964:ダイヴプリペア-5
「なんだあの虹色の……」
「馬鹿! 関わるんじゃない!」
「絶対に接触したら駄目な奴だ、あれ」
さて水曜日である。
『CNP』にログインした私はいつもの作業を行っていき、その一環として『理法揺凝の呪海』にやってきたわけだが……
『なんか、色々と言われてるでチュよ。たるうぃ』
「スルーで。此処は私の領域ではないし」
どうやら少しずつ『理法揺凝の呪海』の利用者は増えているらしい。
見覚えのないプレイヤーとすれ違った。
まあ、此処の利用者が増える事は悪い事ではないだろう。
彼らが私には思いつきもしなかった利用法の類を見つけ出す可能性だってあるのだから。
『そうでチュか。それで今日は何をするでチュか?』
「とりあえず聖女ハルワとの話し合いね。情報は渡しておかないと」
『なるほどでチュ』
そうしていつもの作業は終了。
続けて『サクリベス』に鼠ゴーレムを送り込み、話がしたいと言う連絡を送る。
で、連絡を送って暫く、周囲が変化した。
「何か用かしら。アンノウン」
「ちょっとした連絡があるのよ。聖女ハルワ」
聖女ハルワ側は相変わらずの白一色の部屋、私の側は木製の部屋だが……うっすらと虹色を帯びている。
私の側が変化しているのは……まあ、前回の時から今までの間に色々とあったからだろう。
「連絡ねぇ。内容は?」
「リアルの時間で金曜日の夜だから……こちらの時間だと6日後くらいかしら、とある大物に挑むことにしたのよ。で、相手が相手なだけに私が勝っても負けても地上に影響が出そうだから、先に話しておこうと思ったの」
「そう」
聖女ハルワは何かを悩むような表情を見せている。
この分だと、とある大物と言うのがアジ・ダハーカである事は分かっていそうな気がする。
「アンノウン。質問だけれど、勝算はあるの? それとどれぐらいの人数で挑むつもりなの?」
「勝算は相手の情報が少ないから何とも言えないわね。一方的に負けるような事はあり得ないでしょうけど。人数については私一人ね」
私は正直に答え、聖女ハルワは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「馬鹿じゃないの!? いえ、馬鹿だったわね。未知の為なら大概の事はどうでもいいと思っているような存在なんだから。だとしても情報なし、一人でってのは幾ら何でも馬鹿すぎるでしょ。貴方一人しか戦力にならないような状況なら、まずは情報収集をするなり、他の呪人の強化が進むように手を回すなりやる事はあるじゃない。それをやらずに一人で挑むなんて何を考えて……」
そして半分罵倒のような感じで言葉を投げてきたが、私は手を前に出して聖女ハルワの言葉を途中で止める。
「情報収集については考えがあるから大丈夫。他の呪人の強化については悪いけど、待っていられないわ。アレと戦えるような方向の強化は自分で気づかないとアレと戦えるほどにはならない。それなのに十分な人数が揃うまで待っていたら、碌な事にならないわ」
「……。そこまで時間が無いのかしら?」
「ただ放置するだけなら今後数十年くらいは大丈夫じゃないかしら。でも、かつての『鎌狐』がデンプレロを暴走させたように、誰かが余計な手出しをしないとは限らないわ。そして、手出しをされた時の被害はデンプレロの比じゃない」
「そう言えば、『鎌狐』の首領だったゼンゼと同じ魂を持った呪人も神殿に来てたわね……。向こうが初対面を装っていたから、こっちも初対面ですと言う顔はしておいたけど。でも、そうなると、確かに長く放置するわけにはいかないか。アンノウンは規格外でも、追いつけない規格外ではないし」
「そう言う事ね」
あ、微妙に気になる情報が出て来た。
どうやらゼンゼはキャラロストした後、新しいキャラを作って素知らぬ顔でプレイしているらしい。
最終目標が変わっているかどうかは分からないが、折を見て挨拶に行っておきたいところである。
まあ、今の顔がどうなっているのか分からないので、したくても出来ないだろうが。
「とにかくそう言う訳だから、まずは一度挑むわ。最悪でも致命的な事にはならないようにするつもりだけど、保証しきれるわけでもないから、一応は備えておいて」
「はぁ……正直なところ、今のアンノウンに対処不可能な事案なら、私たちが何をしても焼け石に水にすらならない気がするけど、分かったわ」
なんにせよだ。
聖女ハルワには備えておいてもらう他ない。
備えておいてもらえれば、何かがあっても対処できるかもしれないのだから。
「……」
「ん?」
と、此処で私は誰かから覗かれたような気配を覚えた。
だが鑑定ではないし、無理矢理暴いている感じでもない。
そもそもこの場には私と聖女ハルワしか居ない。
となれば、誰が覗いたかは考えるまでもない。
聖女ハルワの立場を考えれば、ある意味では正式な閲覧と言えるか。
「でもそうね。だからと言って私が何もしないと言うのは癪ね。だから、これをアンノウンに渡すわ」
そして、今の私のステータスを覗いたからだろう。
聖女ハルワは何か球体のようなものを私に投げ渡す。
「なるほど。使えと言う事ね」
「そう言う事よ」
球体には聖女ハルワの力が込められているようだ。
となれば、この球体を正しく使えば……うん、面白い事が出来そうだ。
「期待しているわ。アンノウン」
「期待に応えられるように頑張らせてもらうわ。聖女ハルワ」
そうして世界は元に戻り、私の手元には聖女ハルワの珠が残っていた。
その後、私はさらに準備を整えていき……その時がやってきた。