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973:アジ・ダハーカ-9

「あぁ……本当に面倒くさいわね……」

「もう3時間? 4時間? 相当な時間がかかっているのは確かね」

「耐久に振り過ぎでチュよ。こいつら」

「「「ーーーーー!!」」」

 戦闘開始から……何時間だろうか?

 聖女ハルワの言葉通りなら、とりあえず数時間は戦っているらしい。

 そして、その数時間の戦いの成果として、アジ・ダハーカの身体は確実に削り取られていき、だいぶ小さくなってきている。

 具体的には直径数十メートル程度にはなった。

 うん、最初が10キロメートル超えなのだから、小さくはなった。


「炎、雷、氷……だいぶなりふり構わなくなってきたでチュねぇ」

「そうね。おかげでアンノウンの状態異常を治す側としてはだいぶ楽になってきたけど」

「私としてはそろそろ一通りの攻撃を見てしまった気分になって、やる気が急速に削がれつつあるのよねぇ……」

「「「ーーーーー!!」」」

 だがそれでもアジ・ダハーカの攻撃はそこまで緩くはならない。

 強力な呪術による攻撃も、礫を高速で飛ばす事による牽制と削りも、伸ばした首と手による直接攻撃も相変わらず仕掛けてきていて、威力は落ちない。

 なので、油断をする事は依然として出来ない状態になっている。

 しかし、一番の問題はその攻撃ではない。


「とりあえず……『竜息の呪い(クニルドセルブ)』」

「「「!?」」」

 私はルナアポをドゴストに収納し、射出。

 アジ・ダハーカの身体を確かに貫き、周囲に爆炎が広がる。

 だがしかしだ。


「一切の傷がないでチュねぇ」

「此処に来てアンノウン一人では……いえ、有象無象だと幾ら居ても変わらなさそうね」

「此処まで来ると回復と言うより、そう言う状態で固定されている感じかしら」

 爆炎の向こうから現れたアジ・ダハーカには一切の傷がない。

 より正確に述べるならば、今のアジ・ダハーカは黒色の巨大な宝石のようなものから首や手足が生えていて、首や手足については吹き飛ばせるのだが、巨大な宝石部分には一切の傷をつけられない。

 そして、宝石部分は少しずつ首や手足を増やしていき、肉体を再生する事が可能なようだった。


「たるうぃ、何か情報は無いんでチュか?」

「困った事にルナアポを介して得られるのは、宝石の中には淀みそのものような人間たちの精神と魂がぎゅうぎゅう詰めにされていて、ぎゃあぎゃあと騒ぎ続けていると言うことぐらいで、肝心な部分の情報は一切ないみたいなのよねぇ……」

「そう。でもさっきアンノウンに仕掛けた設計者は、あの中に居たのよね」

「ええそうよ」

 恐らくだが、力押しではどうにもならない相手なのだろう。

 それこそルナアポを使った『竜活の(エサエルセド)呪い(セルブ)』からの禁忌やルナアポ射出でも、この宝石を完全に消し飛ばす事は叶わないに違いない。

 と言うかだ、宝石の中には無数の人間の顔や体が浮かんでは消えていくのだが、その人間たちがもはや消滅こそが救いになるような連中でありつつも、救うに値しない連中でもあるため、誰にもどうしようもない状態になっているような気がする。


「それなら、あの設計者は、アンノウンならこの宝石の破壊を出来ると考えていた。少なくとも詰みに持っていくことは出来た。そう捉えてもいいと思うのだけど」

「そうね。なんでか消滅してしまったけど、馬鹿ではなさそうだったし。と、ezeerf(エゼールフ)灼熱の邪眼・3(タルウィスコド)』」

「……。まあ、何かはあるんでチュよね」

 詰み……詰みかぁ。

 アジ・ダハーカは結局のところ、この世界から逃げ出そうとしていた連中の集合体と言ってもいいだろう。

 アジ・ダハーカはそのための手足であり、武器でもあった。

 となると連中にとっての詰みは……どこにも行けなくなることだろうか?

 だったら、とにかく大量の状態異常で以って封印し続けてしまえばいいと思うが、ヤノミトミウノハの永久石化のようなものでもない限り、外部から何かしらの手を加えない限り封印し続けると言う真似は……。


「ん?」

「どうしたのかしら?」

「どうしたでチュか?」

 なんか引っかかった。


「いや、思ったのだけれど、宝石の中にいる奴らって、結局は昔から生きていた連中で、呪いに対しては否定的と言うか、異形度が高い存在は迫害していたような連中よね?」

「そうね。その可能性は高いと思うわ。サクリベスの地下に住んでいた連中以上に異形の存在に対しては拒否反応を持っている可能性もあると思うわ」

「そう言う存在と言う事は、宝石の中の人間一人一人の自覚としては、自分は低異形度の存在であると思っていそうだし、実際カースのような高異形度の存在とは考えづらいわよね?」

「まあ、そうでチュね。そう言うのは居ないと思うでチュよ。見た感じでチュが」

「もっと言えば、アジ・ダハーカが建設された頃はそこまで呪いは一般的ではなかったのよね」

「え、ええ……そう考えるのが妥当だと思うわ」

「異形度に換算したら、良くても一桁じゃないでチュかねぇ……」

 うん、もしかしたらそう言う事かもしれない。

 それならば、設計者が私の精神に接触しただけで消滅してしまったことにも筋が通る。

 世の中には、死んでも一つになりたくない相手だって存在しているのだから。

 であるならば、アジ・ダハーカへの対処も出来なくはない。


「なるほどなるほど。じゃあ、こうすればいいのね」

 私はアジ・ダハーカの核でもあろう黒い宝石を呪詛の鎖で雁字搦めにする。

 そして、鎖の一端を遥か上空……いや、私たちがこの場にやってきた際に最初に居た場所へと繋ぐ。

 そこにあるのはヤノミトミウノハの杯の底であり、杯の底に繋がれた鎖を伝って、とある液体が……ヤノミトミウノハが生成してから1秒以内の液体が、アジ・ダハーカの身体へと勢いよく注がれ始める。

 するとどうなるか?


「「「ーーーーー!?」」」

 アジ・ダハーカの身体が中身ごとオパールに変換されていく。

 最初の一瞬だけ悲鳴を上げて、静かに固まっていく。

 世界そのものに押し潰されて、小さくなっていく。


「アジ・ダハーカの異形度は外装も中身も19以下。であるならば、ヤノミトミウノハが生成した直後の毒液を浴び続けるような状態になれば……十分な異形度を獲得しない限りは、もはや逃げ出す事は叶わない。そして、ヤノミトミウノハが気まぐれに付与する程度の呪いであるならば……」

 それでもなお抵抗するように、あるいはヤノミトミウノハの毒液によって上がった異形度の影響か、アジ・ダハーカの身体から蝙蝠の翼のようなものが生えようとする。


「なるほど。その程度ならアンノウンに頼るまでもなく、私の能力で簡単に消せる。そう言う事ね」

 だが、その翼は生え切る前に聖女ハルワの力によって消し去られ、消滅した。


「ええそうね。将来的には自動切除装置とか、色々と準備は必要になるけれど、現状ではそれで十分。封印は完了よ」

 そう、これでアジ・ダハーカは詰んだ。

 自発的に何かをする事は出来ず、偶発的な事象も簡単に対応できる程度のものしか起きない。

 私たちの手では倒し切る事は叶わなかったが、その方法が見つけ出された時には苦労の一つもなく実行可能になるだろう。

 ああ、むしろこの方が私にとっては都合がいいことかもしれない。


「さて、それじゃあ帰りましょうか」

「分かったわ」

「分かったでチュ」

 だって、消滅させられないはずのアジ・ダハーカを滅ぼす、そんな未知なる力を持った誰かに遭遇できる未来が現れたのだから。


 私はそんなことを考えつつ、アジ・ダハーカの封印を維持しながら、『ダマーヴァンド』へと戻っていった。

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