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95:スモークホール-2

「ま、順番に見ていきましょうか」

『でチュねー』

 私たちが今居るのは、工場全体を見渡せるような位置にある管理施設あるいは事務室のような場所であるようだ。

 机の類は残っていないが、何かを作っていた場でもなさそうだった。

 正面の穴から見えるダンジョン本体は黒煙に包まれていて、詳細を見る事は私の目では叶わない。

 背後は外に繋がっていて、ダンジョンの奥から湧き出した黒煙はダンジョンの外に向かっていっているのだが、ダンジョンの外に出ると共に黒煙は消えている。

 どうやら、この黒煙はダンジョンの中にしか存在できないようになっているらしい。


「うーん、流石に今の私が直ぐに必要としそうな物は無いわね」

『当然だと思うでチュ』

 左は『ネズミの塔』にもあった瓦礫置き場と言う名の初期漁りポイント。

 鉄板や鉄パイプ、ワイヤーの類は回収しておけば何かしら使えそうだが、今すぐ必要になるものでもない。

 放置でいいだろう。

 右には見慣れた金属製の赤い結界扉があるので、忘れないうちにセーフティーエリアを登録してしまう。


「さて、それじゃあ攻略開始ね」

『チュ』

 私は黒煙を吸わないように姿勢を低くしつつ、工場の奥に向かって移動を始める。

 黒煙は吸っても特に体に悪影響がある感じではなかったが、まあ、念のためである。


「ふむ……」

 工場の奥は……とりあえず見える範囲では、床一面に豆が混じった藁が敷かれていて、それらが藁の下にある熱源によって加熱されているようだ。

 で、場所によっては藁が発火して黒煙を出しているし、表面は燃えていないように見えても、踏み込んだ途端に発火する場所もあるようだ。

 勿論それだけではなく、工場らしく機材も置かれているようで、藁を下から突き破るように直立しているが鉄の塊があり、その鉄の塊は空気を藁の上下で循環させているのか、重低音を響かせている。

 なお、私が今居る場所との行き来は人一人分の幅しかない上に、手すりが無い急な階段が一つあるだけである。


「とりあえず常に細心の注意は払うべきね」

『燃えたら死ぬでチュからねぇ』

「死ぬわねぇ。確実に」

 私は装備のデメリットもあって火気厳禁。

 イベントで使われたバクチクの実ですら、あのダメージ量であったことを考えると、マトモな炎を食らったら即死する可能性は高い。


『と言うか、入口を覗くだけじゃなかったでチュか?』

「ああ、言われてみればそうだったわね」

 まあ、ザリチュの言うとおり、入口を覗くだけのつもりだったし、攻略必須のダンジョンでもない。

 一緒に行動する仲間だって居ないのだし、ここで退いてしまっても何の問題もない。

 つまり退く理由は幾らでもあるが、進む理由はない。

 そう判断した私が後退を始めようと思った時だった。


「……ジュジュル」

「む」

『モンスターでチュ』

 下にモンスターが居るのを発見した。

 見た目を一言で評すならば……スライムだろうか。

 ただし、国民的RPGのような可愛らしい姿ではなく、大昔の取り込まれたりすると余裕で死ぬような粘液生物だ。

 全身は黒いが、蠢いて移動する際には、まるで中で火が燻ぶっているような赤が垣間見える。

 また、体の粘性がかなり高いようで、移動の時に藁を時折巻き込んでもいるようだ。


「鑑定っと」

 とりあえず鑑定をしてしまおう。



△△△△△

燻ぶるネバネバ レベル5

HP:1,327/1,327

▽▽▽▽▽



「……」

『微妙な名前でチュねぇ』

 ポジションとしては『ネズミの塔』で言うところの毒噛みネズミだろうか。

 名前については敢えて突っ込まないでおこう。


「『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』」

 見た目と名前からして接近戦を挑むべきでないと判断した私は、『毒の邪眼・1』を撃ち込む。

 与えた状態異常は……毒(125)。

 んー、完全には入らなかったか。

 毒への耐性か、動物でないためか、体内温度の高さも影響があるかもしれない。


「ーーーーー!」

『暴れているでチュねぇ』

「放置よ」

 燻ぶるネバネバは毒に苦しんで、その場でのたうち回る……と言うよりは、体を四方八方に伸ばして、当たるを幸いに攻撃している感じか?

 とりあえず叩かれた藁がいきなり燃え上がっている事もあるので、やはり接近戦は止めておいた方が良さそうだ。


「ジュウ……」

「よし死んだ」

 燻ぶるネバネバのHPが尽き、その体を構成するネバネバが力なく広がっていく。

 私はそれを見て、急いで駆け寄るが……残念ながらネバネバは回収する暇もなく、藁の中に染み込んでいってしまった。

 ネバネバを回収したいなら、工夫が必要なようだ。


「これは……豆?」

 だが、何も残らなかったわけではなく、燻ぶるネバネバが居た後には人の頭大の黄色味がかった球体が残っていた。

 見た目だけなら大豆にそっくりなのだが……サイズと燻ぶるネバネバと言うスライムの中にあった事が、私に疑問形で呟かせている。


「えーと鑑定っと」

 まあ、分からなければ鑑定である。



△△△△△

燻ぶるネバネバの核

レベル:1

耐久度:100/100

干渉力:100

浸食率:100/100

異形度:3


燻ぶるネバネバの体を構築するために必要な核。

熱を生み出し、ネバネバの体を生み出す力を持っている。

食べると満腹度が大きく回復する。

▽▽▽▽▽



「あ、食えるのね」

 私は鑑定結果を確認すると、核を抱えて入口に戻る。

 で、周囲の安全を確かめた上で、齧りついてみる。


「……。普通に美味しいわね」

 核はホクホクとしていて美味しい。

 豆と言うよりは、よく蒸かされた芋を思わせる様な感触だが、とにかく美味しい。

 毒ネズミたちの肉とは雲泥の差である。


「んー、これを基に呪術ってのはどうなのかしらねぇ」

『チュー?』

「いや、燻ぶるネバネバから邪眼を得る事が可能かを少し考えたいのよね」

 食べながら考えるのは新たな邪眼を入手できるか否かだ。

 燻ぶるネバネバの核には熱を生み出し、ネバネバの体を生み出す力があるらしい。

 この力の内、前者の力を得る事が出来れば、見つめた相手に熱によるダメージを与えられる邪眼を得られるのではないだろうか。

 だが、これだけでは足りない気がする。

 熱を生み出すだけでは、直ぐに発散してしまう気がする。


「燻ぶるネバネバのネバネバも回収して、鑑定しておきたいわね」

『つまり?』

「作るものを作ったら、もうちょっと探索しましょうか」

 私は食いかけの核を食べきると、瓦礫から必要な資材を回収してセーフティーエリアに移動。

 時間もいい所なので、今日のプレイは切り上げた。

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