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969:アジ・ダハーカ-5

「何秒燃えているでチュ?」

「2分くらいだと思うわ」

「火災! 火災! 火災! 外部からの放火による火災が発生!」

「消火! 消火! 消火! 至急、該当部位の消火を試みる!」

「不明! 不明! 不明! 当該現象は火にあらず、32の手段による鎮火がならず!」

 黒い炎が燃え盛り、アジ・ダハーカの身体を焼く。

 勿論、アジ・ダハーカもただ焼かれ続けるのではなく、水を浴びせかけたり、酸素を遮断したり、消火剤の粉末を浴びせたりしているが、この炎は文字通りの呪いの炎であり、普通の消火方法での鎮火は不可能である。

 とは言え、今の攻撃の際にルナアポを介して得た情報によって、私の予想通りにアジ・ダハーカの身体が細かくブロック分けされていて、緊急時にはブロックを切り離す事によって被害を抑える機構があることは分かっているので、そこまで大規模な被害は及ぼせないだろう。

 いや、それだけではないか。


「っ、原典的にそう言うのも来るわよね」

「取り巻き召喚……いや、ちょっと違うでチュか」

「「「ーーー……」」」

 アジ・ダハーカはその原典において、傷つけられた際に傷口から有毒生物が大量に溢れ出すとされており、この能力のために神であっても生半可な手段では倒す事が叶わない存在となっている。

 そして、この能力は、こちらのアジ・ダハーカでも似たようなものが備わっているらしい。

 切り離されたブロックが、周囲の空間呪詛、淀み、外の黒と言ったものと混ざりあい、内部の想念と組み合わさってカースになっていく。

 その姿は全身が黒い液体に覆われた人型と言う物であり、個体によって角が生えたり、爪が長かったりする。

 数は……見えている範囲でも数百程度か。


「まあ、むしろちょうどいいわね。etoditna(エトディトナ)界毒の邪眼・3(タルウィベーノ)』」

「「「!?」」」

 此処が切り所だろう。

 と言う訳で、『呪法(アドン)感染蔓(スプレッド)』他複数の呪法と数体の眼球ゴーレムを組み合わせ、毒を受けていないアジ・ダハーカと言う条件のもとに『界毒の邪眼・3』を発動。

 切り離された個体、アジ・ダハーカ本体、その双方を包み込むように百を超える深緑色の球体が発生していき、毒を広めていく。

 これで毒は……アジ・ダハーカ全体で見たら、1割も広がっていないか。


「いやこれ、本当に時間がかかるわね……」

「チュアッハァ!」

「ーーー……!?」

 さて、毒を受けた個体にしても即死するわけではない。

 なので、こちらに向かってくる切り離された個体の大半をザリチュに任せつつ、私も錫杖形態のネツミテの先端にルナアポを生やし、切り離された個体の一体を突き刺して始末しつつ、情報を奪う。


「……。まあ、分かってはいたけれど、実に糞ね」

「うわっ、たるうぃが酷い顔をしているでチュ……」

 そうして得た情報は切り離された個体の中に何が入っていたのか。

 アジ・ダハーカの基本コンセプトだ。


 正式名称は『心動力式世界救済機構界境掘削竜』アジ・ダハーカ。

 世界の壁を掘り進めることで新天地に到達し、新たなる搾取の場を得る。

 世界の壁を掘り進める際に得られる、呪いと言う名の人の感情エネルギーを得て、エネルギーの枯渇を先延ばしにする。

 世界の情報を集めると共に一部の人間に寄生して操る事で、自分たちの後追いを出さずに技術と地位を独占しつつ、地上からエネルギーを奪い取って自分たちのために活用する。


 私の解釈も混ざっているが、どうやらこれが基本であるらしい。


 つまりアジ・ダハーカにとっての世界とは自分自身の事でしかなく、自分が救われるのであれば他者など精々道具かエネルギーでしかなく、アジ・ダハーカの一部にされた人間を含む動植物たちの大半はアジ・ダハーカ内部に存在している一部の特権階級と言う名のくそったれ連中の思考と魂のために今も虐げられている、と。


 正に淀みが竜の形をしているだけの汚物と言って差し支えないようだ。

 と言うか、カロエ・シマイルナムンに支配されていた頃のサクリベス地下と同じことが、規模だけ変えて行われているようなものであるらしい。


「ザリチュー……」

「な、なんでチュか。たるうぃ」

「幾らか面白い情報が入ったわー……」

「ソ、ソーデチュカー」

 私はそんな情報を得つつ、追加で十数体の切り離された個体を始末する。

 さて、そろそろ『暗闇の邪眼・3(タルウィダーク)』の伏呪も終わってしまうので、次の行動を始めないといけない。

 だがその前に手に入った面白い情報をザリチュに伝えなければいけないだろう。


「アジ・ダハーカを命名、設計、製造したご立派な天才糞科学者様はアジ・ダハーカの中には居ないらしいわ」

「チュア?」

「ふふふ、馬鹿な話よねぇ。アジ・ダハーカは自己修復、自己改良機能を備えているから、設計者は完成と同時に用済みになったらしいわよー」

「ああっ、そう言う事でチュか……」

 アジ・ダハーカを作り上げた誰かさんはアジ・ダハーカの中に居ない。

 内部で乗っ取られることを恐れた特権階級様によって、動き出す前に念入りに始末されたようだ。

 だから、今、アジ・ダハーカを制御している連中の中には、アジ・ダハーカについて正しい知識を持つ者はいない。

 その名がいずれは討伐される悪竜である事すら知らない。

 今よりもはるかに効率の良い手段があっても、現状に満足してそちらに手を伸ばそうとしない。

 状況を打開する手段を思いつかないどころか、目の前で堂々と開いている穴に落ちる。

 と言うか、そんなんだからこそ、主観時間で言えば何万年も同じことを繰り返していて、ほんの少しずつしか前進できていなかったらしい。

 いや、本当に前進していたかも怪しいかもしれない。


「ふふふ。デカいだけの木偶ならやり方は幾らでもあるわ。『虹霓(カース)外への(ステアトゥ)(アウト)』。ザリチュ、届かせなさい」

「分かったでチュ」

 いずれにせよ、私のやる事に変わりはない。

 私はザリチュ……正確には化身ゴーレムに『虹霓外への階』を与え、『虹霓外への階』を受けたザリチュは私からルナアポを受け取ると、先ほどと同じように真っ直ぐにアジ・ダハーカへと突き刺す。


pmal(プマル)暗闇の邪眼(タルウィダーク)・3(シェード)』」

 そして先程と同じように伏呪付きの『暗闇の邪眼・3』を撃ち込む。

 だが先程と今では大きく違う。

 私のアジ・ダハーカに対する理解度と言う点で。

 その事を示すように黒い炎は激しく燃え上がり……。


「「「ーーーーー!?」」」

 アジ・ダハーカを制御している一部の精神が直接燃え上がって、これまでにない叫び声をアジ・ダハーカは上げた。

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