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「『カライア』ってなんなんだ?あと必要なピースがDチップ保有者って……」
次々に明かされる新事実を嘆いても話が進まない。マリスは頭を切り替えて、晶に対して問う。マリスの問いかけに晶は軽く頷き口を開いた。
「『カライア』とは、旧時代からサラクール家が研究する、メモリ領域のことです」
「メモリ領域?」
「この宇宙の物質を限界までミクロの世界まで突き詰めていくと、第五次元へと隣り合った世界であることはご存知ですか?」
唐突な非日常の問いかけにマリスは首を傾げる。まったくご存知ではない。助けを求めるようにマックを見ても、彼も肩をすくめるだけだった。
「旧時代には、高く高く空を上りこの世界と物理的に繋がりがある宇宙へと人々は旅をしました。でも理論上は物質を小さく小さく限界を超えて小さく突き詰めると、隣り合う第五次元の宇宙へと到達でいると言われています。その第五次元の手前にはメモリ領域-カライアが存在し、そこには任意の三次元世界のメモリ、記憶が保存されていると言われています」
「記憶?」
「そこにアクセスできれば、過去の記憶や現在進行形の誰かの記憶、宇宙の記憶、果ては未来の記憶も見ることができると言われています」
どうにも胡散臭い話だ。突拍子もなさすぎて突っ込みの言葉も浮かばない。
「ナルメアはカライアにアクセスするために開発されていました。お兄様はそれを取り戻したいのだと思います」
「それは……カライアにアクセスするためか?」
「おそらく。アクセスに成功したら、神をも等しい力を手に入れることができます」
晶が先ほど言った言葉に、未来の記憶という言葉もあった。過去の記憶とも。確かにそんなものを自由に覗き見ることができたら、それは神と等しくなるだろう。
「Dチップ保有者が交渉の条件となるのは、Dチップ保有者が兵器であるからです」
続けて発した晶の言葉に、マリスは敏感に反応する。兵器という単語と、Dチップ保有者―人間とが結びつかなかったのだ。
「先ほど申し上げた通り、この世界はナルメアに依存しています。出生から生活を管理され、ワクチン提供だけでなく、ナルメアが配布するアプリによる、日々の生活の恩恵を受けている。非常に危険な考えかたですが、ナルメアは、人類をチップを介して支配下に置くことも可能です。ですが、Dチップ保有者だけは、ナルメアから干渉も受けますが、干渉をすることができるのです。交通が遮断され、物資も乏しくようやく復興の目処がたってきただけにすぎない現在、旧世界のような直接物理的に都市を破壊する兵器は意味を持ちませんし、作成することもできません。しかし人類に浸透するナルメアを支配することができる人間がいたら、兵器に等しい脅威になるのです」
晶は悲しそうに告げると目を伏せる。
「じゃあ、今回の会議は……」
「はい。私という人間がいたから、成立したと言ってもいい。現在三人のDチップ保有者がいます。皮肉なことに交渉の相手であるトリシアに一人、ビオ・クルスに一人、トルキリンに一人……。会議の日にどのような流れで議事が進行していくのかは不透明ですが、Dチップ保有者の動きが、一つのカギとなると思います」
晶はそう言葉を止めると、まっすぐにマリスに視線を据える。
「トルキリンが所有するDチップ保有者は、アルフィア・フィーグルス。フィーグルス家は、ご存知の通り、トルキリンを拠点とする経済学に長けた一族で、隕石からの復興やMOウィルスとの戦いの中でも、着実に資産を増やしている一族です。世界中央機構(WCM)にも太いパイプを持ち、主要十か国もおいそれと干渉できない、力を持った一族です。アルフィアはそこの二人の直系のうちの一人で、Dチップ保有者です」
晶は少しためらうように口を閉ざすと小さく深呼吸をした。まるで何かに抗うかのように瞼を震わせ、口を開いた。
「アルフィアは、17歳の時にNMOが発症し、今から三年前―20歳の時に寝たきりになっています。当時は意思の疎通は可能でしたが、一年ほど前から昏睡状態となっています。アートとアルフィアは血のつながらない姉弟で、アルフィア発症当初、アートは世界中央機構(WCM)から派遣されたDチップ保有者の監視者でした」
そして、とあえぐようにつづけた晶は、小さく深呼吸すると言葉をつづけた。
「これは兄も知らないことですが、私とアルは四年前から連絡を取り合っていました。Dチップ保有者同士は、物理的距離は関係なく、Dチップを介してコミュニケーションをとることができます。日々の他愛ない出来事を知らせあうだけでしたが、私にとってアルは大切な友達です。寝たきりになっても、通信を繋ぐことはできたのに、それも一年前から途絶えました。NMOが発症し、ステージⅡまで1998vcの寄生が進んだからです。アルはナルメアとの同期率が10パーセントなんです。現在の同調率60パーセントでようやく命を繋いでいる状態です。お兄様の計画通りたとえ段階的だとしても今より同調率を下げてしまうと、アルフィアの命はとても危険な状態になります」
晶は言葉を切り、何かに耐えるように瞳を閉じると、「私はアルを救いたい」と絞り出すように言った。
□□次元 旧世界において次元とは各点を指定するのに必要な座標の数のことを指す。地球においては任意の点を指定するのに、長さ、幅、高さが必要となる。それゆえに地球は三次元の世界といえる。ただ宇宙は多様である。そして知性を持つ生命体は、宇宙の法則に則さない個体は淘汰され、最終的にはその宇宙に適応した個体のみが進化していく。つまり、地球は三次元世界であるが、別の宇宙、すなわち高次元時空も存在する。高次元から低次元を認知することは可能であるが、低次元から高次元は認知できない。だが三次元世界である地球と高次元宇宙の狭間は存在する。それがカライアである。カライアでは四次元宇宙の海が広がっている。四次元宇宙は時間が渦巻く宇宙であると言われている。そのためそこには、過去や現在だけでなく、未来の記憶も保存されていると言われている。