乳兄弟と
ギリギリセーフ?
あれ、夜12時ってまだ大丈夫だよね?
泥のように眠り、次に目が覚めると夕食が終わったころだった。体を起こし、不調がないか確認する。
うん。ちょっと貧血っぽいね。
魔力の使いすぎが原因かな?
あとは、結構無理な運動したせいか、軽い筋肉痛になってるくらいだね。
ベットから降り、手早く服と髪を整える。
鏡で確認し、部屋を出た。
「ジャック、もう起きて大丈夫なの?」
テーブルを拭いていた母様から声をかけられた。
「大丈夫。母様、ウィルは?」
「お部屋にいらっしゃると思うわ。夕食、食べれそう?」
「うん。」
「すぐ持ってくるわね。」
ふわり と微笑んで、調理場に行く母様。
あ、そういえば、この部屋の間取り言ったっけ?
・・・・言ってない気がするから、軽く説明しとくよ。
年々部屋の家具が増えたりするから、細かいところは省略して、簡単な間取りだけ。
まず、扉を開けてすぐにテーブルとソファがある。
いわゆる、応接間的な空間だよ。
正面には大きな窓。
そこから左には、ウィルの私室がある。
右は、母様の部屋。
応接間に入ってすぐ右にあるのが、おれの部屋。
来訪者を迎えたりするから、扉に近い部屋を使ってる。
さっき言った調理場は、母様の部屋の隣にある。
あ、大きな窓のところには、丸いテラステーブルがあるよ。
ウィルがよく本を読んだりする場所で、これだけは2年ほど変わることなく置いてある。
窓の外は暗く、綺麗に瞬く星空が広がってる。
あっちより、遥かに鮮明で澄んだ夜空だ。
・・・・今さら帰りたい、とは思えないんだよなぁ。
妹のことは心配だけど、仲が良かったわけではないし。
家族との思い出、は、あまり思い出したくないな。
ダメだ。センチメンタルになってどうする。
深呼吸だ、深呼吸をしろ。
・・・・まったく。
帰ったところで、居場所なんて無いだろうに。
アレか? ホームシックとやらか?
何にせよ、ウィルを守るのがおれの役目だ。
いや、ウィルだけじゃないな。
母様や、国王様や王子達、ひいてはこの国の人々もだ。
自分の手を見る。
まだ丸みをおびた、小さな手だ。
身長も大人に比べれば、半分いくかどうか。
世間じゃ、圧倒的弱者にカテゴライズされるだろう。
こんな身じゃ、守れるものも守れない。
早く、強くならないとな。
だけど、決して焦ってもいけない。
浮き足立って、全てを無駄にしてはいけない。
大丈夫、戦闘は武力だけじゃない。知恵や戦略も重要だ。
力だけを求めるな。
歴史の偉人達を見ろ。
戦略や味方との信頼、機転を効かせた攻防。
知識は人一倍あるんだ。それを生かせ。
スゥと息を吸い、ゆっくり吐き出して、気を沈める。
よし、スッキリした。
優しい匂いがして、母様が夕食を持ってきてくれた。
メニューは、黄金色の野菜スープ、黒パン、牛乳。
黒パン、黒パンかぁ。
栄養があるってことは知ってるんだけどね。
ちょーと、固いんだよ。
「ありがとう、母様。」
「デザートにリンゴがあるの、後で一緒に食べましょう。」
「うん。」
黒パンをちぎって、スープに浸して食べる。
じゅわり とスープと麦の香りが広がる。
少しずつ噛み砕いていく。
美味しいんだけどね。顎が疲れてくるんだ。
特に皮っていうか、表面のところが固い。
例えるなら、乾燥させたビーフジャーキーを重ねたみたい。
黒パンを食べ終わり牛乳を飲んでいると、母様がリンゴを持ってきた。 くし切りで八等分にされている。
フォークを突き刺して、口元に運べば、爽やかな香りが鼻を抜けていく。 噛めば、甘酸っぱい味が溢れる。
うん。熟してて美味しい。
視線を感じて顔を上げれば、母様が見ていた。
微笑ましそうに、楽しそうに。
「母様?」
「ふふっ、美味しそうね。」
そう言って、リンゴを頬張る母様。
首を傾げつつ、リンゴをかじる。
うん、美味しい。
「ジャックは、強くなったわね。」
唐突に、囁くように告げられた。
顔を上げた先には、苦しそうな、泣きそうな顔で無理に笑う母様の顔があった。
「アスランの時も、苦労させてしまったわ。私が弱かったせいで、色々我慢させたでしょう?」
そういえば、母様と二人でゆっくり話すのはいつぶりだろう。 お互い、時間が合わせられなくて軽い会話ばかりだった。
それを気に病んでいたのか。
「母様、僕は大丈夫。我慢なんてしてないよ。それに父様のことは、母様が悪いわけじゃないでしょ?」
母様が悪いと言う奴がいるなら、おれはそいつを殴る。
悪いとすれば、襲撃し父様を拉致した魔族だ。
「本当に? 今の生活は辛くない?」
「辛くない、とは言えないけど、毎日が新鮮で楽しいよ。ウィルや王子達は優しいし、いろんなことを教えてくれる。」
これは本心だ。
毎日何かしら発見があり、王子達との交流はとても有意義だ。
「そう、良かった。ごめんなさい。今日はもう休むわね。」
おれの返答に満足したのか、安心したように微笑むと、目尻に溜まった涙を拭い、自室へと去る母様。
皿の上には、リンゴが三切れほど残っている。
さて、こいつらはどうしよっか?
お腹はいっぱいになってるんだけど。
「ジャック。」
うわ?! びっくりした。
「ウィル、どうしたの?」
「ここの計算って分かるか?」
差し出された紙束、かけ算やわり算の問題だ。
ウィルが分からなかったのは、二桁のかけ算とわり算。
「ここは、筆算を使うと楽に解けるよ。」
小学校の授業を思い出しながら教えていく。
あー、懐かしいなぁ。
一回理屈が分かると、呑み込みは早かった。
ウィルは、ものの数分で一枚目を終わらせた。
凄いと、素直に感心した。
おれは、あっちでかけ算に慣れるのに半日かかってたんだよ。
頑張ったご褒美として、残っていたリンゴをあげた。
ご機嫌で完食していたから、小腹が空いてたんだろう。
今度からクッキーとか用意しとこう。
「ジャックは、おれや兄様のことをどう思ってるんだ?」
はい? え? 急にどうしたの?
どうしたのか、と目で訴えるが、ウィルは答えるのを待ってる。これは、答えるべきか。
スッと姿勢を正し、ウィルの目を見て口を開いた。
「僕にとって、太陽のような存在だよ。生きていくための目標。かけがえのない存在だ。」
「なら、何で隠し事するんだ?」
ギクリ と体が強ばった。
ウィルの濃い緑の瞳に射竦められる。
「アルイト兄様とジェイド兄様から聞いた。いつか話すって言ってたって。魔法のことだってそうだ、試験の時に初めて知ったって。 ずっと黙ってる気だった? 他にも何を隠してる?」
明らかに、怒ってる。
声色が、苛立ちを通り越して憎々しげだ。
「答えろ、ジャック。」
王家の威厳、と言うべきか。
殴り付けるような、濃密なプレッシャーが向けられる。
「・・・・隠し事をしてることは悪いと思ってるよ。でも、まだ話せない。話すべき時じゃないから。」
「いつ、いつなら話せるようになる?」
「そう、だね。ウィルが成人するとき、きちんと話すよ。」
「絶対に?」
「あぁ、約束する。黙ってて、ごめんな。」
プレッシャーは霧のように薄くなって消える。
ウィルは、諦めに近い感情を浮かべていた。
「ジャックは、頑固だな。」
「こればっかりは、譲れないんだ。」
苦笑いを浮かべて答えた。
そう、こればっかりは譲れない。
下手すれば、ウィルや王子達との関係をぶち壊すことになる。
最悪の場合、精神を壊すかもしれない。
それだけは、絶対にお断りだ。
やっとできた、人間関係だ。失いたくはない。
その後、ウィルは就寝のために自室に帰った。
皿なんかを片付けて、テーブルを拭く。
ウィルと母様の部屋をこっそりと覗き、ちゃんと明かりを消して、眠ったているかを確認。
母様は穏やかに寝ていたけど、ウィルは布団を蹴飛ばしていたので、そっとかけ直した。
自室でポーチの中身を整理して、腰につける。
やることは昨日といっしょ、不正を書き連ねるだけ。
一応、白紙の量は倍ほど、多めに入れてある。
昨日のは余白が かなりギリギリだったからね。
自室から出て、扉の前に立つ。
「意外と面倒なんだけどねぇ。」
ボソッと愚痴を溢して、部屋を出た。
足音を最小限に、素早く書斎に入る。
別にね、こそこそ隠れてやる必要はないと思うんだ。
ただ、勝手に書類を触ったりしてるし、見つかったら怒られる可能性が高いから、隠れてるだけ。
怒られないなら、堂々とやるよ?
あ、ダメだ。
こんなちびっ子が不正に気付くとか、不気味すぎる。
やっぱ堂々とするのは、ナシで。
国王様には、いつ話そう?
というか、すぐにバレるだろうし、何か聞かれたときにでも、こっそり話すか。
うん、不正については国王様だけに教えよう。
王子達には教えない。
まぁ、王子達が自力で気付くようなら、仕方がないから諦めて覚悟をきめるけど。
そう、だな。いつ、何を話すかは、決めておこう。
色々と考えすぎてごっちゃになってきた。
まずは、魔法。
これはいつでも良い。
明日あたりにでも話すことになるだろうし、そんなに隠したいわけでもないからな。
次に、不正うんぬんのこと。
さっきも言った通り、国王様にだけ。
ただし、国王様が何も聞いてこなければ、教えない。
もし、王子達が自力で考えて、おれに辿り着いたなら、その子と執事達にだけ教える。
どうやって不正に気付いたかは、どうにかして濁そう。
そして、転生について。
一番面倒な内容だな。
これは前から言ってる通り、ウィルが成人した時に全員にきちんと教える。
万が一、王子達が先に気付く、もしくは第三者に言いふらされた場合は、王子達の精神を最優先にして、簡単な説明をする。
とまぁ、こんな感じかな?
『第三者が言いふらす』は、考えうる最悪な状況だな。
というか、そんなことした奴は、絶対に消す。
その相手がかなりの権力者だったら、社会的に。
ただのクズなら、塵一つ残さずに抹殺してやる。
ふと、現実を思い出し、物騒なことを考えだす頭を振って、書類に手を伸ばす。
要らんこと考える前に、さっさと書かないとな。
サクサクと1ヶ月分の書類を読み終える。
青くなった紙といっしょにポーチへ仕舞って、時計を確認する。ふむ、まだ深夜か。
針が示すのは、12時を少し過ぎた頃。
書類を読むのに慣れたのかな?
昨日よりも早く終わってるね。
それなら、もう1ヶ月しようか。
幸い、白紙は多めに持ってきてあるし。
もう一度、新たな書類と向き合った。
盛大なフラグを立ててしまった気がする。
フラグは回収するか、へし折るか、未来の自分の気持ち次第です。
ご了承下さい。
では、また来週(?)に会いましょう。