国王様も起きる!
慌ててインクとペンをポーチに仕舞い、部屋を後にする。
扉に手をかけた時、後ろで物音がした。
王子達を帰したクロノスは、徐々に進めている魔方陣の研究に手を伸ばしていた。
―魔法を図式化し、簡略化する―
言葉では簡単そうに思えるが、ここは複雑な計算などは一般化されていない世界である。
いくら国王といえど、そこまで専門的に学んでいる訳ではなく、途中で行き詰まっていた。
クロノスが首を捻っていると、彼の耳に微かに扉が開く音が飛び込んできた。
そちらを見ようと顔をあげようとするが、彼の意思に反して体は前へと倒れる。
次に目を覚ました時、彼の目の前には見知らぬ書類の山があった。気配を感じたのか頭を上げれば、扉の前に小さな人影がある。思わず立ち上がり、机が音を立てた。
ゆっくりとこちらを振り返る人影。
ちょうど顔の部分には影ができていて、表情は分からない。 しかし、口元が弧を描いているのがわかった。
長い髪が揺れ、小さな人影は綺麗なお辞儀をする。
クロノスが声をかけようとするも、人影は流れるように部屋を出ていってしまった。
慌てて追いかけ扉を開けるが、すでに廊下に人影はあらず、時間を忘れたように立ち竦む騎士達がいるだけ。
彼の目に写った、小さな人影。
それは確かに、自身のよく知る、末の息子の義兄であった。
全力疾走で執務室から立ち去り、自室のベットへと飛び込んだ。荒い息遣いは無視して枕に顔を押し付ける。
「おれは馬鹿か!見られた、絶対バレたぞ!?」
ぁぁあああ!っと叫び散らす。
マジであり得ねぇって、計算とかする前に魔法のこと考えろよ。
ジタバタと暴れて、我に返る。
・・・・もういいや。なるようになってしまえ!
どうしようもなくなったら、全員の記憶消して逃げようか? 一応、その気になれば使えないこともないし。
いやいや、落ち着け。
王子達に何するつもりだ。本末転倒すぎるぞ。
大丈夫、たぶん大丈夫だって、いきなり処刑されたりするわけじゃあるまいし。説明は、なるようになるだけだ。
「フラグ回収早すぎるだろ。」
はー、ダメだ。
今日はいろいろありすぎ。
服を着替え、毛布の中に潜り込む。
体が温まるまで、一日を振り返ってみる。
執務室に呼ばれ、ウィルは剣術を習い始めた。
ハンプの捕縛は決定事項になった。
アドルフさんの挑発にのって、試験を受けた。
試験は一応合格、ただし負けた。
筋トレの内容を増やしてみるか?
自主トレの内容は要検討。
国王様とアルイト王子から魔法と剣術を習うことになった。
半年分のハンプの不正を国王様に報告した。
ついでに、それがおれの仕業ってことがバレた。
・・・・こうやって振り返ると、本当にいろいろあったな。
こういう日を『怒涛の一日』って言うのかね?
じんわりと足先が温まってきたので、そろそろ寝ますか。
次話は一週間以内に必ず投稿します。