2
見開いたリンの瞳から宝石のような涙が零れ落ち、その深い黒曜石の輝きが瞼に沈むまで、ユウは息を止めて見守った。
まるで奇跡の瞬間を脳裏に焼き付けようとするかのように、ユウは力を失う少年を凝視する。自らの腕で支えたリンをそっと横たえたユウの瞳には、慈しむかのような温かい光が満ちていた。その瞳で名残を惜しむかのように意識を失ったリンを見つめ、彼はゆっくりと立ち上がる。その時には瞳の中に先ほどまでの温かく優しい光の残滓はない。凍えるほどに冴えた闇を瞳にたたえ、ユウはリンが守るかのように立ちはだかっていた扉に手をかけた。
開かれた部屋のあまりのまばゆさに目を細める。ユウは眼前に広がる光景に、一瞬息を止めた。
「おぞましい」
先人が人類を守る大義をもって創り出し、自らが改変した存在を小さく罵倒した。ユウは迷いを振り切るように首を振り、一歩を踏み出した。しっかりとした足取りでそれに近づき、そっと手をかざす。その手を一瞬光が包んだ。
「来たよ。ナルメア。約束の時間だ」
ユウは静かに鳴動する眼前のそれに語りかける。彼の手を覆う光は温かく、敵意はない。
すべては予定通り。ユウを縛り監視する者は、彼の甘言や策略ですでに掌の中。彼を止めることができる唯一は、彼が救おうとしている半身であることはとても皮肉なことだが、その少年も先ほど彼が投与した薬で眠っている。リンが目覚めた時、すべては終わっているだろう。
微笑みながら自らを包む白い光を見ていたユウの目の前で、白い光が赤く染まり、はじけるように消えた。
ユウはひゅっと息を呑んだ。目の前の存在が、急速に輝きを失っていく。一瞬でぱちりとスイッチが切られるように、鳴動が止まり、光が拡散していた部屋は闇と静寂に包まれた。
「何が……」
あえぐように言葉を発したユウは、先ほど光に包まれていた手が、赤い光に包まれていることに気づき、目を見開いた。反射的に手を引こうとして、その手が固定され動かないことに気づく。
「リン……。君は……」
脳裏に浮かぶのは、先ほど意識を奪った少年の涙をたたえた瞳。手を拘束されたまま、先ほど入ってきた扉を振り返るが、そこには誰もいない。
「Dチップか。何故だ。リン……。何故……。こうするしか、君の生き残る術はないのに」
ユウは、秀麗な顔に苦悶の表情を浮かべて唇を噛む。がりと音がして、その唇から赤い血液が流れ出ても、ユウは唇を噛むのをやめなかった。涙を流しながら目を見開き、それでも最後まで抵抗した。
だが赤い光は、毒が浸透するように、ゆっくりとユウの全身を包む。彼の憎悪に染まった真っ黒な瞳が、わななきながら閉じられる。涙の痕が白い顔に幾筋もつくられ、ユウの完璧な造形を崩していく。静かに静かに、赤い光は彼を包み、ゆっくりと心臓の上に収束していった。
そして部屋は完全に沈黙した。
闇に沈んだ世界は、静謐に閉じ込められた。
□□祐・サラクール 凛の双子の弟。希少ジーンリッチ。Dチップの開発者。サラクール家は希少ジーンリッチを多く輩出する家系で、凛や祐の父が当主の座を争ったこの時代は、10の分家が存在した。凛や祐の父の出身は分家の中でも格が低く、その中でも末の双子として生まれた凛と祐はひっそりと郊外の研究施設で凛の病気の治療法を研究していた。