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【書籍化記念特別SS】聖夜の贈り物

いよいよ明日は「ビジネスライク」の発売日!

お久しぶりの記念番外編です。

(Side:ユージーン)


「何? 寝ているあいだに枕元に贈り物を置く? 何故そんなおかしな事をするのだ?」


 先程まで私は、領地にある伯爵邸でベーカーと夕食のメニューについて話をしていた。


 元々のメニューはもちろん決まっていたのだが、今日は予想よりもかなり冷え込みが強く、何か身体が温まるメニューに変更しようかとベーカーが提案してくれたのだ。


 いつもはそういったメニューの打ち合わせはアナがしてくれているのだが、あいにく今日はハミルトンシルクを織っている職人達とお茶会があるとかで出かけている。


 アナが身体を冷やしているといけないし、夕食には身体の温まるクリームシチューと、アナの好物のほうれん草のキッシュをつけようという事で話はまとまったのだが、ふいにベーカーが今夜は雪になるかもしれないと言い出したことで話の方向が変わった。

 

 何でも、平民の間には初雪が降った翌日に子供の枕元に玩具を置いておくという風習があるらしい。


「諸説あるのですが、平民の間ではメジャーな風習なんですよ。なんでも、雪が降ると外で遊べなくなる子供たちのために、夜のうちに親がこっそり玩具を置いておいたのが始まりらしいのですが……」


 なるほど。普段中々贈り物を貰えない子供達を喜ばせるためのサプライズという訳か。


「それが変化して、夫婦や恋人同士の間柄でも、男性が愛する女性のために贈り物を置くようになったんです。『聖夜の贈り物』って奴です」


 夫婦や恋人……恋人?


 ベーカーの言葉が引っかかって、思わず首を傾げる。


「夫婦ならともかく、恋人同士の間柄で枕元に贈り物を置くのは無理ではないか? 婚姻前の婦人の寝所になど、入るわけにはいかなかろう」


 至極当然の疑問を口にする私に、何故かベーカーは苦笑いを浮かべる。


「まぁ、伯爵様らしいですよね……。何というか、これは平民の文化ですので」


 平民は恋人同士の間柄でも寝所への出入りがあり得るということか!?

 なんという破廉恥な……。

 アナがいつまでも市井で平民として暮らしていなくて良かった。


 公爵家へ引き取られた経緯を思えば煮湯を飲まされるような思いだが、アナのあの可愛さだ。

 貴族社会へ連れてくるのが数年遅ければ、おかしな虫がついていたとしてもおかしくはない。

 いや多分ついてた。絶対ついてた。


 くっ、想像しただけで相手の男を埋めたい。


 嫌な想像をしたせいでどんどんと負のオーラを纏っていく私に、ベーカーが慌てて言葉を続ける。


「まぁその、他の家のことはともかく、伯爵様と奥様は立派なご夫婦なわけですし、何か贈り物をされたら奥様もお喜びになるのではないですか?」

「! 確かにそうだな! よし、今すぐ何か用意しよう!」


 そうと決まれば、こんなところでありもしない妄想に腹を立てている場合ではない。


 一刻も早く、アナが喜ぶプレゼントを探しにいかなければ!


 私が足早に部屋から出ていこうとすると、また慌てたように後ろからベーカーが声をかけてきた。


「伯爵様っ! マリーから()()()()聞いていたのですが、アナスタシア奥様には欲しがっている本があるそうですよー!」

「そうか! 分かった!」


 

 ◇ ◇ ◇



「ふぅー……、これでいいのか? マリー」


 伯爵様が足早に部屋を去っていった後、それを待っていたかのようにヒョコッとマリーがドアから顔を覗かせる。


「うん、バッチリ! ありがとうベーカー! アナスタシア奥様、喜ぶわ!」

「こんな回りくどいやり方しなくても、マリーが直接伯爵様に言えばいいじゃん。『奥様に聖夜の贈り物をされてはどうですか?』ってさ」


 俺がそう言うと、マリーは大げさなほど首をすくめてヤレヤレ、とポーズをとってこう言った。


「もう、分かってないなー、ベーカーは。こういうのは、他の女にせっつかれて用意するんじゃなくて、男同士でコソコソしてるのが熱いんじゃない!」

「うーんん??」


 マリーは今度は手を握りしめてフンスフンスと何やら主張を始めたけれど、はっきり言って何を言っているのかさっぱり分からない。


 まぁ……可愛いからいいけど。


「あ! ねぇ、ベーカーは私にくれないの? 聖夜の贈り物!」

「んごっ!?」


 急にとんでもない事を言われて、喉から変な音がした。


 マリーに? 俺から!?


 顔がどんどんと熱くなっていくのが自分でも分かる。

 マズイマズイ、俺、今もう真っ赤なんじゃないか!?


「いや、それはちょっとマズイんじゃないかな!? マリーの寝所に俺が入る訳にいかないし!?」

「うーん、それもそっかー」


 慌てふためく俺をよそに、マリーはケロリとした顔であっさりそう言う。


 ああ、俺また振り回されてる……。


「じゃあ、明日の使用人用の朝食はフレンチトーストにしてくれない!? ね? それくらいならいいでしょ!?」


 マリーにキラキラした目でそうねだられて、俺が断れるはずがない。


「……分かったよ。カラメリゼしたバナヌも付けるよ」

「きゃぁー、やったぁ! ありがとうベーカー!」


 そう言ってピョンコピョンコ跳ねるマリーを見て笑いながら、ふと窓の外を見る。


「……雪だ」


 今日は絶対に雪になるから! と、朝からマリーが厨房に押しかけてきた時の事を思い出す。凄い、ほんとに当たった。


「ふふっ、だから言ったでしょ?」


 そう言って得意げにこちらを見るマリーの笑顔の、なんとまぁ可愛いことか。


「じゃあね、ベーカー! 私、伯爵様にアナスタシア奥様が何の本を欲しがっていたのかお伝えしてこなくちゃ!」


 手を振り小走りに去っていくマリーの背中を見ながら、俺は小さくため息を吐いた。


 ……小悪魔、健在。


読者の皆さま、メリークリスマス!!

久しぶりの番外編もお読みいただきありがとうございました(*´∇`*)


明日はいよいよビジネスライクの書籍の発売日です!

活動報告に詳細がありますので、よろしかったら覗いてみてください♪


それでは皆さま、良いクリスマスを!


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