97:スモークホール-4
「よっと」
『煙たいでチュねぇ』
竪穴の中は下から上がってくる黒煙の影響で、見通しがかなり悪い。
普通に上り下りするには壁際に付けられた梯子を使うしかなく、昇るにしても降りるにしても安全の確保は課題になりそうだった。
「あー、迂闊に踏んだら、竪穴全体が爆炎に包まれるとか、そう言う類の奴かしら」
「ほう……気を付けた方が良さそうだ」
そうして5メートルほど降下すると、梯子が終わり、第一階層から見て右手側に第二階層の入り口が見える。
で、竪穴の底だが、第一階層と同じように豆混じりの藁が燻されており、燻ぶっている火の感じからして迂闊に踏みつけたら勢いよく火が吹き上がりそうな感じになっていた。
空中浮遊で無視できる私はともかく、普通のプレイヤーは避けるのに苦労しそうだ。
「じゃあどうぞー」
私は第二階層に移動。
第二階層は……基本的には第一階層と変わりないか。
入口は高台にあって、先に進むなら下に降りる必要がある。
ただ、天井から床に敷かれているのと同じ藁が束になって垂れ下がっていて、燻ぶるネバネバらしきモンスターが床だけでなく天井も徘徊している。
そして、送風機と思しき機材の数が増えていて、空気の循環と火の勢いが良くなっている。
「ふむ、これは確かに迂闊に踏んだら危険そうだ」
と、ここでスクナも第二階層に降りてくる。
竪穴の底の罠は……特に危険な場所を的確に見極めて回避したようだ。
第一階層でも的確に避けていたし、慣れが窺える。
「じゃあ、第二階層ね」
「そうだな。とは言え、第一階層に比べて広そうだ。時計回りと反時計回りで分かれて、合流したら中央を調べるとしよう」
「そうね。そうしましょうか」
「では、私は左から回ろう」
なお、第二階層の広さは第一階層の倍以上ある。
沼に沈んでいた工場は外見からして地下の類はなさそうな物だったので、実は床に傾きが無かった第一階層と合わせて、明らかにおかしい構造になっている。
まあ、ダンジョンの構造には呪いも関わっているので、今更な話か。
「さて、モンスターは……」
「ジュル」
スクナと別れて探索を開始して数分後。
頭上の藁から燻ぶるネバネバが落ちてくるのが見えたので、軽く右に跳んで回避する。
「『
「ーーーーー!」
で、『毒の邪眼・1』で動きを止めてから、フレイルの柄で燻ぶるネバネバの核を体外に押し出して始末する。
「もぐもぐ。慣れれば始末は簡単だし、腹は膨れるしで、いい相手ねぇ。こいつら」
『飢えに悩まされないのは良いことでチュね』
簡単に倒せて、腹が膨れるのは良いことだ。
惜しいのは、弱すぎてレベル上げにはなっていないであろう点と、特に目新しい物が無いと言う事か。
一応、床の豆や藁の回収もしてみたが、多少の耐火性能を有するだけで、そこまで特別な物ではないようだった。
「ワラアァ……」
「上位種かしらね」
そうして多少ガッカリしつつも探索をしていた私の前に、新たなモンスターが現れる。
見た目は一言で称すならば人間大の藁人形。
ただし、胸に収まっているのは五寸釘や人の髪の毛と言った物ではなく、燻ぶるネバネバで……核と言う名の豆が3体ほど収まっているようだった。
「鑑定っと」
私は藁人形への鑑定を行う。
△△△△△
燻ぶる藁人形 レベル7
HP:2,097/2,097
▽▽▽▽▽
「また、跳ね上がったわねぇ……」
「ワラッ!」
核となっている豆の数にしてはHPが低い気がするが、高いことに変わりはない。
私は殴りかかってきた藁人形の攻撃を後方に跳んで避けつつ、チャージを開始する。
「ワラワラ! ワーラッ!」
「単純な物理攻撃……」
大ぶりの攻撃が二度三度と振るわれるが、私は難なく避けていく。
「ネッバ!」
「だけじゃないわね」
そして、藁を束ねて作られた腕の先から燻ぶるネバネバのネバネバと同じ色をした黒い液体が網状に放たれるのと同時に、私は床を勢いよく蹴って、攻撃から逃れつつ近くの機材の上に着地する。
どうやら、あのネバネバの網は攻撃と捕縛を同時に行える優れもののようで、私が居た場所では熱によって粘性が向上したネバネバが足元の藁を焼いている。
「ふふっ、その腕、気になるわねぇ……『
「ワラッ!?」
私の『毒の邪眼・1』が燻ぶる藁人形に入る。
が、与えた状態異常は毒(116)と、かなり控えめだ。
やはり、此処のダンジョンのモンスターには毒が入りづらいようだ。
「ネバ! ネバッ! ネバアァッ!!」
「ふふふ、完品が欲しいから我慢しないといけないわね」
毒に苦しむ藁人形は私に向けて黒いネバネバの網を何度も放ってくる。
しかし、ただ投じられるだけの攻撃を受ける義理は無いので、私は左右に動いて攻撃を避け、藁人形が倒れるのを待つ。
「ワ……ラ……」
「はい、回収っと」
そうして藁人形のHPが無くなって倒れ始めるのと同時に近づいて、僅かな液すらも零すことなく、毛皮袋に収めることに成功した。
これで死体の回収に成功したので、きちんと解体すれば、先程の黒いネバネバの網を放つために必要な何かぐらいは回収できることだろう。
「タルか。次の階層の入り口は見つかったか?」
「いえ、まだよ」
で、その後何度か藁人形あるいは燻ぶるネバネバと交戦。
どちらも核である豆さえ破壊するか、押し出してしまえば倒せると分かったところで、スクナと合流した。
そして、二人とも次の階層に繋がる場所を見つけていないと言う事で、第二階層の中心部に向かう事にした。
「あー、此処の攻略を諦めたプレイヤーが出るのも納得ね。これは」
「そうだな。流石にこれを相手にしたいとは思えないだろう」
第二階層の中心部には直径10メートルほどの大穴が開いていた。
降りる方法は先程と同じで、飛び降りるか梯子を使うか。
ただ、10メートルほど降りた先の空間は……第三階層から溢れ出たであろう黒いネバネバが床一面を覆い尽くしていて、足の踏み場もない状況だった。
「何か方策はある?」
「最低でも遠距離からの範囲攻撃手段が必要だが、私に持ち合わせは無いな。タルは?」
「私も無いわね。しかも燻ぶるネバネバの性質を考えると、火炎属性の攻撃だとたぶん駄目よね」
「だろうな。いずれにせよ今の私たちでは手詰まりか」
あそこに飛び込めばどうなるかは考えるまでもない。
私は一瞬で燃え尽きるだろうし、スクナでも多勢に無勢で圧し潰されるだけだろう。
「一度退くとしよう。私はサクリベスでそう言うアイテムが無いかを探してくる」
「分かったわ。私は……まあ、作りたい物があるから、そっちを優先ね」
「では、時間が合うならまた明日」
「ええ、時間が合うなら、また一緒に」
私とスクナは第一階層のセーフティーエリアまで戻っていった。
05/08誤字訂正